第179話「このままではジリ貧、か」

 ネオオーディン・シャドー。色こそ違えど、ザイード・ギャリガンの駆っていた機体の同型。強大な戦闘能力を持つ神影鎧装。

 虚しき、傀儡の証。

「は、」

 その出現から、最初に動いたのは。

「ヒトをナメんのも、大概にしやがれテメエェェーッ!」

 やはり、ハワード・ブラウンであった。

 絶叫。同時に射出されるコロナ・シューター。今までと違い、軌道は直角。しかも全ての光芒が、一直線にネオオーディン・シャドーを目掛ける。

 一発一発が、今まで以上の高出力。着弾すればただでは済まぬだろう弾雨を前に、サトウは、無貌の男は笑った。

「とはいえ、まずは試運転だな」

 ネオオーディン・シャドーの背部スラスターに、火が入る。たちどころに生じた推進力は、その巨体を瞬く間に前へ押し出す。

 ごう、ごう、ごう。迫り追尾するコロナ・シューターを、ネオオーディン・シャドーは三連続回避。だが四発目はグングニル・レプリカで際どく防御し、五発目以降は普通に着弾。爆発。地表へと落下。

「えっ」

 と、目を剥いたのはグレンである。あのネオオーディン・シャドーが、よもやこの程度で地を舐めるとは。そしてその有様に、ハワードは更に激昂した。

「テ、メ、エ」

 炸裂。そう錯覚するほどのバックブラストを生じながら、アメン・シャドーⅡは加速。僅か数秒、地を這うネオオーディン・シャドーへと到達。その間、既にゴールド・クレセントは振り上げられており。

「その程度のザマで! その機体に乗ってンじゃねエエッ!」

 斬。

 空気を切り裂く容赦ない切っ先は、しかしネオオーディン・シャドーの鼻先で止まる。サトウの操作によって掲げられたグングニルが、辛うじて刃を受けとめていたからだ。

「中々手厳しいなあ。でも、少しは大目に見て欲しいね。何せこっちは、大鎧装に乗るなんて野蛮なコトは久し振りなんだから」

 拮抗する刃と刃。互角、ではない。何せ現状のネオオーディン・シャドーは、左腕が根元から消し飛んでいるのだから。だがこんな状態でもアメン・シャドーⅡの全力斬撃と拮抗できるのは、流石ザイード・ギャリガンの基礎設計と言うべきか。

 故に、手早く勝負を決すべく。

「あアそうかよ……!」

 一瞬、ゴールド・クレセントを引く。ネオオーディン・シャドーの態勢が崩れる。

「だがンな寝言はなァ!」

 すかさずアメン・シャドーⅡは柄尻辺りを蹴る。遠心力の乗ったゴールド・クレセントの柄が、ネオオーディン・シャドーの胸部を打つ。吹き飛ばして強引に間合いを離す。

「死んでからホザけやア!」

 更にそこから上半身の捻りを乗せ、大上段からゴールド・クレセントを振り抜く。斬撃は届かない。だがその代わり、五枚の刃全てが射出された。高速回転する五本の刃は、全てが別個の角度からネオオーディン・シャドーを切り刻まんと肉薄。着弾。

「か、ハ」

 狙い過たず、ネオオーディン・シャドーへ突き刺さる刃。ただしそれは一本だけ、しかも部位は肩口だ。致命傷には至らない。では、残りの四本はどうなったのか?

「ハ、ははは、ハハハハハ! いやいやアブナイ危ない! 頼れる仲間がいなければどうなっていた事やら!」

 簡単な話だ。受け止められていたのだ。着弾の直前、地面の術式陣から現出した、四体のシャドー共に。

 致命傷を受けた四体のシャドーは、当然に如く霧散消滅。だが新たに生じた五体のシャドーが、ネオオーディン・シャドーを守るように立ち塞がる。どうやら今回のネオオーディン・シャドーは、霊力が続く限り幾らでも応援を作り出せるらしい。

 厄介、と言うより単純に鬱陶しい。あからさまに舌打ちしながら、ハワードはゴールド・クレセントの刃を再生成する。

「ハ。お人形遊びをそう言い換えれるなンざ、初めて知ったぜ。知りたくもなかったがな」

「ハハハ、まあそう邪険にしないでくれないか。確かに愛想のない連中ではあるが……」

 ネオオーディン・シャドーの肩に突き刺さっていた刃を、シャドーの一体が引き抜く。それから、傷口に手を当てる。

「これはこれで、中々頼りになるのだよ?」

 そしてそのシャドーは、ずるりと、ネオオーディン・シャドーの傷口に潜り込んだ。液状化したのだ。

「は?」

 と、ハワードが瞠目したのは、僅かに数秒。すぐさま理由を察知する。

「ち、そォいう事かよ――! オイ誰でもイイ! 手ェ貸せ!」

 アメン・シャドーⅡは構える。背部光輪が輝き、コロナ・シューターが最大出力で充填される。だが手を貸せと言ったからには、それでまだ火力が足りないというのか。ならば応えねば――という所感は、この場の全員が多かれ少なかれ思っていた。

 だが如何せん間が悪い。誰もが大量に現れるシャドーへの対応で手いっぱいであり。あるいはサトウは、これを狙っていたのか。

「本当に、手だけで宜しければっ!」

 辛うじて、マリアがそれに答えた。指揮棒を振り、カルテット・フォーメーションを操作。ブレイズ・バリスタが向きを変え、ネオオーディン・シャドーを照準。

 射撃。着弾。爆発。ネオオーディン・シャドーを囲んでいたシャドー共は、これで吹き飛んだ。

 だが。

「はは、あはははははは!」

 爆煙の中から悠々と、歩きながら現れるネオオーディン・シャドー。その身体にダメージはない。

 そう、一つも無いのだ。今し方の着弾によるダメージどころか、最初に破壊された左腕さえも健在。元に戻っている。

「再生……いや再構成か!? シャドーを燃料にして!? この短時間で!?」

 驚きながらも、雷蔵らいぞうは朧に左腕を掲げさせた。三体のシャドーを打ち抜いたタイガーロケットパンチが、そこへ戻り再接続する。

「理屈の上では理解できるが……中々にデタラメだな!」

 いわおが呆れるのも無理はない。何せ、辰巳たつみがよくやっていたような霊力装甲の再構成とはワケが違うのだ。

 霊力とは無形の力。術者によって如何様にも形を変える絵の具のようなもの。とはいえ、それは加工する前の話だ。今し方ネオオーディン・シャドーが行ったことは、例えるなら既に完成した絵からわざわざ塗料を剥がし取り、再加工して新たな絵を書くようなものである。

 無論そう言った術式は既に存在するし、何より風葉かざはのフェンリルがかつて日乃栄ひのえ高校で似たような行動をしている。だが事前準備も無しにそれをやってのけたという事は――。

「社長のルーン魔術の代わりに、再構成機能が組み込まれているという事でしょうね」

 斬。

 三体のシャドーを一薙ぎに斬り伏せながら、サラはネオオーディン・シャドーを見やる。

「はん、だったら話は簡単だな」

 サラから滑らかにフォースカイザーの操縦システムを切り替えながら、グレンは構えた。

「完全にブッ潰れるまで、完全にブッ潰す!」

「わー、あたまのわるい戦法スね。しかもあながち間違ってないのがタチ悪いッス」

「ハハハ! 敵対した途端に冷たいじゃないかキミ達。まあもっとも――」

 再生した腕を試すように、サトウはネオオーディン・シャドーを操作。上段に振り上げられたグングニル・レプリカが、ぎらと光る。

「――キミらの始末は、もう少し先だがな!」

 突貫。迷いなき直線。その先に居るのは、当然のようにアメン・シャドーⅡ。

「ち!」

 舌打つハワード。ゴールド・クレセントを構える。振るう。

 今までと同じ、恐るべき威力の円弧を描く斬撃。その横薙ぎに、ネオオーディン・シャドーはグングニルを合わせた。受けて、止めたのだ。

「テ、メエ」

「さてさて。先程はその程度の腕前と言っていたが」

 拮抗する刃と刃。その鍔迫り合いを、あろう事かネオオーディン・シャドーが崩した。

 円を描くように振るわれる槍。同時に前に出るネオオーディン・シャドー。柄が柄の上を滑り、ゴールド・クレセントは外側へ。

「今度は、どんな具合かな?」

 瞬時に狙いを察したハワードは、自らも前へ。必然、至近距離の間合いとなるアメン・シャドーⅡとネオオーディン・シャドー。にらみ合いは、僅かに一秒。

「今度は、納得して貰えるかね?」

 サトウは笑う。ネオオーディン・シャドーが左拳を繰り出す。素早い、顔面を狙う、コンパクトな打撃。必然、ハワードは対応せざるを得ない。

「こ、」

 左手でガード、反撃の手刀。弾かれ、応酬の拳打が来る。

「の、」

 再度左手でガード、反撃の打突。防がれ、応酬の手刀が来る。

「野郎ォッ!」

 打突、防御、打突、防御、打突、防御、打突、防御。互いに片手で行われるは、凄まじい速度の打撃応酬だ。

 ハワードは歯噛みする。互角の技量……いや、少し押され始めている。ネオオーディン・シャドーの性能を引き出しつつあるのか。それはつまり、己の身体や記憶をリアルタイムで改変、更新していると言う事になるのではないか。

 確かにサトウが、無貌の男がこれまでまともな戦闘をした事は無かった。上記のような能力切り替えを行う術師も、存在してはいる。

 だが、それを差し引いてもこの技量の上昇具合は――!

「ちィ!」

 幾十度目かの応酬、その最中。ほんの僅かに生じた隙間へ、ハワードは素早い蹴りをねじ込んだ。下段、牽制を狙ったローキック。だがそれを、サトウは完璧に読んでいた――いや、そもそもそれを誘うためにあえて瞬間的な隙を作ったのか。

 そうした瞬間的な思考がハワードの脳内を駆け巡る合間にも、ネオオーディン・シャドーの連撃は続く。

「ハ! ハ! ハ! どうしましたかさっきまでの威勢はァ!」

 刺突、刺突、斬撃、振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い。その全てを、アメン・シャドーⅡは辛うじて弾き、回避し、防御する。そう、辛うじてだ。今や完全に押され始めており――。

「ぐがっ!」

 ――今回避し損ねた刺突に至っては、アメン・シャドーⅡの脇腹を切り裂いていた。辛うじて致命傷はまだ貰っていないが、いずれ時間の問題だろう。

 一体どういうカラクリなのか、考える余裕はない。だが。

「おっと。流石に加勢しないとまずいな」

 多少の不本意が、無いわけではないが。

 今のハワード・ブラウンには、仲間がいる。

 大量のシャドーをどうにか一掃し、最初に動いたのは黒銀くろがね――即ち、ファントム3ことメイであった。斬撃したばかりのトマホーク・マグナムを射撃モードに切り替え、狙うはネオオーディン・シャドーの頭部及び武器。引き金が引かれる。引かれる。引かれる。

 一瞬で行われる六連射。狙い過たぬ射線上に、新たに現れるシャドーが一体。その程度は冥も想定済み。それを撃破した上でなお攻撃するための六発は、しかし。

 シャドーが振るった長槍によって、全て叩き落された。

「はあっ?」

 流石の冥もこれには瞠目する。雑兵すら強化するサトウの術式もさる事ながら、驚かされたのは武器そのものだ。色こそシャドーと同じ黒であるが、その造形は。

「グングニル・レプリカ、だと?」

 正確には、更にそのレプリカだ。威力自体はネオオーディン・シャドーの物と比べるべくもない。だがそれを振るう技量は、サトウによって十全に付与されており。加えて新たに現れるシャドーは、皆一様にグングニル・レプリカを携えていて。

「このままではジリ貧、か」

 思いもよらなかった呟きが、冥の口から零れ落ちた。

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