Chapter09 楽園 11
轟。
巨大な霊力の炸裂が、Eフィールド上空に鳴り響いた。インペイル・バスター及びスティンガー・ブラスターという、必殺を賭した術式同士の激突による結果だ。
そんな余波の発生からきっかり五秒おいて、一つの人影がEフィールドに着地する。
「ち、ッ!」
人影――グレン・レイドウは、あからさまに舌打ちした。まぁ無理もあるまい。あれだけの大技を放っておきながら、手応えが無かったとあれば。
見上げるグレン。バイザー越しの上空には、煙じみてもうもうと立ちこめる光の粒、粒、粒。完全に消滅するには、まだ少し時間がかかるであろう。それ程の密度を持った霊力が、そこには滞留していた。
――あの時、
辰巳は、インペイル・バスターを空撃ちしたのだ。
接触対象と強制接続した上で莫大な霊力と炸裂術式を叩き込み、霊力経路を微塵に引き裂くインペイル・バスター。その使い手である辰巳は、スティンガー・ブラスターが自身のそれと同質である事を見抜いたのだ。あの一瞬で。
「へッ、やるじゃねェか」
眉間にシワを刻みながら、グレンは思い出す。
つい先程、追い縋った直後。辰巳はインペイル・バスターを空撃ちした。接続対象の無いまま射出された霊力は、そのまま波となって放たれた。
押し寄せるインペイル・バスター。方向性こそ定まっていないが、それでも炸裂術式が織り込まれている事に変わりは無く。
そんな波との接触を防ぐため、グレンはスティンガー・ブラスターを、同型の術式を叩き込んだのだ。
結果、始まったのは相殺現象である。互いを食い合うインペイル・バスターとスティンガー・ブラスターは、臨界点を迎えた瞬間に爆散した。そうして生じたのが、あの上空の爆光というわけだ。
「まさか盾代わりにするたぁなァ……!」
口元を笑いに引きつらせながら、グレンは辰巳の姿を探す。
「……居た、居やがった」
未だ滞留する爆光の端、きりもみながら落下していく人影が一つ。慣性と重力に弄ばれながら、それでもどうにか姿勢を安定させようとしている。間違いなくファントム4、五辻辰巳だ。
「ぐ、ぅ」
どうしてやろうか。霊力弾でも叩き込んでやろうか。はやる思考とは裏腹に、グレンの身体は切実な霊力欠乏を訴える。トルネード・ブラスター、及びスティンガー・ブラスターという大技を連続で、しかも霊力に糸目を付けずに放ったのだ。先程交換したばかりのEプレートは、ほぼ完全に燃え尽きていた。
「ク、ソ。ガス欠かよ……だが、へへへ」
霊力欠乏の脱力感に苛まれながら、それでもグレンは笑みを深めた。
今、辰巳は身動きを取れずに居る。スティンガー・ブラスターの直撃こそ回避したろうが、 誘爆自体はまともに食らっただろう。体勢を復帰させるまで、まだ少しかかる筈。
その間にこちらはEプレートを換装し、改めてトルネード・ブラスターを……とグレンが企んだ直後、その目論見は潰えた。
未だ続いていた辰巳のきりもみが、唐突に止まる。下方からスポットライトのように注がれた青い光が、回転を強制停止させたのだ。重力を制御する事によって。
「あれは、ッ!?」
驚愕しながらも、グレンは青い光を追って視線を下ろす。果たして、そこに光の発信源はあった。
薄墨に沈む海の上、Eフィールド目がけてまっすぐに走ってくる一台のトレーラー。ダンプカーよりも遙かに巨大な、装甲車然とした巨躯を誇る車輌。オウガローダーだ。見紛う筈も無い。
車体後部から
辰巳を、救うために。
「、ち」
うらやましい――脳裏に一瞬浮かんだ印象を、グレンは即座に噛み潰す。
それとほぼ同じタイミングで、オウガローダーが跳び上がった。車体下部のスラスターを噴射して、Eフィールドへ跳び映るために。
その光景を見下ろしながら、辰巳は左手首を口元に寄せる。
そして、言い放つ。
「モードチェンジ! スタンバイ!」
『Roger Silhouette Frame Mode Ready』
牽引ビームを維持したまま、空中のオウガローダーは変形を開始する。
運転席部が分割し、現われるは巨大な腕。後部コンテナ部が分割し、現われるは巨大な足。気付けば牽引ビーム発振源もコクピット中央部に切り替わっており。
かくてその重力に導かれるまま、辰巳は変形完了したオウガローダーの――もとい、大鎧装オウガのコクピットに着地。途切れる牽引ビームと入れ替わりに、眼前のコンソールへ左腕を接続。
『Get Set Ready』
「大鎧装、展開ッ!」
辰巳がそう叫んだ直後、オウガの両足がEフィールドの大地を踏み締めた。
「と、っと」
バランスを取る辰巳を守るように、コクピット四方から立ち上る霊力の線。電子回路の如く幾つも分割するその光は、針金細工の如く絡み合いながら、オウガの胸部及び頭部となる骨組みを形成。
「ウェイクアップ! オウガ・エミュレート!」
最後に堅牢な霊力装甲が張り巡らされ、大鎧装オウガは完成した。
その一部始終を、グレンは見ていた。
「く、そ」
舌打つグレン。生身ならばともかく、大鎧装での勝負となると些か分が悪い。
――グレンの登乗する機体は、四輪車への変形機構を備えた大鎧装、
この烈荒は以前レイキャビクで
更に今のオウガは、あの
「認めたくは無ェが……火力に差がありすぎる」
『なら、選手交代の時間なンじゃねェのか? なァグレン』
右側。半分笑うような提案が、唐突に耳朶を叩いた。苛立たしげにグレンが首を捻れば、一枚の立体映像モニタが浮かんでいた。
映っているのは、言うまでも無くハワード・ブラウン。このEフィールド全体を掌握している彼からすれば、この程度の芸当は朝飯前と言う事か。
「例の合体システムは、まだ出来てねェんだよな」
『そらそォだ。開発拠点は現在絶賛飛行中の上、サブパイロットになるお嬢さんがたも皆出払ッてる始末だ』
歯噛みするグレン。仮面の下から漏れる逡巡を、ブラウンは更に押す。
『何より、前提条件がそうだっただろ?』
「……そーだな。そーなんだよな」
その指摘に、グレンはついに折れた。
「ち」
露骨に舌打ちながら、グレンはもう一度オウガを睨む。正確には、そのコクピットに収まっている辰巳を。その動力となっている、左手首のEマテリアルを。
こちらのEプレート二枚以上の霊力を放出しているにも関わらず、未だ平然と供給を続けている霊力貯蔵装置。
霊力装甲に阻まれて見えないその輝きに、グレンは背を向ける。
「要するに、オレの実力じゃ社長の予知を覆せなかったワケだ」
仮面越しにグレンはコメカミをつつく。つつきながら反芻する。モーリシャスの砂浜へ出向く前、転写術式で伝えられたギャリガンの指示内容を。
――ファントム4へ攻撃を仕掛けても良い。ただし向こうがオウガへ登乗した場合、直接戦闘は速やかに停止する事。更にブラウンの指示下へ入る事。そうした指示の情報が、あの時の転写術式には刻まれていた。
そして今、まさにその通りの状況になったのだ。
「まぁいいさ。キョーダイの実力はよォーく分かったからな……フォースアームシステム、起動」
『Roger 4th Arm System Ready』
起動するシステム。発動する霊力。悲鳴を上げる出涸らしのEプレートを無視しながら、グレンはもう一度オウガへ振り向く。
「次は、オレが、勝つ」
確信にも似た決意を呟くと同時に、転移術式がどうにか展開、グレンはそれを潜って消えた。
その一部始終を見届けた後、ブラウンは肩をすくめた。
必要な段階だった事は、ギャリガンの予知で既に分かっている。今まで燃え盛るだけだったグレンの憎悪に、これである程度の折り目が出来た訳だ。
『ッたく、納得を引き出すのも一苦労だぜェ』
ただ、それでもブラウンはぼやかずにいられなかった。
『さァ次だ次。ファントム5を呼び寄せる段取りだ』
もう一枚の立体映像モニタを、ブラウンは見やる。
四角く区切られた通路、監視カメラから転送される定点映像。
その中に映る
「ウェイクアップ! オウガ・エミュレート!」
ファントム4、五辻辰巳はオウガを完成させた。更に間髪入れずコマンドを入力、さっきから立体映像モニタ内で主張している転写術式を起動。
「く、あ」
瞬間、転写術式越しに雪崩れ込む情報の渦、渦、渦。オウガの稼働状況。合同部隊の現状。今後の作戦方針、その他諸々。
「成、程」
状況は概ね把握した。結構な転写量に脳がくらくらするが、辰巳はそれを気合いで押さえ込む。オーディン・シャドーと戦った時に比べれば、この程度どうという事も無い。
むしろ、問題があるとすれば。
『遠足は楽しかったか? ファントム4』
真正面、転写術式とは別の立体映像モニタ。右肩部のサブコクピット――オウガローダー時の操縦席だった場所から、小さな笑顔を向けてくる同僚が一人。
己の戦技指導員でもあるファントム3、
「まぁね。色々と希有な体験をさせて貰ったよ」
『そうかい。なら僕からもその希有なヤツを提供してやろうじゃないか』
「え」
『名前だけなら今から考えてあるぞ? スーパースイカ割りスペシャルだ。今まで以上の激しさを考えてる最中から、期待しとけよ?』
顔こそ笑っている冥であるが、明らかに一人で突っ走った馬鹿の叩き直しプログラムである事は、目に見えすぎていた。
「うわぁいたのしみだなぁ」
これから現われるだろう敵よりも、今告げられたその宣告に、辰巳はがっくりと頭を下げた。
「……まぁ、先の事はおいおい考えるとして、だ」
意識するほど頭痛が増す未来像を、辰巳は努めて脳裏から閉め出す。
そう、今重要なのはそんな未来の事柄では無い。Eフィールド出現に端を発するこの状況を、如何に素早く集束させるか。その一点に尽きる。
「うまくやれば、スペシャルを多少軽減して貰えるかもしれないし、な」
『なんか言ったか?』
「いやぁー別に何も」
首を振りつつ、辰巳は改めて辺りを見回す。視点は高くなったが、相変わらずEフィールドは真っ平らで何も無い。中央にブラウンが座っている点も変わらない。何も、代わり映えが無い。
ただ唯一、あのグレンが撤退した事だけは意外だった。
立体映像モニタ越しに誰かと会話したグレンは、唐突に例の青い転移術式を起動し、どこかへ消えてしまったのだ。
あれ程の執着を剥き出しにしていた男が、そう簡単に諦めるとは思えないが――。
『やーれやれ、ようやく追いついたな』
しかして、その疑問を思考する余裕は無くなった。後続の大鎧装部隊がこちらに追いついたからだ。
人型へと変形し、オウガの右隣へ着陸する
『少し遅かったんじゃないか? ファントム1』
『そう言うなよファントム3。こっちは道中でお客さんの相手をしてたんだから』
巌が言ったお客さんとは、即ちグラディエーター第二陣の事だ。先程辰巳が掴まって脱出しようと試みた、あの金属立方体の部隊である。
振り向く辰巳だが、既に影も形も残ってはいない。せいぜい黒煙の欠片が揺れているくらいだ。
『タイガーッ! かみつきボンバーッ!』
ついでにファントム2の叫びも遠く聞こえて来た。遠いので爆光くらいしか見えないが、ディスカバリーⅢ部隊と一緒に奮闘しているのだろう。
『成程、実際大したもンだなァ。個人の実力だけでなく、チームワークも抜群と来た』
そんな最中、オウガのコクピットへ一件の通信が割り込んだ。急ぎ立体映像モニタも起動してみれば、映り込んだのは――。
「――ハワード・ブラウン」
『何か、ご用ですか? 例えば降参とか、白旗とか』
にやりと笑う巌に向けて、ブラウンは意外にも似たような笑顔を返した。
『それも魅力的だが、こっちも仕事なんでなァ』
言いつつ、ブラウンは立体映像モニタを操作。するとブラウンの右手前の床が、音も無くせり上がって来るではないか。
瞬く間に六十センチ四方の台座となったその内部から、更にせり上がって来たのは――。
「なんだ? チェス盤と、駒?」
辰巳が眉をひそめた通り、それはチェスボードと、金色に光る幾つかの駒であった。以前サトウから買い受けた、あの一式だ。
その内のチェスボードに手を添えながら、ブラウンは大鎧装部隊を、何よりオウガを見やる。
『さァて、ここから先は俺が相手をしてやろう。グレンの方も一段落付いた事だし、さっきみてェなワケにはいかねェぞ』
発動するチェスボード。縦横に並ぶ白黒のマス目が、ボードを超えてEフィールドに走る。染み出した白黒は瞬く間に拡大し、数秒もせぬうちにEフィールド全体を埋め尽くす。
そして、光が走る。チェスボードに組み込まれた術式が、音も無く発動されたのだ。
「ぐ、ぅ……!?」
シールド越しでもなお強烈な白光に、辰巳は目を潜める。しかしてその強烈さも長くは続かず、一分も経たぬうちに白色は溶け消える。
「……あ?」
かくて光が晴れたEフィールドの光景に、辰巳のみならず部隊の全員が絶句した。
さもあらん。眼前に、ぎらつく砂漠の風景が広がっていたとあれば。
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