Chapter06 冥王 05

 瀑布のように、あるいは怒濤のように。

 轟々と噴出する霊力が、ウェストミンスター区中へ凄まじい勢いで広がっていく。建物等への被害こそ無いが、その様はもはや水害のそれだ。

 どんなに低く見積もっても、水面の高さは三~四メートルくらいあるだろうか。その密度と流れる勢いだけで、全ての大鎧装が足を取られてしまっている。

  歩兵部隊も水面下に沈んでいるが、皆フェイスシールドを閉じていたので問題は無い。鎧装は基本的に宇宙でも活動出来る仕様となっているし、そもそも本物の水ではないのだから窒息するはずもない。

 だが、だとしてもこれほどまでに密度の高い霊力は、水さながらに纏わり付いて彼等の動きを著しく阻害した。もしも幻燈結界げんとうけっかいが無かったら、被害は更に甚大なものとなっていただろう。

『ぬうう……!』

 ディスカバリーⅢのコクピットで、隊長が歯噛みする。

 霊力の出所は分かっている。ルートマスターだ。つい今し方禍憑まがつきとなった乗客達が、怪盗魔術師の手によって霊力を放出しているのだ。因みにそれを媒介した霧は、既に霊力の中へ溶け消えてしまっている。

『これが、連中の目的だったか……!』

 歯の隙間から無念を絞り出しながら、隊長は単眼モノアイで流れ続ける霊力を睨む。

 霊力は清水のように澄み切っている。通常であれば、一般人が放出しているのは無形の霊力だ。以前風葉かざはが宇宙で見上げたように、喜怒哀楽の雑念で虹色に濁っている筈である。

 だが、今流れている霊力にはそれがない。霊力を操るプロである怪盗魔術師が、まがつとなって憑依しているためだ。

 だからなのか、霊力は透明なだけでなく指向性をも備えていた。放出されたそばからゆっくりと、しかし確実にある一点を目指して流れているのだ。あるいは先程溶けた怪盗魔術師の霧が、霊力に流れを与えているのかもしれない。

 どうあれ流れの行き着く先にあるのは――やはりと言うべきか、テムズ川にあるエルドのステージである。

 未だ輝く円陣の中央に立つエルドは、津波のように迫り来る霊力を前に、満面の笑みを浮かべていた。

『ンフフ! ンンーフッフッフッ! 来た来た来ましたよ! 活きの良い霊力が! 私達の悲願を達成する原動力が!』

 両手を大きく広げながら、エルドは迫り来る霊力の波頭を睥睨。それと同時に、転移術式のステージがゆっくりとせり上がる。ハロルドの操作だ。

 かくして姿を現したのは、メイがスピンドルケースと揶揄した四枚の術式陣であった。

 芯となる昇降機だけは地獄の火ヘルファイア洞窟に残してきた術式群は、寺院の屋根と同じくらいの高度まで速やかに上昇。直後に霊力の水面が術式陣の直下へ到達し、流れが止まる。やはりここが目的地だったのだ。

『よしよし、よぉーしよし』

 足下で順調に組み上がっていく術式を満足げに見下ろしていたエルドは、しかしふと真顔に戻る。

『……おっと、忘れるところだった』

 ぱきん、と一つ指を鳴らすエルド。その音を合図に、霊力に溺れていた禍達――すなわちキクロプスやリザードマンの群れが、唐突に動きを止める。

 そして、一斉に解けた。形を失い、霊力のワイヤーフレームに戻ったのだ。

 禍としての形状を解かれたワイヤーフレームは、一本の例外も無く霊力の波に乗る。そのまま回遊魚のように群れを成しながら、分解し、結合し、変形し――やがて、一個の巨大な術式に組み変わった。

 長方形、と言うには些か以上に長すぎるパッチワークである。何せウェストミンスター寺院からテムズ川のステージまで、一直線に連なっているのだ。

『ぃよし!』

 そんなパッチワークを眼下に、エルドは一つ気合いを入れる。次いで、指揮者のように大げさな手振りでステッキを振った。

 その動きに吸い寄せられ、パッチワークの先端がステージ下部の赤い術式と接続。更にウェストミンスター寺院側の先端も、霊力供給術式と当然のように接続してしまった。

『何ぃ!?』

 目を剥く隊長機。怪盗魔術師の予告に対抗し、あの霊力供給術式はいつも以上に堅いプロテクトが施されていた筈だ。隊長自身がその目で確かめたのだから間違いない。

 しかしモニタの向こうに居る冥やサトウからすれば、特に驚く光景でも無い。BBBビースリーの一部と怪盗魔術師が内通している事は分かっているのだから、セキュリティホールの一つや二つは知らされている筈だ。

 同時に、冥は察する。

「アレは、コネクターってワケか」

 防衛部隊と戦った、キクロプスやリザードマンといった禍達。牽制にしては些か数が多いようだったが、これで合点がいった。あれは、コネクターの素地となる術式を運搬するためのカムフラージュだったわけだ。

 記録を検分すれば、戦闘に参加せず後方で待機してる禍が見つかる事だろう。恐らくそれが術式の芯となった個体であり、今まさに他の禍を霊力に還元して、それに肉付けをしたという訳だ。

 そして、そうまでして怪盗魔術師がニュートンの遺産へ食い込ませようとする術式など、一つしかあるまい。

「……つまり、あの赤いのが人造Rフィールドの術式陣だったワケか。もっとじっくり見とくんだったな」

 既に天井へ消えてしまった術式群を見上げつつ、嘆息する冥。それとほぼ同時に、画面の向こうで隊長機が叫んだ。

『――全機、俺に続け! あの術式を破壊する!』

 流石に本質や危険性の看破までは届かないが、それでも放置する理由が無い事に変わりは無い。ぬかるむ脚部を折り畳み、隊長機は率先してホバーモードを起動。一拍おいて、僚機もそれに習う。

 鋼の巨体が次々に水面上へ浮かび、短時間だが元以上の機動力をディスカバリーⅢ部隊は獲得。

『ただし武器は使うな! 周りの霊力にどんな影響が出るか分からん! サブアームを使え!』

 未だ自由に動けぬ零壱式達を背に、ディスカバリーⅢ部隊は一直線に突撃。命令通りにサブアームを展開し、コネクターの霊力経路を片っ端から叩き壊す算段だ。

 武器の準備は無い。命令通り周囲の霊力を警戒する都合もあるが、それ以上に敵の姿が全て消えてしまった事が大きい。

 端から見れば、明らかに好機。翻弄されてばかりだった怪盗魔術師の企みを、今こそ阻止する――そう焦る気持ちが無かった、と言えば嘘になる。

 そして、それが仇となった。

『させねえよ!』

 コネクターの手前。ディスカバリーⅢ部隊の接近を阻むように、水面から複数の人影が浮かび上がった。

 数は十人。クローンのように同じ体躯の男達が横一列に並んでいる。声がジャックと同じだった事から察するに、あれもまた怪盗魔術師の分霊か。

 だが装備はまるで違う。色こそ似ているが、その身を包むのはどこか甲虫を連想させる丸みを帯びた鎧装だ。顔は大きなフェイスガードで完全に覆われており、表情はまったく窺い知れない。どことなく中世の騎士にも見える出で立ちだ。

 メインカラーは鈍く光る黒鉄色だが、それだけに顔と胸部装甲へ走っている三本のラインが目を引く。

 ピンク、青、白。影のような出で立ちの中にあって、些か鮮やかすぎる色彩である。

 だが、果たしてそれに何の意味があるのか――今は、そんな疑問を抱く時間すら惜しい。

『全機、牽制射撃で連中の動きを封じろ! とにかく今は』

 今は、アレの破壊を優先しろ。

 そんな隊長機の指令が、最後まで僚機に届く事は無かった。

 突如、コクピット内のモニタが暗転したためである。

『な、にっ!?』

 驚愕する間も無く、隊長はコクピットごと巨大な衝撃に揺さ振られた。キクロプスのパンチを上回る強烈さである。

 一体、何が起きたのか。

 答えは単純だ。隊長のディスカバリーⅢが分解され、コクピットブロックのある胴体が地面を滑っていたからだ。

 そしてそれを為したのが、今し方鎧装姿の男達が放った幾条もの銀閃であった。

 彼等は迫り来るディスカバリーⅢに対し、おもむろに腰から短剣を引き抜いた。ジャックのククリよりも肉厚で、大振りな両刃剣だ。

 彼等はそれを、無造作に振った。びょうと風が裂け、霊力光が孤を描いた。

 薄墨に瞬く、三日月のような斬線。しかしてそれは消える事無く、むしろ凄まじい速度を持ってディスカバリーⅢ部隊へと突進。

 かくして放たれた三日月は、地平線へ消える代わりに全ての機体をバラバラに分解したのだ。

 しかも恐るべき事に、どの機体も装甲にはまったく傷がついていない。裁断されたのは頭、肩、肘といった関節部の隙間ばかりである。彼等も隊長と同様に霊力への誘爆を懸念し、機構の死角を狙ったのだ。

 故に、爆発はしない。代わりにディスカバリーⅢだった鉄塊は、全力疾走していた勢いのまま、男達やコネクターを跳び越えてテムズ川の上に転がったのだ。先程隊長機のコクピットを襲った震動がこれである。

 かくして霊力供給を断絶され、本当にただの鉄塊に戻る腕や頭。それを、幻燈結界が自動的に閉め出す。

 結果、物理法則を思い出した大質量によって、巨大な水飛沫が突然テムズ川の中央に踊った。

 たまたま近くに居た人々が声を上げ、更にたまたま近くに居たスタンレー・キューザックがすぐさまBBBへ連絡を取る。

 隠蔽はすぐに済むだろう。だから目下の問題は、コネクターを守る男達の存在だ。

 あれこそエルド・リカード、ハロルド・マッケンジー、ジャック・マクワイルドの三魔術師が、身命を賭して制御した高位分霊の姿だ。

 長い年月をかけて最も制御しやすい形へと改良されたその姿を見ながら、モニタの向こうでいわおは呟いた。

 その高位分霊の、正体を。

『へぇー、レギオンをああいう風にアレンジしたのか。やるねぇ』

「おや。ご存じ、だったのですか」

 片眉を吊り上げかけるサトウだが、良く考えればそう不思議な事ではない。何せ巌はその高位分霊を封じた場所、地獄の火洞窟を突き止めていたのだ。知らぬ方がおかしいだろう。

 当の巌は、立体映像モニタ越しに本性を現した怪盗魔術師……もとい、レギオンをじっと見ている。

 ――レギオン。あるいはレギオーン。新約聖書に登場し、『大勢』という意味を持つ名を冠する悪霊である。

『我が名はレギオン。我々は大勢であるが故に』

 イエス・キリストの問いかけにそう返した通り、レギオンとは数千に及ぶ想念の塊であった。

 それと一体化したエルド達にとってすれば、十数人の自分を同時に発生させる事は造作も無い事だったろう。何せ怪盗魔術師は『大勢』いるのだから。

 また新約聖書において、レギオンは憑依した人間の筋力を爆発的に高めている。ディスカバリーⅢを分解したのは、恐らくその性質の応用だろう。筋力、霊力、反射神経等を増幅する事で、等身大でありながら大鎧装の破壊を可能としたのである。

 そんな戦闘力を備えた連中が、今、人造Rフィールドを筆頭とした術式の警護に就いている。

『……とんでもないな』

 ただ一言、巌はつぶやいた。

 言うなれば、霊力の続く限り人間サイズの大鎧装が際限なく現れる状況なのだ。ディスカバリーⅢ部隊がまだ健在だったとしても、正面突破はあまりに厳しい選択である。

 そして現状でウェストミンスター区に居る戦力は、たった六機の零壱式のみ。

『まともに戦ったら、逆立ちしたって勝てないねー』

「白旗でも上げますか? 今なら安くしておきますよ」

 眼鏡のブリッジを押し上げるサトウに、しかし巌も不敵な笑いを返す。

『いえ、遠慮しておきますよ。まともに戦って勝てないなら、まともに戦わなければ良いだけの話です』

「……何ですって?」

 怪訝な顔をするサトウだが、巌は既にそちらを見ていない。代わりにその視線は、手元へ新たに開かれた立体映像モニタに注がれている。

利英りえい、そっちの準備はどうだい?』

『もーんだいナッシン! 今さっき終わったトコだぜ盟友!』

 三枚目となるモニタの向こう側、青い顔をしながらまっすぐにサムズアップする坊主が一人。

 言わずもがな、ファントム・ユニットの技術開発担当、酒月さかづき利英りえいである。

『それは重畳、んじゃ今からそっち行くよ』

 すぐにモニタを消去し、巌はサトウへ向き直る。

『と言う事で、少し外させて頂きますねー』

 ぶつん、と地獄の火洞窟の立体映像モニタも途切れる。後に残った冥は、無言のまま肩をすくめた。


◆ ◆ ◆


 やや時間を巻き戻して、雷蔵らいぞうとジャックの戦いにディスカバリーⅢ分隊が割り込んだ頃。

 月面、凪守なぎもりが管理する多目的演習場の一角。

 以前風葉がレックウで走り回った近辺で、黙々と働いている神影鎧装が一機。

 言わずもがな、レツオウガである。

 宇宙の漆黒を眩く照らす霊力装甲を纏ったレツオウガは、直径五十メートルほどのクレーターの縁で、結界術式の敷設作業を行っていた。

 ――見回せば、クレーターの縁には等間隔で鉄杭のようなものが刺さっている。距離は十メートルくらいで、鉄杭の長さは三メートル強。黒色の表面には精密回路のような術式の紋様が刻まれているが、霊力光はまだ灯っていない。

 この杭を、レツオウガは今まで刺して回っていたのだ。

「……むぅ」

 そんな杭を眺めながら、風葉は何度目かになるやるせなさをつぶやく。

 怪盗魔術師に対抗するための極秘任務、云々――始まる前から散々そう聞かされていたので、休日が潰れた事に対する不満は、まぁあんまりない。

 だがその作戦内容が、まさかこんな土木作業だったとあれば、歯痒くなるのは無理もなかろう。

 そうした相方の不満なぞ露とも知らず、黙々と作業を終えた辰巳たつみは、それを命じた臨時指揮官に確認を取る。

「これでどうですかね、っと」

 立体映像モニタの向こう、二度ほど刺し直しを命じた指揮官――酒月利英は目を皿のように見開いて色々と確認を開始。

『うむッ……!』

 手元のタブレット、周囲を泳ぐ大小様々な立体映像モニタ、機材が示すパラメータ。どれも問題無い。特に鉄杭の発信機から送られる位置情報は、予定の箇所とミリ単位の狂いすら無い。

 次いで画面から顔を上げ、利英は周囲を取り囲むすり鉢状の山脈――もとい、クレーターを見回す。

 彼は今、レツオウガが作業していたクレーターの真ん中に居るのだ。

 灰色の縁に刺さった鉄杭を目で追っていくと、四本目の向こうに巨大な鎧武者、レツオウガの姿が見えた。

『ゥオッケイィ! 今度こそ文句の付けようも無いぞ辰巳ィ!』

 その巨体に向けて、利英は勢いよく親指を突き出す。サムズアップである。

 因みに現在、利英は鎧装どころか防護術式すら付けていない。彼を今真空や宇宙線から守っているのは、周囲にある機材の一つから発せられている結界の賜物だ。

 それらの機材は一見するとごちゃごちゃ散らばっているようだが、よくよく見ると二つの区画に分かれているのが理解出来る。

 前部と、後部だ。

 後部には今し方通信していた立体映像モニタの投射装置を初めとして、何かの制御装置らしいものがひしめいている。さながらサーバールームのようだが、それだけに左手側へ敷かれた円形のプレート状装置が目を引く。直径は一メートルくらいだろうか、精緻、と言うには少々歪な術式陣が刻まれている。

 そうした装置群からやや離れた前部にも、同様のプレートが設置されている。と言うよりも、それ以外に何も見当たらない。

 描かれた紋様こそ後部左手の物と同じだが、その代わり随分と大きい。直径五メートルはあるだろうか。

 幾本ものケーブルで後部の制御装置群と繋がっているこの大きなのプレートが、巌が用意した切り札の一つなのだ。

 そしてもう一つの用意を終えた辰巳が、ぐりぐりと首を回す。

「そりゃ良かった。大鎧装の手でセンチ単位の調整ってのは、中々手間物だからな」

 手のひらを叩いて砂を落とすレツオウガ。ごんごん、という響きがコクピットまで届く。

「さてファントム5、動作確認頼む」

 ひらひらと手を振る辰巳。その手をじぃーっと見ながら、風葉は首を傾げる。

「……どうした、ファントム5? 早くしてくれ」

「え? あ、あぁそっか。了解だよ」

 一拍遅れで自分の呼び名を思い出した風葉は、傍らに浮かんでいた立体映像モニタを指でなぞる。

「ええと、これだったかな。し、しせい……?」

 試製三十六号酒月式乙種結界術式。むやみやたらに長ったらしい名前の読み上げを、風葉は早々に諦めた。

「……んもうめんどくさいなぁ。酒月さんの結界術式、作動します」

 モニタに浮かぶ承認ボタンを押す風葉の指。途端、レックウを中継して鉄杭へ流れ込む風葉の霊力。杭の表面へ刻まれた紋様に霊力光が灯ったかと思うと、光は頭頂部へと寄り集まり、左隣の杭へと一直線に照射された。

 隣の杭はその光を受け止め、やはり同様に霊力光を紋様に漲らせた後、隣へ霊力光を照射。

 光のリレーは一分も経たぬ間に最初の走者へと帰還し、巨大な霊力の輪が完成。

 その輪を基点として幾条もの線が立ち上がり――瞬く間に、半球型の巨大なワイヤーフレームをクレーター上に造り出した。

「おおー。でっかいザルだね」

『ぬはっ、確かにその通り! けどアリの子一匹通さない力場が出来てるのはファントム5にも分かってるだろう?』

「それは、まぁ」

 頷く風葉。実際、術式に霊力を供給した当人なのだから、その頑丈さは良く分かっている。

 単純な耐久力だけならタービュランス・アーマーにも匹敵する力場の状況を確認しつつ、辰巳は首を捻る。

「で、このザルを何に使うんだ? 水を切るワケでもないだろ」

『ぬふっ、確かにその通りだが割とイイ線いってる気がしないでも無いぞファントム4!』

「いやワケわからんのだが」

『これから料理するのに使うって事さ! もっとも鉄人はまだ先方と交渉してる最中なんだけどねぇーッ!』

 ハイテンションな笑いとは裏腹に、テキパキと撤収準備をする利英。意味が分からず、辰巳と風葉は顔を見合わせる。

「どゆこと?」

「さぁなぁ。あの人の言動がワケわからんのは今に始まった事じゃないし」

『聞こえてるぞ君達ィ! そうまでハッキリ言われると流石の僕でも割と傷ついたりつかなかったりするんじゃないの?』

「自分の心情くらい自分でキチッと把握してください」

『そうだねそうするよソーリー! んじゃ後は鉄人が来るまでこのクッキングスタジアムを守ってくれ給へ!』

 片手にタブレットを抱え、反対の腕をパタパタ振りながら、利英は左手にあったプレート状装置の上に立った。

 慣れた手付きでタブレットを操作すると、連動した術式陣がにわかに発光。立ち上る霊力が数秒で利英を覆い隠し、爆ぜるように消える。

 飛沫のように舞い散る霊力光。その中に、利英も消えてしまっていた。

 死んだ訳では無い。天来号の自室へ転移したのだ。

 ――以前、勝手にバイパスを造って構築した利英謹製の転移術式。

 あの後色んな方面からこっぴどく絞られたものの、術式の凍結処分はもったいないと言う巌の口添え等があり、一応ながら正式な開発認可が下りたのだ。

 消え行く霊力光をしばらく眺めた後、辰巳はポツリとつぶやく。

鹿島田かしまださんの時も、みんなあれくらい物分かりが良ければ楽だったんだがなぁ」

「そだね」

 項垂れる辰巳と風葉。その脳裏に飛来するのは、ひたすらに誤解を解いて回った先日の一件である。

 渦中となったいずみのみならず、あの場に居合わせた全員、そこから伝播した噂の数々。あと一歩遅ければ、冗談抜きで幻燈結界の助けを借りたかも知れなかった状況に、風葉は溜息をついた。

「……でも、その元凶になったのは五辻いつつじくんだからね」

「……すまん」

 風葉の方へは振り返られぬまま、辰巳はコメカミを突いた。

 ――利英の言う鉄人が現れたのは、それから十数分後の事であった。

「おいおい、ちょいと広すぎるんじゃないかー?」

 転移術式を潜って現れたのは、つい今し方までサトウと交渉していたファントム・ユニットの隊長、五辻巌であった。

 軽く柔軟体操をした後、巌はおもむろに左手を掲げ、袖をまくる。

「ま、その分遠慮する必要もなさそうだけどねー」

 露出した手首に巻かれていたのは、ファントム・ユニットの共通装備である多目的装置、リストコントローラだ。

「出来れば使いたくなかったんだが、まぁー手段を選ぶ余裕も無いしね」

 間延びした言葉とは裏腹に、巌は鋭く左腕を翻す。

 その手首に填められたリストコントローラが、地球光に鈍く輝いた。

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