第182話「タイガアアアッ!! スゥパァァアアアッ!! ブン投げフィニィィィィッシュ!!!」

 ずるりと。

 ネオオーディン・シャドーが、ずれた。

 首、及び腰部。そこを斜めに走った超高速斬撃による、切断の結果であった。

 ゆっくりと崩れていく、ネオオーディン・シャドーだったもの。切断面から霊力光を吹き出すその崩壊は、しかし唐突に止まった。

「な、る、ほど!」

 絞り出すような絶叫を、サトウは上げた。崩壊を術式で無理矢理止めたからか。機体と同調して操縦する使用上、ダメージのフィードバックもあるのかもしれない。

「恐るべき速度! 恐るべき威力! 見かけは単なる切断ですが、その真価は刀身から敵機へと浸透する術式による攻撃! ヴォルテック・バスターの応用ですかな、こんなものを食らえば流石にひとたまりも――」

「ねエと分かってンならとっとと消えろ」

 斬。

 脳天からネオオーディン・シャドーを叩き切る、ゴールド・クレセントの一撃。ただでさえ出来の悪い積み木のような有様だった神影鎧装は、それで完全に命脈を絶たれた。

 即座にバックステップする銀朧ぎんろうとアメン・シャドーⅡ。直後、ネオオーディン・シャドーの残骸は爆発した。乱れ飛ぶ霊力光を眺めながら、アメン・シャドーⅡは己の得物を担ぐ。

「……。悪ィな。横取りしちまってよオ」

「構わないさ。それに」

 無表情に、メイはコンソールを操作。レーダー。唐突に現れた、高い霊力の反応源を割り出す。

「どうやら、隠し玉を持っていたのは向こうも同じだったらしいしね」

 冥は見上げる。崩壊しながらも、未だある程度バハムートの形を保っているスレイプニル。

 その、吹き飛んだ首の跡から。

 突然巨大な光柱が立ち上り、天を突いた。

「あ、れは」

 呆然と見上げるハワード。正体は、考えるまでもなく霊力光だ。だが量が尋常ではない。噴出している竜の胴体には、巨大な亀裂が無数に走り始めている。明らかな過負荷。恐らくは地上に展開していた超巨大術式陣、のみならず特火点トーチカの残骸からも霊力をかき集めていたのだろう。

 言うなれば、ギガフレア・カノン。今はまだ収束誘導が出来ていないようだが、あんなものが照射されればひとたまりもない。大量のシャドー及びネオオーディン・シャドーは、こちらの戦力を図る物差しでありつつ、あれの充填を誤魔化すための目くらましでもあったという訳だ。

 だが、何故今に至るまであれ程大量の霊力を探知できなかったのか。理由は恐らく、スレイプニルの性能が為だろう。

 推察だがスレイプニルの霊力貯蔵装置には、相当な遮蔽処理も施されていたのだ。何せグロリアス・グローリィが本性を現すまで、あんなにも莫大な霊力を、世界中の目から隠し続けていたのだから。

 そしてその大容量装置の内側で、爆ぜ割れる程に練り上げられた霊力の嵐が、今まさに解き放たれようとしている訳だ。

「あれじゃあ、間に合わない」

 呟く冥。タイガーブン投げフィニッシュ――もといクリムゾン・カノン・スピアーの威力ならば、いやスピアーにせずともあの出力ならば、対抗する事は出来ただろう。だがどちらにせよ、その術式展開には時間がかかる。

 その隙を、突かれてしまった。

「……とでも、思っていたのかな」

 冥が口端を吊り上げるよりも先に、いわおは動いていた。

「ファントム2!」

「応とも! アレじゃな!!」

 雷蔵らいぞうが答え、銀朧は向き直る。今まさにギガフレア・カノンを制御し終えんとするバハムート・シャドーⅡへと。

 同時に銀朧の背部、高密度の霊力で構成された光の翼が、唐突に分離。骨組みである赫龍かくりゅうのウイングを残しながら、二枚の光翼は回転しながら銀朧の前へ移動。制止。

「クリムゾン・ウイング・スピアー!」

 叫ぶ巌。構造変換コードを受諾した二枚の翼は、即座に結合、変換、変形。一本の、巨大な槍と化したのである。

 ――おぼろのクリムゾン・カノン・スピアーは、レツオウガのブレード・スマッシャーを除けばファントム・ユニットが持ちうる最強の武器だ。だがその術式展開には相応の時間がかかる。敵機をソニック・バインドによる拘束で封じる準備段階があるのは、そのためだ。

 敵が朧を攻略するならばこの隙を突くだろう、という懸念はモーリシャス戦後の雷蔵が指摘していた。

 銀朧の光翼は、その懸念を解決するために作られたものだ。クリムゾン・カノンと同等量の霊力を背部に展開プールし、通常時は推進力強化の霊力武装として用いる。そして必要とあらば翼そのものを切り離し、クリムゾン・カノン、あるいはスピアーへと素早く変成させるのだ。

 これによって銀朧は最大攻撃時に置ける隙を短縮。照準を合わせようと四苦八苦するギガフレア・カノンよりも、一歩早く投擲姿勢へと入り。

「ハ! やるじゃねエの! どうせだからド派手にいけや!」

 笑いながら操縦桿を捻るハワード。振り下ろしと共にアメン・シャドーⅡが射出した五枚の刃は、阻止しようとしたシャドーの群れを切り裂いていき。

「応ともよ! タイガアアアアアアアアアアアアッ!! スゥパァァァアアアアアアアアアアッ!! ブン投げフィニィィィィィィィィッシュ!!!」

 轟。

 高密度の霊力で構成された槍を、銀朧は力の限りに投擲。ミサイルのような赤い槍は、スレイプニルの胴体へと過たず着弾。貫通。幻燈結界げんとうけっかいの壁へと激突。

 この絶大な威力に加え、発射直前まで霊力を高ぶらせていたスレイプニルは、大爆発を起こした。

 立ち上るのは、巨大な間欠泉じみた霊力光。その向こうでは、ひび割れながらもどうにか役目を果たしている薄墨色の壁。それから一拍遅れてやって来た衝撃波が、思い出したように残身する銀朧の装甲を叩いた。その背には、既に新たな光翼が構成されている。

「な、ん、と」

 この大破壊の一部始終を、サトウは銀朧から少し離れた位置で見ていた。シャドーの肩上から、堂々と。

「参ったなあ、参ったなあ。これじゃあ完敗だ」

 肩をすくめ、算段を行う。このRフィールドを捨てるのは確定として、この先の戦略をどうするか。ターナーのように眠っている魔術組織の潜入員は、少数だがまだ残っている。西の方で頑張っている自衛隊出向部の百舌谷もずたになぞ、まさにその一人だ。コイツをけしかけるのも面白いだろうが――まだ早い。今は勝利の美酒に酔わせておくのが良い。全てが終わった後、内側からじわじわと分断させるのが、意趣返しとして最適だ。

「何より、ええと、そう。楽しそうだ」

 満面の笑みを浮かべるサトウ。いつぞやの無貌の男フェイスレスのように、破裂しそうな爆笑の前兆。

 だが、しかして、それは。

「――あ?」

 彼の急所へと攻撃した別動隊によって、叩き潰される。

 だから、サトウは呻いた。それを為した敵の、神影鎧装しんえいがいそうの名前を。

「レツ、オウ、ガ……?」


◆ ◆ ◆


 一体サトウの、無貌の男の身に何が起こったのか。それを知るためには、一度時間を巻き戻さねばならない。

 ファントム・ユニットが反転攻勢をかける前、スレイプニルの内部で行われた会議にて。情報の共有や確認が一頻り終わった頃。

「で、だ。具体的にサトウを、無貌の男をどう倒す?」

 メイは、最大の議題を切り出した。

「ええ、それは勿論最終目的ですけど。その前に皆さん、どこまで知ってますか? グロリアス・グローリィの、無貌の男の本拠地、目的、正体。そういった諸々を」

 ヘルガの返答に、全員が口を噤んだ。

 無理からぬ事だ。敵対している事、数多の魔術組織の裏へ深く根を下ろしている事、そして絶対に倒さねばならない相手である事。それ以外の情報は、ファントム・ユニットの視点からはほとんど観察出来なかったのだから。

 そんな事実を改めて噛み締めながら、ハワードは腕を組む。

「そもそもよォ。あのヤロウがどォやってここまでのチカラをつけやがったのか、ッてのが不透明だからなァ」

「ですね。なのでその辺の説明も兼ねて、私の推論を述べていきたいと思います」

 言いつつ、ヘルガは軽く腕を振る。立体映像モニタが点灯し、映し出されるのは途方もなく巨大、かつ異様な術式陣。何もない空間に浮かぶそれへ最初に反応したのは、風葉かざはだった。

「これって、確か、虚空術式ですよね?」

「正解。恐らく、コレが無貌の男の本拠地……もしくは、本体そのものとかなのかもしれない」

「虚空領域、とやらでヘルガ達が発見した巨大術式陣、か」

 顎に手を当て、巌は思考する。

「確かに今Rフィールドを覆い尽くしているものと似ているが……それだけが理由、ってワケじゃないんだろう?」

「ご明察。でもそれを説明するためには、まずそもそも魔術組織に何が起きていたのかっていうアタシの予測を話す必要があるんだなあ」

「何か、ね。確かにこれ程の規模の術式だ、虚空領域なんていう所に存在してる事を抜きしても、何らかの組織的な動きがあった事は想像に難くないな」

「あ、ゴメン。その辺は未検証なの」

「えっ」

「だって虚空領域自体が魔術組織間で知られてないじゃない? 設置場所がそもそも公的な歴史資料に存在しないんじゃあ、考えるだけ時間の無駄だよ」

「ソイツぁまた。サッパリした考え方だな」

 口を挟むグレン。ヘルガは肩をすくめる。

「そりゃもう。時間も余裕もない現状、切り詰められるトコはザクザク詰めていかないとね」

「いやまあ、分かるけどさ、理屈は。だが、だったら推測にせよ対策にせよ、一体どこを起点に始めりゃ良いんだよ」

「……ひょっとして。転移術式、ですか?」

 首を傾げながらも呟く風葉。ヘルガは頷いた。

「正解。よく覚えてたね風葉」

「あはは。虚空領域と外の世界の接点なんて、それくらいしか思いつかなかったですし」

「……? いや、ちょっと待ってくれよ霧宮きりみやさん」

 事情が呑み込めず、辰巳たつみは眉をひそめる。

「無貌の男と虚空領域の話なのに、どうして転移術式が関係してくるんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ? 魔術組織で一般的に運用されてる転移術式は、虚空領域を通路に使ってるんだよ」

 しれりと言うヘルガ。風葉も既に知っていたので、当然頷く。

 だが、他の面々は今聞かされたのが当然初めてであり。

「えっ」

 全員、目を丸くしながら硬直した。

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