Chapter01 邂逅 04

「さて、後はアレの始末か」

 辰巳たつみは窓の外、未だ中庭から立ち上っている光柱を睨む。その瞳に、先ほど見えた人間味は一切ない。ガラス玉のような冷たさが、また戻っていた。

「む」

 どうして辰巳は、そんなに頑ななんだろう。

 首を傾げる風葉かざはだが、直後に吹き付けた光の波によって、疑問は脳裏から消し飛んだ。

 赤。緑。青。白。黄。黒。

 薄墨の幻燈結界げんとうけっかいを、目まぐるしく塗り替える光の乱舞。風葉は反射的に辺りを見回す。

「な、何!?」

「外だ。アイツめ、ろくでもない土産を置いてったようだな」

 細まる辰巳の視線は、相変わらず窓の外を向いている。それに習い、風葉も立ち上がって中庭を見た。

 光柱が、消えるどころか激しい鳴動を繰り返していた。

 虹色自体は今までと変わらないが、そこから発せられる光の量が、桁違いに増えている。

 今なお校舎一帯をまだらに塗り替えるその様は、さながら何かが胎動しているようにも見えて。

「ど、どうなってるの? 怪物は倒したんでしょ?」

「確かにな。だが、アレは違う。恐らく、スペクターが最初から何かの術式を仕込んでいたんだ。多分、自分が倒されたら時の保険に」

「だったら、早く止めないと――!」

 慌てふためく風葉だが、当の辰巳は眉一つ動かさず首を振る。

「もう、遅い」

 その呟きを裏付けるように、赤一色へと変わる光柱の模様。

 変色はもうしない。光の量も、徐々に収まっていく。

 ただ、その代わりに。

 光柱の中程から、巨大かつ長大な物体が、唐突に姿を表した。

 廊下のずっと向こう側、二年六組へ向けて一直線に飛び出したそれを、風葉は一瞬木か何かだと錯覚した。

 だが、違う。確かに巨木と見紛う太さではあるが、枝どころか葉の一枚すら見当たらない。

 代わりにあるのは、あまりにも赤く、あまりにも巨大な、五本の指。

 それが意味する正体を、風葉は呆然とつぶやく。

「……う、で」

「そうだな、右腕だ。しかもデカくて赤い」

 真横で辰巳が頷いていたが、風葉は気付きもせずに目を擦る。そして、もう一度窓の外を凝視する。

 しかし、人間など軽く握り潰せそうなくらいに巨大な腕が、日乃栄高校北校舎に寄りかかっている光景は、どう頑張っても覆らない。

「うでぇー!?」

 驚愕でフリーズしていた風葉の思考は、ここでようやく通常状態に戻った。

「そうだな、右腕だ。しかもデカくて赤い」

「それはさっきも聞いたよ! それよりもなんなのアレ!? なんで腕!? なんで赤いの!? なんでいきなりあんなの生えたの!?」

 件の右腕を指差しつつ、矢継ぎ早に疑問を投げる風葉。それをキャッチしながらも、辰巳は光柱から視線を外さない。

「残念だが、出て来るのは右腕だけじゃなさそうだぞ」

「ふぇっ」

 知れず、自分の指と同じ方向を向く風葉。

 校舎に手をかけている巨腕は、肘をくの字に曲げていた。丁度、体重をかける時のように。

「……、えぇと」

 恐る恐る、風葉は巨腕の肘から先を目で追う。

 断崖のように角ばった肩口。山のように分厚い胸板。そして恐ろしく巨大な頭部が、光柱から現れている真っ最中だった。

「……」

 もはや驚く気力すら沸かず、ひたすらに絶句する風葉。その視線を一身に浴びながら、赤い異形は立ち上がる。

 全長は、優に二十メートルはあるだろうか。赤く染まった筋骨隆々の身体には、肩、肘、膝から刃のような角が生えている。まるで身体そのものが鎧であるといった風体だ。

 頭部には針のような青い髪が逆立っており、顔の中央には金色に輝く巨大な目が一つ。

 そして、更にその下にある耳まで裂けた巨大な口が、産声を上げた。

『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』

「ぃひゃぁ!?」

 校舎越しにすら空気を波打たせる巨人の咆哮に、風葉は思わず尻もちを突いた。

「大丈夫か」

 言いつつ、無造作に右腕を差し出す辰巳。

「う、うん。なんとか」

 思わず握ったその手のひらは、グローブ越しでもゴツゴツと強張っているのが分かった。

 今までとは違う意味合いの驚きが、風葉の心臓に早鐘を打たせた。

「そ、それよりも! ……なんなの、あれ」

「多分キクロプスだな、ギリシャ神話に出て来るヤツだ。妙な飾りがついてる辺り、何かしら改変されてるとは思うが」

 風葉の心情など知る由もない辰巳は、バイザーを下ろしてセンサーを起動。すぐさま赤色の巨人――キクロプスの解析を開始する。

 表面を軽く見ただけでも分かる通り、あのキクロプスは霊力の塊だ。入れ違いに中庭の光柱が消えている辺り、スペクターは霊地から引き出した霊力全てを用いて、あの巨体を構成したのだろう。

「ひょっとして、あのおっきいのも、フェンリルとかいう悪者が取り憑いてるの?」

「まさか、ヤツ自体はさっき倒したさ。あれはただの自動操縦だよ。ウチに帰るためのな」

「ウチに、って……わぁ!?」

 ぶわ、と吹き付ける風が風葉の口を塞いだ。僅か一メートル先の廊下をすり抜けたキクロプスの巨体が、それだけで空気を掻き回したのだ。

 もしも幻燈結界が無ければ、一体どうなっていたろうか。何にせよ赤色の巨人は日乃栄高校北校舎をすり抜け、校庭の方へとまっすぐに歩いて行く。

 その歩みに、こちらと戦う意志は見られない。というよりも、最初からこちらの存在に気付いている素振りがない。

「ひょっとして、近眼なのかな」

「そりゃまたユニークな発想だな。だが、そうじゃない。あのデカブツは、ハナからこっちと戦う気がないのさ」

 そう言った辰巳は、未だ意識が戻らない泉をおもむろに抱え上げ、キクロプスの後を追うように二年二組の扉をすり抜けた。

「……ええー」

 眼前でまたもや超常現象を見せられた風葉は、意を決して扉に飛び込む。

「てぇ、やっ!」

 キツく目を閉じ、ジャンプ、着地。

 そうして恐る恐る目を開ければ、室内では二時限目である歴史の真っ最中だった。

 薄墨色の教卓の上では、歴史の矢沢先生がテストの出題範囲に赤チョークで丸をつけていた。が、それを見ていられる余裕は今の風葉には無い。

 真正面、校庭を見下ろす窓の外。一年生が体育の準備運動をしている隣で、キクロプスが巨大な拳を振り上げていたのだ。

「ちょっ、待っ――」

 風葉の声など届くはずもなく、容赦なく打ち下ろされる拳は、無慈悲に目標へと叩き付けられた。

 一帯を包む薄墨色の空間、そのものへと。

 ぱぎん、というガラスが砕けるような音とともに、亀裂を走らせる薄墨のベール――もとい、幻燈結界。

 その光景を二重の意味で呆然と見つめながら、風葉はとぼとぼと窓際に近付く。そして、同じく窓際でそれを見ていた辰巳に、風葉は聞いた。

「なに、あれ」

「だから、ウチに帰るつもりなのさ。スペクターの本体が待ってるどこかへ向かって、この幻燈結界に穴を開けてな」

「ああ、なるほど」

 ぽふ、と手を叩く風葉。

「……って、えぇー!? 壊せるもんなの!? ていうか、さっき悪者はやっつけたじゃない!」

「さっき倒したのは、スペクターが自分の意識を投射した身代わりの術式――分霊ぶんれいってヤツさ。だから、本体は今もどこかでピンピンしてるだろうよ」

 言いつつ、辰巳は腕の中を見下ろす。人質兼霊力フィルタに利用された泉は、未だにピクリとも動かない。

「そう、なんだ」

 納得いかないような、ホッとしたような。微妙な表情を浮かべながら、唇を噛む風葉。

 そんな風葉の隣で、辰巳はじっとキクロプスを見据える。

 違和感が、ある。

 霊地から引き出した霊力を、強大な突破力を持つキクロプスへと変換。その力で幻燈結界に穴を開け、脱出させて回収。しかる後どこかに潜伏しているスペクター本体が、元の霊力へと再変換して『夢』のために利用する。

 行動の筋書きとしては、概ねこんな所だろう。

「だからこそ、おかしいんだ」

 仮にキクロプスがこのまま幻燈結界を破壊したとしよう。十中八九そのまま逃亡を続けるのだろうが、そうすれば間違いなく一般人に存在を知られてしまう。

 おかしいのはそこだ。古今東西を問わず魔術を少しでもかじった事があるなら、『神秘は秘匿されねばならない』という不文律は嫌でも知っているはずだ。

 霊力を扱う者としての常識を自ずから破り、あまつさえ衆目へ積極的にアピールしようものなら、凪守なぎもりはおろか全世界の退魔組織から狙われても文句は言えなくなる。

 そんな状況に陥って、果たして『夢を成す』事が出来るのだろうか。

 あるいは、そうなる事自体がヤツの『夢』とやらなのか――などと考えていた辰巳の思考は、再び振り上げられたキクロプスの拳によって中断する。

「何にせよ、今は考える状況じゃないか」

 推論は全てが終わってから、風葉に憑依したままの犬耳フェンリルも踏まえて、じっくりと重ねれば良い。今必要なのは、私的な目的で幻燈結界を破壊しようとしている輩を、全力で止める事だ。

 そして、その為には。

「霧宮さん、泉さんを頼むよ」

「え? う、うん。分かったけど」

 床に座らされた泉の背をしゃがんで支えながら、風葉は辰巳を見上げる。

「どうする気なの?」

「出前を頼むのさ」

「……何の?」

 目が点になる風葉だが、辰巳は取り合わずバイザーを開け、左腕の腕時計を操作。風葉の知らぬ同僚に連絡を取る。

「ファントム4よりファントム3、至急オウガローダーを転送してくれ。場所は日乃栄高校の校庭の西側だ」

『了解。三十秒貰うぞ』

 返って来たのは、予想外に甲高いボーイソプラノ。鈴を転がすような声は、二十二秒時点でポツリとつぶやく。

『……やまと屋の桜餅』

「あー、分かった分かった。終わったらな」

 ひらひらと手を振る辰巳。その横顔には今までとはまるで違う親しみが浮かんでおり、風葉は別の驚きで目を丸くした。

 辰巳がここまで心を許す相手が居るんだ、と。

 そしてその驚きは、突然巻き起こった怪現象に吹き飛ばされる。

 窓の外。唐突に差し込んだ紫色の光が、校庭、生徒、キクロプスまでをも塗り潰したのだ。

 方角は西、丁度辰巳が要請したのと同じ方角。

 その光源へ向けて、偶然にも同じタイミングで顔を向ける風葉とキクロプス。

 そこには紫色の輝きを発する巨大な魔法陣が一つ、悠然と浮かんでいた。恐らくは、辰巳がファントム3と呼ぶ人物が、何らかの術式を発動したためなのだろう。

 忽然と現れた魔法陣の全長は、キクロプスより一回り大きいだろうか。紫に光る巨大な円の中には、見た事も無い文字と紋様が、複雑に絡み合いながら一個の術式を描き出している。さながら、光の格子細工だ。

 そんな細工を呼び出した張本人である辰巳は、まっすぐに左腕を、腕時計の青石を掲げる。

 そして、叫ぶ。

「オウガローダーッ! 発進ッ!」

 辰巳の叫びに従い、まばゆい輝きを発する左手の青石。

 溢れる光に呼応するかのごとく、紫色の魔法陣はゆらりと表面を波打たせ――直後、その波を突き破りながら、巨大な直方体が飛び出した。

「……」

 風葉はぐうの音も出ない。ざっと見ただけでもキクロプスと同じくらいの大きさがある、群青色をした鋼鉄の塊が唐突に現れたのだから、無理もあるまい。

 そんな底辺の方が長い直方体は、身構えていたキクロプスを真正面からはね飛ばした。風葉と同じく呆気にと取られていたのだ。

『WOOOOOOOOOOOO!?』

 相変わらず人語ではない咆哮を上げながら、地面に倒れ伏すキクロプス。

 その光景を油断無く見据えつつ、辰巳は青石越しに直方体を遠隔操作。群青色を校舎の前に停車させる。

 そう、停車だ。巨大な直方体の底面には、前部と後部にそれぞれ四つずつ、合計八個タイヤが装着されていたのだ。

「……てことは、これ、クルマなんだ」

「ああ、一応トレーラーだ」

「……はぁ」

 呆然と息をつきながら、風葉は改めてタイヤを履いた直方体を見下ろす。

 全ての面がだいたい群青色に染まっている鋼鉄の直方体は、良く見れば車体前部に運転席らしき窓がついていた。ほとんど一体化しているデザインなので分からなかったが、どうやらキャブ部分であるらしい。

 背にはコンテナを背負っているのだが、これがまたでかい。車体の大部分を占めている。もはやトレーラーと言うより装甲車ではなかろうか。

 更に風葉は装甲の要所に不自然な切れ目があるのも見て取ったのだが、そろそろ頭痛がしそうなので観察は止めた。

 代わりに一言、半ばうんざりしながら風葉はつぶやく。

「で、どうするの、これ」

「こうするのさ」

 言いつつ、辰巳はまたもや腕時計を操作。鳴り響く電子音声が、トレーラーと連動したシステムの起動を告げる。

「モードチェンジ、スタンバイ」

『Roger Silhouette Frame Mode Standby』

「あ、またなんか喋った」

 そろそろこの異常事態に慣れて来てしまい、億劫そうにつぶやく風葉。

 しかし、その認識はまだまだ甘かった事を、風葉はすぐさま知る。

「オウガローダー! シルエットフレームモードッ!」

 叫ぶ辰巳の指令に応じ、オウガローダーは轟音と共に立ち上がった。

「……え?」

 点になっていた目を擦り、風葉はまじまじと窓の外を見る。

 だが、オウガローダーが前輪の脇辺りからスラスターを噴出させて立ち上がろうとしている光景は変わらない。

「あの……その」

 風葉が唖然と見つめる前で、ごうごうと燃え続けるスラスター。その炎は、とうとうオウガローダーの巨大な車体を直立させた。

 地面を踏みしめる巨大コンテナ。その側面部パネルが展開し、内部機構を露出させ、巨大な足へと変形する。

 次いで空を睨んでいたキャブが二つに割れ、左右それぞれが車体側面へと移動。更に車体底面部から鋼の腕が引き出され、飛び出た掌が固い拳を握り締める。

「……は?」

 二度三度、四度五度と瞬きを重ねる風葉だが、やはり眼前の光景は変わらない。

 巨大トレーラーの形をしていたオウガローダーは、ものの数秒でまったく別物へと姿を変えてしまっていたのだ。

 具体的に言えば、巨大なロボットへ。

 辰巳に向かって片膝を突くロボットの身長は、キクロプスよりも頭一つ分小さいだろうか。

 全体の形だけなら成人男性に似ている、鋼の手足を持つ群青色の異形。

 固く、重く、武骨で、巨大で、力強さが全身に漲っている鋼のシルエット。

 直線的なラインで形作られた全身の装甲は、どこか武者鎧にも似ている。だが良く見れば随所にタイヤや分割された運転席が残っており、確かに数秒前までオウガローダーそのものだった事が伺えた。

 更に肩、手首、胸、背中、膝、足首と言った身体各所にはサイズこそ大違いなものの、辰巳の左手首と同じ色をした青石が、宝石のような輝きを放っている。

 全身どこを見ても気になる所ばかりだが、中でも一際風葉の目を引いたのが、人体で言う所の鎖骨から上の部分だ。

 本来あるべき首や頭が、ごっそりと欠けているのだ。言葉通り、キクロプスよりも頭一つ分低いのである。

 代わりにあるのは、所々内部機構が剥き出しになっている鈍色の床と、床一杯に刻まれている大きな魔方陣。そしてその魔方陣の中央に立っている円柱状のコンソールユニット、のみである。

「は、は」

 本気でくらくらし始めた頭を抑えつつ、風葉は縋るように辰巳を見た。

「どう、する、気なの?」

「勿論乗るのさ」

 当然のように即答する辰巳は、いつの間にか泉を横抱きに抱えていた。

「って、何で抱えてるの!?」

「そりゃコクピットの中が一番安全だからさ。なに、乗り心地の悪さは保証するよ」

「しなくて良いよ!? ……って、ん?」

 反射的にツッコむ風葉の足元へ、ざわりと風がまとわりつく。だが幻燈結界の中で空気が動く事など、そうそう無い筈だ。

「何……?」

 見下ろせば、どこかから差し込む青い光が、風葉の足首を包んでいる。床を平べったく広がりながら、辰巳の足首も同色に染め上げている青色は、どこかカーペットを連想させる。

 しかしこのカーペットは、一体どこから来たのか。風葉は目で追う。

 幻燈結界越しに放たれていたこの青は、前方の巨大鎧の、コンソールユニットから放たれていた。

 そしてその光が、風葉と辰巳を直立姿勢のまま、コクピットへまっすぐに引き寄せはじめる。

「えっ、ちょっ、どうなってんのコレー!?」

牽引トラクタービームだよ。見た事無いか? UFOが牛を連れ去るあの光」

「私は牛じゃないよ!?」

 犬耳をわさわさしながらうろたえる風葉だが、牽引ビームはそんな事など構いもしない。校舎の壁をすり抜け、空中を当然のように横切り、するすると三人をコクピットへ招いき入れてしまった。

「……」

 牽引ビームが消えると同時に、ゆっくりと立ち上がる群青色の巨大鎧。それとは対照的に、風葉はコンソールユニットの前にへたり込む。

「た……高い……」

 まぁ無理もあるまい。心の準備もないまま、二十メートル近い高所へいきなり引き寄せられたのだから。

「動けないトコで悪いんだが、また泉さんを頼むよ」

 対する辰巳は泉を風葉へ預けると、コンソールユニットの後ろに回り込み、左手をかざす。

 丁度辰巳の腰くらいの高さがある、鈍色のコンソールユニットは、左手首の青石を認証する。

『Ger Set Ready』

 動き出す内部機構。青石から流れる霊力が機械の身体の血流となり、辰巳の五感と同調開始。

 身体各所の巨大青石がにわかに輝きを上げ、それに呼応した辰巳のプロテクターが、同様の位置に光の紋様を描き出す。

「こ、今度は何なのホントに!?」

 思わず正座し、反射的に泉を膝枕してしまった風葉の足元。床に刻まれた円陣が青い光を灯し、最後の準備完了を告げる。

 辰巳は、即座に叫んだ。

「大鎧装、展開ッ!」

 瞬間、コンソールを中心とした四隅から青色の光が立ち上った。間欠泉のように噴出する四本の青は、しかし即座に形を曲げ、辰巳達を包み込むように絡み合う。

 ドームのように編み上げられる霊力のワイヤーフレーム。細かく分岐しながら造られていくその形状は、それまで欠けていた武者鎧の鎖骨から上を、頭部分の骨組みを、瞬く間に形作る。

 そんな骨組みの隙間から、立ち上がったキクロプスを睨み据えながら、辰巳は最後の仕上げを叫ぶ。

「ウェイクアップ! オウガ・エミュレート!」

 閃光が、辺り一帯を薙ぎ払った。変形システムの余剰霊力が、光となって一斉に排出されたのだ。

『WOOO……!!』

 反射的に目を背け、しかし即座に引き戻したキクロプスは、その巨大な目に見た。

 正面にあったオウガのワイヤーフレームが、身体と同じ群青色の装甲に置き換わっているのを。

 欠けていた武者鎧の兜が、そこに存在しているのを。

 今しがた叫んだ言葉の通り、辰巳はワイヤーフレームを軸として、かつて存在した頭部を擬似再現エミュレートしたのだ。

 かくして、刃のような前立てを額に掲げる、巨大な機械の鎧武者――オウガは完成した。

 ゆっくりと振り向くオウガ。青と銀を主とした寒色で統一されている鋼の中で、唯一赤色に輝いている双眸が、まっすぐにキクロプスを貫く。

『WOOOOOO……ッ!!』

 警戒の唸りを発するキクロプス。剥き出しになった牙が、盛り上がる筋肉が、包み隠さぬ闘争心を顕にする。

「主人同様にやる気十分らしいな。まぁ、こっちもだが」

 それを真っ向から受け止めながら、オウガは構えた。右足を一歩引き、左腕を盾のように掲げるという、校内で辰巳が見せたのと寸分違わぬ構えだ。

 そしてオウガは――パイロットである辰巳は、一直線に告げる。

「どうあれ、打ち倒す。それだけだ」

 かくして白昼堂々と、誰にも見えぬ巨人達の戦いが、ここに幕を開けた。

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