Chapter13 四神 04

 DSライグランスの矢は、大鎧装の装甲を貫通した。

 胸部中央を違わず貫通する一射、その威力自体に不満は無い。

「ちぇ」

 しかして、サラは口を尖らせた。まぁ無理もなかろう。その鏃が抉り込んだのは、セカンドフラッシュでもアームドブースターでもなく、射線上へ割り込んで来たグラディエーター・インターセプターだったのだから。

 自動制御だけでこれほど的確な割り込みなぞ、まず出来まい。誰かの遠隔操作だ。

「ぐむっふはははひゃ! 我ながら見事な身代わりインターセプトっぷりじゃあないかね!?」

 そんな誰かこと利英りえいの通信が、セカンドフラッシュのコクピットへ飛び込んで来る。マリアは引きつった笑顔で応えた。

「あは、は。ありがとうございま――」

 警報アラート。コクピット内を跳ね回るささくれた音に、マリアはすぐさま表情を引き締める。操縦桿を捻る。ロールするセカンドフラッシュ。直後、二本目の矢が頭部装甲のすぐ脇を掠めていく。話に聞いてはいたが、つくづく恐るべき射撃精度だ。

「この、まま、ではっ」

 背を撫でる冷気を無視し、マリアは後部カメラが映すDSライグランスの姿をちらと見る。利英が新たなインターセプターをけしかけたのは、丁度それと同時だった。

「噛ませ役なら任せたまへ! マジックテエプのごとくにバリバリと力強く止めてみせるとも!」

 上、下、左。三方向から同時攻撃すれば、少なくとも一撃は当てられるはず。そんな利英の目論見は、しかし甘かった。

「ふ、う」

 一呼吸。その合間にサラは矢を放ち、両足をしならせる。それで終わった。

 左から来ていたインターセプターは眉間に矢を受け、きりもみながら吹き飛ぶ。その犠牲を生贄に、残り二機のスピニング・アンカーがDSライグランスへ食らいつく――よりも先に、巨大な刃がインターセプターを両断した。

「少々、はしたなかったですかね?」

 微笑みつつ、DSライグランスの脚部を引き戻すサラ。その足首部に、先程まで生成されていた霊力の翼は無い。

 今し方放たれた矢の直後、DSライグランスが放った二連回し蹴り。その勢いに乗せて切り離された翼が、巨大な回転ノコギリと化して射出されたのだ。

 それの射線上にいたインターセプターは、果たしてどうなったのか。今更描写する必要は無いだろう。なお浮力は失われていない。本体のスラスターが全力噴射しているためだ。

 どうあれ、今DSライグランスは矢だけでなく翼も再構築している。

 秒単位ではあろうが、隙が生じている。

 それを、マリアは見逃さない。

「アームチェンジ! アンカー!」

「承りましたア!」

 ヘドバン一歩手前の激しさで頷きながら、利英はコンソールを操作。直後、コンテナ翼部に垂下されていたセカンドフラッシュ用の予備サブアーム二本が、コマンド通りに射出。

「フォーメーション準備……!」

 機体を大きく旋回させつつ、マリアは各種プログラムの収まる立体映像モニタをちらと見る。周囲の状況を確認。タイミングを計る。

 しかしてその一部始終は、当然DSライグランスのカメラにも映っており。

「おやおや。随分とセンシージョです、ねッ」

 狙い、構え、放つ。戦場の只中を走るその一矢は、大鎧装よりも遙かに小さい飛行中の予備サブアームへ、当然のように吸い込まれる。そのまま貫通し、ついでとばかりに地上のガーダーの背中へ突き立った。

「ひとつ」

 爆散。飛び散る霊力光を尻目に、サラはもう一本のサブアームへ目をやる。早い。大分近い。

「なら――」

 DSライグランスの弓を分割し、サラは太刀を構える。スラスターと脚部ウイングを同調させ、弾丸じみた瞬発力でサブアームへ突貫。それを阻むべく周囲のインターセプターが向かう。だがサラからすれば余りに遅い。

「もひとつ」

 かくてサブアームは輪切りにされ、返す刀で振るわれた斬撃が、三機のインターセプターを瞬く間に解体。爆散するそれらを上昇回避しつつ、サラは改めてセカンドフラッシュへ向き直る。

 そして、その瞬間であった。

 DSライグランスの左後方、太刀の斬撃が届かぬギリギリの位置を、何かが高速で横切ったのは。

「え」

 角度から鑑みるに、地表から射出されたのだろうか。どうあれ完全に虚を突かれたサラは、呆然とその物体を――今し方始末したものと同型のサブアームを見送る。

 サブアームは当然のごとくセカンドフラッシュへ向かう。別の位置からも射出されたらしいもう一本のサブアームも合流し、旋回中のセカンドフラッシュと同期する。

「ぎへハハ! 目論見だいせいこうでゴザルな!」

 拠点コンテナ艦橋でいつもの奇声を上げながら、目だけは冷徹に戦場を俯瞰する利英。その双眸が捉えるモニタ内で、セカンドフラッシュはブレイズ・アームを切り離す。そして新たに飛来したサブアームユニットこと、ハイブースト・アームへと換装を果たした。

「なん、と」

 バイザー下の目をしばたかせながら、サラは考えてしまう。今のアームユニットはどこから来たのか――そんな疑問を転がしている間に、セカンドフラッシュが先手を取った。

「スピニングッ! アンカーッ!」

 空を裂くマリアの気合い。即座にサラは太刀を構え直し――またもや、バイザーの下で目をしばたかせた。

 さもあらん。今し方セカンドフラッシュから射出されたドリルアンカーは、あまりに間合いが遠い。その上、DSライグランスとはまったく違う方向を向いていたのだ。

 右と、左。セカンドフラッシュの両腕からまっすぐ伸びるワイヤーを目で追ったサラは、ようやくマリアの狙いを理解した。

「なる、ほど」

 タイプ・ホワイト。それぞれ胸と腹を円錐で貫通された上、電撃で束縛された量産機は、当然動けない。セカンドフラッシュの為すがままだ。

 そして今。セカンドフラッシュは背部アームドブースターの大推力に物を言わせながら、全身の膂力を振り絞る。両腕を振り抜く。ワイヤーで繋がれた二機のタイプ・ホワイトが、DSライグランス目がけて強襲する――!

「これ、でえぇッ!」

「それが、貴女のマルカールですか……!」

 二方向から迫る大質量を前に、しかしサラは笑みを深めた。



 同時刻、地上。

 至近距離、かつ寸分違わぬマシンガンの銃口が、迅月じんげつをぴたりと狙う。

「ぐっ、」

 切磋に丸盾で防御しつつ、スラスター全力噴射で跳び離れる雷蔵らいぞう。DGスノーホワイトが引金を引いたのは、それと同時だった。

 叩き付ける弾雨に雷蔵は舌を巻く。口径と連射力もさる事ながら、恐るべきはその正確さだ。多大な反動を生ずる連発銃だというのに、その銃口は高速で動いている迅月を、的確に追ってくるのだ。

 たまらず、雷蔵は叫ぶ。

「ファントム1!」

「解っている!」

 軌道上のタイプ・ホワイトを無造作に切断した後、いわおに操作される赫龍かくりゅうは腕部グレネードランチャーを照準、発射、発射、発射。命中は期待していない。DGスノーホワイトの目を眩まし、迅月の立て直しの一助になれば――そんな巌の目論見は、それでも甘かった。

「ヌルいスね」

 DGスノーホワイトのコクピット内、つぶやきを言い切るよりも先に、ペネロペは構えていた。

 逆手、ライフルモードとなっていたM・S・W・Sを解除。拳銃に戻ったそれの照星が狙うのは、当然上から降るグレネード。

 その弾頭全てを、ペネロペはハンドガン連射で、当然のように撃ち抜いた。

 派手な、かつ無意味な爆煙が中空に飛び散る。

「ん、な」

 言葉を失う巌。だがそれ以上に色を失ったのは、爆煙の隙間からハンドガンの銃口が見えた瞬間だった。即座に操縦桿を捻る。赫龍の姿勢が傾ぐ。その直後、当然のように弾丸が左頬の塗装を削り取る。

「片手間で狙って、コレかよ――!」

 スラスターを噴射し、旋回回避する巌。大きな円弧を描く赫龍の霊力光に、ぞっとする程正確な等間隔の穴が穿たれていく。言わずもがな、DGスノーホワイトの追撃である。

 かくしてファントム・ユニットの精鋭二人を退けたペネロペは、しかし大した感慨も見せずに引金から指を離す。

「どっちも素早いスね」

 だが、迅月へは少なからずダメージを与えられた筈だ。ちらと見やれば、格闘しているディノファング・スラッシャーの向こうに着地する機影が一つ。考えるまでも無く迅月だ。防御に用いた丸盾はマシンガンの弾雨を受けてズタボロになっており、迅月本体も肩や腹などに弾痕を生じている。

 もはや爪を抜かれた猫も同然――というペネロペの判断は、しかし早計だった。

「予備パーツ!」

 クズ鉄となった盾を投げ捨て、雷蔵は叫ぶ。直後、斜め後方で挌闘戦を演じていた二匹のディノファング・スラッシャーの背が、唐突に弾けた。内部に格納されていた何かが、高速で射出されたのだ。

 だが、一体何が? そんなペネロペの疑問へ答えるように、迅月がそれを掴み取る。

「おッ」

 感心するペネロペだが、さもあらん。何故ならそれは、今し方蜂の巣になった筈の丸盾だったからだ。

 それだけではない。丸盾の裏には、ディノファングから切り出された霊力塊がマウントされていたのだ。霊地に蓄えられている、無形の霊力に近い性質のそれが。

 その輝きはスライムじみて迅月の腕を伝い、肩や腹などの弾痕へ到達。そのまま即席の霊力装甲と化し、傷跡を塞いでしまったではないか。

「なぁる、ほど」

 感心しつつ、ペネロペは改めて辺りを見回す。

「戦力だけでなく、即席の補給地点として機能する雑兵も出してたんスね」

 カメラアイに映るのは、ざっと見ただけでも両手を軽く超えるグラディエーターとディノファングの数々。

 それら全てに、という線は流石に薄かろう。だがそれでも、相当数の予備パーツが持ち込まれている事に疑いは無かった。現に今もまた視界の端でディノファングの背が爆ぜ、長細い物体――スピニング・アンカーアームが空へ射出された所だった。先程セカンドフラッシュとドッキングしたのは、こちらの予備パーツだったのだ。

 などと、感心しているペネロペの隙を、当然凪守なぎもり側は見逃さない。

「いた、だくッ」

 突き出された赫龍の右腕へ霊力光が集中する。ハンドガン型のワイヤーフレームが編み上がっていく。

「ぐ、る、おオッ!」

 新たな盾を迅月は構える。割り込もうとしたタイプ・レッドを蹴り倒し、スラスター全開で突貫する。

 迫り来るベテラン兵の同時攻撃に、しかしペネロペは眉を吊り上げさえしない。

「わぁコワ

 淡々と呟き、淡々とマシンガンM・S・W・Sを操作し、淡々とハンドガンへ戻す。

「セパレート」

 そして、淡々とDGスノーホワイトを分離させたのだ。

「「何ッ!?」」

 驚愕し、それでも銃撃と打撃を放つ巌と雷蔵。しかし動揺の混じった攻撃を受ける程ペネロペは、英雄エインフェリアは甘くない。歌うように、ペネロペの唇が動く。

「狙って、狙われて――」

 迅月の盾の脇を、赫龍の鼻先を、それぞれゲンブとスザクは通り過ぎる。通り過ぎながらゲンブは背部大型砲を赫龍へ、スザクはクロー一体型ビームガンを迅月へ照準。

「――昔を思い出すッスね」

 引金を引く。銃声と砲声が轟く。致命を狙うその射線を、迅月は盾で防御し、赫龍は間一髪で回避。

「こぉのッ!」

「ナメんなあッ!」

 素早く立て直しつつ、赫龍はスザクへ銃撃を、迅月はゲンブへソニック・シャウトを放つ。

「おおっ、とっと」

 スザクは旋回で回避し、ゲンブは重装甲で耐えつつ後退。その隙に、巌は雷蔵へ通信を繋ぐ。

「このままでは埒が明かん。やるぞファントム2。合体だ!」

「応! ウイングタイガーロボの出番じゃな!」

「……おぼろな。前も言ったけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る