Chapter11 決断 07

「ぬウッ」

 酒月利英さかづきりえいは手を止めた。-

 先行試作型ディスカバリーⅣのフレーム内部、電子系統と絡み合うように刻まれた霊力経路。

 その構造パターンの精緻さに、利英は見覚えがあった。

「コイツぁ……」

 今まで以上に目を見開いて、利英は立体映像モニタを睨み付ける。

 そして確信する。この構造はオウガの、神影鎧装のそれに良く似ているのだ。

 流石にオウガそのものと比べると、グレードはいくらか下がる。だがこれによる操作性、追従性等は、既存の量産機を大きく上回るだろう。

 それこそ、特に手を入れなくともこれから行う利英の無茶な改造へ、十分耐えられるくらいに。

「イイ仕事。してますじゃあないか」

 ニヤつく利英。だがこれは即ち、スタンレー・キューザックは神影鎧装の設計情報を、どこかから得たという証左にも繋がる。

「どこから……いや。誰から、か」

 おもむろに、利英は視線を上げる。コクピットブロック改修のため、一時的に吊り上げられている頭部ユニット。その内部に一メートル四方ほどの黒いプレートが収まっている事を、利英は知っていた。

 電子的にも、霊力的にも、ディスカバリーⅣの制御系と完全に隔絶したモノリス。利英はそれを、この瞬間まで情報収集用ブラックボックスの類だろうと思っていた。

「相乗りされるオツモリか。オモシロよかろうよ!」

 となると、ディスカバリーⅣ全てがこれ程の高性能と言う事はあるまい。スタンレーがBBBでフレームを手に入れた際、あのプレートと一緒に霊力経路は刻み込まれたのだ。

 恐らくは、相乗り用の運賃として。

 利英がカスタムと名付けるより先に、あのフレームはカスタムされていた訳だ。

「酒月主任、どうされたんですか?」

 不意に、恐る恐ると言った体で作業員の一人が話しかけてきた。傍目には長らくフリーズしていたように見える利英を、流石に少し心配したのだろう。

「ぬぁーに! 爆弾プロジェクトが予想外に捗りそうだからムシャバイブレイシヨンがやってきただけSA!」

 茶を濁す、というには些か過剰な勢いに気圧され、作業員は「あっはい」とだけ答えてそそくさと作業へ戻っていった。因みに爆弾プロジェクトとは、利英が勝手に呼んでいる先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタム(仮)の一連の改造の事である。カッコイイ以外特に意味は無い。

 どうあれ、利英は階下のマリアへ視線を落とす。

「……キミのおじいさんはトンデモないモンを拾ったようだぞ、キューザックくん」

 真剣な利英の視線に、当然ながら気付かないマリア、メイ辰巳たつみ

 辰巳の腕時計型デバイスに通信が入ったのは、その直後だった。


◆ ◆ ◆


 一歩、一歩。

 噛み締めるように、辰巳はコンクリートの階段を降りていく。照明は無いが、さほど暗い訳でもない。かつて壁やら天井やら、一面に走った夥しい数の霊力線。その跡を利用した霊力供給を兼ねる照明が、其処此処を走り回っている為だ。

 ほの青い光に追いやられる暗闇。それを横目に進む辰巳は、やがてそこへ到達した。

 ――かつてこの場所には、巨大な装置があった。大小様々な立方体、あるいは直方体型のモジュールを出鱈目に組み合わせた、恐ろしく歪で巨大な機械装置。

 今は無い。二年前、起動したその日に装置は破壊された。更にその後、調査目的として凪守なぎもりに接収された。今ではバラバラに分解された上、凪守の施設のどこかに封印されているのだと聞く。もはや床の固定ボルト跡と頭上を走るキャットウォークくらいしか、当時の名残はないのだ。

 代わりに今ここへ安置されているのは、やはり大型の装置であった。

 流石に壁一面を占拠する程ではないが、それでも大小様々に並ぶ装置群と、それらの中央にバスを縦置きにしたようなサイズの円筒形そびえ立つ様は、中々に圧巻であり。

「覚えて、いるか?」

 それ故。辰巳は装置前へ立つ人物に気付くのが、少し遅れた。

「彼女の事を。覚えて、いるか?」

 そびえ立つ円筒の手前。影のようにわだかまるその男――五辻巌いつつじいわおは、辰巳へ問いかけこそすれ、振り向こうとはしない。

 巌は装置を見上げている。巨大円筒装置には中央辺りに窓が取り付けられていて、内部に薄青色の液体が満たされている事が見て取れた。

 薄く光るその液体は、無論ただの水ではない。周囲の装置群によって加工された、世界最高水準の生命賦活剤なのだ。

 そんな賦活剤に満たされた中で、一人の女がたゆたっている。装置の循環機構によって、病衣の裾と金髪がゆらりゆらりと揺れている。かつては元気に開かれていた目も、快活に動いていた唇も、固く閉じられて動く気配は無い。

「どうなんだ、辰巳」

 ゆらり、と。

 酷く緩慢な仕草で、巌はようやく辰巳へ振り返った。

「いいや」

 辰巳はゆっくり巌へ近付きながら、正面の装置内で揺れる女を見つめる。

「当時の俺は、レツオウガの一部だった。意識なんて、ほとんど無かった」

 そう、実感はない。辛うじて残っているのは、あの日大鎧装レツオウガ越し感じた手の感触。

 肉を握り潰した、あの恐ろしく柔らかい手触りぐらいなものだ。

「そうか。そうだろうな」

 無感動にそう言って、巌は振り返る。

 背後の装置で今も眠っている女を――ヘルガ・シグルズソンの寝顔を。

「……」

「……」

 巌は口を開かない。辰巳も口を開かない。歩く事すら止まってしまった。

 お互い、何を話せばいいのか。そもそもこうして面と向かい合う事自体、この二年間に何回あったろうか。

「……。この装置、何だか知ってるか」

 口火を切ったのは巌だった。巌が親指で示す背後の巨大装置を、辰巳はじっと見据える。

「マックールハンド・システム、だったっけかな。今日ここで見るまで、写真くらいでしか知らなかった」

 ――マックールハンド・システム。それはケルト神話に謳われる英雄、フィン・マックールが持っていた権能を、擬似再現する術式装置である。

「英雄フィンは、両手で掬った水に癒しの力を与える権能を持っていた……素晴らしいよな。癒しの能力を持っている神々や英雄はたくさん居られるが、こと英雄フィンの権能は形が非常に分かりやすい。何せ水だけあれば、最低限術式を成り立たせる事が出来る訳だしな」

 こうして生命賦活効果を噴かした水でカプセルを満たし、その中に患者を入れる事で生命力を拡張する。その上で、様々な医療用術式を使って治療する――これが、マックールハンド・システムの主な使い方だ。

 高度な術式医療の要となるこの装置は、当然ながら非常に高価な代物だ。これを手に入れるために、巌は数多くのモノを手放した。

 その最たるものこそ、己の名字であろう。

 二年前までの巌は、有り体に言うところのエリート街道を進んでいた。

 魔術師――退魔師の連合体と自衛隊出向部の二本柱という、建前こそ官民合同の形をとっている凪守。だが実際には、退魔師連合が主導権をほぼ独占している状態だ。そしてその主導権を担う椅子のうちの一つに、巌は将来座る予定だった。

 だが。

 その予約席を、巌は蹴り飛ばしたのだ。たった一人の女を救うために。未来の栄光と安定を、莫大な現金に換えて。

 期せずお鉢が回って来た従兄弟は、当然困惑した。一族一党は、当然激怒した。名字の剥奪だけで済んだのは、寧ろ有情な処分ですらあった。

「ここまで再生させるのに、随分と手を尽くした。こうして五体が揃ったのは、つい最近の事だ……そういや、アリーナへ連絡してないな。後で報せんと」

 巌は言葉を切る。がりがりと頭をかく。そして苦笑いしながら、改めて辰巳へ向き直った。

「いかんな、回り道ばっかりしちまう。さっさと本題に入ろう」

 巌の口端から苦笑が、表情が消える。影に沈むその顔を、辰巳は見つめ返す。

 巌はおもむろに左手を掲げ、リストコントローラを操作。浮かび上がる立体映像モニタを操作し、何らかのコマンドを実行。

 何だ、と辰巳が訝しむよりも先に、変化は訪れた。

 壁、床、天井、そしてヘルガが眠る巨大装置。広大な地下室内にあるおよそ全てのものが、薄墨色の帳に沈んだ。

 幻燈結界げんとうけっかいが起動したのだ。

「少し、付き合え」

 言いつつ、巌はリストコントローラを構える。

「模擬戦、と言うには大分物々しいな」

 言いつつ、辰巳は左腕を構える、

 否応なく昂ぶっていく闘志と霊力。それらを肌で感じながら、しかし辰巳は何気なく問うた。

「てか、良いのかここで。幾ら幻燈結界があるっつっても、限度があるだろ。装置が壊れたり、なんか影響があったらどうする?」

「ふ、そうはならないよ。それに、もしそうなったとしたら」

「なったと、したら?」

 びょう。

 問い返す辰巳の前髪を、風が凪いだ。

「その時は。今度こそ。テメエをブッ殺す」

 それは氷より冷たく、純水より混じり気が無い、巌の殺意であった。

 口調こそ穏やかかつ平坦であったが、それは今まで対峙したどんな敵よりも、辰巳を殺したがっていた。

「本音が出たな……隊長」

 いつかこうなるような気はしていた。いや、本当はもっと早く――オーディン・シャドーと戦ったあの日に、ケリがついてしかるべきだったのだろう。

 だが。

 予期せぬ第三者の、霧宮風葉きりみやかざはの介入によって、全ては変わってしまった。

 レツオウガ。ファントム5。真ブレード・スマッシャー。キューザックとの結託、等々。

 数え上げればキリが無いが、その最たるものはやはり、自分の精神面こころの変化だろうな――そう、辰巳は自己分析していた。

 風葉がレックウを駆ってオウガのコクピットへ飛び込んできたあの日。

 あの時から、風葉は数多くの大切なものを、俺の心に残してくれていた。

 失って初めて、辰巳はその尊さに気付いた。

 だから。

 例え相手が誰だろうと。

 どんな正当な理由を持っていようと。

 黙ってそれを否定されるワケには、いかない。絶対に。

 そう、絶対に。

「ファントム、1」

「ファントム、4」

「「鎧装――展開ッ!!」」

 かくて模擬戦と言うにはあまりに鋭い、さりとて私闘と言うにはどうにも煮え切らない、二人の関係を抽象化した模擬戦ケンカが、火蓋を切った。

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