第187話「では、賭けますか?」

「さて、準備運動はこの辺にしてだ」

 辰巳たつみは操縦桿を操作。レツオウガ・エクスアームドを取り巻いていた幾枚もの転移術式陣が、一斉に消える。

「本題に入るとしよう」

 辰巳は見やる。正面下方。赤色の巨大なドーム――オリジナルのRフィールドが、威容を誇示している。

 先程ブチ破ったアフリカのそれよりも、二周り以上は巨大。世間から隠すため常時展開されている幻燈結界げんとうけっかいの中にあって、いっそ目が覚めるくらい毒々しい赤色。これまで数々の魔術師達が挑み、しかし目ぼしい成果を出せずに居る、非常に危険な霊力収束地点。

 それを前にして、辰巳は薄く笑った。

 同時に、風葉かざははかるく眉をひそめた。

「……ん、んー?」

「どうした風葉?」

「あ、いや。大した事じゃあないよ。ドームの表面がちょっと気になっただけだからさ」

「ふうん?」

 辰巳は映像を拡大。Rフィールド表面を改めて確認。嵐のように渦を巻く、莫大な霊力のうねりがそこにあった。この流れから、風葉は何かを察したと言う事か。

 だったら、本当に大した事はない。確かに今までのレツオウガであれば、フェンリルを用いても対処は難しかっただろう。巨大過ぎて捕食しきれなかった筈だ。

 だが、今なら。

 レツオウガ・エクスアームドならば、話は別だ。

「だったら、それを確かめる意味も兼ねて――始めようか!」

「うん!」

 応え、風葉はコンソールを操作。霊力経路が切り替わり、新たに追加された、最大の武装が唸りを上げる。

「起動準備完了、いつでも行けるよ!」

「よし。じゃあ行くぜ――ブレスト、オフ!」

 叫び、操縦桿を押し込む辰巳。起動する術式。コマンドに呼応し、まずレツオウガ・エクスアームドのエンブレムアーマーが切り離される。

 アーマーは一旦四つのパーツへと分離し、変形しながら再合体。術式展開。編み上がる霊力。

 かくて完成したのは、レツオウガ・エクスアームドの身の丈ほどある長い棒状の物体だった。

 それを、レツオウガ・エクスアームドは掴む。竜巻のように振り回した後、構える。

 水平に。槍のように。

 そして今、その先端。

 レツオウガ・エクスアームドの全身から流れ込んだ霊力が集中、噴出。極大のヴォルテック・バスターじみたそれは、しかし数秒で安定。ぎゅるぎゅると渦巻きながら凝集するそれは、やがて一個の形を編み上げる。

 果たしてそれは刃、だろうか。

 恐らくは槍の穂先なのだろう。だがあまりに異様で、巨大で、神々しい代物であった。

 銀色に輝く巨大な螺旋型をした穂先は、それだけでレツオウガ・エクスアームド本体と同じくらいの大きさをしている。

 これこそがファントム・ユニットの、レツオウガ・エクスアームドの最大武装にして、当機を神影鎧装たらしめるもの。未知なる兵装エクスアームドの由来となったもの。

 即ち、超絶なる霊力武装――アメノサカホコ・レプリカであった。

 だが何故、このような霊力武装を扱えるようになったのか?

 それに何故、エクスアームドという名前が与えられたのか?

 それを説明するためには、辰巳と風葉が婚姻届を書いていた頃に時計を戻さねばならない。


◆ ◆ ◆


「で、だ」

 辰巳達が別室――急遽作られた四畳半くらいのスペース――への扉を潜った後、いわおはヘルガに聞いた。

「具体的にどの神様の力を借り受けるか、目星は付けているんだろう?」

「勿論。というか、巌も大体わかってるんじゃない?」

「まあ、概ねはな」

 笑い合う巌とヘルガ。そのまま二人は名前を呼んだ。示し合わせたように。

伊邪那岐命いざなぎのみこと

伊邪那美命いざなみのみこと

「ほほう! そらまた大きく出たのう」

 と、感心したのは雷蔵らいぞうである。他の面々も頷いている。

「え、何? つーか誰?」

 唯一、グレンだけが何もわからずキョトンとしていた。サラとペネロペが露骨に溜息を付いた。

「イザナギ、イザナミ。日本の古事記や日本書紀に描かれてるカミだなァ。ざッくり言っちまうと、混沌の中から日本列島を作った夫婦神だ」

 頬杖をつくハワードの説明で、ようやくグレンは理解した。

「あーはいはい成程。つまり創世神か。色々あるよなそういうの」

「まあね。今回は日本人、かつ即席の夫婦を依り代に仕立てる事で、より強力な力を引き出そうってワケさ」

「それは良いんだが、強化の方向性はどうするつもりだ? この部屋は時間の流れが違うとは言え、いつまでも長々としてはいられまい」

 興味津々、といった体で疑問を投げたのはメイである。ヘルガの側もそれは想定済みだ。

「それは勿論、先見術式で入手したレツオウガ・フォースアームドのデータを元にアップデートを試みます。とはいえ各種の調整に加え、イザナギ神とイザナミ神の権能を模した術式も組み込むので、まぁー突貫作業になりますね」

「だがまあ、ナントカなるじゃろ! 何せここには凪守なぎもりとグロリアス・グローリィ、二つの魔術組織を代表する知恵者を筆頭に、識者がたくさん居るのじゃからのう!」

 ガハハ、と笑う雷蔵。利英りえいとハワードは満更でもなさそうな顔をした。

「ですね。そして名前は」

「ハイパーフォースカイザーだろ? 勿論」

 満面のドヤ顔をするグレンに、ヘルガは首を振った。

「あー。いや。申し訳ないんだけどねえ。確かにフォースアーマーユニットのデータは使うけど、それそのものってコトにはならないと思うんだよねえ」

「えっ」

「そうだな。これからどうなるにせよ、強化されたレツオウガの使用は、既存の大鎧装――どころか、神影鎧装の範疇さえ超えていくだろう」

 立体映像モニタに術式の草案を纏めながら、利英は言った。

「それはまさに人跡未踏。言うなれば、レツオウガ――未知なる兵装エクスアームド!」

「レツオウガ、エクスアームド……」

 噛み締めるように、巌はその名を呼んだ。そして頷いた。

「……うん、良いんじゃないか。このレツオウガ・エクスアームドを完成させ、ファントム4及びファントム5の両名に、オリジナルRフィールドへ調査に向かってもらう」

「ハン。ここまでお膳立てしといて空振りだったら大爆笑モンだけどな」

 茶々を入れるグレンに、巌は苦笑を返す。

「そこはまあ、予測が当たっている事を信じよう。もし外れていたら――」

「外れていたら?」

「――オリジナルRフィールドを破壊し、持って標的ターゲットSへの示威行為としようじゃないか」

 にやと笑う巌。一瞬真顔になるグレン。

 それから、不敵に笑った。

「……ハハ! 中々抜け目無えんだな、アンタも。道理で手強かったワケだぜファントム・ユニット」

「お褒めに預かり光栄、と言った所で。そろそろ作業を始めようじゃあないか」

「そうじゃのう。それにしてもあの二人、一体どれくらいかかるもんなのかのう」

「そりゃあたっぷりかかると思いますよ。仮とは言え、とっても大きな決断ですし」

「どォーだかなア。状況が押してンのはアイツらだッて分かってンだから、案外サクッと終わらせて来ンじゃねエの」

「ふむ……では、賭けますか?」

「はン? 面白れえンじゃねえの」

 そうして彼らはファントムアーマーユニットを、レツオウガ・エクスアームドを完成させた。

 なお賭けはマリアの一人勝ちであった。


◆ ◆ ◆


「行、く、ぜッ」

 紆余曲折の果て、完成したアメノサカホコ・レプリカ。その切っ先を、辰巳はオリジナルRフィールドへと向ける。収束した莫大な霊力が、イザナギ神及びイザナミ神の権能を再現する術式が、螺旋となって唸りを上げる。

 レツオウガ・エクスアームドは、それを構え。

「お、お、おおおッ!」

 オリジナルRフィールド目がけ、一直線に突貫。一瞬で到達した螺旋は、赤色の壁に激突。通常の術式であれば、このまま弾かれるか取り込まれて終わってしまうだろう。だが、アメノサカホコ・レプリカは違う。

 そもそも天之逆鉾とは、伊邪那美命と伊邪那岐命が天地を開闢した、転じて宇宙を作った時に使ったものである。そしてアメノサカホコ・レプリカには、そうした逸話を下地とする性能が備わっているおり。

 その指向性は、開発した天才達の手によって破壊力へと転換されていて。

 かくて一秒。二秒。三秒の後、オリジナルRフィールドは打ち砕かれた。

 粉々と、ガラスのように飛び散る赤い破片の雨。それを一身に浴びながら、レツオウガ・エクスアームドは突入。空中で制動しながら、アメノサカホコ・レプリカを構え直す。

「ここが……」

 肉眼とセンサーで、辰巳は状況を確認する。

 その風景は、今まで居たアフリカの人造Rフィールドによく似ている。半球状の巨大なドーム空間であり、地面は驚く程に平たい。だが、違う点が三つある。

 一つ目は大きさだ。アフリカの戦場も相当に広かったが、ここは更に広い。優に二倍はあるだろうか。

 二つ目は殺風景さだ。何もないのだ。1962年に発生してから、幾度も調査隊を苦戦させた禍の記録はあるというのに。

 そして三つ目は――今まさに、姿を表し続けている。

 先程レツオウガ・エクスアームドが開けた背後の大穴。そこから発生した亀裂は、壁天井床を急速に走っていく。走り続けている。破損が広がっていく。

 ヒビにの刻まれた赤色は、急速に色を失って揮発消滅する。オリジナルRフィールドが、崩れていっているのだ。日本神話の権能と、北欧神話の権能。二つの衝突による何らかの作用か――この場に利英かヘルガが居れば、そんな分析をしたかもしれない。だが、やはりそれ以上に目を奪われていただろう。

 剥がれ落ちたRフィールドの下。新たに現れた、灰白色の力場に。複数枚の立体映像モニタを忙しなく見据えながら、風葉は呟いた。

「ど、どういう、事なの」

「解らない――とにかく、進むしか無い」

 アメノサカホコ・レプリカを構え直し、レツオウガ・エクスアームドは飛ぶ。崩壊し、白く変じていくオリジナルRフィールドの中心点へと。

 やがて到達したその場所に、その男は居た。

「……。やってくれたな、ゼロツー」

 襤褸じみたローブに身を包んだ全ての元凶。

 即ち、無貌の男フェイスレスが。


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