Chapter03 魔狼 05

 白色の、巨大なワイヤーフレームが組み上がる。

 基点となるは死霊術師リッチギノアと、巨大な蜘蛛の巣状の霊力図形――神影鎧装しんえいがいそうの術式だ。

 上へ、下へ。何かの骨組みを形作りながら、拡張し続けるワイヤーフレーム。恐らくはオウガのコクピット周りを保護する霊力装甲と同じたぐいなのだろう。使われている霊力量は段違いだが。

 編み目、と言うよりも血管のように有機的な形を描く光の軌跡は、凄まじい速度で形を成していく。

 すなわち、巨大な人型を。

「……参ったね、もう大鎧装の範疇を超えてる」

 オウガローダーを待つ辰巳たつみは、目を細めながら刻一刻と編み上がっていく骨組みを見上げる事しか出来ない。

 今ここから跳び上がり、構築中の神影鎧装とやらへ取り付く事は簡単だ。だが、そこから続く攻撃手段が辰巳には無い。

 高密度に収束した霊力は、それだけで強固な防護壁となるのだ。もはやインペイル・バスターすら通用しないだろう。一目見ただけでそれが分かった。

 歯痒さに苛立つ辰巳を余所に、ずしりと地面を踏みしめる足の骨組み。同時に霊力の吸い上げを終えたのか、東西南北に伸びていた×字部分は切り離され、制御を失って光の粒となり消滅。

 入れ替わるように光の髑髏が編み上がり、悠然と辰巳を見下ろした。

 強大な霊力を隠そうともしない、異形の巨体。だがどこまでも純白な輝きを発するその様は、どこか神々しくもあった。

 紛いものの影とはいえ、やはり神だと言う事か。

「ちとマズイか、な」

 舌打つ辰巳。その背後に紫色の巨大な円陣――冥の転送術式が現れたのは、丁度その時だった。

『待たせたな』

「遅いぞ、もう少しでこっちから迎えに行くところだったぜ」

 左腕のコンピュータを操作し、辰巳はオウガローダーとリンク。

『仕方なかろう、Rフィールド用に調整する手間があったからな』

『まぁそれをやったのは僕なんだけどね! 冥の転送術式は色々と特注なアレだから、その流れでどうにかRフィールドをごまかしてさ! レツオウガの調整でEマテリアルのデータを更新してたのが役に立ったね! けど徹夜明けには正直辛いぜヘヒヒ!』

 元気よく割り込む酒月さかづきの奇声。きっと凄くいい顔で笑いながらサムズアップしているのだろうが、辰巳は努めてそれを無視する。

「Rフィールド用に調整、ってのはどう言う事だ?」

『本家と同じさ。日乃栄高校一帯は今現在、Rフィールドのせいで霊的な隔絶状態になりつつあるんだ』

「普通の手段じゃ出入りできない、って事か。この通信もいつまで続くか分からんな」

 それが何を意味するのか、あえて考えずに辰巳はオウガローダーをチェック。

 状態良好、問題一切なし。すぐにでも発進可能。

 故に、辰巳は迷わず叫ぶ。

「オウガローダーッ! 発進ッ!」

 掲げられた左腕Eマテリアルから、まっすぐに放たれる青い光。安全装置解除のシグナルであるその青は、紫色の円陣越しにオウガローダーのコクピットへと着信。

 合図を受け取ったオウガローダーは鋼の心臓を脈打たせ、真正面に穿たれた紫色の門へと突っ込む。

 暗い門を潜る時間は、僅かに一秒。

 利英の改変によってディティールこそ多少違うが、色は変わらぬ紫色の出口を抜ければ、そこはもう日乃栄高校のグラウンドだ。

 先日キクロプスと対峙した時のように、神影鎧装の真向かいへ停車するオウガローダー。

 ぶわりと風を叩きつける巨大なバンパーを背に、辰巳は己の大鎧装へシステム起動を告げる。

「モードチェンジ、スタンバイ」

『Roger Silhouette Frame Mode Ready』

 通常では使われない変形用の機構が熱を帯び、循環する霊力が辰巳のバイザーにコンディションを転送。

 オールグリーン、準備完了。そして、辰巳は叫んだ。

「オウガローダーッ! シルエットモードッ!」

 轟、と。パイロットの指令を受け、オウガローダーが立ち上がる。

 寄せ木細工のように装甲がスライド、姿を現しつつ組み上がっていく鋼鉄の足、腕、胴体。

 そんな鋼鉄の上を、辰巳は待つのももどかしく跳び上っていく。律儀に牽引トラクタービームを待っていて、ギノアの神影鎧装に隙を突かれては泣くに泣けない。

「……うん?」

 そうしてオウガのコクピットに着地した辰巳は、いつものコンソールの背後に妙なモノを見つけた。

 床面に据え付けられた、一メートル四方の小さなシャッター。先日は影も形も無かったモノだ。枠外に小さく書かれた注釈から察するに、その下にあるのは多分内部機構へのコネクターだろう。

「へぇ。レツオウガとかいうヤツの再現、ホントに出来たのか」

 ――二年前。まだ五辻辰巳という仮の名ですら無かった頃。

 現在仮設のコクピットが設置されているこの場所に、かつて合体していたコアユニット。それがどんな形状だったかは聞いた事も無いが、とにかくその機能を再現するための素地は整ったらしい。

 だが果たして、それを披露する機会は訪れるのだろうか。

「……ち」

 半ば叩きつけるような勢いで、辰巳は左腕をコンソールと接続。

 各種制御システムが起動し、バイザーの内側に各種パラメータが表示。同時に左腕を基点として霊力の流れが拡張し、辰巳はオウガと同調開始。

『Get Set Ready』

 黒色をしたプロテクターの表面に光の紋様――同調を示す術式が刻まれ、機体各所のEマテリアルとリンクが確立。

「大鎧装! 展開ッ!」

 起動キーワードを言い放つ辰巳。直後に光のワイヤーフレームがコクピット全体を包み、更にオウガ頭部の骨組みを瞬く間に編み上げる。

 その編み目越しにギノアを見やれば、向こうの神影鎧装も完成目前であった。白い影が、輝く光が、神の姿を赤色の空に投射している。

 そんな光と霊力の隙間から、両者は互いを垣間見た。

 言葉はない。そもそも届く距離ではない。

 ただ、辰巳は睨みながら、ギノアは笑いながら。

 両者は、術式に完成の指令を告げた。

「ウェイクアップ! オウガ・エミュレート!」

「ウェイクアップ! オーディン・シャドー!」

 瞬間、光が爆ぜた。

 Rフィールド内を塗り込めていた赤色を、まばゆい白が駆逐する。

 二つの大鎧装から放たれた余剰霊力が、奔流となって全方位に叩きつけられたのだ。

「む、ぅっ」

 やがて光は消え、現れたオウガはたたらを踏みそうな足をどうにかこらえた。

 一筋、辰巳の背中に生ぬるいものが流れる。

 さもあらん。近距離だったとはいえ、余剰霊力の放出だけでバランスを崩されたのだ。

 実際に保有している霊力量の差は一体どれほどになるか。

「……参ったね」

 それでもどうにか口の端に笑みを浮かべながら、辰巳はギノアの神影鎧装――オーディン・シャドーとやらを見据える。

 一言で表すならば、それは鎧に身を包んだ騎士であった。

 全身に充ち満ちている、しなやかな筋肉と膨大な霊力。それらを包むのは流麗、かつ鋭角的なフォルムを見せるフルプレートメイルだ。

 純白に青い縁取りがなされた装甲の色使いは、ギノアが着ていたコートに良く似ている。恐らくギノアの意志でも投影されているのだろう。

 羽織るマントは青色であり、全身から発する霊力の余波なのか、風も無いのにゆらゆらとはためいている。

 どこまでも高貴、かつ荘厳な佇まい。その姿の中で、唯一頭部を包む兜だけは金色の光を放っている。

 ――伝承において、北欧神話の主神オーディンは金色の兜を被り、青いマントを纏って戦場に赴いたという。あの姿は、その現れという訳か。

 もはや疑うべくも無い。程度はどうあれ、あれは北欧神話に語られた最高神を再現した怪物だ。

「セット! ブレード! 並びにブースト!」

「Roger Blade Rapidbooster Etherealize」

 なればこそ、先手必勝。

 ギノアが即座に動かないのは、まだ神影鎧装を把握し切れていないため――そう踏んだ辰巳は、考え得る最速のカードを切った。

 指令を受け、オウガの背中と両肩部のEマテリアルに霊力が収束。まず出現する二振りの刀を大きく振りかぶり、次いで現れる大型ブースターに、辰巳は火をいれた。

 空気が、炸裂する。

 ラピッドブースター内部で爆発する霊力が、オウガの巨体に音の壁を突破させたのだ。

、ィッ!」

 コンマ数秒。鉛のごとくのしかかる空気をものともせず、辰巳は刀を振り下ろす。

 理論上、これが今のオウガに繰り出せる最大の攻撃だ。音速で振るわれる一閃は鋼鉄の塊だろうとバターのように両断し、仮に避けられとしても衝撃波の追い打ちが待っている。

 接近戦における、王手積み。

「――エイワズ」

 それを、ギノアのオーディン・シャドーは、たった一言で止めた。

 出現位置は掲げられた左手の前。恐らくは厚さ一ミリにも満たない、透明な光の壁。

 丸く、大きく、オーディン・シャドーを守るように現れたその盾に、オウガは必殺の斬撃を弾かれた。

 音速と防護壁。二つの負荷に耐えきれず、ガラスのように砕け散るオウガの二刀。制御を失い、霊力となって霧散していく己の得物に、辰巳は目を剥く。

「な」

 時間にすれば僅か一秒。だがその一秒の空白は、手を伸ばせば届くこの至近距離に置いて、あまりにも致命的な隙であった。

「遅いですよ――! ハガラズ!」

 解除された防護壁エイワズと入れ替わり、オーディン・シャドーの左腕から放たれたのは雹の嵐。

 ヴォルテック・バスターよりも熾烈な渦となって襲い来る雹嵐ハガラズに、辰巳は切磋に防御姿勢を取る。

「ち、ぃっ!」

 コクピットを庇い、X字に交差するオウガの両腕。だが放たれた雹嵐は、オウガを包み込んで全方向から装甲を削り始める。

 腕、足、腹、背中。機関砲のような雹があらゆる部位に弾痕を穿ち、うち一発が胸部の霊力装甲を貫いて辰巳の足下に着弾。更に荒ぶる霊力の嵐が、オウガそのものを磨り潰さんと荒れ狂う。

「ぐ――! セット! ジャンプ!」

『Roger Rebounder Etherealize』

 半ば叫ぶような辰巳の指令に答え、足首のEマテリアルが跳躍ユニットを生成。辰巳はそれを即座に起動、大きく跳躍して雹嵐の中から脱出する。

「おや。そういえばそんなものもありましたねぇ」

 対するギノアはエイワズの照射を止めるのみで、ただ悠然と遠ざかるオウガの姿を見据えている。追撃する仕草すら見せない辺り、まったくの余裕綽々という訳だ。

 百メートルほどの距離をとり、オウガは着地。

「……ち」

 同時に辰巳は舌打つ。

 さもあらん。ギノアの余裕もさることながら、立体映像モニタに表示された機体コンディションが、散々なものだったからだ。

 駆動系統にこそ辛うじて異常は無いが、それ以外の部分はボロボロだ。

 装甲はヒビが入ったガラスのように粉々で、指でつつけば弾けてしまいそうな有様だ。

 Eマテリアルそのものは傷一つ無いが、そこに繋がる術式は所々断線している。今はどうにかバイパスを繋いで持たせているが、それもいつまでもつやら。

 戦力差は、予想以上に大きい。

 そして、何よりも問題なのが――。

「ご、ふ」

 辰巳の腹から流れる、赤い液体だろう。

 つい今し方、霊力装甲を突き破って着弾した、一抱えもある氷塊。それに爆ぜ跳ばされた装甲の破片が、辰巳の下腹部に突き刺さったのだ。

「こ、のっ」

 震える手で、辰巳はどうにか鉄片を引き抜く。

 同時にスーツの生命維持システムが起動、仕込まれていた治癒術式ヒーリングが出血と傷口をすぐさま塞ぐ。

 だが、これはあくまで応急措置だ。治癒術式と言っても、これは人体が元から持っている再生能力を増幅する代物でしかない。故に、再生に応じた体力をごっそりと持っていくのだ。

「く、ぁ」

 ともすれば飛びそうになる意識に手綱をかけ直し、辰巳はオウガを立ち上がらせる。

「ほう、まだ動けるのですねぇ。関心感心。そうでなくては私も目的を果たせません」

 兜の奥。光る瞳に哄笑を浮かべながら、オーディン・シャドーはマントの内側に手を入れる。

 そのまま、何も無い筈の場所から、ずるりと引き出す。

 己の身の丈ほどもある、巨大な長槍を。

「さて。試し振りくらいはしましょうかねぇ」

 やはり甲冑と同じ純白をした、長くしなやかな柄。その感触を確かめるように、オーディン・シャドーは槍をぐるりと回す。

 たったそれだけで、爆発的な霊力がオウガに叩きつけられた。

「――っ!」

 未だ残留する痛覚を揺さぶられ、それでも歯を食いしばって踏み止まる辰巳。それが見えているのかいないのか、とにかくオーディン・シャドーは校庭に石突を打ち下ろす。

 Rフィールドが、震えた。

 地面を覆う赤色がみしみしとたわみ、余波が環状にどこまでも広がっていく。

「おおっと、いけませんねぇ。軽くしたつもりなんですが、どうにも加減が難しい」

 楽しげな口調で白々しいセリフを言いながら、オーディン・シャドーは穂先を見上げる。

 黄金に輝く切っ先をたたえた、長大な円錐形の刃を。

「まぁレプリカとはいえ、それだけ強力だと言う事ですねぇ。この――グングニルは」

 主神オーディンが用いた、あまりにも有名な槍の名をギノアは明かす。

 対する辰巳に驚きはあまりない。ああやっぱりか、と思った程度だ。

「さぁて。それでは準備も整ったところで、私の目的を果たさせて頂きますよ」

 言いつつギノアは純白の長槍――グングニルを水平に構え、穂先をオウガに突きつける。

「ファントム4、その命とEマテリアルをもらい受けます。抵抗はご自由にどうぞ」

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