ChapterXX 虚空 08

『ま、だッ!』

 一旦腰に自動拳銃オートマティックを収め、ヘルガは鎧装脚部の小型ウイングを展開。本来は姿勢制御用であるそれに無理を言わせ、空中ホバリングを強行。

 結構な裏技であるため、静止は数秒しか持たぬ。だがリロードにはそれで十分であり、ヘルガは流れるような手付きでグレイブメイカーへ再装填。今度はADP弾でなく、広域破壊用の炸裂弾だ。

 そして再度自動拳銃を取り出し、グレイブメイカー共々再照準。

『い、けっ!』

 先に火を噴いたのは自動拳銃だ。作動するブーストカートリッジに押し出され、ヘルガの身体は一気に転移門を潜る。先程の破壊箇所はレツオウガへ霊力供給しているシステムの中枢であり、転移門の動作とはほとんど関係が無い、筈――装置を這う霊力線からそんな予測を立ててはいたが、それでも少々肝の冷える賭けだった。

 何にせよヘルガは賭けに勝ち、問題無く通り抜けられた。眼下のレツオウガは関節部から細かな紫電と霊力光を飛び散らせ、頭上の術式陣――虚空術式とやらは輪郭にノイズを走らせている。明らかな動作不良だ。

 更にダメ押しとばかりに、ヘルガはグレイブメイカーを再発砲。

 着弾、炸裂。先程以上の大穴を開けられた巨大装置群は、火花どころか火柱を吹き上げた。それも、装置のそこかしこから。ブロックごとに独立していた装置が、霊力の暴走によって内側から悲鳴を上げたのだ。

『――』

 二度ほど大きく揺らいだ後、巨大転移門はスイッチを切るように消滅する。

 その、直前。無貌の男フェイスレスが火柱に飲まれる一部始終を、ヘルガは見た。

『良しッ、後は』

 連動が途切れたレツオウガをどうにかすれば。

 そんなヘルガの思考は、たやすく握り潰される事となる。

 何故ならば。

 がしり、と。

 レツオウガの掌が、ヘルガの身体を掴んだからだ。

『、あ』

 鎧装の緊急防御機能が発動し、全出力が筋力強化に回される。ヘルガは死に物狂いで抵抗する。

 だが悲しいかな、相手は神影鎧装レツオウガ。システムが機能不全に陥っている真っ最中だろうと、人間がその膂力に耐えられる筈が無く。

 みりみりと鎧装が割れる。ぎしぎしと骨が軋む。グレイブメイカーはヘルガの腕ごと、中指と薬指の間でとっくにぺしゃんこだ。

『ぐ、ぐうぅッ』

 びくともしない、どころか少しずつ握力を強める鋼の指へ、それでもヘルガは全力で抗い続ける。揮発していくレツオウガの右手首部霊力装甲、その残滓を全身に浴びながら。

 そんな最中、ヘルガは聞いた。

『ヘルガ!?』

 血相を変えたいわおの声よりも先に、その不愉快な響きは、ヘルガの耳朶を叩いた。

『ありがとう。キミ達の頑張りのお陰で、計画は概ね上手く行ったよ』

 それは、薄笑いを滲ませる無貌の男の声であった。

 声にはザリザリとノイズがちらついていて、よくよく見ればレツオウガの手首部Eマテリアル上に小さな術式陣が浮いている。まだ辛うじて繋がっている霊力経路を使い、即席の術式陣スピーカーで地下室から語っているのだろう――と、画面外いまのヘルガは冷めた目で見当を付けていた。

 だが。画面内かつてのヘルガにそんな事を気にする余裕なぞ、ある筈もなく。

『ホントはお礼に金子きんすを幾らか支払ってもイイぐらいなんだが……それを差っ引いても、キミという不確定要素を生かしておく理由は、残念ながら無くてねぇ』

 ぎ、ぎ、ぎ。全身の霊力装甲を揮発消失させながら、地下との接続を秒単位で断裂させながら、レツオウガは本格的に右掌へ力を込める。無貌の男が、それをさせている。

『や、め、』

 ヘルガが今まで聞いた事の無い声色で、巌の駆る赤龍せきりゅうがスラスターを噴射。弾丸じみたその突貫は、しかし悲しいかな、シャドーが振り回す頭部モーニングスターに吹き飛ばされる。

『がぁっ!?』

 真横に吹き飛ばされる赤龍。その悲しげなツインアイと、ヘルガは目が合った。

 それは、コンマ数秒にも満たぬ一瞬であり。

 ぐしゃり。

 赤龍が薄墨色の地面を舐めるのと、どちらが早かったろうか。

 レツオウガは無貌の男の制御に従い、手の中に捉えていたものを、紙細工か何かのように握り潰した。

『まぁ、なんだ。サヨナラって事さ』

 耳障りな無貌の男の声をBGMに、赤い液体と幾つかのかたまりが、指の隙間からこぼれ落ちた。

『ぁ、、ご。ぶ』

 声にならない声と、出てはならない赤色が、ヘルガの口腔を逆流する。

 痛みは無い。急速に薄れる意識の中、側頭部に衝撃が走る。今まで見えていた光景が九十度回転し、視界の端で雑草の頭が揺れている。

 ああ、アタシは地べたに落っこちたのか――他人事のような雑感を巡らせながら、ヘルガの視界はモノクロに落ちていく。

 幻燈結界げんとうけっかいの方が余程鮮やかだと断言できる視界の中、ヘルガはレツオウガへ躍りかかる赤龍の姿を、辛うじて捉えた。

『      』

 巌が何かを叫んでいるようだが、よくきこえない。赤龍の両手にはそれぞれ一振りの刀。その片方、右の刃が血糊じみた霊力光に濡れている。恐らく突撃がてらにシャドーを切り伏せたのだろう。

『ばか、だなあ』

 確かに巌は狙撃と同じか、それ以上に二刀流も得意としている。まだ五辻を名乗る前、転写術式を介して本家から数々の技を受け継いだ為だ。

 巌はそれを単なる後継者の資格としてだけでなく、戦闘手段として完璧に使いこなしていた。間違いなく、達人の域にあると断言できた。

 だがそうした達人の技量を赤龍で完全再現する為には、アームドブースターとの合体が必要不可欠だった筈。

 故に赤龍の両腕は、錣薙しころなぎでレツオウガの首を落とした直後、根元と手首から盛大な火花を散らした。刀も盛大に折れ砕けた。巌の動作フィードバックに耐えきれなかったが為だ。

『ほんと、ばか、だなあ』

 目尻から最後の雫を零しながら、ヘルガの視界は真っ暗になった。

 映像は、そこで終わりだった。



「とまぁ、こんな感じだったワケよ。後の細かい顛末は、断片的な記録とアタシの推測しかないけど……ま、巌がチョー頑張ってくれたんじゃない?」

 他人事のように肩をすくめるヘルガ。どこかシニカルな態度だが、それでも巌の名前を出す時だけは少し嬉しそうな色が覗いた。

「で、だ。色々と話したいコトはあるんだケド……まず、風葉かざはの率直な意見とか所見とか聞きたいナ」

「はぁ。要は感想、ですか」

 記録を見始める、どころか虚空領域に入り込んでからひたすら圧倒されっぱなしだった風葉は、ぽりぽりと頬をかく。

 そして最初に浮かんだ疑問を、雷蔵らいぞうの名字を口にした。

西脇にしわきさんは、いつ禍憑まがつきになったんですか?」

「西脇? ……あぁー、確かファントム2だっけ? 虎頭の?」

 はい、と頷く風葉にヘルガは腕を組んで考える。

「うーむ。詳しいトコは調べないと何とも言えないけど、多分ゼロツー……もとい五辻辰巳いつつじたつみの性質と、当時展開されてたフォースアームシステムと、アタシが壊したあの装置。そいつらが全部絡み合った結果、てぇのが多分一番アタリに近い予測かな」

「どういう、事、なんですか?」

「うん。そもそも五辻辰巳はアレクサンドロス大王のミイラを元に、韋駄天の権能を擬似再現するために造られた人造人間だったワケだけど――」

「え、」

「あれ、知らなかった?」

「あ、当たり前ですよ! 何なんですかそれ!?」

 思わず身を乗り出す風葉だが、対するヘルガはひらひらと手を振るのみだ。

「んーまぁそのヘンはメンドいからおいといて。多分、幾つかの理由の複合……特にリュシマコスが大きく関係してると思うんだよネ」

「りゅ、し、まこ?」

「リュシマコス。アレクサンドロス大王が東方遠征を始めた頃から従ってたふるーい部下の一人でね。八十近くになっても前線で頑張ったり、素手でライオンをくびり殺した言い伝えがあったりと、色々逸話がある人なんだよネ」

「へぇー、そりゃすごい。だからあんなおじいさんみたいな喋り方になったんでしょうか」

 感心する風葉だが、すぐさま首を傾げる。

「……ん? でも雷蔵さんってトラですよ? ライオンじゃなくて」

「そりゃそうだよ、幾つかの理由って言ったっしょ? 関係してるんだよ、フォースアームシステムがね」

 言いつつ、ヘルガはもう一度立体映像モニタを点灯。先程の映像を高速で巻き戻し、雷蔵の零壱式れいいちしきが映った場面で止める。そして、その足下で光る巨大術式の一部を指差す。

「コレ、コイツ。この地面いっぱいに広がった術式陣の中で、建物を囲むように光ったデカーいドーナツ型の部分。コイツがフォースアームシステムだよ」

 後にグレンが扱う事となる、恐らく世界で今最も進んだ転移術式の名を、ヘルガは呼んだ。

「既存の設置型と違って、展開も撤去もチョー簡単。冥界を経由するヘルズゲート・エミュレータとも違って、安全性は折紙付だ。初期型を潜ったアタシが言うんだから間違いないよ」

「はぁ。それはそれで凄い、ですけど。それとトラと、どこが関係してるんです?」

「そりゃもう大アリだよ君ィ。何せフォースアームシステムってのは、四神の権能を軸にして凄腕の魔術師達が色々と盛ったり削ったり組み替えたりした凄ーいイッピンだからネ。理力フォースじゃなくて四つのFour's、ってェ意味だったワケだ」

 もっとも、その凄ーい魔術師達はフォースアームシステム完成の折、虚空術式の部品にされてしまったのだが――その辺は蛇足でしか無いので、ヘルガは省いた。

「で、その四神だけどもサ。なんだか分かる?」

「ええと……確か朱雀、青龍、白虎、玄武、でしたっけ」

「おっ、正解! で、ここで映像の零壱式がいる場所を見て欲しいんだけどサ」

 もう一度、ヘルガは立体映像モニタを指差す。

「建物の、いや巨大術式陣フォースアームシステム西に、ファントム3の零壱式は立ってた。西。それは四神の白虎が司っている方角だ」

 ヘルガは腕を組む。眉間に軽くシワが寄る。

「で、こっからはアタシの予想も混ざってくるんだけどね? 二年前、アタシはグレイブメイカーであの馬鹿でかい術式装置を壊した。更にそのすぐ後、巌がレツオウガを、術式の中枢制御を司ってた大鎧装を撃破した。結果、起きたのが――」

「霊地の、霊脈の暴走、ですか」

「そ。複雑に絡み合ってた術式システムの中へ、すごーくでっかい衝撃が走ったワケ。で、そのせいで中身の色んなトコが壊れたりこんがらがったりして……ファントム2は、虎の禍憑きになっちゃったんじゃないかナー、と思うんだよ」

 その道のプロ、だと思われるヘルガのえらく雑な予想に、風葉は率直な感想を述べた。

「なんか、ふわっとしてますね」

 どうにも釈然としない風葉だったが、ヘルガは肩をすくめるのみだ。

「そーいうモンだよ。プログラムってヤツには、どーしても予期しないバグってヤツが付きものだからねぇ」

「んむむ」

 分かるような、分からないような。だが一応は答えが出たので、風葉は次の疑問へ進む事にする。

「じゃあ、もう一つ質問を。どうして……西脇さんの事を、ファントム2の事を知ってるんですか?」

 深く、眉間に皺を刻みながら、風葉はヘルガを見上げた。

 そう。冷静に考えればおかしいのだ。小さな部屋と、巨大な術式陣。そんなものしか見当たらないこの虚空領域にあって、どうして外の情報を、レツオウガに握り潰された後の情報をそこまで知っているのか。

 そもそも大前提として、何故風葉の名前を接点のまったく無いヘルガが知っていたのか。

「ああ、そりゃカンタンだよ。だってあの虚空術式とやらが、現実世界あっちからあらゆる情報を吸い上げてるからねぇ」

 そうした重大な疑問を、ヘルガは軽く切って捨てた。

「んなっ」

 固まる風葉。だがその驚愕を余所に、ヘルガは改めて風葉へと向き直る。

「さて、今イチバン重要なブツの名前が出たトコロで、本題に入ろうか。ファントム5……いや、霧宮風葉さん」

「は、はい」

 まっすぐに見据えてくる緑色の双眸に、思わず風葉は背筋を伸ばす。

「自分を、殺す覚悟はある?」

 そうして風葉は、己の耳を疑った。

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