Chapter15 死線 07

◆ ◆ ◆


 イギリス、某所。

 サトウは、大きく息をついた。

「アメン、シャドー、Ⅱ」

 一語、一語。噛み締めるように、その名を呼んだ。

「ハワード・ブラウン。トゥト・アンク・アメン。まだ生きてたんですね」

 彼は今、アフリカのRフィールド内の状況を俯瞰している。だが奇妙な事に、その手に通信端末の類は無い。立体映像モニタも見当たらない。

 必要無いのだ。そんなものなぞ使わなくとも、状況を把握する手段を持っているが故に。

「となると、困った事になるなあ」

 神影鎧装、アメン・シャドーⅡ。性能は未知数。だが、少なくともネオオーディン・シャドー以上という事はあるまい。そもそもあの場にいる全ての機体が――それこそフォースカイザーまで含めて――敵となったとしても、ネオオーディン・シャドーは一蹴するだろう。それだけのポテンシャルを、あの機体は秘めている。

 だからサトウが眉をひそめるのは、別の理由だ。

「ハワード・ブラウン。彼はザイード・ギャリガンの秘密を知っている……他ならぬ、ワタクシ自身が教えた事ですからねえ」

 厄介。面倒。強敵。そんな言葉ですら生温い。何しろ。

「ザイード・ギャリガンは、ハワード・ブラウンに絶対勝てない。秘密を知っているが故に、ね」

 今なら分かる。それだけの切り札たりえるからこそ、ファントム・ユニットは今この瞬間までハワード・ブラウンの存在を秘していたのだろう。

「いやあー驚いた。驚いたなあーホントに。ここまで見事に裏をかかれたのは何十年、いや何百年ぶりくらいでしょうかねえ」

 心臓が沸き立つような。頭蓋がひりつくような。そんな錯覚を憶える程の激情の名を、サトウはようやく思い出した。

「ああ、そうだ。痛快というんだったかな。こういう時は」

 そうして、サトウは笑い出した。

「痛快、くふっ、そう、痛快だ! あはは!! 痛快! ツウカイ!! ははあははははははははは!! あははっはははははははははは!!!」

 爆笑。狂笑。背を仰け反らせるその笑いは、しかし始まった時と同様にピタリと止む。

「はぁ面白かった。しかし、うふ、こうなると先が読みにくいなあ」

 ギャリガンはブラウンに勝てない。では、ブラウンはその切り札を使ってネオオーディン・シャドーを撃破し、事態を収拾するだろうか?

「6:4……いや7:3の割合でNOだな」

 そもそも最初から切り札を使う気なら、Rフィールドへ突入した直後にすれば良い。だが彼等はそれをしなかった。

「切り札を使わぬようファントム1に約束していた……?」

 口に出し、即座にサトウは首を振る。仮にそうだとしても、あのファントム1がそれを守るとは考えにくい。何せファントム5を――かつてオーディン・シャドーに対し、フェンリル憑依という要素があったとはいえ、民間人を即時戦線へ投入したような効率主義者だ。そのファントム1が切り札を使わぬのは、あまりにもらしくない。

「ある程度の技術供与を隠れ蓑に、ブラウンが切り札を隠し通した……と、見るのが妥当か?」

 口に出して、やはりまだ納得しきれない。

 仮にそうだったとしてアメン・シャドーⅡを、自分が操縦する機体を用意する理由には繋がらない。切り札を使うだけなら、無線一本あれば良いのだ。

 だとすれば。

「ブラウンは、もっと別の事を見据えている」

 そしてそれは恐らく。いや、間違いなく。

無貌の男フェイスレスをあの場に引き出すため、なんでしょうなあ」

 アフリカの状況がどう転ぶか、サトウにすら予測がつかない。

 だがこのまま放置すれば、グロリアス・グローリィの計画は、間違いなく頓挫する。また一から組み上げ直したら何年、いや何十年かかる事か。一体どれだけの努力を積み直さねばならぬだろうか。

「努力する事自体は嫌いじゃないんですけど、ね。でも、ここまで来て何もかも台無しになるのは、流石に少々悲しくなるので――」

 懐から取り出したものを、無造作にサトウは投げた。

 それは三つのチェスピース。天高く回転するそれらはぐんぐんと上昇し、ぴたりと止まる。そして電子回路のような霊力線を生じさせると、瞬く間に形を為して着地。

 ずうん、と着地したのは大地を揺るがす三つの巨躯。ゆらりと立ち上がるその姿は、影絵のようにのっぺりとした異様。

「――手早くここを片付けて、戻る事にしましょうか」

 二年前。無貌の男が呼び出した異形の巨兵――シャドーを従えながら、サトウは見据えた。

 真正面。そびえる崖の中に偽装建設された、キューザック家の秘密格納庫を。


◆ ◆ ◆


 上空。もうもうと煙る霊力光を、辰巳たつみは見上げる。先程放ったホーミング・シューター、その内の一発が生み出した残滓だ。着弾したわけでは無い。敵機は未だ健在。その辺は辰巳も確認している。

「ようやくお出ましか。重役出勤も良いとこだな」

 だが今、辰巳は拳を握らない。あえて、だ。全てはネオオーディン・シャドーと、そのパイロットたるザイード・ギャリガンを観察する為である。

 まず目が行くのは、やはりネオオーディン・シャドーの方だろう。

 一言で表すなら、それは鎧に身を包んだ騎士であった。

 流麗なフルプレートメイルじみた装甲は、かつてのオーディン・シャドーを彷彿とさせる。だがその隙間から覗くのは、あくまで機械だ。あの時のようにまがつじみた筋肉ではない。

 鎧はあの時と同様、純白に青い縁取り。ただし要所に金色が増えている。あの時以上の性能なのは間違いあるまい。

 だが。

「当然だろう? 僕はグロリアス・グローリィの社長なのだからね」

 それ以上に。ザイード・ギャリガンの姿そのものが、辰巳の警戒心をあおり立てるのだ。

 だから。

 あえて、辰巳は聞いた。

「アンタ、誰だ?」

「? 心外だなファントム4。さっき一緒に茶を飲んだ仲じゃあないか」

 やはりか。辰巳のバイザー内側、モニタに表示される検索データ写真を、ズーム表示されるギャリガンの隣に並べる。

 似ている、どころの話では無い。瓜二つだ。白黒ではあるが、三十台の頃のザイード・ギャリガンの写真と、ネオオーディン・シャドーの右肩上に立つパイロットは、まったく同じ顔をしているのだ。

「ああ、それともアレか? 若返った僕があんまりにも美形だから、驚いているのかな?」

「……そうだな。少なくともアンタがそんな冗談をいうとは、夢にも思わなかったさ」

 言いつつ、辰巳はギャリガンの姿をズーム。丁寧に撫でつけられた金髪。シワもシミもなく、覇気と精気に充ち満ちている顔立ち。服の下からでも存在を主張している全身の筋肉。

 一目で分かる。あれは、達人だ。今までとは違う、戦闘用の分霊体に意識を移し替えたというワケだ。

 手のひら、滲む汗が一粒。拳の中へ握り潰す。

「にしてもアレだ。少し見ないウチに、随分矍鑠かくしゃくとしたもんだな」

「だろう? 何しろファネル君の紅茶をたくさん頂いたからね。ご覧の通り立派になったのさ」

 にやと口端を吊り上げながら、ギャリガンは腰に手を当てた。白いコート――かつてギノアが着ていたものと似ている――の裾が、マントのようにばさりと揺れる。

「ま、冗談はさておいて、だ」

 ぱきん。ギャリガンが指を鳴らす。ネオオーディン・シャドーの胸部が開き、コクピットが露出。

「昂揚しているんだよ、僕は。分かるかい? ファントム4。この身体に設定された若さとか、闘争心とか。そういったもので、ピリピリしているんだ。多分きっと精神が」

 スキップをするように装甲を伝う。開いたハッチに着地する。

「まぁなんだ。つまりだ。要約するとだね」

 シートに座る。ハッチが閉じる。ネオオーディン・シャドーの青いマントが、風も無いのに翻る。はためく中に、術式の光が踊る。

「ケジメはつけさせて貰うぞ、小僧」

 轟。

 マントが発生させた絶大な推力が、ネオオーディン・シャドーの巨体を撃ち出した。標的は、当然ながらオウガ・ヘビーアームドだ。

 赤い大槍――改良型のグングニル・レプリカを構える、ロケットじみた突撃刺突。音の壁を突き破る一撃を、辰巳はサイドステップ回避。

「う」

 呻く辰巳。余裕は持ったつもりだった。だが胸部、増加装甲上に一文字傷。ごく浅い、センチ単位に満たぬ程度の、しかし予想外のダメージ。

 その動揺を、当然ギャリガンは見逃さない。

「遅い」

 地面の一ミリ上で静止したグングニル、その柄を握り直したネオオーディン・シャドーは、体操選手のように回転。遠心力の乗った蹴りで追撃を見舞う。

「ち、ぃ!」

 切磋に右シールド・スラスターで防御する辰巳。衝撃。利英りえい謹製の衝撃吸収機構を経てなお、びりびりと機体が揺れる。そして当然、達人の攻撃はこの程度で止まらない。

「はッ」

 蹴りの反動を利用し、即座に跳び離れるネオオーディン・シャドー。マントがはためき、光る。術式発動。慣性ねじ伏せ直角移動。

 かくてネオオーディン・シャドーが回り込むは、当然のようにオウガの背面。辰巳は舌打つ。前身機以上に嫌らしい動き。

「だが、まだ、想定内ッ!」

 スラスター推力で強引に機体を捻り、後ろ蹴りを放つ辰巳。ギャリガンの蹴りがそれと相殺。反動でまたしても離れるネオオーディン・シャドー。間合いを離すつもりか。

「それも、想定内だっ!!」

 ならばこちらから間合いを詰めるのみ。更にスラスターを噴射し、オウガはオーディンに追い縋る。だが当然向こうもこれを読んでいる。

「ふ」

 ギャリガンはこれ見よがしに長槍を、グングニル・レプリカを構える。

 閃光。

 それが刺突の穂先である事を理解するより先に、辰巳は首を傾ける。オウガの右側頭部三センチ脇を、長槍の刃が突き刺していた。

「ほう、ならば」

 即座に薙ぎ払いへ切り替えるギャリガン。だがそれより先にオウガは身体を屈めた。斬撃が空振る。その隙を縫い、オウガは鉄拳を放つ。

「なんと」

 片眉を上げるギャリガンだが、当然それは口先だけだ。絶妙なタイミングで振るわれる左裏拳が、オウガの拳を弾き飛ばす。一秒。奇妙な間隙。視線が、かち合う。

 当然、そんな均衡は即座に崩れる。オウガはスラスターを噴射しながら打突を、拳を、蹴撃を見舞う。

 だが当たらぬ。ネオオーディン・シャドーはマントをはためかせながら、辰巳の攻撃の悉くを反らし、回避し、グングニルの柄で受け止める。

「ヌルい、なっ!」

 無人機達がひしめく戦場の只中へ飛び込みながらも、二機の大鎧装は打撃の応酬を止めない。拳打。刺突。回し蹴り。斬撃。銃撃。カカト落とし。一進一退の攻防は、周囲の無人機を巻き込みこそすれ、致命の一打には届かない。

「ふむ。一工夫いるか」

 幾度目かになる鉄拳をいなしつつ、ギャリガンは立体映像モニタを表示。丁度目についたタイプ・ブルーの命令系統に介入、オウガへ突撃命令を下す。

 従順な無人機はこれを遵守、隊列を外れて突撃を敢行。当然オウガはこれを一撃で蹴り伏せる。また一つ手駒が減った。

 だが。隙もまた、生まれた。

「当然、逃さん」

 オーディンが槍を構えた。直感。避けきれない。辰巳は右シールド・スラスターを構える。オーディンの姿が、盾の向こうに消える。

 そして、その時だ。

「ケジメ、か」

 不意に。先程のギャリガンの宣言が、脳裏を過ぎったのは。

 あの日のモーリシャス。あの風葉かざはの軽さを、思い出したのは。

「それは――!」

 オウガはスラスターを噴射。シールドを弾頭として砲弾のように突撃。グングニルと真っ向激突。

 穂先はやすやすと盾を、のみならずオウガの胸部装甲をも貫通し、しかし狙っていたパイロットは僅かに逸れた。

 ヘッドギア、コメカミの装甲上に走る傷。それを刻んだ巨大槍には目もくれず、辰巳は叫んだ。

「――こっちのセリフだぁぁッ!!」

 辰巳は右シールド・スラスターをパージ。形を失い始める霊力盾を殴り飛ばし、グングニルへ強引に押し込む。ネオオーディン・シャドーの視界を封じる。

 反動で跳ね上がる穂先。霊力装甲を切り裂きながら抜けていくそれを、やはり意に介さず辰巳は叫ぶ。

「セット! シールドクナイ!」

『Roger ShieldKunai Etherealize』

 応える電子音声。半ば聞き流しつつ、辰巳は脚部スラスター噴射。飛び退るオウガ。同時に左シールド・スラスターがパージされ、内蔵の刃が可変展開。巨大なクナイをかたどったそれは、同時にシールド・スラスターへ使われていた霊力全てを炸裂術式へと変換した爆発物でもあり。

「行、け、えっ!」

 辰巳は、それを力の限り投擲。未だグングニルに突き刺さっていた右シールド・スラスターへ命中、貫通。

 直後、ネオオーディン・シャドーを巻き込みながら、盛大な爆炎を辺りに撒き散らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る