最終話 そして それから

 某県立の日乃栄ひのえ高校には、翠明すいめい寮という学生寮がある。昔は全ての学生がここで寝泊まりしていたのだが、交通機関の発達によってそれは無くなった。今では自宅が遠方で通学が大変であったりする学生が、細々と入寮しているくらいなものだ。

 古い木造建築であるため、問題は多々ある。特に冷暖房の貧弱さは毎年生徒会に陳情されている。

 だが利点も少なからずある。始業開始ギリギリまで自室に籠もっていられるのも、その一つだ。

 時刻は朝のチャイムが鳴る十分前。慌ただしく廊下を行く足音をドア越しに聞きながら、自室の中でうろうろしている学生が一人。

 彼の名は、五辻辰巳いつつじたつみ。マリア・キューザック共々家庭の事情で夏休み中に退学届を出したのだが、その後事情が急変。退学は取り消しとなり、日乃栄高校へ戻る事になった。

 そして本日、夏休みが明けた二学期初日。チャイムが鳴るまで後五分。学生服姿の辰巳は、まだ部屋の中でうろうろしていた。

 もう二度と袖を通す事はあるまいと思っていた日乃栄高校の制服。感慨はある。だがそれ以上に、妙な緊張が辰巳を縛っていた。

 その正体が何なのか。二つ隣の部屋のグレン――色々あって彼も日乃栄高校へ来る事になった――に昨日相談したのだが、「知るか」と一蹴されてしまった。

「ぬう」

 小さく唸る辰巳。約束していたとは言え、一体全体、どんな顔で会えば良いのか。何を言えば良いのか。そうこうする内に時間は過ぎていく。

「ええい、ままよ!」

 半ば飛び出すように扉を開け、大股で廊下を進む。程なく辿り着いた玄関前廊下に、待ち人は居た。

 霧宮風葉きりみやかざは

 彼女は同じ組のクラスメイトであり、激しい戦いをくぐり抜けた戦友であり。

 何よりも。先日の戦いの折、勢い余って婚姻した仲であった。

 無論あれはレツオウガ・エクスアームドの能力を十全に引き出すための処置であり、現在では解消されている。そもそも激戦の反動でEマテリアルが機能不全を起こしている現状、エクスアームドは二度と起動出来まい。

 ――いや。今問題なのはそんな事ではない。辰巳は今、緊張をどうにかしたいのだ。

 部屋の中でうろうろしたお陰か、その正体には何となく検討がついた。

 風葉と話すのが、久し振りであるためだ。

 実のところ、あの戦いの後辰巳は風葉とあまり話せていない。事後処理の忙しさが凄まじかったためだ。

 無理もない。徹頭徹尾特殊な戦闘状況だった事に加え、それぞれの魔術組織に配備されている汎用型の転移術式が使えなくなってしまったからだ。転移術式は虚空領域を介していた代物であり、それを仲介していたのが虚空術式、つまりあの巨大レツオウガ・ヴォイドアームドであった。

 それが無くなってしまったのだから、世界中の魔術組織は凄まじい混乱に見舞われた。もちろんまだまだ解決していない。いわおやヘルガの尽力によって、今は何とか小康状態というところである。

 だが。そんな話は、今この場で。

 学校という日常へ続く道の上で。

 出来る話では、絶対に無い。

 しかし、そうなると。一体何を話せば良いのだろうか――そんな、辰巳の懸念は。

「あ、来た来た。おはよう辰巳」

 風葉の一言で、吹き飛んだ。

「……。ああ。おはよう、風葉。待たせちゃったな」

「ん、ギリギリ大丈夫だよ」

 言って、風葉ははにかみながら頬をかく。

「それに、ホント言うと、さ。私も来たばっかりなんだよね。ここに」

「そう、なのか」

 考えてみれば当たり前だ。同じなのだ。

 辰巳が話せなかった、と言う事は、つまり。

 風葉も話せなかった、と言う事なのだから。

「なんか、安心したな」

「ん、何が?」

「なんでもさ」

「ええー?」

 くすくす笑い合う二人。そうこうしている合間に、予鈴がなり始める。

「うわ、ヤバい」

「少し急ぐ……いや、大丈夫か? クラスが別とは言え、転校生が三人もいる訳だからな。先生方もゴタついてるんじゃないか?」

「ん、そういやさっきサラちゃんとペネロペちゃん出ていたっけ」

 言って、風葉は思い直す。やや神妙な顔になる。

「……や、やっぱ急ごう」

「? 何で?」

「だってさ。もし廊下で鉢合わせたりしたら、中々けっこう微妙な空気になっちゃうよ」

「成程、そいつは鋭い予測だな。じゃあ急ぐか――風葉」

「ん――そうだね、辰巳」

 そうして、二人は小走りに教室へ向かい始めた。

 空は、いつぞやのように青く高かった。




【神影鎧装レツオウガ 完】

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神影鎧装レツオウガ 横島孝太郎 @yokosimakoutaro

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