Chapter03 魔狼 07

 圧倒的。

 それ以外に、この状況を表す言葉はなかった。

「ツ、ア、アッ!」

 裂帛の気合いとともに、辰巳たつみはあらゆる攻撃を繰り出す、繰り出す、繰り出す。

 左腕コネクタからの操作に従い、ボロボロのオウガが間接を軋ませながらも、オーディン・シャドーへ攻撃を仕掛ける。

 クナイの連続投擲。ガトリングガンとミサイルランチャーの同時掃射。リバウンダーによる高速移動を絡めた斬撃乱舞。

「ハハハ、無駄ですよ――エイワズ!」

 それら全てが、たった一言。ギノアが展開した厚さ一ミリにも満たない防護壁エイワズによって阻まれる。

 牽制であれ、本命であれ、全てだ。これではもう勝負にならない。

 そして、歯噛みするヒマすら辰巳にはない。

「今度は、こちらの番ですねぇ!」

 ギノアが構えるは大槍、グングニル・レプリカ。模造品とは言え神器の名を冠しているその刃から、辰巳は全力を持って逃げる。

「セット! ブースト!」

『Roger Rapidbooster Etherealize』

 最速の加速装置を展開、即座に発動。真上に大きく跳躍するオウガ。直後、横薙ぎに払われるグングニル。

 無造作にも程があるその大振りは、しかし弧をなす衝撃波を生み出して、オーディン・シャドーの前方全てを蹂躙する。

 上空に逃れていたオウガにそれは当たらないが、それでも余波が足首を打ち、装甲のヒビがまた少し大きくなる。

「ち、ぃ」

 着地するオウガ。衝撃が、コクピットの辰巳を大きく揺らした。慣性制御システムにエラーが起き始めているのだ。

 そして、敵がそれを待ってくれる筈も無い。

「ハハハ! アハハハハァ!」

 肉薄するオーディン・シャドー。子供が枝を振り回すような気軽さで、でたらめに振るわれる神槍グングニル。

 刺突、斬撃、薙ぎ払い。その動き自体を読むのは、実のところ辰巳にとってそれほど難しくない。戦神オーディンの神影鎧装とはいえ、パイロットであるギノアの技量そのものが変わるわけではないからだ。

「こ、のっ!」

 だが、辰巳は全力でギノアの連撃を回避し続ける。

 大きく上体を沈め、側転も交えたフェイントで空振りを誘い、リバウンダーすら使ったバックステップで大きく間合いを取る。

 ただの槍一本が相手なら、ここまで大げさな回避行動を取る事はしない。むしろ刺突のカウンターで踏み込んで打撃、斬撃、投げ技、その他を浴びせていくのが辰巳の常だ。

 だが辰巳は、それをしない。と言うよりも、出来ない。

 グングニルが一太刀ごとに生み出す衝撃波――先程も足首を打ったそれが、オウガの接近を困難にしているのだ。

 もはやオーディン・シャドーが振り回しているそれは、槍の形状をした台風である。

 装甲を大きく損傷している今のオウガに、それの直撃を許容できる耐久力は残っていない。

 ましてや、それを起こしている刃の直撃を受ければどうなるか。恐らくインペイル・バスター程度では済むまい。

「セット! ジャンプ! 並びにガトリング!」

『Roger Rebounder GatlingGun Etherealize』

 故に、辰巳は動き続ける。

 霊力の消費を度外視し、リバウンダーを連続発動。絶え間ない跳躍でギノアを攪乱しつつ、遠近織り交ぜた連続攻撃でひたすら攻める。

「これなら、どうだよっ!」

 リバウンダーで周囲を旋回しながらガトリングを斉射。

「セット! ランチャー! 並びにブレード!」

『Roger LocketLauncher Blade Etherealize』

 更にランチャーの追撃を叩き込み、爆煙を隠れ蓑とし、ブレードを再精製しつつ突撃。

 繰り出されるは、煙ごとギノアを貫かんとする必殺の刺突だ。

「ハハハ! エイワズ!」

 だが、やはり防護壁は打ち抜けない。強度限界を超えた直刀は、刀身を爆ぜ折られて霧散する。

「ハッハハ! アハヒャハハハハ! 無駄無駄無駄ですよぉ!」

 そんな光景を前に、ギノアはコクピットで笑い続けていた。

 ――オーディン・シャドーのコクピットは、実のところオウガのそれと造りが微妙に似ている。周囲の霊力装甲が透過処理されているため、肉眼で外が見える辺りも同じだ。

 違うのはまず足場、レイキャビクから送られてきた件の術式である。

 端々から繋がり、縦横無尽に走る霊力のライン。それが神影鎧装の骨組みを作っているものの、大本である魔法陣の形状自体はほぼ変わっていない。中央に接続された霊力増幅器が、光と唸りを上げている程度だ。

 ギノア本人はその後ろ、安楽椅子を模したパイロットシートに、増幅器を眺めながら深く腰掛けている。

 切羽詰まっている辰巳とは、まったく真逆。足を組み、リラックスさえしている格好だ。

「まったく、何度やれば理解して頂けるんですかねぇ!」

 虫でも追い払うかのように振るわれるグングニル。斬撃が走り、突風がRフィールドを薙ぎ払う。

「往生際の悪さには、自信があってな! セット、クナイ!」

『Roger Kunai Etherealize』

 リバウンダーの大跳躍でそれを避けつつ、空中でクナイを精製するオウガ。

 肘掛けに頬杖を突き、ギノアはその姿を目で追う。相変わらずエイワズに阻まれ続け、それでもなお攻撃を諦めないファントム・ユニットの最大戦力。

「……なるほど。一途さだけは大したものですねぇ。親近感すら湧きますよ」

「そいつは光栄だ、なっ!」

 着地と同時にクナイを投擲するオウガ。

 軽口とは裏腹に鋭い速度を乗せた切っ先は、しかし突き刺さる寸前で止まる。エイワズではなく、オーディンの二指が刃を掴み取ったのだ。

「もうエイワズを使う理由もありませんしねぇ」

 慣らし運転は十分すぎるほどした。稼働データの収集もおおむね終わった。

「あとはこれを……」

 ギノアは立体映像モニタを呼び出し、稼働データを斜め読む。

 チェックリストに漏れがない事を確認した後、ギノアはデータを増幅器へ送信。後は内部の転移術式を通じて、サトウ達の元へデータが届くという訳だ。

「よし。後は、最後の用事を済ませるだけですねぇ」

 ゆらりと、オーディンが構えた。

 グングニルの切っ先を下げ、左足をやや引いて中腰に。

 今までの棒立ちではない、明らかな殺意を備えた突撃姿勢。

(来るか……)

 そんなオーディンの構えを前に、辰巳はどこかしら空虚さを感じていた。

 理由は一つ、幻燈結界げんとうけっかいの向こう側。グラウンドに慌ただしく、けれども不自然なまでにきびきびと、全校生徒が集合を始めたからだ。

 音こそ聞こえてこないが、無駄口を叩いている者は一人たりとも居ない。生徒も、教師も、無表情かつ機械的に並んで走っていく。

 下水道の工事中、不発弾が見つかったので全員避難する――という瞑目で凪守なぎもりが発動した、術式による暗示誘導だ。あと数分も経たぬうちに、日乃栄ひのえ高校一帯は無人と化すだろう。

 なぜ、こんな事をするのか。

 決まっている。オウガの自爆から、無関係な人間を守るためだ。

 ――Rフィールドの明確な収束方法は、数十年たった現在でも未だ確立されていない。封印の網を逃れたフェンリルを用いて食い尽くす、というのが現状唯一の方法であるが、いかんせん数が少ない。何年かかるか分かったものではない。

 ギノアが造り出したこの人造Rフィールドも、条件は同じはずだ。

 ましてやこの場所は霊地のある場所、日乃栄高校。最悪の場合、霊脈を通じて一帯の霊力が流れ込み、第二のRフィールドとなってしまう危険性すらある。

 そんな事態は避けねばならない。起きてはならない。絶対に。

 故に、自壊術式の使用が決定されたのだろう。

 今もなお存在について紛糾が起こるEマテリアルごと、Rフィールドを消し飛ばすために。

 無論、ただの爆発術式であればRフィールドはびくともしない。グングニルが振り回されても、揺らぐ事すらないのがその証左だろう。

 だが、オウガに組み込まれた自壊術式は違う。

 ――二年前、まだ辰巳に名前が無かった頃。暴走したオウガによって、引き起こされた忌まわしき事故。

 自壊術式はその状況を疑似再現し、暴走霊力を機体内外へ放射。これにより周囲一帯の全てを、速やかに抹殺するのだ。

 これにより、半径一キロに渡って残るものは無くなる。

 人間だろうと、まがつだろうと、分け隔て無く一切合切。

 Rフィールドもまた霊力であるため、例外ではない。十中八九消滅するだろう。

 加えてパイロットである辰巳もまた、例外ではない。発動すれば間違いなく死ぬ。

 要するに、来るべき時が来たのだ。

 ――敵組織の秘密兵器、オウガとEマテリアル。それを調べる試験運用はやむを得ないが、万一に備えてすぐさま屠殺出来る用意もしておく。

 目的はどうあれ、それを使う日が来たという訳だ。 風葉かざはは不思議がっていたが、凪守の職員達が敬遠するのはむしろ当たり前だ。

 そして、まさに今。オウガの自壊術式は、発動されようとしている。

 既に日乃栄高校に人影は無く、今頃Rフィールドの外では余波が漏れぬよう、幻燈結界の出力を限界まで高めている真っ最中だろう。

 後は利英りえい辺りがどうにか送ってくるだろう自壊術式の伝令を、速やかに受諾して発動する。

「……ふざけてるな」

 ぎり、と。

 軋む歯の隙間から、知らず本音がまろび出た。

 二年前。暴走事故が起きたあの日以前の記憶が、辰巳にはない。

 両親は居ない。友人も居ない。同僚はいるが――いかんせん、こんな間柄だ。信頼しきれるものではない。

 故に辰巳には、戦う以外にする事がなかった。

 拳を握り、銃把を握り、命令に従って敵を打つ、撃つ、討つ。

 ある意味、気楽ではあった。考える必要なんてない。ただ一個の暴力装置であれば良いのだ。

 無慈悲に、正確に、確実に。

 排除すべき対象を、容赦なく殺す。

 だが、今この瞬間。

 人造Rフィールドを潰すため、暴力装置であるファントム4は、晴れてお払い箱となった。

 伝令がやって来るまで、恐らくあと十分もないだろう。

 それまで、防御に徹するか? 逃げ回って時間を稼ぐか?

「ああ、ふざけていやがる」

 そのどちらも、辰巳は選ばない。

 ただ、ゆらりと。

 生身の時はいつもそうするように、左腕を盾のように掲げ、右足を一歩引いて半身に構える。

「ほう?」

 こちらの構えも変わった事にギノアが嘆息するが、生憎お門違いだ。

 これからする事に、きっと意味は無い。

 数分後、間違いなく自分は死ぬ。それはもう覆しようのない事実だ。

 だが。いや、だからこそ。

 二年間。今まで培った戦闘技法が、なけなしである自分の全てが、どこまで通用するのか試したい――そんな、あまりにもちっぽけで、あまりにも滑稽な、決意と反発の表れであった。

「悪いが付き合って貰うぞ、ギノア・フリードマン!」

「それはこっちのセリフですよ、ファントム4ッ!」

 かくして終焉間際であるRフィールドの中央で、二体の鎧装は激突する。

 かたや夢のために、かたや意地のために。

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