Chapter03 魔狼 06
所変わって
「ふほ、ほ」
部屋の主こと利英は、ぐったりと机に突っ伏していた。まぁ特注品である
「実際大したもんだよ、酒月」
「なぁーに、こんなこともあろうかと、ってヤツさ」
震える腕でサムズアップする利英。何のかんのでまだ余裕はあるようだ。
「それにしても、何かこう、すごいお部屋ですね」
部屋をぐるりと見回して、
元は割と広い部屋だったのだろう、天井の大きさでそれは分かる。
しかし視点を少しでも下げれば、待っているのは本やら薬品やらが納められた棚の群れ、巨大なモニタ、何だか良く分からない紙束、床にケーブルを這わせまくっているパソコン、用途の見えない怪しい機材の群れ、等々。
ガラクタと、ガラクタ予備軍と、研究機材と、その他諸々色んなモノが、全方位から室内を圧迫しているのだ。唯一部屋の中央にあるパソコンデスクの周囲だけはそれなりに開けているので、必然的に室内の全員がパソコンの周りに集合していた。
「さて。死にそうなところで悪いが、まだまだ働いて貰うぞ酒月」
四角い机の端に手をかけながら、冥は満面の笑みで酒月を見下ろす。
「うわぁサディスティックぅ」
「褒めるなよ、照れちゃうじゃないか」
飄々と言いつつ、壁際のパネルを操作して冥はモニタを起動。映りだした大画面の向こうから、真剣な面持ちの
『ああ、繋がったか。冥、そっちの状況はどうだ?』
「問題ないよ、ちょいとトラブルはあったがな」
『オウガローダーを跳ばした事か? それならこっちでも把握して……』
「や、それもあるんだがな」
つい、と指差す冥。はて、と視線を移す巌。
「あの、その、ごめんなさい」
パソコンデスクを挟んだ反対側。未だ軽く痙攣している利英の隣で、風葉が縮こまっていた。
『そうか、
「はい、おっしゃる通りです」
ますます縮こまる風葉に、巌はうっすら笑う。
『はっは、いや構わないさ。それより、日乃栄に発生したRフィールドに関してだが――』
「……Rフィールド?」
ぼそりと呟く利英。同時に痙攣が止まる。
「そうだッ! アァルフィィィールドだ!!」
バネ仕掛けのように利英は跳ね起き、風葉は思わず一歩引く。
「わぁ生き返った」
「そのまま解脱すれば良いのに」
「そうはいかんのだよ! この世の煩悩を極めるまではな!」
「なんてダメな坊主なんだ」
「褒め言葉として受け取っておこう!」
爛々と目を輝かせながら利英は立ち上がり、一目散に巌へ詰め寄る。画面越しとは言え、巌も少し引いていた。
「と言う訳で巌! さっさとデェタを遅るんだ!」
『もうやったよ』
「おおう流石は親友! 分かってるじゃないか!」
即座に机へ舞い戻り、パソコンにかじりつく利英。所望のデータが表示されるなり、笑いながら凄い速度でキーボードを叩き始める坊主に、巌は続ける。
『それと、もう二つ情報がある。悪い方と、とても悪い方だ』
「ほほう! ならばとても悪い方から聞こうか! 相対的に後の情報がイイモノっぽく聞こえる錯覚に陥るだろうからな!」
『Rフィールド内部に膨大な量の霊力反応が現れて、その直後にあらゆるセンサーが通らなくなった。突入どころか連絡も出来なくなってしまったよ』
溜息のような巌の一言に、利英のタイピングはピタリと止まった。
冷水を被ったかのごとく、その表情から熱が消える。
「本家と同じように閉じちまったワケか……で、悪い方の話は?」
『日乃栄高校地下の霊地にあった霊力が、ほぼゼロになってる。利英、この二つの話をどう考える?』
モニタの巌をじっと見た後、利英は今までとは違う笑みを浮かべた。
歯痒さと苦々しさが入り交じった、そんな顔だ。
「……おいおい、それを僕に聞くのかよ親友。もう大体答えは見えてんだろ?」
『まぁな。だが、断言するにはまだ少し情報が足りない』
「OKOK。ならやろうじゃないか、答え合わせをさ」
日本刀のように鋭い眼光をたたえながら、利英はパソコンを操作し、アプリケーションを実行。
途端、にわかに天井へ白色の術式紋様が浮かび上がり、そこから投射される光が室内へ四角い画面を映し出す。
オウガのコクピットにも使われていた、立体映像モニタだ。それが十数枚、パソコンデスクを中心にゆっくりと回遊し始めた。
そのうちの一枚を、利英は指差す。
「最初に注目したいのは、やはりフェンリルの存在だな」
モニタ内で咆哮しているのは事件の発端、先日辰巳が戦った巨大な狼だ。
自分も関係しているその映像に、風葉も否応なく背筋を伸ばす。
「ギノアはごく普通の一般人、霧宮風葉くんにフェンリルを憑依させた。更にその友人を経由し、自分自身もフェンリルを鎧装として纏った。なぜ、こんな事をしたのか」
「攪乱のため、じゃないのかい?」
冥の推論に、しかし巌は首を振る。
『だったらこんな回りくどい事をする理由が無いさ。と言うか、そもそも理由なんて無かったんじゃないかな』
「どういう、事ですか?」
同じフェンリルとして聞き逃せない風葉に、利英が答える。
「つまりさ。ヤツは、ギノア・フリードマンは、元々フェンリルを召喚する予定じゃなかったのさ」
目を丸める風葉、片眉をつり上げる冥。
実際、その推測は正解だ。つい今しがた、辰巳との戦闘中にギノアが同じような事をほのめかしている。
「なら、なぜそんな事になった? そもそも根拠はなんだ?」
もっともな冥の疑問に、利英は肩をすくめる。
「さてねぇ、確実な所は当人に聞かないと。だが、推測を重ねる事は出来る。そうだろ?」
無言のまま、しかし明確に頷く巌。過程はどうあれ、二人は既に同じ結論へ達しているらしい。
『恐らくだが、連中は最初からRフィールドを日乃栄高校に展開したかったんだろうと思う。今みたいにな』
「それはまた。穏やかじゃないな」
『だが、そうとしか思えないのさ。これを見てくれ』
言いつつ巌がエンターキーを叩くと、浮遊していた立体映像モニタのうち、一枚に何かのデータが現れた。
眉根を寄せ、半ば睨むように冥はデータを斜め読む。
「これは……セキュリティログか。日乃栄霊地のプロテクトか?」
『ああ。ギノアはまずこのプロテクトを破り、霊力を抽出しようとしたんだろう。隠蔽されてはいたが、そういう形跡が見つかったよ』
「ほう。だが、ヤツはどうやって日乃栄に現れたんだ?」
もっともな冥の疑問に、今度は利英がキーボードを叩いた。
「ソイツは恐らく、これが答えになるんじゃないかな、っとぉ!」
勢いよく弾かれたエンターキーに従い、先程とは別の立体映像モニタに映像が灯る。日乃栄高校の敷地内、秘密裏に設置された定点カメラが、途切れる直前に送ってきた映像だ。
撮影時間はつい数分前。赤い空に映っていたのは、レイキャビクからギノアと神影鎧装術式をまるごと移送した、グレンの転移術式であった。
「これは、転移術式か? だが、こんなタイプのものは見た事が無いな」
同じ転移術式使いとして思うところがあるのか、食い入るように画面を見据える冥。
その横顔に、利英は補足説明をする。
「辰巳がフェンリルと戦ったあの日。察するに、遅くとも午前六時くらいまでに、この転移術式はギノアを日乃栄霊地の管理ブロックへ跳ばしたようだねぇ。くくく。そんでセキュリティを誤魔化して色々やってたみたいだ。多分この時にRフィールドを造ろうとしてたんだろ、今みたいにさ」」
だんだんテンションが上がってきたのか、口の端がつり上がり始める利英。その雰囲気を察し、巌がそれとなく説明を引き継ぐ。
『だが、出来なかった。霊地には十分な霊力が蓄えられていたが、いかんせん抽出量が足りなかったようだな』
「ハ、考えるだけでとんでもねえよな! 保有量の十パーセントを使ってもまだ足りねえとかよ!」
興奮に目をぎらつかせ、ガタガタとキーボードを叩き続ける利英。その視線は正面のディスプレイのみならず、連動する幾枚もの立体映像モニタへも注がれている。
データの見落としが無いか、あるいは閃きのとっかかりが見つからないかを、高速で確認しているのだ。
『だが、霊力は足りなかった。恐らく術式の要求霊力に対して、抽出が間に合わなかったんだろう。そこから起動を強行したのか、中断させたかったのかは分からないが――とにかく、結果として暴発した』
「連中にとっても想定外だった、って事か」
『……いや、どうかな。後の手際がやたら綺麗な辺り、その辺も織り込み済みだった可能性もある』
「それは、また」
納得半分、疑問半分といった顔を浮かべる冥。その隣で、今まで黙っていた風葉が怖ず怖ずと手を上げる。
「それで、その。暴発がこの、フェンリルを生んだんですか?」
グレイプニル・レプリカの効力によって今は見えない犬耳を、風葉は指差す。
『多分ね。不完全とは言え、まがりなりにもラグナロクっていう北欧神話のクライマックスが再現されたんだ。正直、何が発生してもおかしくはなかったと思うよ』
ロキやヨルムンガンドが発生していたら、もっと面倒な事になっていたかもしれない――机を小突いて、巌はそんな仮定を追い払う。
『どんな連中が後ろについてるかは分からない。けど、ソイツはかなりの切れ者のようだね。辰巳との戦闘記録から、それが分かるよ』
「ファントム4、と呼んでやらんと怒るぞ?」
にやりと笑う冥に、巌もつられて口元を緩める。
『あー。まぁ良いじゃないか、本人いないし』
言いつつ、巌はファントム4こと辰巳とギノアが交戦したデータを改めて検分する。
『しかしまぁ、人造のRフィールドか。どこの誰かは知らないけど、とんでもない物を造ってくれたもんだね』
「だな。しかしそうなると、その人造Rフィールドを壊しちまうかもしれんフェンリルは、連中からすりゃかえって危険要素なワケだ!」
脅威を目の前に、しかし利英は歯を剥き出しにして笑う。
『ああ。だから敵はフェンリルを、僕達凪守に排除させようとしたんだ。霧宮くんの友人を人質にとって、あたかもそれが重要であるかのように見せかけてね。更に、別の策も平行していた』
巌がマウスをクリックすると、立体映像モニタの一つに新たな画像が表示された。
同日にオウガと戦った一つ目の巨人、キクロプスである。
『それが、このキクロプスだ。これで莫大な霊力を持ち去る――ようなフリをして、ギノアはある仕掛けを日乃栄霊地の近くに施した』
キクロプスの写真がやや縮小され、隣に霊地の霊力量を示すグラフが表示される。
パラメータは、ゼロ。現在、まったくのカラになっている日乃栄霊地の現状データだ。
『恐らくその仕掛けによって、日乃栄霊地はたった数分で素寒貧になってしまった。多分オウガとの戦闘中、キクロプスがばらまいた牙バルカンに、何か仕掛けてあったんだろうな』
「……あ!」
と、そこで呆気に取られたのは風葉だ。
「どうしたんだい?」
「あ、はい、あのその。 ……ロボットに乗ってた時、何か、変な音を聞いたんですよ。こっちの耳で」
言いつつ、風葉は未だカムフラージュ中である頭上の犬耳を指差す。
憑依レベルが低いとはいえ、風葉の
――後の調査で判明する事だが、キクロプスはオウガとの戦闘中、ばら撒いた牙の中に解析術式を刻んだ物を混ぜていたのだ。風葉がオウガに乗っていた時、気を取られた斜め下の一軒家に着弾したのが、その一つである。
総数は四。オウガへの掃射に紛れて発射されたそれは、幻燈結界の効力を用いて民家の内部へ透過。ターゲットとなる家は事前に調査されていたようで、近隣住民まで含めて霊的感覚は皆無。故に幻燈結界が途切れた後も、誰にも見えはしなかった。
かくて近隣住人の霊力を吸収しながら、霊脈の動きを密かに記録しつつ、四つの不発弾は待っていたのだ。
つい今しがた、×印となって伸長した蜘蛛の巣の先端を。
術者による、回収を。
東、西、南、北。
伸張した×印の先端と結合した不発弾は、各々が集めた霊脈のデータを速やかに伝達。得られた情報を下にセキュリティホールを割り出し、更にそこから霊脈へ、引いては日乃栄霊地へ強制接続。
かくてギノアは日乃栄霊地から霊力を根こそぎ奪い、Rフィールドと神影鎧装を造り上げたのだ。
『ふむ。やはり何かカムフラージュしていたのか』
が、今はまだ分かるはずもなく、薄々察しつつも巌は腕を組んだ。
「けどさ、仮にそれが事実だったとしてだ。連中は、ここからどうするつもりなんだ?」
パソコンデスクによりかかり、冥も腕を組む。
「Rフィールドの展開実験は成功した。ひょっとすると中でまだ何かやってるのかもしれないが、まぁそれはいい。重要なのは、実験の最後だ」
言いつつ、冥は回遊する立体映像モニタの一つを流し見た。ゆらりと流れる四角形の中には、件の人造Rフィールドが大写しになっている。
「アレ、どうやって片付けるつもりなんだ? 本家のRフィールドは未だ収まってないのに」
『うん。多分、その辺にギノアが凪守へ……いや、僕らへケンカを売ってきた理由があると思うんだ』
「そうだな! 一回限りとはいえ、ファントム・ユニットにはあらゆる霊力を消滅させられる術式があるからな! まったく忌々しいねぇ!」
語調を合わせる巌と利英に、冥はああ、と納得する。
「……あの、どういうことなんでしょうか」
首を傾げる事しか出来ない風葉。その時画面の向こうで卓上電話が響き、即座に取った巌が二言三言応酬する。
『やはり、そうですか』『ですが、それは!』『……了解』
落胆、激昂、不本意。それら全てを渋面の中に押し込め、巌は受話器を置く。
そして、溜息のように一言つぶやいた。
『……たった今、オウガを自爆させる事が決定したよ』
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