Chapter12 激闘 01

 天来号てんらいごうから照射されるセンサーの光が、シャトルの船体を撫でていく。事前の通達は届いている筈だし、識別信号も発進しているのだが……まぁ標的ターゲットSの不安を拭いきれないのは、どこの組織も同じなのだろう。

「それにあんなデカブツの発進準備してりゃなあ。神経質にもなるか」

 地球の衛星軌道、その更に上。静止状態にある天来号の船底に、展開されているのは多目的大型カタパルト。霊力装甲と同じく術式の骨組みを霊力で肉付けしたそれの全長は、すこぶる長い。天来号と同じか、少し長いくらいだろうか。

 大鎧装の基本規格を超えた機体等を発着させるための、展開式発着場。その上には今、規模に相応しい大型マシンが発進の時を待っていた。

「アレは……多目的大型コンテナか? ひーふーみー……うは、五個も繋がってくっついてる」

 重力の無い宇宙空間では上下の関係などない。船底のカタパルトへ上下さかさまに張り付いているそれを正しく見るため、彼はシャトルを百八十度回転させる。

「1」「2」「3」「4」「5」。連なる巨大コンテナ横っ腹の扉へ、これまた巨大に描かれたナンバーが良く分かった。一つ一つのコンテナは、大鎧装を一機すっぽり格納出来るぐらいの大きさがある。十中八九、あのコンテナ内部にそれぞれファントム・ユニットの大鎧装が格納されているのだろう。「1」に赫龍かくりゅう、「2」に迅月じんげつ、「4」にオウガローダーといった具合で。

 コンテナは数字の順に連結されており、遠目からだと一つの巨大なブロックにも見える。更にその上部には巨大なウイングや砲塔やスラスターユニット、更には艦橋のような部位も見て取れた。分離後の指揮所をかねているのだろうが、これでは戦艦さながらだ。

「船首像がちとでかすぎる感もあるがな」

言いつつ、彼は船首――と言うべきなのだろうか。ともかく「1」コンテナ側面のジョイントへ、脚部を畳んだ高機動モードで固定されている一機の大鎧装を見やった。

「ディスカバリーⅢ、じゃねえな。改造機か?」

 彼の操作に従い、ズームする立体映像モニタ。シャトルの外部カメラと連動するその正方形は、空色を基調とした装甲に身を包む大鎧装を、即ち完成した先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタムの姿を、的確に拡大する。

 基本的なシルエットは、前身となったディスカバリーⅢからそれほど逸脱していない。頭部カメラもモノアイを継承している。後頭部のブレードアンテナが目を引くが、大きな違いは本当にそれくらいだ。後は装甲の形状や配置が洗練され、よりシャープな印象に変わっている事くらいだろうか。

 折り畳まれた脚部から見るに、通常と高機動の2モード可変システムは健在。大振りの前腕、及び妙な形状の肘部から鑑みるに、腕部換装機構もまた健在。

「大きく違う点が、あるとすれば」

 大鎧装の操縦桿をこつこつとつつきながら、彼は注意深くディスカバリーⅣを見やる。よくよく見れば、その機体の各所――分かりやすい所だと両肩辺りが、赤龍せきりゅうの構造に酷似しているのだ。

 無論、装甲の形状などはまるで違う。だが機体全体の構造バランスやハードポイントの位置、何より背部に接続されているアームドブースターが、どうしても赤龍を思い出させるのだ。

 そう、アームドブースター。それは左遷される前のいわおが用いていた装備であり、彼の愛機たる赤龍の性能を、的確に拡張するための装備であった。

 それを、ディスカバリーⅣは背中へ装備している。

 何のために?

 順当に考えるなら単なる加速装置、かつ多目的大型コンテナへの補強ジョイントだろう。何せディスカバリーⅣの背中に接続したアームドブースターは、その底面を「1」のコンテナ上部へ接続してもいるのだ。ウイングの向きなどからも鑑みるに、あの機体が艦首となって牽引する恰好となるのだろう。

「で、その戦艦にこの俺様ことオラクル・アルトナルソンが収まれば、晴れてグロリアス・グローリィ制圧作戦は開始される、ってぇワケだ」

 自信たっぷりな笑みを口端に浮かべながら、彼は――オラクル・アルトナルソンは、立体映像モニタの設定を変更。鏡面反射、いわゆる鏡と同様の設定にすると、狭いコクピットシートに収まる一人の伊達男が映りだした。

 茶色がかった赤い髪に、透き通った緑の瞳。顔立ちは彫像のように彫りが深く、パイロットスーツの下からは筋肉が大いに自己主張している。まさに洋画の中から飛び出してきたような色男であり――世界で最も有名な、魔狼フェンリル禍憑まがつきであった。

「新しく出来たアフリカのRフィールド、か。どんな感じになってんのか、まったくワクワクしてくるねぇ」

 独りごちつつ、オラクルは身だしなみをチェックする。不備が無いだろうが、それでも念には念を押すのがオラクルだ。何より彼は自分の顔が好きだった。

「あ、やっべ鼻毛」

 ――フェンリルの力が無ければ、Rフィールドへの侵入は出来ない。オラクルは世界でも指折りにフェンリルの能力へ習熟しており、キューバ危機の折に生まれた最初のRフィールドへも幾度か潜入調査を成功させた実績を持っている。つまりは世界有数のエキスパートなのだ。

 そんなオラクルとの連携が、今度こそ必要になった。ファントム5が離脱した穴を埋めるため、巌がどうにか予定を調整したのである。

 天来号とのランデブーまであと数分。輸送シャトルのカーゴ内部でうずくまる愛機セイバーウルフの状況を別のモニタで確かめながら、オラクルは鼻毛切りバサミを取り出す。

「しかし大型カタパルトの発進シーケンスを外から見れない、ってのはちと残念だな」

 いつだったか、資料映像で見た勇壮な光景をオラクルは思い返す。

 まず発進する巨大な機体の後ろに、これまた巨大な霊力の立方体が編み上がる。表面に術式の幾何学模様を浮かべるそれが完成すると、今度はカタパルトの左右へ、ほぼ同じ長さの長大な壁が姿を現す。

 壁、と例えたこの術式であるが、役割としては寧ろ砲身に近い。何せグレイブメイカーにも搭載された超高速弾丸射出機構を拡大、応用しているのだから。

 射出機構を内包する巨大立方体と連動する壁は、発進機体だんがんを霊力で包みながら霊力を砲身カタパルト上へと充填。

 そしてそれが臨界を迎えると同時に――照準先の目標地点へと引金を絞るのだ。

 射出された機体は瞬きをする間に宇宙の奥へと消えていき、後に残るは役目を終えて霧散するカタパルトや壁の類だった霊力光のみ。

「けど、その発射光景もナカナカに綺麗なんだよなー。あれだ、ワビサビってヤツ?」

 言いつつ、オラクルは改めて身だしなみを確認。今度こそ完璧だ。

 用の済んだハサミを仕舞いつつ、オラクルは自信満々に立体映像モニタを鏡から外部カメラへ切り替える。

 すると、膨大な霊力光を辺りに撒き散らす天来号の姿が映りだした。

「そうそうこんな感じで……」

 うんうんと頷いた後、オラクルははたと真顔に戻る。

「えっ」

 急ぎレーダーを確認すれば、大型コンテナ群と合体したディスカバリーⅣを示す光点が、凄まじい速度で地球へ降下していくのが見て取れた。それはアフリカの人造Rフィールドへ突入する軌道であり、予定通りの動きであった。

 ただ一つ。作戦の要たるRフィールド突破要員のオラクル・アルトナルソンが合流していないと言う点を除けば。

「……」

 たっぷり一分、オラクルは絶句した。

「……。えっ。置いて、行かれちゃったの? え、マジで?」

 アフリカの人造Rフィールドを攻略するため、世界中ではびこる標的Sの根を断つため、凪守なぎもりが所有する天来号へおもむき、ファントム・ユニットと共に作戦を決行すべし――それがつい先日、オラクルへ下された極秘任務だったというのに。

「……」

 一頻り状況を確認し、もうどう頑張ってもディスカバリーⅣへ追い付けない事も理解したオラクルは、がっくりと項垂れる。

「……。やれやれ、参りましたねぇ」

 肩が揺れる。くつくつと笑う。今のオラクルに、怒りや呆れといった感情はなかった。

「何らかの警戒手段を用意しているだろう、とは思っていましたが。まさかこんなにも露骨な手を打ってくるとは、些か予想外でしたねぇ」

 いや、そもそも。

 オラクル・アルトナルソンという人格が、存在していなかった。

 顔を上げる。

 そこに居たのは、オラクル・アルトナルソンの顔をした、サトウであった。

 全世界で猛威を振るう。その憑依の指先は、当然ながらRフィールド突破の要たるオラクル・アルトナルソンへも伸びていたのだ。

 アルトナルソンは基本的に単独行動が多いため、標的Sへの感染経路へ触れる事はありえません――オラクルの所属する魔術組織エッケザックスから、巌はそんな報告を一応受けていた。

 だがあの組織で信用度が最も高いのは、せいぜいヘルガの妹のアリーナぐらいしか居ない。加えて巌の手元には、マリアという新たなフェンリル憑依者が居た訳で。

 こうした状況を逆手に取り、巌は表面上オラクルの参戦に奔走する振りをした。その裏で、マリアの新たな能力やディスカバリーⅣなどの情報を、今日に至るまで徹底的に隠匿してきたのだ。

 二年前にレツオウガが暴走したあの拠点で全ての作業を行っていたのは、それが理由だ。ヘルガを秘密裏に治療する都合上、あの場所は電子的にも霊力的にもほぼ隔絶された環境になっていたのだ。

「多分、こちらが把握していないフェンリルの禍憑き……やはりキューザック氏のお孫さん辺りが、霧宮風葉きりみやかざはのフェンリルを何らかの形で引き継いだんでしょうねぇ」

 状況の本質を見極めながら、サトウはコンソールを操作。次善計画の準備にかかる。

「よし、と」

 サトウが操作を終えると同時に、シャトルの大鎧装格納ハッチが内側から吹き飛ぶ。

 緊急脱出用システムに干渉され、宙を舞う巨大な鉄扉。その下から現われたのは、フェンリルの力を十全に発揮する狼型へ変形できる事で有名な大鎧装、セイバーウルフであったが……その勇姿には今、血管じみた術式の紋様が這い回っていた。

 青と白、二色しか無かった全身の装甲を埋め尽くし、微かに脈動する赤色の霊力線。

 二年前、レツオウガの全身を這い回ったものとどことなく似ているその紋様から、轟々と霊力が噴出する。

 瀑布じみた勢いを見せるそれは、しかしシャトルから少し離れた位置である程度の塊となって滞留。規則正しく並ぶ塊の数は、実に十五個。

 大鎧装クラスの大きさに凝縮したそれらは、粘土のように変形し、ぐにゃぐにゃと手足を伸ばし――二年前に巌達を苦しめた禍、シャドーを形作ったではないか。

「さぁ、楽しい楽しいプランBの時間だ」

 空になった霊力貯蔵コンテナを蹴飛ばし、シャトル上へ立ち上がるセイバーウルフ。サトウはこれらの戦力を用い、天来号へ攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

「それにしてもファントム1……五辻巌。つくづく大した男だよ」

 標的S、即ち自分サトウの分霊が引き起こした一件のため、凪守上層部は未だ混乱の坩堝にある。その只中へ、巌は切り込んでいった。オーディン・シャドーやバハムート・シャドーを撃破した実績と、責任は全て自分がとるという背水の陣じみた凄みによって、上層部の承認を引き出したのだ。

 血筋の後ろ盾が無くとも、機転と手腕でここまでの事をやってのける。実に素晴らしい、とサトウは素直に賞賛する。

 だが。

「性急なやり方は、どこかで必ず歪みを生むものなんだよねぇ」

 コンソールを操作し、サトウは天来号へ通信を接続。オラクルの振りをして状況を探る。

「えーこちらエッケザックス所属のオラクル・アルトナルソンです。この状況、一体どうなってるんです」

『は、はい! こちら凪守の天来号です! それがわたくし共としてもどうなっているのか』

 泡を食ったオペレータの背後、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている者達の声が、うっすらと聞こえた。

 サトウはほくそ笑む。思った通り、ディスカバリーⅣの急発進は凪守としても想定外だったようだ。まぁ、そうでなければまだ凪守に潜伏中のから情報が来る筈だし、当然ではある。

『あのっ、ところでアルトナルソンさん、その随伴機……いえ禍? は一体なん』

 ぶつん。

 オペレータの困惑を一方的に断ち切りながら、サトウはにやりと笑う。

「一体何か、ですって? そんなの、決まってるじゃあありませんか」

 サトウの操縦に従い、セイバーウルフがまっすぐに天来号を指差す。

「その船を叩くための愉快な仲間達、ですよ」

 撃墜まで行ければ最良だが、まぁ無理だろう。だがそれでも打撃を与える事は出来る。

 恐らくあるだろうファントム・ユニットとの連携を、削ぐ事が出来る。

 ――確かにフェンリルの力が無ければ、Rフィールドへ侵入する事は不可能だ。だがファントム・ユニットは数少ない例外が、ヘルズゲート・エミュレータを使えるメイ・ローウェルが仲間内に居る。

 あの紫の転移門ならば、Rフィールドの壁を突破する事が出来るだろう。となれば十中八九、それを用いた物資の補充やら情報の交換やらがあるのは明白。

 そう言った連携を寸断出来れば。それが無理でも「天来号が襲われた」という情報をもたらす事で、五辻巌へプレッシャーを与える事が出来れば。

「有効打には、十分なりうるでしょうね――!」

 腕を振り下ろすセイバーウルフ。それを合図に、次々と突撃を敢行するシャドーの群れ。

 その直線過ぎる接近を感知したからか、あるいはあからさまな敵意を見咎めたからか。天来号の上部甲板、四箇所に配置された機銃が、一斉に霊力弾を放ち始めた。

 だが悲しいかな。どれだけ口径が大きかろうと、泡を食った射線を通す程、サトウのシャドーは甘くない。

 その内先陣を切るシャドーの一体が、遂に天来号の艦橋を射程に捉えた。

 狙い違わぬ腹部大型砲が霊力を充填し、真空の宇宙へ火を――噴くよりも先に、その右腕が爆砕する。

「な」

 表情こそ驚きに染まりつつも、サトウは素早くコンソールを操作。かしてズームするカメラ越しに、サトウは見た。

 対大鎧装用大型ランチャーを担いだ大鎧装、零壱式れいいちしきのカスタムタイプを。



「ふん、少し鈍ったな。仕留め損ねるとは」

 頭部にアンテナを増設されたカスタムタイプ――指揮官用の零壱式のコクピットで、帯刀正義たてわきまさよしは独りごちた。

 オラクル・アルトナルソンは、既に敵へ籠絡されている。百パーセントではないにせよ、可能性はかなり高い。五辻巌は、そう踏んでいた。全盛期の風葉を除けば、オラクルは世界で最もフェンリルに精通した人物なのだ。狙われるのはむしろ当然ではあった。

 だからこそ巌は最も信頼出来る相手に、凪守自衛隊出向部の長たる帯刀正義一佐に、後詰めを任せたのだ。

 まぁ当たらなくとも最初からマリアのフェンリルを使う予定ったので、オラクルを待たず発進する事は変わらなかったのだが――どうあれ帯刀は自衛隊出向部の、これまた最も信頼出来る者達へのみ秘密裏に通達し、有事に備えていた。帯刀自身が大鎧装を駆って出たのもこれが理由だ。信用性と引き替えに、頭数が足りなくなったためだ。

 サトウが驚く程早く対応出来たのは、これが原因であり。

 その決断に自ら率先して前線に立った帯刀は、己の駆る零壱式にもう一度ランチャーを構えさせる。

 狙うは先程の着弾で右腕を欠損し、傷跡から血飛沫じみた霊力光を噴出するシャドー。報復のつもりなのか一直線に向かってくるその脳天を、帯刀は今度こそ照準。

「わざわざ近付いてくるか、良く出来た的だ」

 発砲。光の尾を引いて直進する砲弾が、今度こそシャドーの脳天を爆砕、撃破せしめた。

『帯刀一佐!』

「ん」

 飛び込む通信。後部カメラと繋がるモニタを見やれば、天来号本来のカタパルトから、続々と零壱式部隊が発進していた。己の背後へ速やかに整列していく同型機を手早く確認した後、帯刀は告げる。

「各機散開。連携しつつ禍を撃破し、標的Sに捕われたオラクル・アルトナルソン氏を捕縛せよ」

『『『了解!』』』

 決然とした返答と共に前進する零壱式部隊。そのスラスター残光を見やりながら、帯刀はもう一度独りごちる。

「田中。百舌谷。そっちは頼んだぞ」

 天来号を守るべく交戦を開始した零壱式部隊、その中から外れた部下二名の名を呼びながら、帯刀はスラスターを噴射した。

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