Chapter13 四神 05

 今までの短い、しかし濃密な切り結びの中で、マリアは一つの結論を得ていた。

 デュアルセイバー・ライグランスは、前身機ライグランスが持っていた防御装備――灼装しゃくそうを搭載していないのだ。

 機体周囲に高密度の霊力を放射し、擬似的な斥力場を形成する灼装。強力な防御手段である事は間違いないが、どう見ても燃費が悪い。事実、オウガとの戦闘中にも解除している場面があった。恐らく合体システムとの兼ね合いで、搭載する余裕が無かったのだろう。マリアはそう予測し、実際それは半分正解だった。

 そしてマリアは今からその半分を、そもそも搭載の必要が無いのだという事実を、たっぷり思い知る事になる。



「ああ、あ」

 落胆のような、納得のような。

 知らず、そんな息がサラの口端から漏れ出ていた。鎖鉄球と化したタイプ・ホワイトが迫って来ているにもかかわらず、だ。

 セカンドフラッシュが射出したアンカーに射貫かれた上、高圧電流によって動きを止められた鉄の塊。その撃力をまともに受ければ、なるほどただでは済むまい。

 そしてそれ以上に、これ程の大振り。あまりにも見え透いている。恐らく回避後に仕掛けるだろう何かがセカンドフラッシュの本命と見るべきだろう――瞬きする程の合間に、サラはそう結論付ける。

 ならば、どうするか。

 単純な話だ。裏をかいてやれば良いのだ。となるとこの状況は、むしろ。

「好都合ですね」

 サラは小さく微笑む。バイザーが音を立て、左右に展開する。

 鳶色の瞳が、ヴァルフェリアの能力が、解放される。

 かくて英雄の技巧にみちびかれるまま、DSライグランスは弓を分離する。太刀と鞘に戻す。

 ひらめきが、奔る。

「そろそろ本気だそうと思ってましたから、ね」

 歌うように言いながら、サラは太刀を鞘へ納めた。

 きん、と。

 鯉口の硬質なつぶやきが、マリアの耳朶を叩いた。

「――、え」

 知らず、マリアは目の前の光景を凝視する。次いで傍らの立体映像モニタへ目を向け、機体の状況をチェックする。

 タイプ・ホワイト二機を貫通拘束していたスピニング・アンカー。その射出された先端部が、敵機ごと消え失せていた。

 唖然とするマリアの耳へ、思い出したかのような爆発音が飛び込んで来る。見ればDSライグランスの向こう側、巨大な鉄塊が盛大な爆煙を吹き上げていた。

 しかもよくよく見れば、それは今し方叩き付けるつもりだった敵機――タイプ・ホワイトではないか。

「な、」

 マリアは言葉を失う。さもあらん、落下していくタイプ・ホワイトだったものが、四分割の輪切りにされていたとあれば。

 しかもその輪切りの中に、切断されたワイヤーをぶら下げるアンカーが突き刺さっていたとあれば。

「デタラメにも、程がある――!」

 毒突き、マリアは役立たずのハイブースト・アームを切り離す。背部アームドブースターを全開し、少しでも距離を取ろうとする。その後退を、利英りえいが無人機で支援する。

 だが。

 そうした一連の動作よりも、サラの追撃は先んじた。

 DSライグランスの脚部ウイングが、音も無く脱落。三角形のそれは機体直下でぴたと組み合わさり、正方形の床を形成。

 その上に、DSライグランスは降り立つ。柄に手をかけ、腰を沈める。

 踏み込みの予備動作を、造る。

 無論、ただの踏み込みでは到底セカンドフラッシュに届くまい。だからそれを拡張するために、サラは翼を即席のカタパルト――リフレクター・ウォールに組み替えたのだ。

 ファントム2こと雷蔵らいぞうが、生身での戦闘時に得意としたタイガー突撃パンチ――もとい、リフレクター・ブレイク。瞬間的に激烈な斥力を発生させるあの術式を、ギャリガンが独自に解析、再現、最適化を施した代物が、DSライグランスの足下で輝いている。

 その爆裂的な推進力は、オウガのラピッドブースターすら上回っており。

「では、お目にかけましょう。私の、エスコビージャを!」

 かくてDSライグランスは、セカンドフラッシュの間合いに出現する。ごう、という音が今頃聞こえる。その恐るべき速度の踏み込みに、マリアは瞬きする事すら出来無い。

 回避も防御も出来ぬまま、DSライグランスの刃が光る――!

「う、ぐっ!?」

 たまらずマリアは呻いた。しかしてそれは、太刀の閃きがセカンドフラッシュを両断したから、と言う訳では無い。

 ――結論から言えば、DSライグランスはセカンドフラッシュを斬らなかった。刃が装甲を舐めようとしたコンマ三秒前、サラは太刀への霊力供給を解除したのだ。

 当然、霊力武装である刃は形を失う。遠心力のまま、セカンドフラッシュを叩く霊力光の残滓。その残滓を押しのけて直撃したのは、あろう事かDSライグランスの蹴りであった。

 構えも何もない、ただ叩き付けるだけの打突は、しかし最低限の役目を果たした。瞬間的に生じた撃力により、二機の大鎧装は別方向へ弾かれあったのだ。さながらピンボールのように。

 更に弾かれる勢いのまま、DSライグランスは分離する。ビャッコとセイリュウへ一旦戻り、たまたま近くに浮いていたタイプ・ホワイトとインターセプターをそれぞれ足場代わりに踏みつけ、体勢を立て直す。

 そしてその合間に、サラは見た。もしも太刀を振り抜いていた時、DSライグランスがいただろう座標を、火線が舐めていったのを。

 通常のサラなら直撃を受けていただろう。だが今のサラはバイザーを開いている。双眸と共に、ヴァルフェリアの力が開いている。

 だから、いつも以上に視えた。死角からの射撃がもたらす空気と霊力のゆらぎすら、捉える事が出来たのだ。

「とは言え、絶妙なコンパスではありましたね」

 DSライグランスへ再合体しつつ、サラはカメラを巡らす。問題の射手は、地上にいた。

 硝煙じみた霊力光を立ち上らせる、シールド一体型ガトリングガン。その持ち主は――グラディウスを持つグラディエーターは、緩やかに銃口を下ろす。

 その仕草に動揺は無い。周囲のグラディエーターやディノファングを斬り伏せながら、戦場の奥へと消えていく。その間際、グラディエーターは視線を凪守なぎもりの拠点コンテナへしばらく向けていた。

 何のために――疑問がサラの口から出るより先に、回答が応えた。上下左右、近場にいたインターセプター全機が、あらゆる方向からDSライグランスへ襲いかかったのだ。

「なる、ほど?」

 拠点の指揮官へ、雑兵による一斉攻撃支援を頼んでいたか。確かに不意撃ちを避わされた以上、数で押すのは合理的な判断だろう。

 だが。

「そんな次善策では――」

 DSライグランスの太刀が閃く。全てのインターセプターが放ったスピニング・アンカーは、エーテル・ビームガンは、嵐の如き斬撃の下に斬り捨てられる。

「――到底届きませんよ?」

 今のサラは、英雄エインフェリアの権能が全解放されている。

 彼女に刻み込まれた英雄の名は、藤原景清ふじわらのかげきよ悪七兵衛あくしちびょうえの異名を持つ勇猛な武士であった彼は、数奇な運命の果てに生目いきめ神社の主祭神として奉られる事にもなった。目に関する神様になったのだ。

 そんな藤原景清のヴァルフェリアであるサラには今、悪七兵衛の超絶剣技と、空気のゆらぎすら見つける神の動体視力が、同時に発現している。その二つを存分に生かすべく、サラはDSライグランスの足首部にウイングを再構成、再加速を開始。

 包囲していたインターセプターのうち、もっとも手近だった一機を切断、残骸を蹴り飛ばし、その勢いで加速。そのままピンボールのように別の一機を切断、蹴り飛ばして加速。

 更にそのまま別の一機を切断、蹴撃、加速。

 切断、蹴撃、加速。

 切断、蹴撃、加速――。

 僅か十数秒の後、DSライグランスを囲んでいたインターセプターは、全てただの鉄屑に成り下がった。

 旋風の太刀。そう呼ぶ他無い斬撃乱舞を見据えながら、マリアは意識を切り替える。

 DSライグランスの弓は、此方をほぼ完全に追従してくる。アームドブースターの加速力に任せた戦法は、もはやただの墓穴でしか無い。

 故に、マリアは選択した。

「アームドブースター、モードチェンジ!」

 アームドブースターが内蔵する、もう一つの機能の解放を。



獣装合体じゅうそうがったい!!」

『Roger Dual Silhouette Frame Mode Ready』

 叫ぶいわお。応える電子音声。目を覚ます二機の合体機構。

 赫龍かくりゅうは本体と左右の翼へ一旦分離し、合体モードへ変形。

 迅月じんげつも胸部ブースターユニットを射出し、合体モードへ変形。

 赫龍本体が迅月胸部へ収まり、ブースターが新たな腕部を造り上げ、翼が折り畳まれて肩アーマーを形成。

 ブースターだった両上腕に丸盾が再接続し、迅月の虎頭内部へ格納されていたヘッドギアが赫龍頭部に装着され、ブレードアンテナが展開。

 雷蔵が空手の演舞のような動きをする傍ら、巌は機体状況を手早くスキャニング。問題はまったくない。

 かくて巌は、合体プロセスの完了を叫んだ。

「合体完了!」

「ウイイイイングッ! タイッガァァァァァァァッ! ロボオォォッ!」

 もとい、叫ぼうとした。だが右拳を突き出すメインパイロットの雷蔵に、今回も先を越されてしまった。巌は小さく息をつく。

「……だから、おぼろだって言ってるだろ、っと!」

 即座に操縦桿を捻り、朧のスラスターを噴射する巌。迅月側のものも加わって増加した推力は、赫龍単体時以上の機動性で空を鋭く切り裂いていく。

 そんな朧を追うように、地上から幾本もの光の筋が迸る。言わずもがな、DGスノーホワイトの狙撃である。

 獣鎧装じゅうがいそうの朧とて、直撃すればただでは済まぬ大口径霊力弾。それが掠める衝撃を装甲越しに感じながら、巌は問うた。

「で、どう攻める?」

 旋回を続けて上下逆さとなった朧は、未だ正確に追ってくる地上の銃口を見上げる。

「決まっとるじゃろ」

 鼻をならしながら、雷蔵は視線を巡らす。メインカメラが映し出す視界の端に、脳天を晒すタイプ・ホワイトの姿が映る。

 雷蔵の口端が、吊り上がる。

「もっと頑丈な盾を使って、ツッコむんじゃよ!」

 朧が姿勢を捻る。スラスター推力をねじ伏せながら、繰り出されるは痛烈な回転蹴り。加速力と質量に物を言わせた一撃が、激烈にタイプ・ホワイトを打ち据える。

 ロクな反応も出来ぬまま、頭部を叩き潰されて機能停止するタイプ・ホワイト。そのまま重力の虜となる雑兵の残骸を、朧はスノーボードの如く器用に踏みつけつつスラスター噴射、急降下を開始する。

「うわぁ。まじスか」

 呆れ半分、感心半分に呟きながら、ペネロペは銃口をタイプ・ホワイトだった鉄塊へ照準、射撃。

 当然狙いは過たず、銃弾は装甲を貫通して朧へと到達、しない。

「よいしょオッ!」

 着弾の直前、朧は盾代わりのタイプ・ホワイトを蹴り飛ばして離れる。着弾、爆発、膨れ上がる黒煙を背にしながら、朧は別のタイプ・ホワイトへ抜け目なく躍りかかる。

「あーりゃりゃ」

 顔をしかめるペネロペだが、照準にはミリ単位のブレすらない。高速降下する朧を狙い、大口径弾を撃つ、撃つ、撃つ。

 だが朧は止まらない。止まるのは朧の拳打で、あるいは蹴撃で盾にされたタイプ・ホワイトばかりだ。ペネロペの眉間のシワが深まっていく。

「誤射なんて、今日までした事なかったんスけどね」

 立体映像モニタを操作し、ペネロペはもう一つの武装を展開する。即ち、ゲンブの背部装甲――現在ではDGスノーホワイトの下半身後部へ格納されていた二門の砲が、顔を出したのだ。

 砲口には既に霊力光が灯っている。霊力の充填が終わっている。

「新手の武器だ、速射が来るぞッ」

「応!」

 頷き、獰猛に笑う雷蔵。直後、DGスノーホワイトの二連装砲がそれを上回る怒声で吼えた。花火のように、しかしそれとは比べるべくも無い速度と熱量で空を駆け上がる霊力砲弾。

 しかしてその照準は、それまでの狙撃に比べると明らかに大味であり。

「はッ! 防御する必要も無いのう!」

 一気に距離を詰めるべく、新たな盾タイプ・ホワイトの調達をせずに急加速をかける雷蔵。

 だが。

「狙い通りスね」

 その性急さを、ペネロペは待っていた。

 照星は狙う。銃声は響く。二連射。弾丸は迸る。その照準が捉えるのは、やはり朧――ではない。大きく外れた明後日の方向だ。

「あ!?」

 目を見開く雷蔵。だがサブパイロットの巌は、DGスノーホワイトの目論見を即座に見抜いた。

「マ、ズ、イっ! ファントム2!」

 叫ぶ巌。しかしそれを言い終えるより先に、弾丸は貫いた。

 即ち、先に放たれた霊力砲弾を。

 必然、砲弾は炸裂。タイプ・ホワイトを遙かに超える熱量が、一帯を蹂躙。

 そしてその範囲内には、当然ながら朧も含まれており。

「――ッ!」

 雷蔵は何かを叫んだ。

 だがそれを上回る轟音と爆煙が、朧を瞬く間に包み込んだ。

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