第183話「神影鎧装計画の、根本に関わってる男だよ」

 世界中の魔術組織が、日常的に使用している転移術式。

 そのシステムの中に、そもそも虚空領域が組み込まれていた。

 そして虚空領域を経由する際に、使用者は記憶の改竄を受けていた。

「なんて、こった」

 たっぷり一分の沈黙の後、いわおは絞り出すように呻いた。

 他の皆も、大なり小なり動揺している。無理もない。自分達が日常的に使用していた移動手段、それ自体が敵の計略の一つだったとあれば。

「だからか。どこの魔術組織も虚空領域の情報を掴んでいない……いや、そもそも認識が出来ていないのは」

「実際、こんな情報が出回ったら魔術組織は土台から引っくり返りかねないからねえ。発見した連中が秘匿に走ったのも、まあ分からなくはないよね」

「あるいは発見者達が独占するため故意に隠した、か」

 意地悪く微笑むメイ。ハワードも似た顔をしながら頬杖を突いた。

「見つけた連中が手に負えず火傷した、ってエ線もありうるなア」

「そうね。とにかく現状、虚空領域の発見者達がどうなったのかは分からない。辛うじて分かっているのは三つだけ」

 三本、ヘルガは指を立てる。

「その技術を使って転移術式が造られた事。無貌の男フェイスレスが虚空領域を知っている事。そして神影鎧装を用いて、再び虚空領域へ手をかけようとしている事。この三つね」

「レツオウガ・フォースアームドとかいうヤツか」

 呟く辰巳たつみの表情は苦い。グレンも同様だ。そんな理由のために己は造られたのか――彼らの懊悩を理解する事は、この場の誰にも出来ない。

 いらいらと、グレンは気炎を上げる。

「……だが、んな下らねえモンはもう絶対に完成しねえ。ザマミロってんだ。何が先見術式だ。大体名前が悪イんだよ名前が」

「あ、ソコなんスか怒りポイント」

 片眉を上げるペネロペ。グレンはいらいらと机を小突く。

「ッたり前だろオマエ。フォースカイザーのパーツのお陰でパワーアップしてんのにレツオウガ・フォースアームドだと? 何でレツオウガが先に来るんだっての」

「ええー。でもグレン君よ、基礎部分はレツオウガこっちが担当してんだぞ?」

「ハン、甘えぞ辰巳。映像じゃあお前はサブコクピットに移ってただろ。肩の。その上で烈荒レッコウが合体してんだ。どう考えてもフォースカイザーオレのがメインだろうが」

「うぐぐ」

 返す言葉もない辰巳。それを横目に、ヘルガは一つ手を打つ。

「ま、そんな兄弟ゲンカはさて置いてだ。疑問点を整理していこう。まず大前提として。敵は恐らく虚空領域を制御出来てないと思われるんだよね」

「ほほう。根拠は?」

「そりゃあモチロン、これまでの状況そのものが証拠だろう」

 雷蔵らいぞうに答えたのは、ヘルガではない。今の今まで沈黙していた利英りえいであった。

「虚空領域を介する事で、現実空間の別座標を結ぶ転移術式。これを敷設した魔術師は、秘密裏に使用者の記憶を改竄する仕組みを内蔵していた。そこまではいい。そこまでは分かる」

 指を振る利英。その表情に今までのようなハイテンションの影は無い。まるで優秀な技術者のような口ぶりだ。

「だが。そこまでやって仕込まれていた記憶操作の内容。察するに、随分と程度の低いものなのでは?」

「え、ええ。まぁ、はい。その通りです。転移術式を通った者は、その際に『転移術式の仕組みに対する興味が減退する』よう認識を歪められるのです」

「うん、やっぱりな。今日日、転移術式を導入してない魔術組織なんてない。車や電車並にポピュラーな移動手段だ。敵はそれを秘密裏に牛耳ってるのに、やってる事はたったのそれだけ? 幾らなんでもチンケ過ぎる。もっとあくどい事が幾らでもやれる筈だ」

「ふむ。コストが見合わないから、と言うのはどうだ? あるいは何らかの制約があるとか」

 疑問を差し挟む巌に、利英は首を振る。

「無くはない、と言いたいところだが。グロリアス・グローリィが結成してから、転移術式が導入されてから、一体何年になる? 改善の時間なんて、それこそ幾らでもあった筈。だが結局それは無かった。だから出来なかったと予測するのさ」

「……って事はだ。二年前にレツオウガの起動実験が行われるまで、虚空領域とやらは手付かずだったワケか」

 腕組みしながら、辰巳は思い出す。確かに二年前の記憶は、断片的な物しかない。

 しかし、数か月前。風葉かざはを失いかけたあの時、辰巳は確かに見たのだ。

 霊泉領域の向こう側に広がる、暗く黒い空間を。

「一体何があるってんだ、あんな所に」

「何でも、かな」

 ぽつりと答えたのは風葉だ。辰巳は意外そうに片眉を上げたが、すぐ考えを改めた。

 何せ風葉は、その虚空領域を体験して来たのだから。

 それは一体、どんな経験だったのだろう。今この場で聞いていいものなのか。辰巳は躊躇った。

「またエラくざっくばらんだな。具体的に何があるってんだよ? 世界が引っくり返るようなお宝でもあんのか?」

 だがグレンは遠慮なく聞いた。

 サラとペネロペは、同時に渋い顔をした。

「駄目ですねえ」

「駄目ッスねえ」

「は? 何がだよ」

「はっはっは。まぁそんな自覚できてないアレに関してはさておいてだ」

「は? アレって何だよ?」

 皆を見回すグレンだが、その場の大半が微妙な顔をするのであった。どうあれ真顔に戻り、ヘルガは続ける。

「世界が引っくり返るような、というのは中々イイ線を突いてるよ。あんなものの存在が公けになったら、魔術界隈……どころか、国家間のパワーバランスさえ変わっちゃうかもしれない」

 あるいは、それを危惧した発見者がそのような処置をしたのだろうか――結論の出せない推察を、ヘルガは脇に置く。

「敵は、それを取りに行こうとした。ウンザリする程長い時間をかけた準備を元に、ね」

「けど、それは失敗した。俺とグレン君が、そんな事は絶対にさせない」

「ま、そのヘンは同感だな」

「だね。だから、アタシ達が目指すのはその先。確実に敵を、首謀者である無貌の男を撃滅する。これを主眼に動いていきたい」

「……む? いや待て。その無貌の男とやらは、既にこの戦場へ居るのじゃろう? こちらの戦力も随分な増強が成された今なら、普通に戦って撃破出来るのでは?」

 と言って首を傾げたのは雷蔵だ。だが利英は首を振る。

「いや、それじゃあ駄目なんだ。これ程大がかりな仕掛けをしていた敵が、しくじった時のリカバリを用意してない、とは考えにくい」

「ふ、む。言われてみれば確かにそうか。しかも奴さんはそもそも、世界中の魔術組織へ手駒を潜り込ませてもいる。そうした連中まで含めて一息に対処出来ねば、勝利とは言えない訳か」

「うーわ。オレが言うのもなンだが、ムチャクチャ面倒な相手だな。抜本的な対策が無ェとイタチゴッコになっちまうンじゃねえかコレ」

 あからさまに眉間へ皺を刻むハワード。巌も同じような顔をした。

「しかも、敵の本拠地は目星すらついていないからな。かなり厳しい状況なんじゃないか」

「ふふふ。ところがそうでもないんだなあ」

 不敵に笑いながら、ヘルガは新たな立体映像モニタを表示。その中に映り込んでいたのは、一枚の記録写真。洋上に浮かぶ、巨大な赤色の半球ドームのようなもの。

 その名称を、この場の誰もが知っていた。

「Rフィールド、ですか」

 小首を傾げるサラ。意図が読めないのだ。だが、巌は気づいた。

 陸地ではなく、海上に発生したRフィールド。そんなものは後にも先にも、一か所しかない。

「……いや、これはただのRフィールドじゃあない。コイツは、最初のRフィールドだな?」

「その通り。そして先に結論を言ってしまうと、ココが無貌の男の本拠地であると思われます」

 しれりと放たれた、その一言に。

 一瞬、ほぼ全員が呼吸を忘れた。

「いや、いやいやいや。流石に飛躍が過ぎるんじゃあないかソレは」

「それともナニか、提示できる根拠でもあるってンのか?」

 巌とハワードから立て続けに疑問をぶつけられ、しかしヘルガは動じない。

「勿論。そこのお二人さんが証人だよ」

 ヘルガは示す。

 その指が指していたのは、辰巳とグレンであった。

「は?」

「え?」

 硬直する辰巳とグレン。それから、同時に叫んだ。

「な、何でそうなるんです!?」

「な、何でそうなんだよ!?」

「うんうん、予想通りのサラウンドをありがとう」

 バイザーの有無以外、まったく同じ顔をした辰巳とグレン。二人を見比べながら、ヘルガは立体映像モニタを一枚追加。そこには、一人の男が映っていた。

 それは記録映像だ。かつて無貌の男の計画を挫くため、風葉およびオーウェンと共に、日乃栄霊地へ忍び込んだ時のデータ。

「? 誰だ……いや」

 その男に。

 初めて見る筈の顔に。

 辰巳とグレンは、既視感を覚えた。

「俺、か?」

「オレ、だってのか?」

 二人が唖然としたのも無理はない。服装も雰囲気もまったく違うが、その顔立ちは辰巳及びグレンと、驚く程似ていたのである。

 さりとて、瓜二つという訳でもない。どう贔屓目に見ても、写真の男は辰巳達より一回りは歳が上だからだ。

「グレン。親戚が居たんですか?」

「いや居ねえよ。居るワケねえだろ知ってんだろ」

 言い合うサラとグレン。言葉こそないが、風葉と辰巳も似たような表情を浮かべていた。まあ無理もあるまい。

 故に、その疑問を解決すべく。

「この男の名は、令堂紅蓮れいどうぐれん。恐らくだけど、神影鎧装計画の、根本に関わってる男だよ」

 ヘルガは、まっすぐに切り込んだ。

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