Chapter04 交錯 07

「GIIIIIIIlッ!」

 戦端を開いたのは辰巳たつみでも風葉かざはでもエルドでもなく、竜牙兵ドラゴントゥースウォリアーの雄叫びであった。数秒前に見せた萎縮は、既に微塵もありはしない。

「GIGIIッ!」

 左、右。辰巳達の直近に居た竜牙兵が、再びコンバットナイフを閃かせる。感情を持たぬ兵隊である彼等は、鎧装の存在など気にも留めない。

 故に、それが仇となった。

ッ!」

 まず左。電光石火のカウンターで放たれる右掌が、ナイフを握る竜牙兵の手首をホールド。

「GI!?」

 万力のように掴まれ、押す事も引く事も出来ぬ刃。ならば腰の銃を――と手を伸ばすより先に、竜牙兵の思考は砕けた。

フンッ!」

 逆手。銀色に輝く辰巳の左拳打が、竜牙兵の胸骨を戦闘服ごと叩き壊したのだ。

 踏み込み自体が浅いため、実は威力そのものは低い。故に辰巳は同じタイミングで竜牙兵を引き寄せて衝突させ、打撃の威力を増加させたのだ。要は撃力の合成である。

 次に右。辰巳がカウンターを放とうとしていたのと同じタイミングで、風葉は真横に飛んで斬撃を回避していた。両手足のスラスター噴出する霊力が、爆発的な加速力を生み出したのだ。レックウの姿勢制御のみならず、白兵戦でも使えるように設計された賜物である。

「GIッ! GIッ!GIIII!」

 それでも竜牙兵は果敢に踏み込み、刺突、斬撃、薙ぎ払いを繰り出す。

「おっとっ、と!」

 対する風葉はスライドし、跳ね上がり、急停止して刃のことごとくを回避。転写術式と訓練のお陰で使い方は分かっていても、実践となるとやはりまだ少し覚束ない。だがそれでも霊力を煌めかせてくるくると舞い踊る姿は、雅やかな雰囲気すらあった。

 しかしてその舞の中央に居る竜牙兵からすれば、たまったものでは無い。

「GIII……ッ!」

 付かず離れずの位置を、縦横無尽に飛び回る風葉。その軌道を先読みし、竜牙兵は刺突の予備動作を造る。腰だめに、弓のごとく引き絞られる刃。

 だがそれが放たれるよりも先に、風葉の攻撃が先んじた。

「よしっ、と!」

 実戦の緊張感と、その最中におけるスラスターの操作。二つの感覚を理解した風葉は、いよいよ反撃に転じる。

 脚部スラスターを大きく噴出させ、一メートルほど飛び上がる風葉。

 そして大きく息を吸い、叫んだ。

「ぅわぉーーーーーんっ!」

 ソニック・シャウト。かつて人造Rフィールドを揺らし、つい先日いわおによって命名された、攻性衝撃音波である。

 正確に言えばこれは術式ではなく、霊力を媒介に具現化されたフェンリルの特色だ。言わば禍憑まがつき固有の霊力武装である。

「G、II……!」

 そんな破壊音波を至近距離から浴びせられた竜牙兵は、構えたナイフを突き出す暇も無く吹き飛んだ。形が砕け、構成していた霊力が舞い散る。

「や、やった」

 着地し、胸を撫で下ろす風葉。

「ほう。良いね、中々に美しい」

 嘆息するエルド。辰巳の方は当然として、風葉も中々どうして鮮やかな立ち回りである。

 中でもエルドが注目したのが、風葉の鎧装そのものだ。

 人体を羽のように浮遊させ、同時に自由自在な方向転換を可能とする両手足のスラスター。これによってもたらされる胡蝶のような動きは、なるほど確かに驚異的だ。

 そしてその脅威を支えるものこそ、鎧装に仕込まれてるスラスターの制御術式である。

 あれほどの出力を持つスラスターを何の保護も無く吹かせたなら、凄まじい衝撃が風葉を襲うはずだ。つい今し方、辰巳が合成したものと同等以上の撃力が。

 だが、当の風葉は苦にした様子も無い。これは牽引トラクタービームやオウガのコクピットで用いられる慣性、および重力制御術式の応用である。これにより風葉の鎧装はファントム・ユニット中もっとも頑丈な造りになってるのだが、流石にそこまではエルドも見抜けない。

 ただただ満足し、感服し、頷くのみだ。

「ンフフ。ではレベルアップしてみようか?」

 カン、とエルドのステッキがアスファルトを叩く。横隊に広がっていた竜牙兵団が遂に一歩踏み出し、次々にマシンガンを構える。前衛は立て膝を突き、後衛は腰だめに構えた二段編成である。

「セット! ハンドガン!」

『Roger Handgun Etherealize』

 だがその引き金が引かれるよりも、辰巳の叫びが先んじた。左腕部Eマテリアルから光が投射され、ワイヤーフレームとなって銃の形を成す。

 しかして、先んじる事が出来たのはそこまでだ。

「そんな銃一丁で対抗できると、思っているのかね?」

 号令、照準、発射。

 突き付けられるエルドのステッキのまま、竜牙兵団が一斉に引き金を絞る。

 銃弾、銃弾、銃弾、銃弾、銃弾の嵐。放たれる幾筋もの火線が、暴風雨のごとくに二人へ殺到。正確な射撃である。

「っ!」

 即座に辰巳はジグザグに走って後退し、火線を攪乱回避。標的を逃した銃弾が空を切る中、唐突に霊力の残光が吹き抜けた。

 粉雪のように流れるそれは、やはり風葉のスラスターから噴出した霊力であった。

「わわっ!? わーわー!」

 辰巳と同様に狙われていた風葉は、いっぱいいっぱい気味な声を上げながらも、宙を舞って弾幕を回避し、更にリストコントローラを起動。その下で、辰巳が叫ぶ。

「チェンジ、ブーストカートリッジ!」

『Roger BoostCartridge Ready』

 弾雨の隙間をかいくぐりがら、辰巳はブーストカートリッジを精製、交換。深く深く身を屈め、竜牙兵団の逆方向へ銃口を向け――発砲。

 しつこく追尾する火線の束をかいくぐり、ついでに弾丸を一発掴み取りながら、辰巳が跳ぶ。

 コンマ四秒。エルドの左側に展開していた一団へ、辰巳は瞬く間に飛び込んだ。更に返礼がてら、今掴んだ弾丸をクナイの要領でエルドへ投擲。

「おうっ!?」

 奇声を上げ、のけぞるエルド。通用したかどうかはともかく、少なくとも数瞬の間は指揮が途切れる。

 後はもう、辰巳の独壇場である。

「GIIII!?」

 存在しない目を剥く竜牙兵団は、それでも勇敢に銃を、あるいはナイフを構える。だが遅い。

「疾、ィ、ィッ!!」

 打撃、打撃、打撃、打撃、打撃の嵐。正拳、裏拳、アッパー、一本背負い。怒濤のごとく繰り出される白兵戦の妙技が、エルドの左側へ展開していた竜牙兵のことごとくを薙ぎ払った。

 その姿はまさに台風の目であり、知らずエルドは呟いてしまう。

「おおお……美しい」

「あ?」

 残心こそ忘れぬものの、思わずエルドを見てしまう辰巳。見れば顔の辺りへ掲げたステッキに、丸い弾痕が穿たれている。のけぞったのはやはり演技だったようだ。

 しかしてそれ以上に異様なのが、目に灯り始めた異様な輝きであろう。

 何か、夢を語っていた時のギノアも似た顔をしていたような――そんな疑念などつゆ知らず、右側の竜牙兵団が一斉に銃口を突き付ける。

「その美しさ、どこまで持つか――」

 轟。

 唐突に轟いた爆煙が、エルドの戯言ごと残りの竜牙兵団を薙ぎ払った。

「ノォ!?」

 反射的に振り向くエルド。そこにはシルクハットを吹き飛ばそうとする炎と、丁度停車した風葉の駆る二輪、レックウの姿があった。

 ――辰巳がブーストカートリッジを精製していた時、風葉はリストコントローラにこう告げていた。

「あのっ、霧宮……じゃなかった、ファントム5です! レックウを送って下さい!」

『了解だ』

 新人の初々しさに微笑みながら、メイは紫色の転移術式を起動。オウガローダーの移送にも使われる円陣は、ファントム5の正面へ、正確にレックウを送り届けた。

 後は即座に搭乗し、辰巳の援護をすべくサークル・ランチャーを起動。残っていた竜牙兵へ爆撃を仕掛けたという訳だ。

 実に見事な連携である。思わず、エルドは溜息をついた。

「後は、あなただけですね!」

 未だ燻る爆煙に、風葉の犬耳が揺れる。

「さてどうする? 白旗でも上げて貰えりゃ助かるんだがな、色々と」

 口調こそ軽いものの、突き付ける銃口には一部の隙も見せない辰巳。

 弾倉は通常弾。エルドが振り返っていた間に変更したのだ。

 挟み込むように立つ二人の若人。その眼差しを交互に見やった後、エルドは口を開いた。

「ン、フ。ンンーフフ! ンンーフッフフフフ! いいね! 実にいいよ君達! これなら問題なさそうだ!」

「何を、言って……」

 訝しむ風葉。その隙を突き、エルドはステッキを翻す。何かの術式発動の予備動作か。

 だがそれより先に劈く銃声が、エルドを縫い止めた。辰巳が引き金を引いたのだ。

 額に穴を開け、どうと倒れるエルド。シルクハットが宙を舞う。

「……い、五辻くん」

 容赦のなさに風葉は閉口しかけ、しかしすぐさま叫ぶ羽目になる。

 さもあらん、そのエルドの身体が爆発したとあれば。

 どぱぱぱぱぱーん、というダース単位の爆竹とクラッカーを鳴らしたような炸裂に、風葉はレックウごと飛び退いた。レックウは2WD駆動であるため、バックも出来るのだ。

「うわわわわ!? な、なんなのもう!?」

「エンターテイメントに関しては、つくづく抜かりの無い男らしいな」

 フラッシュ、紙吹雪、更にはハト。くす玉を割ったような騒々しさをばらまきながら、世紀の怪盗エルド・ハロルド・マクワイルドの分霊は、消えた。

「……で、してやられたという訳か」

 ハンドガンを消去し、何故か辰巳は苦々しげにつぶやく。

「え? 何言ってるの五辻く、じゃなくて、ええと――」

 ファントム4、という名を風葉は呼び損ねた。

 陸橋の向こう、友人宅へ遊びに行った事がある見知った住宅地。

 その中から唐突に、巨大な竜牙兵が立ち上がったのだ。

「え、ええええっ!?」

 風葉が声を上げる合間も、巨大な骸骨は屋根に手をかけ、ゆらりと立ち上がる。

 それも、三体もだ。

「キクロプスの時と同じだな。多分、別働隊に術式の用意でも用意させてたんだろ」

 通信回線を準備しながら、辰巳は正面の巨大竜牙兵を睨む。こうなるとあの鼓笛隊は、こちらの目を引きつけるための囮だった公算が高い。

 だが、その起動トリガーはどこに――とセンサーを走らせて、辰巳は気付いた。

 シルクハット。今まさに消えかけているそれから、微弱な霊力が流れている事を。

 今し方の派手な爆発も、同様の囮だったのだ。

「つくづく大したエンターテイナーだな、それで食ってきゃ良かろうに」

 ぼやく辰巳を、エンターテイナーの置き土産三体が睨む。まだこちらの戦力を見極め足りないという訳か。

「ならこっちもサービスだ、とことん見せてやるさ」

 繋がる通信。辰巳はすぐさまオウガローダーの発進を要請した。


◆ ◆ ◆


「ふっはぁ!」

 同時刻、奇声を上げながらエルド・ハロルド・マクワイルドは復活した。辰巳に撃ち抜かれた分霊の意識を、また別の分霊へ転写したのだ。

 別の身体、別の座標。だが、心の中は数秒前とまったく同じだ。故に、目を閉じずともありありと思い出せる。あの、二人の若者の眼差しを。

 ファントム4、五辻辰巳。敵の撃滅以外の要素を削ぎ落とした、透明で無機質な兵士の目。

 ファントム5、霧宮風葉。未だ迷いある瞳の奥に、時折垣間見る確かな獣性。

「ンフ、フフ――!」

 ゼイゼイと息を荒げているのは疲労か、それとも興奮か。どうあれエルドは気持ちを落ち着けるため、手元にあったコップの水を一気飲みする。

「――フゥー」

 人心地着いたエルドは、改めて窓の外を見やる。だがここからでは、二駅離れた場所にあるハンバーガーショップからでは、竜牙兵どころか幻燈結界げんとうけっかいすら見えない。

「……お帰りなさいませ、エルドさん」

 そんなエルドとテーブルを挟んだ反対側。もむもむとチーズバーガーを食べながら、一人の少女が言った。

 ちなみにすぐ声をかけなかったのは、食べるのに忙しかったためである。

「おお、待たせたね。今帰ったよ、サラくん」

 だがエルドは気にした様子も無く、懐から拳大の水晶玉を取り出してテーブルに置く。

 それから、サラと呼んだ少女を見やる。

 小さな身体、小さな顔、可愛らしい唇。

 肩口まである金髪は緩くウェーブかかっており、エアコンにやわらかく揺れている。

 服装は黄色のカッターシャツに、チェックが入った若草色のベストとスカートとベレー帽。今もハンバーガーを掴む指は、黒い手袋に阻まれて見えない。

 雛芥子ひなげしのような、控えめに言っても美しい少女、なのだろう。

 だが一点。彼女の美貌を大きく損なっているものがある。

 バイザー、とでも言えば良いのだろうか。欧州にある騎士兜のような目隠しで、サラは両目を隠しているのだ。

 赤紫を基調とした、刺々しいその縁についたケチャップを、サラは紙ナプキンで拭き取る。

「それで、如何でした? 前情報通り、きちんと殺しがいのある方々だったのでしょうか」

「ああ、それはもちろんだとも。流石はサトウくんの眼鏡にかかっただけはあるね。今も――ほら」

 エルドが水晶玉を指差すと、内部に一枚のモニタが浮かび上がる。サラにも見えるよう両面に同じ映像を投射しているそれは、一機の大鎧装の姿を画面に映し出す。

 それは今まさに、巨大な紺青色の鎧武者、オウガが竜牙兵を打ち倒している一部始終であった。

 牽制のガトリングで一体の動きを封じつつ、リバウンダーでもう一体へ肉薄。至近距離で放たれかけたマシンガンを寸前で打ち払い、加速と自重が十分に乗った膝蹴りを叩き込む。

 くの字に折れる竜牙兵。更にそこへ膝のパイルバンカーが炸裂し、竜牙兵は形を失って四散する。

「まぁ」

 流れるようなオウガの動作に、サラはポテトへ伸ばしかけた手を止める。

「成程。これは確かに結構なお手前のようですね」

「だろう? これなら最後の魔術師の遺産もスムーズに――おっ、良いぞ! そこだ頑張れ!」

 手を振り上げて応援するエルドであるが、二体目の竜牙兵も難なく倒され、映像を送っていた三体目へもオウガは肉薄し――そこで、立体映像モニタは砂嵐となった。

「あぁー、残念でしたね」

「まぁ戦力差があり過ぎたな。だが、ンンーフフ、それでいいのだよ! 美しい! 実に美しい!」

「あんなに元気な所を見せられると、私もブチ殺したくなって来ますねぇ」

 哄笑と微笑。種類こそ違えど、似たようなマイペースでファントム・ユニットを分析するエルドとサラ。

 この二人こそ、以前ギャリガンがサトウに言った二人の戦力であった。

 彼等の目的は何なのか、最後の魔術師とは誰なのか。

 これから起こる事態の全ては、未だ彼等の胸中に仕舞われたままだ。

 ――ところでサラがポテトを摘まんでいたように、今この一帯は幻燈結界の範囲外にある。まがつの霊力を感知した訳でも無い以上、それはむしろ当然だ。

 だがそれはつまり、この二人が周囲の一般客達にキッチリと認知されているわけで。

「ままーへんなひといるー」

「シッ、マーくん指差しちゃいけません!」

 周囲の視線を余所に、二人はしばらく談義した後、きちんと会計して出て行った。

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