ChapterXX 虚空 04

 オウガローダーの車体下部から、炎のような霊力光が吹き上がる。スラスターが全開したのだ。

『なっ、何だ!?』

 轟音を撒き散らしながら浮かび上がる巨大な八輪へ、最初に驚愕したのは果たして誰だったろう。

 ともあれ誰もが固唾を呑む中、オウガローダーは変形を開始した。

 まず車体が垂直姿勢となり、下部スラスターの噴出が止まる。

 次に車体各所の装甲が展開し、内部機構に霊力の光が走る。

 更に車体後部のコンテナが展開し、巨大な脚部を形成。

 最後に車体前部のキャブが分割し、巨大な両腕を形成。

 こうして巨大な大鎧装のボディへと変貌したオウガローダーは、その二本足で大地を踏み締めて――と、ここまでは風葉かざはも知っている。辰巳たつみと共に、幾度も繰り返したプロセスだ。

 違っていたのはそこから先だ。

 まずキャブが展開した場所に、操縦用のコンソールが無い。レックウが接続するコネクターも無い。まぁどちらも利英りえいによる後付けであるため、当然ではある。

 代わりにあったのは、レックウ対応のものよりも遙かに巨大なコネクターが一つ。烈空れっくうはそこを目指すように跳び上がりつつ、ビークルモードへ変形。そのまま車体底面が、オウガローダーのコネクターへと着地、接続。そのままボンネットが折れ曲がり、胸部装甲を形成。車体後部も折れ曲がり、バックパックと一体化。

 そして車体の中央部が展開し――やはり車体と同じ黒色の巨大な頭部が、ぎらりとツインアイを光らせる。

「あれ、が」

 知らず、風葉は息を飲んだ。ごくり。喉の鳴る音が、やけに大きく聞こえた。

「そう、あれが」

 ヘルガは腕を組んだ。鋭いその双眸が見据える前で、映像は寸分違わず過去をリピートする。

『レツオウガ。合体完了』

 擬似再現エミュレートではない。完全な能力を備えたレツオウガが、この日初めて、地上に現われたのだ。

 頭部のデザインは風葉の知るレツオウガと言うより、むしろオウガに近い。恐らく原型となったのだろう。よくよく見ると多少目つきが悪い感じもするが――どうあれ、風葉はオリジナルレツオウガの第一印象を呟いた。

「なんか。思ってたよりも、地味ですね」

「そりゃそーだよ。あのハデハデな霊力の鎧……タービュランス・アーマーだっけ? アレはあくまで試作の追加装備だったからねェ」

 苦笑するヘルガとは対照的に、映像内のヘルガは緊張の面持ちでレツオウガを凝視していた。

 一目で分かる。あのレツオウガとやらは、尋常で無い量の霊力を保持している。

 ともすれば、霊地に匹敵するかもしれない程の出力を漲らせた怪物。

 そのツインアイが、ぎょろりと赤龍せきりゅうを捉えた。

 一歩。大地を踏み締める黒い敵影。全身のEマテリアルが、脈動するように明滅する。その足下から、幾十もの光の線が伸びる、伸びる、伸びる。

『うッ――!?』

 赤龍はたたらを踏んだ。まぁ当然だ。電子回路じみた紋様を描きながら地を這い進む線は、瞬く間に周囲一帯を、幻燈結界げんとうけっかいに包まれた全域の地面を、瞬く間に覆ってしまったのだから。

「あれ、は」

 そうして描かれた巨大な紋様に、風葉は見覚えがあった。というか、ついさっき見せられたばかりだ。

「そう、アンカー……この日この空間へ撃ち込まれて、それ以来ずっとこの部屋の上で光ってるヤツ。さっき見たよね」

 さらりとアンカーの出自を呟くヘルガを余所に、赤龍は自分の足下を、踏まざるを得ないアンカーを睨み据える。

『どうやら、今のところは問題無いようだな』

「そだね。今のところは、ね」

 ぽつり。もう一度ヘルガは呟く。影が差したその横顔とは対照的に、記録映像内のヘルガは溌剌といわおへ問うた。

『どうする、巌』

『そうさな。どうしたもの、か』

 言い淀む巌。その視線の先で、レツオウガが右手を掲げていた。無造作に上がったその手首には、Eマテリアルが不穏な輝きをたたえており。

『あの宝石みたいなヤツは、』

 一体何なんだ。

 そう言い切るよりも先に、氷のような悪寒が巌の背を撫でた。

 半歩。反射的に赤龍は右足を下げ、レツオウガに対して半身の姿勢を取る。

 そのコンマ四秒後。赤龍の胸元を強烈な光弾が通り過ぎた。

『な』

 パイロット達は絶句した。ぶすぶすと焦げる赤龍の胸装甲をそのままに、二人はレツオウガを見やる。

 レツオウガは相変わらず右腕を掲げていたが、その手首部Eマテリアルは、輝きを半減させていた。今し方の光弾は、あそこから発射されたのだ。

『今の、って』

『霊力弾、だろうな』

 霊力弾。霊力に最低限の指向性を施しただけの、ごく単純な術式。かつてギノア・フリードマンが翠明すいめい寮前で、辰巳を翻弄したあの攻撃が最も近いだろうか。

 元来は速射や牽制が主目的であるため、威力は二の次未満である筈。だというのに、レツオウガの霊力弾は掠めただけでこの威力。

 恐らく、大量の霊力をつぎ込む事で火力を上げているのだ。あの時のギノアと同じように。

『ちょっと、出力にモノを言わせスギなんじゃない?』

 冷や汗をかくヘルガを余所に、レツオウガの右腕Eマテリアルへ、再び光が集中していく。

『う、』

 巌は回避しようとして、思い止まった。さっきの一発は、偶然にも射線上に赤龍以外の味方は居なかった。それ自体はまったく幸いだが、このまま回避行動を続けていたら、間違いなく味方が巻き添えを食う。

 どうする。巌が逡巡する間にも、レツオウガの銃口Eマテリアルは眩く光り――それが射出されるよりも先に、炸裂がレツオウガの装甲を焼いた。

 着弾したのは右腕。もうもうと立ちこめる爆煙は、レツオウガの上半身を瞬時に覆い尽くす。明らかに第三者による攻撃だ。

『だが、誰が?』

『ハッ! 自分です!』

 野太い返答が左側から聞こえた。即座に見やれば、そこには濃緑色の装甲を纏った大鎧装、零壱式れいいちしきが佇んでいた。その右肩部には、未だ霊力光を燻らせる大口径砲が一門。これでレツオウガを撃ったのだ。

『君は、自衛隊出向部の?』

『ハッ! 西脇雷蔵にしわきらいぞう軍曹です!』

「えっ」

 風葉は目をしばたいた。声自体には聞き覚えがある。確かにファントム2、西脇雷蔵その人に間違いあるまい。画面の中の雷蔵は、緊急事態のため命令には無いが独断で零壱式を起動云々と喋っている。それは良い、のだが。

「口調が、普通だ」

「ああー、そりゃそーだよ。彼が禍憑まがつきになるのは、もーチョイ先だからネ」

「そう、なんですか。でも、どうして雷蔵さんだけ動けてるんですか?」

「ああ、彼だけじゃないんだよネ、この時零壱式を動かせてたの。烈空とオウガローダーの攻撃から運良く当たらなかったのは、全部で三人居たんだよ。たまたま赤龍に近かったのが彼だったのサ」

 しれりと言ってのけるヘルガ。その双眸が見据える先で、巌と雷蔵は残りの二人とも連絡を取り、即席の作戦を組み上げる。

 そうこうする合間に、レツオウガを覆っていた爆煙が晴れる。やはりと言うか何というか、損傷はまったく見当たらない。更に右腕部Eマテリアルは、明らかに発射寸前まで霊力が昂ぶっており。

『では行くぞッ! 作戦開始だ!』

『了解!』

 そこから霊力弾が発射されると同時に、赤龍と零壱式は動いた。

 赤龍はレツオウガ目がけて突撃しながら、左肩部のシールドで霊力弾を受け止める。

『うぐッ』

 びりびりと、機体フレームの真芯まで揺るがす衝撃に、巌は歯を食いしばる。

 食いしばりながら、右肩部サブコクピットへ指示を送る。

『虎の子を頼むぞ、ヘルガ』

『オッケー、おめかしタイムね』

 言うが早いか、ヘルガが立つコンソール脇の床がスライド展開。

 そこから顔を出したのは一台のウェポンラックであり、据え付けられていたのは――一挺の、長大なライフル。

 本来は巌の愛銃であるそれを、ヘルガは手に取った。

 銃の名は、グレイブメイカー。対大鎧装との戦闘を主眼に置いた、大型特殊狙撃銃である。

『さて、と』

 霊力のコントロールに関すれば、ヘルガはエッケザックスどころか、世界中を見回しても指折りの実力を持っている。M・S・W・Sの制御を任されているのもその延長だ。

 反面、射撃はあまり得意では無い。特に狙撃は最も苦手な部類に入る。だが、ならば何故ヘルガは今、狙撃銃グレイブメイカーを手に取ったのか。

 その答えは、赤龍が右肩を特注の形状にしてまで組み込んだ機構こと、S・C・S――シンクロ・コントロール・システムにあった。

『ふ、う』

 銃把をどうにか握りながら、ヘルガはS・C・Sに身を任せる。途端、己の霊力経路越しに何者かが覆い被さってくる。

 シンクロ・コントロール・システム。基礎となった術式は、特注の二人羽織術式。

 やはりというか何というか、酒月利英さかづきりえいが組み上げたこの術式は、その名の通り異なる二人の技量を一時的に統合する代物なのだ。

 使用にはまず大前提として、術者同士が精神的にも霊力的にも相性が良い必要がある。そのため、導入事例は二年後でも片手で数える程しか無い。が、噛み合った場合の効力は絶大だ。

 そして今、ヘルガは同調状態に入っていた。

『す、う』

 立て膝をつき、弾倉を装填し、水平に構え、霊力装甲越しに照準。流れるような手練手管は、まさしくベテラン狙撃手の、巌の技量のそれであった。

『ふ、う』

 かくてヘルガがグレイブメイカー登場から狙撃姿勢を調えるまで、二分もかからなかっただろう。

 だがその二分を造るため、巌は死力を振り絞っていた。

 脚部及び背部スラスターが断続的に唸るたび、赤龍の巨体は縦横無尽に空を舞う。

 稲妻のような軌道を描きながら、放つはショットガンモードに組み替えた右腕のM・S・W・S、及び左腕に内蔵された赫龍かくりゅうと同型のグレネードランチャー。レツオウガの周囲を旋回しながら、巌は二つの火器を間断なく撃ち続ける。

 更に半円陣の左右から突撃してきた二機の零壱式が、見事な連携でブレードを振るう。巌の指揮によって完璧なタイミングで間合いに入った両機は、赤龍がリロードする隙をカバーしつつ絶妙な斬撃をレツオウガへ見舞う。

 そして雷蔵が駆る零壱式が、駄目押しとばかりに長身の霊力砲を狙い撃つ。

 実に一対四。これで相手がただの大鎧装だったなら、少なくとも五回は撃墜されていただろう。

 しかして。敵は神影鎧装であり、レツオウガであった。

 当たらない訳では無い。確かにショットガンが撃ち、グレネードが炸裂し、ブレードが斬撃し、キャノンが爆発してはいる。

 だが。

『クソ! どうなってんだコイツは!』

 苛立たしげにブレードを持った零壱式のパイロットが叫ぶ。その言葉通り、これだけ攻撃を受けてもレツオウガにはダメージがまったく無いのだ。

「ど、どうして? タービュランス・アーマーも無いのに?」

「うんうん、謎だよねェ」

 頷きつつ、ヘルガは実のところその能力にある程度のアタリをつけていた。恐らくはEマテリアル内部、更にはそれを中核にレツオウガの機体内で渦を巻いている霊力。そこに何らかのカラクリがあるのだろう。

 それが何なのかまでは分からないが、どうあれ画面内のレツオウガは自身の頑健さを楯に、悠々と反撃に移った。

 ブレードを弾き、ショットガンの直撃を避け、霊力砲を霊力弾で迎撃する。

 技量そのものは現在の辰巳と比べるべくも無い。並のパイロットに届くかどうか、といった程度だろう。だが前述の通り機体性能が、特に防御力が段違い過ぎるのだ。

 そのため一対四だというのに、戦況は拮抗、むしろレツオウガが押し始めてすらいる有様であった。

『おまたせ。おめかし、終わったよ』

 ヘルガがグレイブメイカーの準備を調えたのは、そんな最中であり。

『早かったな! 早速一曲頼めるかい!』

『勿、論!』

 かくて赤龍の姿勢が安定すると同時に、ヘルガは引金を引いた。

 グレイブメイカーが、声高に銃声を歌い上げた。

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