Chapter13 四神 07
「アームドブースター、モードチェンジ!」
マリアは叫ぶ。電子音声は応える。
隠されていたシステムが、目を覚ます。
『Roger Armor Mode Ready』
無機質な声がコクピット内を流れた直後、セカンドフラッシュ背部に繋がっていたアームドブースターのジョイントが、音を立てて外れた。
襲い来る重力と慣性。細かく振動するコクピット。急造仕様のツケが来たか――一瞬顔を出したその疑念を、マリアは操縦桿ごとねじ伏せる。
「
押し込まれる操縦桿に連動し、セカンドフラッシュ本体の脚部が可変伸張。それまでの高機動モードから通常モードへと移行する事で、ディスカバリーⅢと同じ逆関節のシルエットが完成する……のだが、アームドブースターとの連携はここで終わらない。
下半身が百八十度回転し、脚部が更にまっすぐ伸びて通常の大鎧装と同じになる。アームドブースターはその直下に移動し、セカンドフラッシュはその上へ着地。足底部ジョイント接続。
そしてそれを合図に、アームドブースターの各部が分離していく。
セカンドフラッシュが立つ天板部はそのままに、背中へのジョイントがあった前部、大型スラスターの密集する後部、左右の翼部周囲という四つのブロックが離脱。各ブロックは霊力線のレールに導かれ、セカンドフラッシュの機体各部へと移動。装着が開始される。
まずセカンドフラッシュの立つ天板が膝までを包むように折り畳まれ、重装甲の脚部が形成。
次にハイブースト・アームの残骸が切り離され、入れ違いに翼部周囲ブロックが接続。腕部をすっぽり覆うそれは肩部に大型翼を装備した腕へと変形した後、内蔵されていた五指が展開して力強く拳を握る。
同時に背中へ後部ブロックが接続され、大推力スラスターがそのままバックパックとなる。
最後に前部ブロックが変形、内部に隠されていたI・Eマテリアルが顔を出し、セカンドフラッシュの胸部へと接続。増加アーマーとなったそれは機体の霊力経路と一体化し、大容量の霊力が機体内部へと駆け巡り始めた。
「ふ、う」
息をつくマリア。連動するように各装甲接続部から噴出する余剰霊力光。唸りを上げる新駆動システムを肌で感じながら、マリアは告げる。
「セカンドフラッシュ・フルアームドモードッ!」
かくして露わと新たな形態――セカンドフラッシュ・フルアームドに、しかしサラはそれ程驚かない。
「まぁ、そうでしょうね」
かつてアームドブースターを装備していた
だから。真に警戒すべきは、その先。
「新たに拡張される能力、か」
爆発的な機動性と引き替えに、増加される装甲と重量。赤龍はそれを用い、高精度の射撃や耐久能力で数々の戦局を打破してきた。少なくとも、セカンドフラッシュ・フルアームドはそれを継承している筈だ。
「クリムゾン・キャノン、は無いにしても」
それと同等以上の霊力を、セカンドフラッシュ・フルアームドは使える筈。そしてマリアが得意とする奥の手と言えば――。
「カルテット、フォーメーション」
かつてモーリシャスで痛手を負わされた、マリアの切り札。その予想を裏付けるように、地上の無人機から射出されたらしい幾本ものサブアームが、セカンドフラッシュの周囲を旋回し始めた。
その数、六本。
先端にドリルを備えたハイブースト・アームが一対。霊力矢射出機構を備えたブレイズ・アームが一対。そして今まで姿の無かった巨大チェーンソー――オスミウム・カッターが一対。
計六本がDSライグランスを狙いつつ、セカンドフラッシュを守るように浮遊している。きっとあれらも先程輪切りにした換装アームと同様、フロート・デバイスを内蔵した改良型なのだろう。精度も、威力も、ディスカバリーⅢの時とは格段に上がっている筈だ。
「ですが」
溜息と一緒に吐き出しながら、サラは太刀を振るう。右と左上。二方向から放たれたブレイズ・アームの矢を、DSライグランスは容易く斬り払う。
「こんな緩いコンパスでは――」
言いかけたサラの鼻先へ叩き付けるように、本命が唸りを上げる。オスミウム・カッターが、DSライグランスを両断すべく突貫する。
だが、悲しいかな。今の、
「――一秒とて、止まりませんよ?」
高速回転するホウ化オスミウムの刃。そのミリ単位の僅かな隙間へ、DSライグランスは太刀を割り込ませる。溶けたバターよりも容易く、オスミウム・カッターは切断。トドメとばかりに残骸へ回し蹴りを叩き込む。残骸はもう一本のオスミウム・カッターに直撃し、きりもみながら墜落してしまう。その一部始終に、マリアは改めて目を細めた。
「うわあ、牽制にすらならないなん、てッ!」
合体直後に生成していた指揮棒を降りつつ、マリアは想定通り距離を詰める。ブレイズ・アームを、エーテル・ビームガンを、両手に生成したアサルトライフルを乱射しながら、セカンドフラッシュ・フルアームドは突貫していく。
「でも……」
切り札があるのは、あちらだけではない。マリアは指揮棒を振りながら、立体映像モニタ越しに問いかけた。
「アームドモードにもなったんですし、そろそろ手を貸して頂けませんかね、
即ち。もう一人の、当初の想定に無かった同乗者へと。
返答は、即座に表示された。
『良いだろう、オマエのヘタクソ操縦にもそろそろ飽きたからな』
「言ってくれますね……」
発破か、あるいは単なる嫌味か。マリアがそれを見極めるより先に、追加のメッセージがモニタ上へ走る。
『ウデを一本ずつ借せ』
「どれです?」
『ドリルつきのヤツだ。スタンドもさっさと立てろよ?』
「分かって、ますッ」
別の立体映像モニタへコマンドを入力し、マリアは小型改良されたブースター・スタンドを生成、霊力ネットワークを強化。
「カルテット・フォーメーションッ!」
マリアが指揮棒を一振りすると、セカンドフラッシュ胸部に装着されたI・Eマテリアルから霊力線が延びる。右上、右下、左上、左下。セカンドフラッシュの四方向に伸びるそれは瞬く間に像を結び、四挺のアサルトライフルとなってセカンドフラッシュの周囲に浮遊する。それまでのアームと合わせ、計十個の無線武器がDSライグランスを狙う。
「うふ、気後れしちゃいますね。こんなにお相手がいるなんて」
双眸を爛々と輝かせながら、サラは太刀を水平に構える。最初に動くのはどれか――果たしてそれに応えたのは、一対のハイブースト・アームだった。
「あら」
しかしてその動きに、マリアは片眉を吊り上げた。何故ならそのハイブースト・アームは、DSライグランスでなく近くのグラディエーター・インターセプターへと向かっていったからだ。
「ふむ。どんな余興なのでしょう」
小首を傾げた直後、セカンドフラッシュの武器が一斉に火を噴いた。DSライグランスは太刀を小刻みに動かす。峰が、刃が、柄尻が、カルテット・フォーメーションの矢やら銃弾やらを難なく弾いていく。
親機であるセカンドフラッシュの両手にもアサルトライフルを生成装備しつつ、マリアは改めて舌を巻いた。
「換装の時間稼ぎも、一苦労ですね……!」
『時間稼ぎッつーか、そもそも遊ばれてる感じだな。流石はヴァルフェリア、アイツのイチオシ商品なワケだ』
感心する文字列をモニタ内で流しながら、ファントムXのハイブースト・アームはインターセプターに到達。信号を受信した無人機は己のアームを切り離し、飛んできたハイブースト・アームを改めて接続。
「一体――」
何をするつもりなのか。そう続きかけたサラの呟きは、しかし喉の奥へ消える。今し方アーム交換をしたインターセプターが、スピニング・アンカーを放ってきたからである。
今までの無人機に比べて、照準の精度が段違いに高い。けれども、今のサラには軽く避けられる。僅かに体を引けば、鼻先を横切っていく回転円錐。それに繋がるワイヤーを、返す刀で切断してやろうか――そんなサラの思案を先読みするように、インターセプターは逆手のエーテル・ビームガンを連射。DSライグランスはそれら全てを容易く弾くが、切断の機会は逸してしまう。その間にスピニング・アンカーは直撃する。射線上へ居た別の
「え、」
想定外の光景に、一瞬意識を引っ張られるサラ。その隙を逃さず、刺した方のインターセプターはワイヤー巻き取り開始。スラスター推力も加味された突貫が、恐るべき速度でDSライグランスの鼻先を掠める。
「こ、れ、は」
すれ違いざま抜け目なく放たれる蹴りをガードしつつ、サラは目を見開いた。
違う。明らかに、マリアの遠隔操作ではない。自動操縦でもない。第三者が、この状況に割り込んできている。
だが一体誰が。機体フレームの芯を振るわせる一撃のキレに、サラは憶えがあるような気がしたが――記憶を掘り返している余裕なぞ、ありはしない。
「おっ、」
頭上。マリアに指揮される二挺のアサルトライフルが、動きの止まったDSライグランスへ弾丸をばらまく。
「な、ん、とッ」
それらを斬り払いつつ、サラは射線から逃れようとする。一旦体勢を立て直すために。
「席を立つのは、まだ早いですよッ!」
しかし、マリアの攻勢はそれを許さない。回避先へ回り込んでいたもう二挺と、セカンドフラッシュ本機が追加装備した二挺。二方向からの射撃で、マリアはDSライグランスを攻める。
的確な、かつ間断無い波状攻撃。素晴らしく計算された火線を前に、サラは。
「ははッ」
獰猛な、笑みを浮かべた。
確かに今までのサラなら被弾していたろう。酷ければ蜂の巣だったかも知れない。
だが今のサラはヴァルフェリアの力が、
「なんとまあ、情熱的な、パソですねッ」
今までを遙かに超える速度で太刀が翻る。秒針よりも速く閃く銀光が、弾幕を斬り払う、斬り払う、斬り払い続ける。
斬り払い続けながらサラは、DSライグランスはじりりと後退する。思った以上に弾幕が厚い。指揮者を始末しなければ、この独演会は止まるまい。
ではどうするか? 簡単な話だ。弓を再構成し、セカンドフラッシュを射れば良い。
そして、その為には。
「向こうの大振りに合わせて、カウンターを叩き込むッ」
故にサラは待ち、程なくそのタイミングは来た。
右下方。いつのまにか合体していたブレイズ・アーム――もといブレイズ・バリスタが、巨大な矢を放った。アサルトライフルによる執拗な十字砲火は、DSライグランスの座標を固定する布石だったか。
「ま、見えてしまえば大したソニードじゃありませんね」
半歩退き、DSライグランスはブレイズ・バリスタの矢を避わす。数センチ先を横切る熱量が、ちりちりと装甲を焦がす。セカンドフラッシュがとどめと狙ったろう一撃を、回避したのだ。
必然、数秒銃撃が止む。その隙に、サラは鞘を外す。太刀と合体させ、弓を構成する。弓弦が引かれ、番えられた矢がセカンドフラッシュを狙い――。
「デルタバスタァァァーッ!」
――今度こそ、虚を突かれた。
先程あしらったインターセプターがデルタ・バスターを使った、それ自体は問題でない。量産品とは違うマリアのサブアームと合体した以上、それくらいしてきても不思議ではない。
だから、サラの不意を突いたのは。
「その、声は」
聞き覚えのある、インターセプターのパイロットの声だった。
驚きが、DSライグランスの動きを鈍らせる。
「い、まッ」
ようやく引き出したその隙を、マリアは逃がさない。
今の今まで持っていたアサルトライフル二挺を、セカンドフラッシュは手放す。二挺はすぐさまセカンドフラッシュの胸部前へ移動し、同時に胸部I・Eマテリアルから霊力光が噴出。
編み上がった大きな円筒形――チムニー・カタパルト内部で二挺のライフルは結合、変形、砲弾と化して霊力を急速充填。
かくて出来上がったのは、はち切れんばかりの強大なエネルギー塊。それを解き放つべく、マリアは指揮棒を振り下ろす。
「スフォルツァンド・アローッ!」
かつてマリアが得意とした切り札、フォルテシモ・アロー。それを発展させた一撃が、DSライグランス目がけて放たれた。
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