Chapter15 死線 09

 もうもうと立ち上る爆煙。シールドクナイがもたらしたそれを見据えながら、辰巳たつみはコンソールを操作。肩部ジョイントから霊力線が延び、幾重にも分岐。編み上がった針金細工のような骨組みは、一瞬で新たなシールド・スラスターへと再構成される。

 軽くシステムチェック。動作、パラメータ、問題一切無し。

「よし」

 唯一懸念があるとすれば、やはりしばらくの間防御がおろそかになってしまう点だろう。シールド・スラスターを構成していた霊力を、シールドクナイは全て炸裂術式として転用してしまうからだ。

 無論、その分のメリットもある。威力、即効性、意外性。どれもシミュレーション通りの結果だ。普通の大鎧装が相手なら、既に相当のダメージを受けているだろう。

 だが。

「成程、成程。実に迫力のある花火じゃあないか」

 残念ながら今オウガ・ヘビーアームドが相対する敵機は、普通の大鎧装ではないのだ。

「無傷、かよ」

 小さく辰巳は舌打つ。晴れた爆煙の向こうから現われた敵機――ネオオーディン・シャドーには、損傷どころか掠り傷ひとつ見当たらない。掲げられた左手、そこから投射される半透明の霊力障壁が、炸裂術式の破壊を全て遮断してしまったからだ。

「何なんだ、そりゃ。新手の防御術式か」

「そうとも。かつてキミが戦った旧型には搭載されていなかったルーン、門壁スリサズさ。実に見事な向上ぶりだろう? もっとも……」

 スリサズを解除しつつ、オーディンは右手を挙げる。貫通したシールドに固定され、爆発に飲まれたグングニル・レプリカ。辛うじて形は残っているが、障壁外に出ていた部分は見事にボロボロだった。

「……それは、そちらも同じらしいね」

 言いつつ、ギャリガンは機体を操作。緩やかに着地した後、ネオオーディン・シャドーは右腕を無造作に振るう。

 びょう。風切る長槍。たったそれだけの動作のうちに、グングニルは元の形を取り戻していた。再構成されたのだ。シールド・スラスターと同じく、されど段違いの速度で。この一点だけで機体と、何より術者の差が分かろうというものだ。

「さて。では仕切り直しだ」

「そのようだな」

 未だ煙と炎を吹き上げるスレイプニルⅡを横手に、オウガ・ヘビーアームドとネオオーディン・シャドーは対峙する。カメラアイ越しに交錯する闘志。片や拳を。片や長槍を。相手のコクピットへ叩き込むべく、視線と視線が絡み合い、ぶつかり合う。

 息の詰まるような均衡。頂点に達した時、それは崩れた。

「はッ!」

「しッ!」

 まったく同じタイミングで、まったく同じ方向に振るわれる拳と長槍。

 しかして、それらは攻撃ではない。

「イツツジタツミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ザイイイイドギャリガアアアアアアアアン!」

 迎撃である。

「聞こえて――!」

「います、よっ!」

 オウガの拳はグレンが駆るフォースカイザーの飛び蹴りを、オーディンの槍はブラウンが駆るアメン・シャドーⅡの鎌を、それぞれ打ち払う。衝撃。びりびりと空気を振るわせながら、飛び来たアメン・シャドーⅡとフォースカイザーは着地。めいめいが定めた仇敵を睨み据える。

 一秒。

「オマエはオレがあああああああああッ!」

「引導を渡してやるぜェェェェェェェッ!」

 突貫。打突の渦。斬撃の嵐。狂乱、と形容する他無い連撃に晒されるオウガとオーディン。だがその対応には明確な差が生じていた。

「オゥルぁあ!」

 フォースカイザーの中段蹴り。槍のようなそれをサイドステップで躱しつつ、オウガは反撃に転じ――られない。背部、スザクのウイングが生み出す大推力が、フォースカイザーの向きを強引に変える。隙を揉み潰す。回転する機体。その運動エネルギーを十全に乗せた斬撃が、オウガを襲う。

 防御。一瞬過ぎった選択肢を、辰巳は即座に捨てる。これ程の撃力と、何よりこちらを映すほどの閃きが乗ったあの太刀。止められるとは到底思えぬ。たとえ利英りえい謹製のシールド・スラスターだとしてもだ。

「だったら」

 辰巳はシールド・スラスターを噴射に使う。間合いを詰める。狙うは刃の更に内側。密着状態ならば此方が有利――!

「と、思うよな?」

 何の未練も無く、フォースカイザーは太刀を手放す。明後日の方向へ飛んでいく霊力武装。そして太刀を握っていた腕は、そのまま手刀へと形を変えており。

「ぐ、っ!」

 歯噛みし、辰巳は左上腕の複合盾で防御。衝撃。軋む機体。ダメージ自体は軽微。だが複合盾は損壊。再構成するまでツインペイル・バスターは撃てまい。

「オラオラどうしたこんなモンかァ!? アァ!?」

 当然グレンはこれを逃さぬ。拳打、拳打、拳打。蹴撃、蹴撃、蹴撃。荒々しい、しかし硬軟織り交ぜた打撃の嵐が、オウガを押していく。

「ち、ぃ!」

 歯噛みする辰巳。技量は互角の筈だが、機体性能――増加装甲の重量がため、僅かに後れを取っている。この状況を、打開する為には。

「セット――」

「そォこだあァ!!」

 だがそんな辰巳の声は、グレンの咆哮を伴う回し蹴りに塗り潰された。


◆ ◆ ◆


「引導を渡してやるぜェェェェェェェッ!」

 打突の渦。斬撃の嵐。狂乱、と形容する他無い連撃に晒されるオウガとオーディン。だがその対応には明確な差が生じていた。

「うルルァあ!」

 空を切り裂くアメン・シャドーⅡの鎌。音速に迫るその一撃を、オーディンの槍は易々と弾く。そして返礼とばかりに突きを差し込む。

「まだまだァ!!」

 ブラウンは弾かれた反動にあえて逆らわず、むしろスラスター推力をも加算。アメン・シャドーⅡはコマのように高速回転し、グングニルの刺突を回避。そのまま存分に遠心力の乗ったカウンター斬撃を、ネオオーディン・シャドーへと叩き込みに行く。

門壁スリサズ

 しかしてそれは届かない。スリサズ。シールドクナイすら止めた鉄壁の防壁を、ただの斬撃が破壊出来る筈も無く。

「うがッ!?」

 弾かれる一撃。崩れる体勢。その間隙を、当然ギャリガンは見逃さぬ。

「隙、ありッ」

スリサズ解除、同時に振るわれる長槍グングニル。振り下ろし。とった、という直感をギャリガンは即座に捨てる。

 確かに今のアメン・シャドーⅡは無防備だ。仰け反るような姿勢。特に左膝がこちらへ突き出されている。I・Eマテリアルの輝いている膝が。

「あちゃあ、僕とした事が」

 ギャリガンは舌打つ。名前こそ前身機と同じだが、今のアメン・シャドーⅡはオウガローダーの予備パーツを軸とした、言わばオウガの兄弟機だ。かつてパイルバンカーが装備されていたそこに、アメン・シャドーⅡが何も搭載していない筈が無い。

「貰ったァ!」

 案の定、それは発動した。

 轟と空気を焼き焦がし、両膝から放たれる一対の光線。名をコロナ・バスター。太陽神と繋がりが深いトゥト・アンク・アメン、その権能を応用した超高熱の砲撃術式である。

「むう!」

 しかも、アメン・シャドーⅡはコロナ・バスターの反動でやや下がっている。グングニルの斬撃範囲外だ。ギャリガンは即座に機体を捻る。スラスターを噴射し、二条の光線をかいくぐる。バックステップ。距離を取る。

 ブラウンもあえて追わない。防御の門壁スリサズに、攻撃の雹嵐ハガラズ。加えてグングニル・レプリカに、機体そのものの高い性能。それら以外にもまだまだ手数があるだろう。おいそれと攻め込める相手ではない。隙を引き出す一工夫がいる。

 故に。

「セット――シューター!」

『Roger Corona Shooter Ready』

 ブラウンはアメン・シャドーⅡの背部光輪を、コロナ・シューターを起動。霊力が急速充填され、表面に術式の紋様が走り――と、そこで唐突にアメン・シャドーⅡは鎌を水平に構える。石突に術式で小さな竜巻を発生させ、真横に突き出す。

 直後、その石突がオウガの背を受け止めた。辰巳はフォースカイザーの蹴りにあえて逆らわず、飛ばされる事で威力を減衰させた。そうして、ここまで飛ばされてきたのだ。

 霧散するクッション代わりの竜巻を見やりつつ、ブラウンは笑う。

「おう、大活躍中みてェじゃねーかエースのファントム4サンよ。手伝ってやろうか?」

「……お心遣い、痛み入るね」

 体勢を立て直し、アメン・シャドーⅡと背中合わせになるオウガ。その肩越しに、ブラウンはのしのしと近付くフォースカイザーの機影を見た。

 そして、オウガの背。光を蓄えているホーミング・シューターの砲口をも見た。

 一つ、ブラウンは閃いた。

「ハン、考えてるこたァ同じか」

 ブラウンは視線を戻す。真正面。フォースカイザーほど露骨ではないが、それでもじりじりと間合いを詰めつつあるネオオーディン・シャドー。

 背中合わせ。挟み撃たれる恰好。

 だが。

「おいファントム4、ブチかますぞ。合わせろ」

「了解。しかしおかしな話だ」

「ア? 何がだ」

「こうして肩を並べてる事自体が、だよ――ファントムX殿!」

「ハ! 違えねえ!」

「何をくっちゃべって――」

 やがる。グレンがそう言い切るよりも先に、二人のパイロットは叫んだ。

「ホーミング・シューター! シュート!」

「コロナ・シューター! 行けいッ!」

 発動する術式。火を噴く砲口と光輪。

 幾状もの光雨が、辺り一帯を薙ぎ払った。

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