Chapter10 暴走 09

「行くぞ、ファントム2――獣装合体じゅうそうがったい!」

 戦場を劈くいわおの叫びに、電子音声はすぐさま応えた。

『Roger Dual Silhouette Frame Mode Ready』

 次いで赫龍かくりゅう迅月じんげつ、それぞれの機体内に眠っていた合体機構が目を覚ました。

 まず赫龍のスラスターが推力を増し、迅月の上へ滑らかに移動。両翼が一旦切り離され、しかし術式によって赫龍の左右へと滞空。

 次いで上腕が二の腕内部へ収納され、更に肩アーマーがそれを覆うように遮蔽。立方体のようなブロック形状となった両腕は、肩の付け根ごと赫龍の背中へ移動し、バックパックを形成。

 更に両足が腰部アーマーごと、扇のようにぐるりと展開。それぞれ腕部があった場所へ、左右の脚部は移動する。

 同時に迅月も変形を開始。まずヒューマノイドモードの頭部が格納され、頭部が上を向き、胸部を形作っていたブースターユニットが射出。同時に両腕の丸盾が手放され――と、ここまではビーストモードへの変形と同様だ。違うのはここからである。

 まず迅月の上半身が百八十度回転し、そこから頭部のみがもう一度百八十度回転。更に頭部は背中だった場所の中央へと移動し、カメラアイがぎらりと光る。

 更に両腕部が折り畳まれ、虎頭の斜め上へとスライド。これで赫龍と迅月、二機の合体プロセスは整った。

 そして先程までブースターユニットが収まっていた場所へ、赫龍の上半身が接続。水平を維持する赫龍の両脚部――いや、もはや新たな上腕部となった部位から、満を持して接続端子ジョイントが展開。

 分離状態では霊力機関砲を展開してたその場所へ、滞空していた迅月のブースターユニットがそれぞれ接続、新たな上腕部を形成。

 ゆるりと下ろされ、体幹に沿う新たな両腕。その上腕へ二対のシールドが接続され、先端からは新たな拳も展開。

 同時に迅月の腕部だった部位が可動し、赫龍の大腿部だった場所を覆うように再展開。更に滞空していた二対の翼が接続され、折り畳まれ、大ぶりの肩アーマーを形成。

 最後に胸の虎頭の上部、I・Eマテリアルを装着された部位の装甲が展開し、内部からヘッドギアが展開。新たな術式制御機構を内蔵したそれが赫龍頭部へと接続され、虎頭の上部装甲が閉じる。ブレードアンテナが展開し、合体大鎧装――獣鎧装の新たな頭部が、これにて完成する。

 振り上げられる腕、握られる拳。ぶっつけ本番だったが操作に違和感は無く、念のためスキャンを走らせても不具合は特にない。流石は利英りえいの仕事だ。

 かくて巌は、合体プロセスの完了を叫んだ。

「合体完了!」

「ウイィィングッ! タイガァァァァァァッ! ロボォッ!!」

 もとい、叫ぼうとした。

 まったくもって完璧なタイミングで、雷蔵のシャウトがそれを塗り潰したのである。

「……いや、おぼろだからな? 正式名称は。赫と迅を合わせた名前なんだから」

 ウイングタイガーロボ――もとい、朧の頭部が胸の虎を見下ろす。

「えぇー。でもこっちの方がカッコよくないかの?」

 見上げる虎頭。それぞれに割り当てられたカメラアイで、彼等は互いを見ているのだ。

 実に微妙かつ器用なやりとりに、当然ながらアメン・シャドーは付き合わない。

「あのよォ……見せるンだッたらよォ。漫才より機体性能にしてくンねェかなァ!」

 裂帛の気合いと共に、アメン・シャドーは突撃する。振るうは鎌、構えは下段。狙うは逆袈裟による一撃必殺か。

「フン、せっかちなヤツめ! 正論じゃがの!」

 軽口を叩きつつ、迎え撃ったのは主操縦担当の雷蔵である。背中に回った赫龍共々、合体状態の巌は基本的にサポート担当なのだ。

 どうあれ、朧は拳を握る。迅月と同じように。

 踏み込む。スラスターが唸る。迅月以上の出力で。

 目的は迎撃。だが朧の機体へ充ち満ちていた推力は、雷蔵の推定を遙かに超える速度でもって、アメン・シャドーの至近へと踏み込んだ。

「ほう!」

「何ッ!?」

 目を剥く雷蔵とブラウンだが、さもあらん。反応速度は霊力経路の拡張によって、機体推力は赫龍そのものを追加ブースターとする事によって、それぞれ迅月を遙かに超える鋭さを叩き出しているのだ。

「ぐるルァ!」

 かくて朧の鋭いショートフックが、アメン・シャドーの腹部目がけて強襲。

「チ、ィ!」

 ブラウンは即座に鎌を引き戻し、柄で朧の拳を防御。弾かれた拳が鳴らす金属音を、雷蔵は更なる咆吼で塗り潰す。

「ぐ、ル、ルアアあ!」

 真正面からアメン・シャドーを打ち据える、連打、連打、連打、連打、連打の嵐。雨霰と放たれる朧の両拳を、アメン・シャドーは柄を小刻みに動かして全て受け止める。

「チ、確かに目ェ覚めるスピードだ……が」

 アメン・シャドーの性能は、その速度に対応出来ている。ブラウンは少し鼻白んだ。

 確かに朧の機体性能そのものは、迅月より遙かに向上している。だが、はっきり言ってそれだけだ。

 手強い事に間違いは無い。だが赫龍からの不意打ちを気にする必要がなくなった現状、相対的に与しやすくなっているのもまた事実であり。

「そんなモンじゃなァ!」

 一瞬の隙を突き、アメン・シャドーは後方へスライド移動。空振り状態の朧を笑うかの如く、再び鎌を振りかぶる。

 だが、しかし。

「ソイツを待ってた――セット! サークル・セイバー!」

『Roger CircleSaber Etherealize』

 巌の入力に従い、新たな武装が目を覚ます。朧の両腕、上腕部へ装着されていた丸盾が、手の甲側へスライド。更にその正面へ霊力光が走る。

 光は精密回路のような軌跡を描きながら、盾の外周へと集束。寄り集まった霊力光は、レックウの前輪にあるものと同型の、しかし遙かに巨大な回転刃となって具現化。

「なッ、」

 ブラウンは目を剥いた。回転刃の凶悪さもさる事ながら、それを振るう朧の踏み込みが、明らかにアメン・シャドーの動きを読み切っていたからである。

「ッく」

 ならばせめて、と刃を飛ばそうとするブラウンだが、それより朧の左サークル・セイバーの方が遙かに早い。

 一閃。切り落とされる鎌の刃。

 勢い余り、くるくると宙を舞う鋼の円弧。制御を失ったそれが霊力光へ解けるよりも先に、朧の右回転刃がアメン・シャドーを強襲する。

「ぐるアオオオ!」

「な、ろ、ォ」

 切瑳の盾として、残った柄を突き出すアメン・シャドー。今まで朧の鉄拳の悉くを弾き返していた頑丈な柄は、しかし振り下ろされるサークル・セイバーによって、枯れ枝の如く折れ断たれた。

 敗れる防御。崩れる姿勢。それによって生じた隙を、当然雷蔵が見逃す筈も無く。

「そこじゃあァ!」

 裂帛の気合いと共に、放たれるは逆手のアッパーカット。背部スラスターの推力すら複合した一撃が、稲妻のようにアメン・シャドーを強襲。

「ち!」

 そのコンマ四秒前、アメン・シャドーは件のスライド移動で緊急回避を試みる。だが朧の放ったアッパーは、それですら回避しきれぬ程に至近、かつ鮮烈であり。

 斬。

 いっそ明朗ですらある切断音が、薄墨色の空に走り抜けた。

「、く」

 歯噛みするブラウン。スライド移動を完了するアメン・シャドー。その胸部装甲は、サークル・セイバーの一撃によって、大きく削り取られていた。

「ふふん。やはり流石じゃな、このタイガー八つ裂きカッターは」

「……前から思ってるんだが、すごいセンスだな」

「カッコいいじゃろ? タイガーピザ切りカッターとどっちにするか迷ったんじゃがの」

「うん、あぁ、そうなの」

 言いたい事はありすぎるが、このタイミングでメインパイロットの戦意に水を差す訳にはいかない。なので、巌は操縦桿を小突くだけで止めた。

 代わりに、巌は思考を巡らせる。

 ――アメン・シャドー。古代エジプトの太陽神アメンをモデルとしたこの神影鎧装は、その名の通り太陽の力を模して組み上げる事が出来る。背部光輪から射出される誘導霊力弾コロナ・シューターなぞ、その良い例だ。

 その高い誘導性能から察するに、『地上の全てを遍く照らし出す』偏在性辺りが土台となっているのだろう。レツオウガとの連携中、そんな予想を巌は立てていた。

 だが、だとすれば。

 あのスラスターを用いない奇妙な高速スライド移動も、太陽神の力が由来なのではなかろうか。そう続いた巌の思考は、半分正解していた。

 正確には。あのスライド移動は太陽神ではなく、太陽という天体そのものの情報から来ていたのだ。

『地球では無い』という情報を拡大解釈する事で、地球の自転、重力、慣性、その他諸々の一切合切を数秒間ながら無効化し、機体を現在座標へ完全固定。

 すると地球の重力に従っている側との距離が相対的に開くため、あたかも超高速移動をしているように見えていた、と言う訳だ。

 スライド移動時に巌が計測した時速一七○○キロメートル――地球の自転速度と同等の数字は、ここから来ていたのである。

 同時に、赫龍の追跡時にそれを使わなかった理由も解けた。地球の自転に依存する都合上、いくら素早かろうとアメン・シャドーは絶対に西方向にしかスライド移動出来ないのだ。

 こうした巌の的確な看破によって、アメン・シャドーのステイシス・ドライブ――巌がその名を知るのはまだ先だが――は、その有用性を半減させられた。

「どォやら、マジでやるしか無ェみてェだなァ」

 上段。再構成した鎌を、アメン・シャドーは振りかぶる。半ば担ぐような姿勢で構えられた刃へ霊力が集中し、一気に五本に増える。短期決戦の構えか。

 而して、時間がかけられないのはこちらも同様だ。いくら朧が強力だろうと辰巳オウガの、引いては風葉フェンリルの現状が分からぬ今、いつまでも時間をかける訳には行かない。

「手早くケリを付けるぞ、ファントム2。ランページ・アタックだ」

 故に、巌は決断した。

「応」

 雷蔵は笑った。牙を最大限にむき出す、凶悪な笑顔であった。

 それと同時にサークル・セイバーが動作を止め、丸盾もまた元の位置へと戻る。そのまま、朧はゆらりと両手を正面に突き出す。丸盾上に再び走る霊力光が、先程とは違う精密回路を描き出す。

「いくぜ」

 そんな朧の構えに対抗するかの如く、アメン・シャドーもまた鎌を正面へ、突き出すように構えを変えた。

 睨み合う二機の大鎧装。隙を探る互いの視線が絡み合い、せめぐ闘気が幻燈結界げんとうけっかいの薄墨をぶすぶすと焦がす。

 溶岩のように、コールタールのように、熱く煮えたぎる数秒。

 しかる後先手を打ったのは、朧の方であった。

 丸盾上の術式陣が完成するや否や、朧は即座に拳を握り締めた。そして雷蔵は、獣の如くに咆吼したのだ。

「タイガァァァーッ! ロケットパァァァァンチ!!」

 朧の両肘から先。迅月状態時ではブースターユニットだった左右の拳が、莫大な霊力光と共に丸盾ごと射出された。

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