◆これは裂空鎧装シロガネ第三話の書き上がった部分を掲載している記事です。
◆掲載時には加筆修正が入る予定です。
惑星リーギュ。
渦巻く緑色のグラデーションが美しいこの星は、しかし二重環惑星連合内でも指折りに危険な星の一つでもある。
理由はその渦だ。惑星リーギュ全土を包むこの緑色は静まる事も尽きる事もないエネルギーの奔流であり、しかも定期的に噴出するのだ。
さながら火山。だがこの火山は惑星内でとどまるどころか、星系内をも広く蹂躙するのである。
通称、リーギュの箒。
ナウラ・ロズレンが観察しているまさに今、それは起きた。
「あっ」
とロズレンが息を呑むより早く、リーギュの北極から吹き上がるのは、竜巻じみたエネルギーの塊。
それだけでリーギュの惑星直径に匹敵する竜巻は、回転しながら解けていく。伸びていく。
稲妻のように、電子回路のように、幾筋にも分岐しながら伸びる、伸びる。そしてリーギュの自転を遥かに超えた速度で、周辺宙域を薙ぎ払っていく。箒のように。
時折、箒のあちこちで光がきらめく。何かの残骸、あるいはちょっとした小惑星。そうしたものが箒のエネルギーに引っかかり、蒸発しているのだ。
そして前述の通りこの箒は長い。今はまだリーギュ星周囲で止まっているが、数日後には周辺の星の大地をも焼き払うだろう。それがこの星系における、数十万年前から続くサイクルだ。
だからそれが達する前に、ロズレンは研究開発艦「ラノハーク2」を移動させなければならない。彼女自身、それは良く分かっている。艦長、兼研究主任としての務めだ。
右手前のコンソールに座るオペレータが、ロズレンを振り返る。何も言わないが、不安そうな顔は良く分かる。あんな箒に撫でられれば、ラノハーク2ではひとたまりもないからだ。
知らず、艦長席のアームレストを握る手に力が篭る。唇をかみしめ、じっと、モニタを見やるロズレン。
モニタ映像は変わらない。リーギュ星の望遠映像と、経過時間を刻むカウンター。表示されているのはそれだけ、だった。この瞬間までは。
リーギュ星の左側、今まさに伸びる箒が薙ぎ払わんとしている領域。
そこへ、星の裏側から回り込むように。
小さな光の点が、飛び出して来たのだ。
一筋の尾を引きながら、光は走る。走る。膨大な破壊エネルギーをまき散らす箒を掻い潜りながら、ラノハーク2の方向へ近づいて来る。
「と、捉えました! ルヴァータ特殊実験改修機、健在です!」
先程振り返っていたオペレータが叫ぶ。わっ、という短い快哉がブリッジを包む。零れかけた息を、ロズレンはすんでの所で飲み込む。
「予測時間との差は!?」
「計測誤差修正……出ました! 凄い、事前予測よりも一秒〇四早いです!」
「それは当然でしょう。なにせあのパイロットは」
言いかけ、強引に言葉を切るロズレン。
咳払い一つ。次の指令を言い放つ。
「ルヴァータ特殊実験改修機の緊急着艦、及びワープドライブ準備! 特殊実験機が帰還次第、この宙域を緊急離脱します!」
「了解! 「キャッチャー」を起動します!」
直方体を横倒しにしたような外観の研究開発艦「ラノハーク2」。その前方に待機させていた十数機の多目的ドローンが一斉起動。円陣を組んだドローン群は下部に搭載された機器を起動。それから発射される光線はドローン群を駆け巡り、瞬く間に巨大な光の網を形成した。
これが「キャッチャー」だ。
高速移動する物体を強制的に捕らえる事を目的とした、エネルギーの巨大ネット。
その中心へ、件のルヴァータ特殊実験改修機は飛び込んだ。
大きく伸び、たわむ光の網。ぐいぐいと伸びるそれは、ラノハーク2の艦橋の鼻先まで迫ってようやく静止する。
その網の中で上下逆さになっているのが、二重環惑星連合で千年近く使われている汎用人型鎧装、ルヴァータである。
身長は鎧装としてごく一般的な十メートルと少し。まるで戦車のような、ごつく角ばった装甲が全身を覆う。装甲色は所属やパイロットの嗜好で千差万別だが、ラノハーク2所属のルヴァータは母艦と同じ水色を基調としている。
目元は半透明のバイザーで覆われており、その奥にある一対のカメラアイがロズレンを見ていた。
おもむろにサムアップするルヴァータ。思わずロズレンは微笑みかけ、しかしすぐさま咳払いして表情を消す。
そうこうする合間に、キャッチャーはルヴァータが抱えていた慣性を打ち消しきった。ネットはゆっくりと元に戻り、ルヴァータは拘束から解放される。ラノハーク2の艦橋に背を向ける。そうなると機体そのものに匹敵する巨大なバックパックが特に目立つ。これこそがルヴァータを特殊実験改修機たらしめ、箒を突き抜ける程の加速性能をもたらした試作装備なのだ。
そのバックパック及び機体脚部のスラスターを用い、ルヴァータは艦のカタパルトへと着地。格納庫へと移動。次いでネットを解除したドローン群が続々と着艦。格納庫内壁の収納区画へ収まっていく。
最後の一機が格納し、格納庫扉が閉まる。その頃には「箒」は既に目前へと迫っており。
「ワープドライブ、準備完了しました!」
「宜しい! 直ちにワープ開始してください!」
「了解!」
だがその破壊が触れるよりも早く、ラノハーク2はリーギュ星近海から離脱した。