Chapter12 激闘 04

「ワオ」

 メイは嬉しそうに片眉を吊り上げた。

 眼下には尾部ブースターを展開させ、突撃してくるディノファングの群れ。

 前方には脚部スラスターを全開にし、突撃してくるグラディエーターのタイプ・ホワイト部隊。

 その総数、果たしてどれだけあるのだろう。百か? 二百か? あるいはそれ以上?

「はっはっは。のっけからピンチだね、こりゃ」

 ころころとのんきに笑う冥を見つけた……のかどうかは分からないが、何にせよロックオン警報が耳朶を打つ。早速敵の射程に捉えられた訳だ。冥は立体映像モニタを投射し、解析データを呼び出す。

「ふむ……地上の大トカゲの中に滑腔砲、浮いてる兵隊どもの中にランチャーを装備してる個体が、それぞれ居るワケか」

 ちなみにランチャーは、セカンドフラッシュ発進直後に帯刀たてわきが使っていたものの同型であり。

「まずはコイツらを切り抜けんコトにはなぁ」

「まったくだな。で、それは誰の仕事だったかな?」

 ヘッドギアへ唐突に飛び込んで来た巌の通信に、冥はますます笑みを深める。

「そりゃあもちろん――ファントム3さ」

 腰へ手を当て、自信満々にふんぞり返る冥。

 ランチャーと滑腔砲が火を噴いたのは、まさにその直後であった。



「こ、ン、のっ!」

 急加速、急制動、急旋回。どれかの動作をする度に、最新システムでも御しきれない衝撃が操縦桿から伝わってくる。鎧装の倍力機構すら起動して、マリアはそれを強引に押さえ込む。

「おーい運転手さーん、もうちょい安全運転できない?」

 鉄火場の最中、飛び込んで来るのんきな声。確認するまでもなく、それはファントム3こと冥のものだ。

「これでも、色々と頑張ってるんです、よッ!」

 宙返りするセカンドフラッシュ・フォートレス。その軌跡を追う爆発の花、花、花。頭上で乱舞する破砕と破壊のイルミネーションに、冥はきらきらと目を輝かせる。

「と言うか、コレへの対策はファントム3の仕事じゃないですか! ちゃんとしてください!」

「うんそうだねー。さっきも言われたよー」

 他人事のように冥は笑う。まぁ事実その通りなのだから仕方ない。まったく神様らしい自由フリーダムっぷりですこと――喉元まで出かけた呟きを飲み込みながら、マリアはレックウを固定しているジョイントの解除コードを入力。

「これで、いつでもいけます、よッ!」

 インメルマンターンするセカンドフラッシュ。そのコクピットのサイドボードに乗せられた紅茶が水平へ戻るよりも先に、レックウはセカンドフラッシュから離れていた。

 まっすぐに降下していくレックウ。そのシート上から、冥は飛び行くセカンドフラッシュへひらひらと手を振る。

「囮役よろしくねー」

 のんきな笑顔を浮かべつつも巧みなハンドル捌きでディノファングの砲撃をかいくぐるその様は、ファントム3の、引いては冥王ハーデスの名に恥じぬ神業であった。

「私も、負けて、られませんねっ!」

 正面。こちらを照準するタイプ・ホワイトを見据えながら、マリアはセカンドフラッシュを傾ける。その二秒後、セカンドフラッシュの上半身があった位置を腕部ガトリングガンの火線が走り抜けた。

 頬を伝う汗を自覚しながら、マリアは操縦桿を操作。同時に叫ぶ。

「チェンジ! ブレイズ・アームッ!」

 セカンドフラッシュは即座に応えた。両前腕とコンテナのウイングに垂下されていたサブアームのうち二本が、同時に分離。四つのパーツは空中で交差し、各々があった位置へと入れ替わる。即ち、セカンドフラッシュは前腕部を換装したのだ。

 かくて装着されたのはブレイズ・アーム。かつてディスカバリーⅢ二号機に搭載されていたブレイズ・バリスタの改良型が備わっているのだ。

 がしん。収納状態だったブレイズ・アームが音を立てて展開。大きく張り出したその装甲は、遠目から見ればクロスボウのようでもあり。

「シュートッ!」

 かくて番えられた霊力の矢を、マリアは放つ。すれ違う二機のタイプ・ホワイト。その脳天と胸部へ、それぞれ赤色の矢が尽き立っていた。無論、その射出元はブレイズ・アームである。

 動きを止めるタイプ・ホワイト。矢から紫電が散り、直後に爆散。だがそんな一部始終を一々見ている余裕なぞ、マリアには無い。

「次ッ!」

 右、左、正面。こちらへ銃口を向けているタイプ・ホワイトなぞ掃いて捨てる程いる。それらへマリアはブレイズ・アームの照準を合わせ、ひたすらに引金を引いていく。

 射撃、命中、爆発。射撃、命中、爆発。射撃、命中、爆発。

 当然そうする合間にも撃たれなかったタイプ・ホワイトからの反撃は続いており、マリアは曲芸じみた回避行動を続けながら、射撃を並行しているのであった。

「――っ」

 そんな回避と射撃の最中、一際大きな警報がマリアの耳へ飛び込んだ。最初にこちらを照準してきたランチャー装備のタイプ・ホワイト。その砲口が、改めてこちらを捉えたのだ。

 ブレイズ・アームは届かない。コンテナ側の翼部へ装備された大型エーテル・ビームキャノンは反動が大きすぎる。何よりまだ使う段階では無い。

 ならば、どうするか。

「右腕、モードチェンジ!」

 決まっている。出力を上げるのだ。

 右のブレイズ・アームが更に大きく展開、伸長。天来号のカタパルト機構を応用した霊力のレールが発生する傍ら、左のブレイズ・アームが周囲の敵へ牽制の矢を射撃、射撃、射撃。タイプ・ホワイトの編隊が乱れ、狙撃を狙っていた敵機の射線が塞がれる。

 移動しようとする狙撃手。その隙を、無論マリアは見逃さない。

「貰ったッ!」

 レール上へ番えられる霊力の矢。通常よりも長く巨大な赤色が、狙い違わず狙撃手へと射出。

 衝撃と霊力光を纏うそれは、音の領域と狙撃手、ついでに射線上へ居たタイプ・ホワイトの装甲を纏めて引き裂いた。かつてディスカバリーⅢ二号機が両腕を合体させて放ったブレイズ・バリスタと同等の矢を、高出力モードのブレイズ・アームは片手で撃つ事が出来るのだ。

「よし、次ッ!」

 爆散する標的達を背後に、セカンドフラッシュ・フォートレスは目まぐるしく飛んだ。右腕へ矢を再充填しながら、左腕の弩弓で的確な射撃を見舞う姿は、さながら空を駆ける騎兵だ。

「おおー。実に勇壮だねぇ」

 そんなセカンドフラッシュの戦闘風景を、冥は地上から眺める。手でひさしを造る程気楽な仕草であるが、その逆手が握るレックウのハンドルは目まぐるしく回転している。

「GRAAAAAAAAッ!」

「あぁもう。うるさいうるさい」

 踏み潰さんと突撃するディノファングの群れを、ひょいひょいと避わしていく冥。まるで路駐の車を避けるような気軽さであるが、相手は尾部ブースターと敵意を全開にして突っ込んでくる大質量である。

 それを軽々といなし続けているのだから、控えめに言っても尋常の技ではない。

「GRAAAAAAAAッ!」

「んもー鬱陶しいトカゲ共だなぁ。キューザックくんのがんばるトコが見えないじゃあないか……やれやれ」

 仕方ないと肩をすくめながら、実際には予定されていたジャストのタイミングで、冥はレックウの武装を起動。

「セット。サークル・ランチャー」

「GRAAAAAAAAッ!」

「ああ、丁度良い」

 冥を噛み砕かんと大口を開けるディノファングの頭目がけ、冥はレックウを跳躍させる。まったくブレる事無く眉間へ着地した二輪は、微塵もバランスを崩す事無くディノファングの背を一直線に、尻尾の先に至るまで走破。

 当然、その後にはサークル・ランチャー敷設を示す霊力の轍が残る訳で。

「シュウート」

 かくて轍から射出される霊力弾の嵐。クジラの潮めいて噴出する誘導弾が、出鱈目な爆発と化して跳ね回る。

「GRAAAAAAAAッ!?」

 無論、この程度の花火でディノファングがどうにかなる筈もない。せいぜい目眩ましが良い所であろう。

 だが。今必要なのは、その目眩ましなのだ。

「せーえ、のっ」

 荒ぶ爆煙と霊力光を隠れ蓑に、レックウがディノファング共の足下を駆ける。異常を察知した何匹かが目で追おうとするが、後には轍しか残っていない。

 そう、轍だ。サークル・ランチャー同様に霊力で刻まれたその線は、しかし先程と違って紫色に輝いており。

「よ、い、せっ」

 絶妙にバランスを取りながら、ディノファングの足下や股下を潜りながら、冥の駆るレックウは円を描く。

 大きな、大きな、霊力光の轍による紫の円陣を。

「こんな、もんか、な」

 かくて一分もせぬうちに巨大な円を地面へ書き終えた冥は、そのまま車体を鋭くドリフト。霊力光をなびかせてスライドする二輪は、巨大円の中央でぴたりと停止。

「GRAAAAッ?」

 本能的に察しているのか、あるいは制御担当の術者がその足を留めたのか。ディノファング共は冥が描いた紫の巨大円から、一歩引いた位置で足踏みしている。

 まぁ、さもあらん。そもそも自分達の描いた霊力線が地面を埋め尽くしていると言うのに、その上へどうやって術式を塗布したのか、それがまず不思議なのだろう。

 それに関しては、純粋に利英りえいが読み勝っただけという話だ。

『アイツらって長い事人造Rフィールドにヒキコモってるじゃない!? だったらその内側は、全域余す事無く改造されてンじゃないかと思うんだよネ魔術師的に!』

 アームドブースターの設定データを凄まじい勢いでキーボードに叩き込みつつ、海老反り体勢で利英はそう言ったものだ。

「……まったく。理由はどうあれ慧眼なヤツだよ」

 当人には絶対言わぬであろう賞賛を呟きながら、冥は己が今し方刻んだ円陣を一瞥する。

 ――あの円陣を形成するる霊力の轍には、利英の推測を元にした術式干渉対策が施されている。

 と言っても、その造り自体はごく単純だ。何せ、『地面に接地せぬよう二ミリほど浮かせる』だけの代物なのだから。

 しかしてその単純な仕掛けは、予想通りの安定性を円陣に付加しており。

「ま、いい。ぼちぼち始めようか」

 十全に稼働する紫の巨大術式陣を、冥は起動する。空白だった巨大円の中へ、幾何学模様のような術式が急速に満たされていく。

 その一部始終をモニタで俯瞰していたギャリガンは、術式の正体を察した。

「あれは……そうか。だが、一体何を出すつもりだ?」

 そんなギャリガンの疑念を知ってか知らずか、円の外で足踏みしていたディノファングの一匹が、尾部ブースターを噴射して突貫する。

「GRAAAAAAAAッ!」

 巨大円の機転である冥とレックウを、纏めて叩き潰そうという算段か。

「だが、一手遅かったな」

 冥の足下、巨大術式陣が光を放つ。紫色の霊力光が、一際大きな輝きを放つ。

 そして、それは現われた。

 轟。

 別座標の格納庫から、紫色の霊力光を――ヘルズゲート・エミュレータを通じて、勢いよくリフトアップされる巨大な直方体。

「GRAッ!? GAAAAAAAッ!?」

 運悪く角の部分を顎へ叩き込まれ、もんどりうって吹き飛ぶディノファング。その醜態を笑いつつ、冥はいよいよ霊力を強める。紫の転移門を経由して、巨大な直方体が――待機状態のグラディエーターが続々と現われる。

「数へ対抗するには、こっちも数を揃えるのが一番手っ取り早いからねぇ」

 ――かつて行われたモーリシャスでの戦闘の折、冥は格納庫いっぱいに詰め込まれたグラディエーターと戦闘を行った。大半は完膚無きまでに破壊したが、それでも無傷、及び補修可能な機体は相当数に及んだ。

 ファントム・ユニットはそれらを鹵獲し、自軍の戦力として投入したのである。全ては標的ターゲットSに汚染されていない戦力を揃えるために。

 人造Rフィールドで待ち受けているだろう敵軍へ、対抗する為に。

「さぁ、仕切り直しと行こうじゃないか、グロリアス・グローリィ」

 背後で続々と人型へ変形していくファントム・ユニットのグラディエーター部隊を背に、冥は不敵な笑みを深めた。

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