Chapter15 死線 12

『……。正気か?』

 ハワード・ブラウンの要求。それを一通り聞いた後、巌はそう言った。

 ファントム・ユニット秘密拠点、ディスカバリーⅣの回収作業などを行っていた格納庫。その隅へ急造された術式の檻の中。ハワードは笑った。

『ッたりめェだろ、素面でこンな話出来ッかよ。ま、今のオレに酒なんざ意味無ェんだけどよ』

 軽薄な笑いを貼り付けながら、ハワードは足を組み直す。ディスカバリーⅣ頭部に格納されていたモノリスは一旦取り外され、この檻の中に納められているのだ。警戒と、対話をする為に。

『良いんじゃないか? 伊達や酔狂でこんな捨て身をする筈も無かろうし』

 巌の後ろでメイが微笑む。ハワードの笑みも深まった。

『オッ、流石はご同輩。話がワカルじゃあねェか』

 膝を叩くハワード。しかし音はしない。彼の姿は現状、モノリスから投影されている立体映像に過ぎないのだ。

『だが、なあ』

 巌の渋面が深まる。疑惑の眼差しが、ハワードを捉える。

『幾ら何でも都合が良すぎるんだよ。しかも貴方にとってではなく、僕らにとって、だ。何せ知っている情報は全て話す上、技術的にも戦力的にも全面協力する、なんて言うのはね』

『ンだよ疑り深ェな、将来ハゲるぞテメエ』

『は、げッ!?』

『わお。僕もちょっと思ってた事をズバッと言ったねキミ』

『ファントム3さん!?』

 けたけたと、ころころと、笑い合う神の権能を持つ者達。しかしてその片方、ハワードの笑みは不意に消える。

『まァー何だ。結局のトコロ信用するかしねェかってのは、ファントム1、アンタの胸先三寸だからよォ』

 ハワードの姿を投影する立体映像、その霊力供給はこの拠点からなされている。だからやろうと思えば、巌はこの無礼者の姿を対話ごと消し去る事が出来る。どころか、モノリス自体を叩き壊す事すら出来るだろう。不確定要素を、後顧の憂いを潰すなどと言った名目で。

 信用を得んがため、己の首を差し出している。

 だが同時にこちらを、五辻巌を試してもいる。

 これだから、長生きの魔術師という奴等は。腹の奥でぼやきを焼却処分しつつ、巌は口を開いた。

『……まあ、確かに一理ある。貴方には、ハワード・ブラウンには、もう後ろ盾が無い。そんな状況で今までの行いを濯ぐには、実績を打ち立てるのが最も手っ取り早い。そしてファントム・ユニットは現状、猫の手でも欲しい状況下にある』

『……つまりィー?』

 口角を吊り上げるハワード。肩をすくめる巌。

『歓迎しますよ、ハワード・ブラウン。大いに、ね』

 立体映像モニタを呼び出し、操作する巌。霊力の檻が消える。ハワードの口角が更に上がる。

『おッホ、マジかよ。オレが技術を持ち逃げしたり、やっぱ土壇場で裏切って向こうにつくかも、ッて可能性は考えないワケ?』

『無論考えていますよ? ただ先程も言った通り、此方は猫の手でも借りたい状況なのでね』

 更に立体映像モニタを操作する巌。ハワードの周囲へ十数枚のモニタ群が現われ、回遊を始める。

『……あン?』

『取り急ぎ、そちらのデータ類の整理からお願いしますねー。じゃ、僕は忙しいのでこれで』

 ひらひら手を振り、すたすたと行ってしまう巌。流石に少しハワードも拍子抜けた。

『マジかよ』

 頬をかきつつ、ハワードはざっと流し読む。内容は大鎧装の運用と開発、それから侵攻の計画案だろうか。普通なら部隊の上役が纏めていそうな――いや、あえてそれをやらせる事でデータの摺り合わせをしつつ、此方の信用を測る算段か。

『はン、つくづく小癪な小僧だ』

『だろう? ま、そこが面白いトコなんだけどな。信用と信頼を別々の物差しで考えられるニンゲンんなんだよ、巌はね』

 腰に手を当てる冥。口角は相変わらず上がっている。だが、その目だけは笑っていない。

『成程、成程。オレがオタクらを裏切るより先に、オタクらがオレを切り捨てる……そんな選択肢もアリなワケだ、ファントム1殿には』

『そういう事だね。で、キミのコールサインはどうする? 土壇場の飛び入りな以上、正式な番号ってのもおかしな話だし……』

 ふーむ、と腕組む冥。ややあって顔を上げる。

『…そうさな、ファントムXってのはどうだろ?』

『アー。じゃあそンでイイや』

 生返事をしつつ、ハワードはてきぱきとデータを整理していく。その手際の良さに肩をすくめた後、冥もその場を後にした。

 ――実際の話、この段階まではハワード本人も身の振り方をあまり考えていなかった。巌がどんな策を巡らしたとて、準備期間はあまりに短い。なれば如何様にも潜る方法はあろう。

 何より、自分はザイード・ギャリガンを確実に無力化する方法を知っているのだ。このままファントムXなる頭数として投入されたなら、遅かれ早かれそれを切る時が来る。

 それを餌に改めて交渉するも良し、あるいは報せぬまま使ってギャリガンを倒し、その後の魔術界隈の趨勢を握るも良し。

 どうあれハワード・ブラウンにとって、この状況はグロリアス・グローリィの反乱が鎮圧された後、己の立ち位置を優位に仕切り直す為の仮住まいに過ぎない。

 そう、その筈だったのだ。

 レツオウガの、神影鎧装の設計データを、目にするまでは。



「それを、その理由をっ、見抜けなかったオレ自身なんだよなあァァァァァッ!!」

 ハワードは叫ぶ。アメン・シャドーⅡの出力が上がる。渾身の、叩き付けるような振り下ろし。大上段からの大振りではあったが、速度は今までを遙かに超えている。貯蔵霊力にモノを言わせた高速化だ。I・Eマテリアル様々である。

「おおっと」

 その一撃を、ギャリガンはグングニルで受け止めた。びりり、と少しコクピットが震える。アメン・シャドーⅡが、鎌へ体重をかける。

「こ、の、ま、まッ」

門壁スリサズを張らせる暇もなく、全体重とスラスター推力を合算して押し斬る。そう考えているのかな」

 読まれた。背を撫でる冷気を振り払うべく、ハワードは立体映像モニタを展開。

「だっ、たらッ――」

 どうだッてンだ。そう言い切るより先に、ネオオーディン・シャドーは視界から姿を消した。

「――ア?」

 消えた? いや違う。こっちの振り下ろしと同じだ。出力向上による高速化。それも爆発的な。

「く、」

 歯噛みする。今更思い出す。かつてレツオウガと交戦した前身機、オーディン・シャドー。そのパイロットだったギノア・フリードマンは、最後の戦闘で形振り構わぬ高出力形態を編み出していたではないか。

 後にオーバードライブモードと名付けられたそれに、ギャリガンが目を付けぬ筈が無いのだ。そしてそれを、今、ギャリガンは発動した。

「察したかな? だが遅いね」

 右脇腹。掌。ぴたりと押し当てられている。首を巡らせば、サブモニタに映るはネオオーディン・シャドーの姿。

「テ、メ、エ」

「かつてのオーディンとは違い、発動は短時間に限定している。機体への負担を減らすためであり、まあ当然の処置だね。だが――」

 衝撃。直撃。吹っ飛ぶアメン・シャドーⅡ。

「ガぁ――っ、ク、ソ」

 スラスター噴射、バランス調整。即座に体勢復帰し、空中で静止するアメン・シャドーⅡ。

 並行して機体の状況確認。ダメージは、想像を遙かに超えて軽微。そもそも先程叩き込まれたのは雹嵐ハガラズではない、ただの霊力弾だ。手加減して頂いたワケだ。有り難い事に。

「しかし、解らないな」

 腰に片手を当てるネオオーディン・シャドー。心底不思議に思っている態度を隠しもせず、ザイード・ギャリガンはアメン・シャドーⅡを見上げる。悠々と。

「僕達への、グロリアス・グローリィへの復讐。それは解る。しかし、その為にキミは一体何を売り渡した?」

 油断無く鎌を構えるアメン・シャドーⅡ。それを気にした様子すら見せず、ネオオーディン・シャドーは上昇。

「凪守の軍門に降り、持っている手札じょうほうを売っただけでは飽き足らない。ファントム1の戦術の一部に組み込まれ、セカンドフラッシュとやらの内部で長い間機を伺っていた……」

 ネオオーディン・シャドーの上昇が止まる。真正面、アメン・シャドーⅡと相対する。

「まるで忠犬だ。全てのプライドを投げ打ってまで、僕に復讐をしたかったのかね?」

 首を傾げるネオオーディン・シャドー。当人としては揺さぶり、挑発の腹積もりなのだろう。

 だが逆に、ハワードの思考は冷えた。

「……。そォーだな。まぁ、それもあらァな」

 アメン・シャドーⅡは、ハワード・ブラウンは睨む。真正面、浮遊している敵機。センサーを介さずとも、その四肢に充ち満ちる霊力は、手に取るように解る。

 脚部、腕部、胴体、スラスター。形式こそ違うが、センサー越しに見て取れる霊力経路の感覚。

 知っている。識っている。プロジェクトISF。社長。面識は無くとも、互いに認め合った技術の好敵手。

 アイツなら、こうした経路を構築するだろう。そんな確信が、ハワードにはあった。

「……だが。アイツは、もういねェ」

 吐き捨てて、改めて思い知る。社長は、図面越しに殴り合ったあの男は、もうこの世に存在しないのだ、と。

 それを利用した存在が、今目の前でのうのうと生きているのだ、と。

「アイツ? 誰です?」

 首を傾げるギャリガン。その一挙手一頭足が、ハワードには酷く滑稽だった。

 そして、酷く悲しかった。

「テメエには、解らねェだろォよ……」

 振りかぶる。ゴールド・クレセント。

 間合い。戦法。何もかも、知った事では無い。

「何も解らねェまま……! 死ねえェエ!!」

 ただ激情の赴くまま、アメン・シャドーⅡは突貫した。

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