第180話「言っただろ、銀朧だって」

 ならば、どうする。

 答えは、決まっている。

「ファントム2! ファントム3! アレをやるぞ!」

 叫ぶいわお。期せずして、同じ結論に達していたようだ。当然ではあるか。どうあれ黒銀くろがねにトマホーク・マグナムをスピンさせながら、メイは応えた。

「そうなるよな。だが、ギャラリーが少ーし多すぎるんじゃないか」

「無論、対策はあるさ」

 切り札となるプログラムを起動準備しつつ、巌はマリアへ通信を繋ぐ。

「ファントム6! 三時方向の敵機を薙ぎ払うんだ!」

「三時、ですか!?」

 斬り、突き、払い。オスミウム・カッターの連撃へ徐々に対応し始めるシャドーに辟易しながらも、マリアは左腕のブレイズ・アームへ霊力充填。その最中、シャドーの突きがセカンドフラッシュの胸部を貫いた。

「ぐっ!」

 コクピットにも伝わる衝撃。サイドボード上、僅かに零れる紅茶。度重なるダメージで、慣性制御系統にエラーが出ているのか。

 だが今動きを止める訳にはいかない。切磋にマリアは機体を制御、胸部装甲を切り離す。アームド・ブースターによる増設装甲だからこそ出来る芸当だ。

 必然的にシャドーは重心を崩し、たたらを踏む。その足を狙い、セカンドフラッシュはオスミウム・カッターで下段を薙ぐ。

「ど、い、てっ!」

 斬。

 切断したが、ダメージは無い。シャドーはグングニル・レプリカの石突を立て、カッターを跳躍回避したのだ。今切れたのは槍の柄のみでる。

 やがて再生されてしまうだろう。だが今すぐではない。それで十分。マリアは操縦桿を倒す。下段薙ぎの勢いのまま、セカンドフラッシュはカッターを一回転。警戒し、即座に距離を取る周囲のシャドー達。

「い、まっ!」

 セカンドフラッシュの回転が止まる。左腕、ブレイズ・アームが高出力モードに変形。限界ギリギリまで霊力を充填された巨大矢が、巌の指定した三時方向へと放たれる。

 照準なぞロクにつけていない。故に放たれた閃光は、地面に余剰霊力光の轍を盛大に刻み込んだものの、大した数を撃破出来なかった。そもそもその方向には、最初から敵機が少なかったというのもあるが。

 だが、それこそが巌の狙いであり。

「よし、軸線通った! やるぞ、ファントム2! ファントム3!」

「応とも! 待ちかねた、ぞっ!」

 脇に抱え込んだグングニル・レプリカ、その柄に捕まったままのシャドーを振り回しながら、おぼろのメインパイロットである雷蔵らいぞうは叫ぶ。

「僕はこのまま戦闘ももう少し楽しみたかったんだが――」

 黒銀のトマホーク・マグナムが振るわれる。十字に切り裂かれたシャドーの残骸を横目に、冥は朧を見やった。

「――ま、いいさ。そっちもそっちで大変面白そうだしね」

「こんな状況でも相変わらずか。まあ良い! ファントム2!」

「ぐるぅうおアアアアアッ!」

 加速。突然スラスターを全開にした朧が、セカンドフラッシュのこじ開けた空間へと向かう。更には黒銀までもがそれに続く。

「ほぅ?」

 サトウは片眉を上げる。三時方向を選んだのは、今ネオオーディン・シャドーが居る位置から遠いからだろう。だがここからでも攻撃する事は可能だ。何ならシャドーの一体を直に操作して妨害してもいい。

 だがサトウは、無貌の男はそれをしない。あえてだ。彼にとってすれば、最悪ここで敗北しようとも致命打にはなり得ないのだ。ならば、ファントム・ユニットの隠し玉を見て対策を立てた方が良い。実際その判断は正しい。少なくとも、この時点では。

 どうあれ、加速するファントム・ユニットの三人は叫んだ。

「超!」

獣装じゅうそう!」

「合体!」

 新たに組み込まれたシステムの、超獣装合体のキーワードを。

「ほほう」

 目で追うサトウ。二機の大鎧装はブレイズ・アームが作った空間の中で加速を続け、やがて上空へと舞い上がる。そうして、合体は始まった。

 背中合わせで飛行していた二機の内、まず朧が先行する。次にやや距離を置いた斜め下、黒銀が大きく、勢いよく両腕を開く。その勢いのまま、身体のパーツ全てが分解した。

 即ち、完成前に転移門越しに砲撃を敢行した形状――上半身右側、上半身左側、下半身右側、下半身左側、バックパック、そしてヘッドファイターの六部位に分かれたのだ。

 部位からはそれぞれ霊力が放出されている。それは朧からも放出される霊力と混ざり合い、やがて巨大な術式陣を形成。どこか時計にも似たその円陣は、朧を中心としての背後に展開。その複雑な霊力線に従い、分離した黒銀のパーツ群が移動していく。

 右上半身は二時へ。左上半身は十時へ。右下半身は四時へ。左下半身は八時へ。バックパックは六時へ。

 最後に唯一術式陣と距離を取っていたヘッドファイターが、朧の前を通りながら十二時の場所へと到達。そして、各パーツの変形が始まる。

 まず黒銀の左右下半身パーツが変形し、下駄のように朧の足裏へと接続。余剰霊力光が噴出。更に可変し、膝辺りまでを増加装甲が覆う格好となる。最後に朧の両腕シールドが分離し、脛横の増加装甲上へと再合体。丁度そこにあったトマホーク・マグナムを覆うような恰好となる。これで脚部のシークエンスは完了だ。

 次に上半身が合体を始める。まず黒銀の左右上半身パーツが変形し、二つずつに分離。増加装甲となったそれらが、順に朧の肩部及び前腕部に合体。余剰霊力光が噴出。

 次に黒銀のバックパックが変形し、四角い枠のような増加装甲となる。それは朧の胸にある虎頭の上へと移動、同時に朧のヘッドギアが虎頭内部へと格納され、一時的に頭部が赫龍へと戻る。

 そうして枠型の増加装甲が虎頭を囲むように接続され、余剰霊力光が噴出。繋がっていた二門のキャノン砲は、腰部へと格納されるように折り畳まれる。

 次にヘッドファイターが変形し、新たな大型のヘッドギアを形成。被るように接続され、新たなマスクが展開遮蔽。ブレードアンテナが展開し、ツインアイがぎらと光る。

 最後に手首から新たな掌が出現し、力強く拳を握る。余剰霊力光が噴出。これにて合体シークエンスそのものは完了した。完成した新たな大鎧装――超獣鎧装は、まず己の躯体を確かめるかのように一回転。中空に鋭い回し蹴りと拳打を繰り出す。

 ごう、ごうう。出力、質量、共に今までを遥かに超える動きを見せた超獣鎧装は、仕上げとばかりに身体を大の字に開く。その力強い動きに呼応するかの如く、背中の翼から霊力線が勢いよく放出される。

 針金細工のように幾条も編み上がるその線は、瞬く間に翼を覆いつくす。そして、強烈な霊力光。一瞬のそれが晴れると、針金細工は消え去っていて。

 代わりに元のものよりも一回り巨大な、赤色の、光の翼が輝いており。

 その翼を眼下の全機へ見せつけるかの如く、パイロット達は叫んだ。

「合体!」

「完了!」

「スゥゥゥゥゥゥゥゥパァァァァァアアアアアッ! タイッガアアアアアアアアアアア! ロボォォォォォォォォッ!!!!」

 朧と同様メインパイロットを務める雷蔵ことファントム2の操作により、高々と拳を振り上げる超獣鎧装。

「いや……だから。言っただろ、銀朧ぎんろうだって」

 かつて朧の初合体をした時を思い出しながら、巌はツッコんだ。

「まあイイんじゃないか? カッコいいし。何よりメインパイロットのやる気が一番重要なんだし」

 新たなサブパイロットとなった冥は、頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかる。

「ぬっははは! その通り! 分かってもらえて何よりじゃのう!」

 いつも以上に獰猛な笑いを浮かべながら、銀朧のメインパイロットを担当する雷蔵は吠えた。

「ふうむ? なるほど。そのスーパータイガーロボとやらが、ファントム・ユニットの切り札という訳か」

 その直下。スーパータイガーロボ――もとい、銀朧の勇姿を見上げながら、サトウは笑う。術式を、軍勢を、操作する。

「じゃあ、早速見せて貰おうじゃないか。御大層なその性能を」

 銀朧の、背後。頭を失い、廃墟のようにぴくりとも動かなかったバハムート・シャドーⅡ。頭を失い力なくたれていた残骸の首が、唐突に動いた。

 銀朧を睨むように動く鎌首。同時にその先端へ、新たな術式の光が灯る。書き換えられ、再定義され、現れたのは巨大な砲口。装飾を廃し、シンプルな形状となったメガフレア・カノン。

 元に比べれば幾らか威力は落ちているだろう。だがそれでも尚絶大な火力を誇る霊力砲が、何の前触れもなく放たれる。ネオオーディン・シャドーの分離直後から手を回していたのか。

 どうあれ大出力の熱線の直撃を受け、銀朧は当然蒸発消滅――するはずがない。

「まったく。少しは余韻に浸らせて欲しいものだな」

 苦笑、及び防御をしたのは冥である。だが銀朧そのものは未だ指先一本動いてはいない。では、一体何をしたのか? その答えを、マリアは呟く。

「カルテット・フォーメーション。上手くいってるみたいですね」

 シャドーの群れとの攻防を続けながら、マリアはサブモニタ上の銀朧を見やる。銀朧は、防御していた。メガフレア・カノンの一撃を、真正面から。いつの間にか脚部から切り離されていた丸盾が、霊力障壁を展開していたのである。

 機構自体は迅月じんげつ時のものと変わっていない。だが利英及びハワードの手によるシステムのアップデートと、何より銀朧から供給される大容量の霊力が、この鉄壁を実現させたのである。

 更にこの盾はマリアが言った通り、カルテット・フォーメーションから流用された制御術式が組み込まれている。これを冥が操作する事により、腕部装着時よりも遥かに柔軟な防御展開が可能となったのだ。

「ほほう、成程。では別方向も加えてみましょうか」

 サトウが操作する。地上で未だに生じ続けているシャドー、その内の三体の脚部が、唐突に変形する。それは一対の、巨大なスラスター。どこかタイプ・ホワイトを思わせる巨大なそれを唸らせて、三つの星が矢のように駆け上がる。標的は、無論銀朧だ。

 右、左、背後。メガフレア・カノンは未だ照射中であり、その死角を突く戦法に出たという事か。

 対する銀朧は、動かない。動く必要がない。

 左足、もう一つの丸盾が分離する。霊力光で仄かに輝くそれは、銀朧の肩まで浮き上がり、ぴたりと制止。音もなく水平になる。同時に、三体のシャドーが銀朧を捉える。あと一呼吸で、グングニルの間合いとなる。

「ほう」

 その時、サトウは理解した。遠隔接続されたシャドーの視界越し。丸盾の裏に接続されていた物体――トマホーク・マグナムの存在を。

 大口径拳銃を模したその武器も当然、冥の操作下にあり。

 機体の状況が変わろうと、その照準がブレるはずもなく。

 銃声、銃声、銃声。

 狙い過たぬ三発の弾丸は、三体のシャドーをたちどころに撃破せしめた。

 更に銀朧の腰部大型キャノン砲が展開、こちらは巌が制御をしており。

 その照準は、やはりバハムート・シャドーⅡへと向いていて。

「照準、よし」

 呟く巌。同時に途切れるメガフレア・カノンの照射。冥は素早く防御に使っていた丸盾を制御、右脚部へと再合体。

「シュート」

 同時に、巌は引き金を引いた。

 轟音と共に放たれた大出力霊力砲は、バハムート・シャドーⅡのメガフレア・カノン発射口へと吸い込まれる。

 静寂は、わずかに一秒。

 生じた爆発は、絶大だ。

 即席のメガフレア・カノン発射口は根こそぎ吹き飛び、バハムート・シャドーⅡの胴体すらも揺るがせる。ばきばきと亀裂が生じ、左の翼が崩壊、脱落。ガラスのように砕けながら、巨大な欠片が落下し始めた。

 凡そ現実感に乏しい破壊の光景。それを成し遂げた超獣鎧装銀朧のメインパイロット、即ち雷蔵は、獰猛に吠えた。

「さぁて! 次はワシの操縦も披露させてもらおうかのう!」

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