第177話「たまに鋭い時があるんですよ」

無貌の男フェイスレスの、正体」

 ぼそりと、辰巳たつみは呟く。表情は無い。どんな顔をすれば良いのか、彼自身分からない為に。

 だから、その疑念をいわおが引き継いだ。

「どういう事だ、ヘルガ? この流れで行くなら、最終的な僕達の敵は標的ターゲットS、つまりサトウと名乗るエージェントの筈じゃないのか?」

「ウン、その通り……と言いたいトコなんだけど。その前に、もう少し認識のすり合わせをしたいかな。まずそもそもさ、巌。どうしてサトウが黒幕だと判断したのかな」

「どうして? って、そりゃあ。現状グロリアス・グローリィの関係者は、消去法でもうソイツしか残ってないからだろう」

「んや、そいつはあくまで直近の問題スね。それはそれで重要スけど。鑑みるに、ヘルガさんはもっと前の事を言ってんスよ」

「前? それは一体……いや、そうか」

 一瞬巌は眉をひそめたが、すぐにその意味を察した。

「オーディン・シャドー、バハムート・シャドー、虚空術式……例を上げればキリがないが、とにかく敵がそうした諸々の準備にどれ程のカネと、何より時間を要したのか。想像もつかないが、少なくともレツオウガが最初に起動した二年前よりも更に以前である事は明らかだ」

「そッスね。標的Sがいつギャリガン社長を殺したのか、そもそもどうやってグロリアス・グローリィに入ったのか。どっちもわかんねッスけど、少なくともヘルガさんが虚空領域へ迷い込む以前、その時見たアンカーとやらに関係してんのは確実スね」

「確かに。見事な推察だ、が……うん?」

 そこでようやく、巌は会話相手がヘルガでない事に気づいた。それくらい見事な推察だったから、無理もないかもしれないが。

 とにかく、巌は室内を見回す。ファントム・ユニットの面々は、一様に目を丸めている。必然、巌もその視線を追う。

 その先に、居たのは。

「アンカーは少なくとも二年以上前から虚空領域に存在してた……んや、違うな。そもそも前提として、アンカーを設置した何者かは世界中のどんな魔術組織よりも先に虚空領域を発見し、かつその性質を理解してたと考えねえと辻褄が合わねッス」

 フォースカイザーのサブパイロットの一人、主に射撃管制システムなどを担当しているペネロペが、滔々と語っていたのだ。

「きみは」

「ペネロペ、だったかのう」

 唖然とつぶやく辰巳と雷蔵らいぞう。だが近くに座っているグレン達は、特に驚いた様子もなく。

「なンだァ? そんなに意外かよオマエら」

 特に彼女の調整に関わったハワードは、つまらなさそうに頬杖さえついていた。

「ペーちゃんはたまに鋭い時があるんですよ」

「まー確かにそうなんだがお前がドヤ顔する意味なくね」

「むっ。いいじゃないですかたまには」

 言い合うサラとグレン。実際、ペネロペが時折驚くほど鋭くなるのは本当の話だ。

 ――ヴァルフェリアとして調整されたペネロペは、確かに超人的な射撃能力を得た。だがその様相はサラと違って安定とは程遠く、特に脳への負荷を緩和するため長い休眠時間が必要になった。今まで彼女がちょくちょく眠っていた理由がそれだ。

 ただ、たまにペネロペも調子が良い時がある。そうした時に彼女は意外と良く喋り、驚くほど聡明な一面を見せたりするのだ。普段は射撃の弾道計算などへ回しきっている思考能力を、他の事柄へ向けた結果である。

 そして今、ペネロペはそうした状態なのであった。分霊時以上に身体から意識が離れた現状も、理由の一つなのだろう。

「んで、あんだけの規模の術式を、アンカーを作り出すには個人レベルてえのはまず無理スね。スティレットが長い時間かけてレツオウガを作ったのと、根っこの状況は同じッス。恐らく複数の人間が、無貌の男っていう仮面を使いまわしてる。それが敵の正体だと思うんスよ」

 そこでようやくペネロペは考察を止め、どうスかね、とヘルガを見た。

「え、あ、うん。すごい。正解。分かりやすかったと思うよ」

 ぱちぱち、と惜しげもなく拍手するヘルガ。他の面々もそれに続く。いつも表情の変化に乏しいペネロペも、流石に少し頬が赤くなった。

「……で、ヘルガ。ペネロペくんの推察が事実だったとして。無貌の男の正体になっているのは、一体どこの連中なんだ?」

 拍手が止まった後、最初に口を開いたのは巌だった。

 ヘルガは、首を横に振った。

「残念ながら、見当もつかないのが現状かな。相当に古い魔術師が統率している、規模はあまり大きくない、結束の固い――固すぎる集団っていうのは何となく察せられるんだけど」

 ヘルガは一つ息をつき、肩をすくめた。

「とにかく。敵の詳細は分からなくても、何をしようとしてるのかってのは察しが付く」

「さっき自分の話にも出たアンカー……んや、虚空領域が鍵になってるぽいッスね」

 ペネロペの補足に、ヘルガは頷いた。


◆ ◆ ◆


「ま、そんなうらなり顔はどうでもいいんだよね。重要なのは、アンタの目的を暴く事。そして、完膚なきまでにブチのめす事」

 時間は戻って現在。無貌の男を、サトウを睨みながら、ヘルガは啖呵を切った。

「で、もって。アンタの目的は……虚空領域への、大規模干渉。それも恐らくは完全体になったレツオウガ……レツオウガ・フォースアームドを用いた、途方もないレベルの、ね」

 chapter17。その最後に描かれた顛末。無貌の男はそれを成就させようとした。では、その先に一体何があったのか?

 ――残念ながら、先見術式でも予測はつかなかった。だが少なくともヘルガが今言った通り、レツオウガ・フォースアームドによる何かが起こされていただろう事は明白。それ故の揺さぶりを、ヘルガはかけた。

「ほう! 良く知っているものだ。キミ達も先見術式を使ったという事かな?」

 大袈裟な身振りを交えながら、無貌の男は笑う。笑いながら、ヘルガを見据える。

「だが、せいぜいそこまでだろう。キミ達が掴める情報は。僕の真意を掴む事なぞ、ましてや僕の正体を掴む事なぞ。出来る筈がない。まず絶対にね」

「そうだね。確かにその通り」

 しれりと認めるヘルガ。無貌の男の笑いが、止まった。

「何だと?」

「アンタがしようとしてたのは、とどのつまり違法な術式による実験でしょ? ただバカみたいに規模が大きいだけの。だったら話は単純」

 ひらひらと、ヘルガは手を振る。地上、朧へ向けて。

 そのサブパイロットであるファントム1こと巌は、事前の打ち合わせ通り術式を発動。その直後。

 轟、と。

 主を失い沈黙していたバハムート・シャドーⅡ、その左胸辺りで大爆発が起きた。必然ヘルガ達が立つ右肩も連動し、大きく揺れる。無貌の男はゆらりと、爆炎立ち込める下方を見やった。

「成程? ファネルくんが内通していた以上、こうなる事はむしろ必然……いや、土壇場でギャリガンが構造情報を流したか? ははは。どの程度の割合かは知らんが、バハムート・シャドーⅡを掌握しているのだな。ハハハ。最後の最後で愉快な挙動をしてくれる」

 言葉とは裏腹の無表情。ヘルガは畳みかける。

「ふふん。まさかコレで終わりだと思ってる? バハムート・シャドーⅡを、ここら一体の霊力源を掌握してるって事は――」

 ごう、と。

 距離が離れている為、先程ではないが。それでも派手な爆発が、遠方で轟いた。

 こちらは術式陣の不全である為、炎も煙も生じない。その代わりに弾け飛ぶ霊力の粒は、さながら花火のようであり。

「こういう事も出来るってワケ」

「――」

 遅れて、無貌の男はそちらを見る。

 ごう、ごう、ごう。散発的ではあるが、地表を埋め尽くす巨大術式陣のあちこちで、爆発が生じている。たまたま近くに居たグラディエーターの一体が驚いたように飛び退き、ディノファングの一匹が尻尾を軽く焦がしていた。

「――」

 ぴくりと、無貌の男の眉が動く。そして、それだけだ。彼は動揺しない。そんな感情の動きは、随分昔に摩耗してしまった。もっとも最近は、そこそこ思い出した瞬間もあったのだが。

 どうあれ、無貌の男は思考する。己が置かれた状況を、検分する。

 まず大前提として、攻守は既に逆転してる。レツオウガ・フォースアームドの完成が失敗した以上、この場所から、引いてはグロリアス・グローリィの中から計画を進める事は不可能となった。これ以上ファントム・ユニットに関わる事は、時間、コスト、全てが無駄だ。

 そして何より気になるのは、この場を離脱したレツオウガの行方。

 何を考えているかは不明だが――何をしようとしているのかは、良く分かる。

「成程、大したものだな。だが地味だ」

 即ち、時間稼ぎだ。レツオウガが、何かをするまでの。

 ならば、対処は決まった。

「僕ならこうするな」

 ぱきん。

 無貌の男が指を鳴らす。直後、密集していたファントム・ユニット全機の足元を走る術式が、にわかに光り輝いた。

「っ! 散開!」

 巌の号令に従い、素早く跳躍する全ての機体。直後、輝きが最高潮に達した術式陣が爆発。乱舞する熱と霊力光が、各機の装甲を撫でていく。

「ぐうううっ!」

「きゃあああっ!?」

 四方八方に吹き飛ばされ、姿勢制御を失う機影も幾つか。更に間髪入れず、無貌の男はバハムート・シャドーⅡへとアクセス。システムの状況を確認する。

 思った通り、ファントム・ユニットが掌握しているバハムート・シャドーⅡのシステム領域は、精々三割。しかも何に使ったのか、貯蔵庫にあった霊力は一割未満まで減衰している――まぁこれは会議に使用した手前、仕方がないのだが。

「そして、更に、こうだ」

 バハムート・シャドーⅡ、及び半壊した地面の術式陣に干渉。散開し分散する敵機を一機ずつ囲むように、新たな手駒を生成配置。

「こいつ、は」

 眉をひそめる巌。見覚えがある。二年前、オリジナルのレツオウガが合体したあの日。立ち塞がった影絵のような大型のまがつ

「シャドー、だったか」

 あの時と同様、体表に走る血管じみた霊力の線。だが数は違う。あの時は一体だけだったが、今は複数、少なくとも十以上。レーダーによればまだ増えている。

 いつかみた光景と、良く似た風景。ヘルガは一瞬息を呑み、しかし揺るがない。不敵な表情で無貌の男を見返す。

「アンタは――」

「攻守交替だと? 違うな。お前達の本命は、この場から離脱したレツオウガだろう。その為の時間稼ぎという訳だ」

 一息に言って、無貌の男は笑った。

「良いだろう。どうせ何もかも一からやり直しになったんだ。付き合ってあげようじゃあないか」


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