Chapter12 激闘 02

「んんッ、うぅーん」

 ひとつ、メイは大きく伸びをした。

 見上げれば、頭上では凄まじい速度で宇宙が流れていく。

 それ自体は既に見慣れきったものだが、それでもこれが決戦地へ向かう道中の風景なのだと思うと、中々に感慨深かった。

「ペルセウスやヘラクレスも、こんな気分を味わってたのかねぇ」

 しみじみと呟きながら、冥は改めて辺りを見回す。冥は今、ディスカバリーⅣに連結された多目的大型コンテナの上に居るのだ。

 天来号の甲板とは比べるべくもないが、それでも中々にただっ広いコンテナ群の天板、その中央。

 後方には艦橋……のようにも見える指揮所ブロックが屹立しており、前方には脚部を畳んだ高機動モードの先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタムが、船首像のように固定されている。

 船体の制御はその船首像のパイロットことマリア・キューザックに一任されており、どうやら四苦八苦しているらしい事が良く分かった。時折ガタつく甲板が何よりの証拠だ。

「落ちなきゃ良いけどな、アレ」

 言いつつ冥が見やったのは、コンテナへ増設された大型ウイング、その下部だ。ミサイルめいて垂下されている長細い物体は、全てディスカバリーⅣの交換用アームユニットなのである。改良型のフロート・デバイスを組み込まれたそれらは、しかし大気圏突入という今の状況にはまったく役に立つまい。

「ふふ。頑張りたまえよ若人」

 言いつつ、冥はシートに座り直す。それからハンドルを――バイクのハンドルを、そっと握る。

「にしても、まさか僕が本格的にコレを使う事になるとはねぇ」

 レックウ。かつてファントム5が乗っていたその二輪を、冥は苦笑交じりに見やった。

 保存されていた予備パーツから組み上げられたこのレックウ二号機は、当然ながら構造や性能は一号機と何ら変わっていない。違うのはせいぜい紫色の装甲ぐらいなものだ。

 一号機と同様にサークル・セイバー及びランチャーを搭載した前後のタイヤは、丁度三番多目的コンテナの中央天面辺りにがっちりと固定されている。霊力経路こそ繋がっていないが、レツオウガとの合体コネクタと同型の物が用意されており、それと接続しているのだ。

「それに、だ」

 これから始まる決戦は、一体どんな戦いになるのだろう。一体、どんな決着をするのだろう。

 冥・ローウェルには、冥王ハーデスの分霊には、それが楽しみでならない。

 そして、何よりも。

「そろそろ、出て来そうなモンだしねぇ」

 冥は久々に思い出す。

 二年前。自分が現世へ現われる事となった、あの一部始終を。

 ――とは言っても、冥自身はあの場所で何が起きたのか、よく憶えている訳では無い。

 気がついたらそこに、吹雪のように霊力光が舞い踊っている渦中に冥は、冥王ハーデスの分霊は立っていたのだ。

 現出直後のあの光景を、冥は今でもよく憶えている。応急処置を終えたばかりの赤龍せきりゅうを筆頭に、零壱式れいいちしきやら凪守なぎもり隊員やらが四方から突き付けてきた銃口の数々を。

 おいおい。歓迎のクラッカーにしちゃあ、少々景気が良すぎるんじゃあないか。

 そう言って、冥は肩をすくめたものだった。まぁ、結局のところそのクラッカーは一発たりとも鳴らされずに終わったのだが。

 ――因みに冥があの秘密拠点に現われたのは、レツオウガを撃破してから一週間後の事だったらしい。

 コアユニットを破壊し、機体をその場から撤去しても、レツオウガによって乱れた霊脈が戻る事は無かった。ドミノ倒し式に膨れ上がっていく霊力の暴走は、しかし六日目辺りを境に沈静化を開始。溢れた霊力はレツオウガの立っていた場所辺りで急速に集束し、凝り、一体のまがつとなって安定化した。

 即ち、冥王ハーデスの分霊として。

 辰巳ゼロツーを超える難物として忌まれたのは、最初のうちだけだ。特に大きな問題を起こす訳でも無い上、名字を捨てたいわおが管理の全責任を被ったため、半年もする頃には大した危険視もされなくなったのである。

 そして入れ替わるように、別の疑問が芽を出した。

 即ち。何故冥王ハーデスとなって現出したのか? という疑問が。

 あの時ヘルガの放ったケルベロス・バレットが触媒となった、日本という国家の寛容な宗教観がそれを成した、スティレットの機密データが何らかの反応を起こした、等々。

 侃々諤々、色々な説が飛び交ったものだ。そしてそれら全てが間違いである事を、冥は確信している。

 二年前、秘密拠点へ初めて現出した時。背後に何者かの気配を、冥は感じたのだ。

 無論すぐ振り向いたが、そこには誰も居なかった。気のせい、と言われたら確かにそこまでの話でもあろう。

 だが、そうでは無い筈だ。冥・ローウェルは、冥王ハーデスの分霊は、現世へ現われる時に何らかの干渉を受けた筈なのだ。

「そうでもないと、こんな穏やかかつ無害な感じになるハズ無いからねぇ」

 ――術者が特に方向性を与えなかった場合、禍は元となった霊力に応じた形態を形作る。風葉かざはが最初に目撃したリザードマンが良い例だろう。日乃栄ひのえ高校付近の霊力を元として造られたあの禍は、現在も流行中のRPGに登場する敵キャラの、リザードマンに酷似する外見をしていた。

 で、あるならば。

 冥王ハーデスの分霊も、相応に恐るべき存在として現われなければおかしいのだ。例えば百人近い手下をギリシャへ侵攻させ、女神を殺害して世界の転覆を謀るような。

 だというのに現われた分霊は、冥・ローウェルは、穏やかかつそこそこ物分かりの良い少年の姿をしていた。無論全力をだせばその軛は外れるが、それでも神の域の自意識を保ちつつこれほど協力的な禍というのは、そうそう類を見ない存在だ。

 二年前。見つけられなかった背後の何者かが冥の方向性を決定付けたのは、火を見るよりも明らかであり。

「そろそろ出て来るかな? ハーデスの定義をした張本人」

 いよいよ大気圏突入して赤熱し始める霊力フィールドを見やりながら、冥はくつくつと笑う。

『ファントム6より各員へ、これより本機はRフィールド突破形態へ移行します』

 マリアが予定のアナウンスを入れたのは、丁度その時だった。



「ファントム6より各員へ、これより本機はRフィールド突破形態へ移行します」

 規定の放送を入れた後、マリアは飲んでいたティーカップをサイドボード上へ置いた。新型機である先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタムのコクピットには、より一層紅茶を嗜める装備も追加されているのだ。

 またオウガのそれとは流石に比べるべくもないが、コクピット周りには新型の慣性制御機構が、サイドボードに至っては重力制御術式まで組み込まれている。なので例え今マリアが機体をインメルマンターンさせようと、サイドボード上の紅茶は一滴も零れないのである。

「機体全体の制御も、これくらい安定すればいいんだけど、ね……さてと」

 どうあれ、今重要なのはそこではない。ローズマリーティーの残り香で深呼吸して、マリアは操縦桿を握った。

 軽く動かす。ディスカバリーⅢのものより一回り大型になったアームは、けれども今まで以上の反応速度で動いた。流石は新型機だ。

「デルタ・バスターモードッ」

 シミュレーションで幾度となく繰り返した単語が、マリアの口から滑り出る。呼応するディスカバリーⅣが、突き出した巨腕を胸の前でがっきと組んだ。その姿を真上から見たならば、ディスカバリーⅣの上半身全体で形作られた三角形が見えた事だろう。

 そんな三角形を形作っている前腕装甲が、音を立てて展開。一文字のスリット内部から顔を覗かせたのは、一直線に敷き詰められたI・Eマテリアル。霊力漲るその輝きの中へ、稲妻のような術式の光が走る。スリット内部へ光が満ちていく。

 それに平行して、アームドブースター及びコンテナに装着されたウイングが角度を変える。狩りをする猛禽類のように鋭くなるその翼を、冥は特等席で眺めていた。

 そしてその変形が終わる頃には、スリット内部へ満ちていた光は、もはや前腕部前面を覆う霊力装甲となって編み上げられていた。

 大気圏の摩擦熱はとっくに失せている。だというのに、ディスカバリーⅣ及びコンテナは未だ光に包まれている。霊力光だ。螺旋を描きながら機体を包み込むそのフィールドは、ディスカバリーⅣの腕部霊力装甲が基点となって発生しているのだ。

 これこそディスカバリーⅣの武装の一つ、デルタ・バスター。ヴォルテック・バスターを応用したこの術式は、機体を霊力の螺旋ドリルで包み込んで敵機を体当たり粉砕する豪快な武器、なのだが。

 その螺旋を展開しながら、マリアはもう一つの、新たな能力を解放する。

「すぅ、ぅ」

 目を閉じ、息を吸う。イメージは高飛び込み。ざぶりざぶりと、深く急速に潜航していく精神。その果てに――霊泉領域れいせんりょういきの只中に、マリアは見つける。

 巨大な、しかし風葉のそれに比べると少々存在感の希薄な、魔狼の影を。

 それは一秒にも満たないコンセントレーション。だが次にマリアが目を開けた時、その左目はフェンリルの顕現を示す金色へと変色していた。シートへ隠れているために見えないが、腰裏辺りには短い尻尾も生じている。

 その能力自体は、かつて風葉に宿っていたフェンリルと遜色ない。むしろマリアの技量と『看破の瞳』が加わるため、総合能力だけなら寧ろ向上していると言って良い。

 ただし犬耳が無かったり右目がそのままだったりする所から分かるように、マリアのフェンリルは不完全だ。マリアの霊泉領域へ完全同調するよう調整を経てはいるが……それでも、稼働時間はおよそ三分が限度。

 戦力の要たるフェンリルがこんな状況で仕掛けるのは、控えめに言っても分の悪い賭けだ。

「けど……」

 だからこそ巌は、ファントム・ユニットは、勝負に出たのだ。これ以上待っていた所で状況が好転する事は無いからである。

 無論、勝算が無い訳では無い。標的ターゲットSによる世界規模の混乱で見落としがちだが、グロリアス・グローリィはひたすらRフィールドに籠っている。展開時に宣言した通り、彼等は内部で『邪魔されたくない何かを進行している』のだ。

 詳細は分からない。だが少なくとも、グロリアス・グローリィが組織の全てをなげうった事業である事は、間違いない。

 手をこまねいて何もしなければ、高確率で成功するであろう事も、恐らく間違いない。そうでなければこんな暴挙に出るまい。

 だから。

 それを、叩き潰す。

 そうすれば、まず間違いなくグロリアス・グローリィは組織として立ち行かなくなる。協力者がどこに何人居るかは分からないが、少なくともその事業を担保としている事は明白。早晩その秘密主義によって窒息するだろうし、そうなれば幾らでも崩しようはある。

 後は速やかに脱出し、可能であれば現場でグロリアス・グローリィそのものを撃滅する。

 良く言えば流動性の高い、悪く言えば……というかどう見ても行き当たりばったりな感じの計画だ。

 しかして、ファントム・ユニットの誰もがそれに乗った。理由はそれこそ個々人ごとにあるのだろう。

 だが、少なくとも。

「……見ていて下さい、風葉」

 マリア・キューザックは、裏切ってしまった友達の為に、このフェンリルを使うと心に決めていた。

 そして、その直後であった。

 マリアの、ディスカバリーⅣのカメラアイが、アフリカの人造Rフィールドを捉えたのは。

「いくよ、ディスカバリーⅣ――もとい、セカンドフラッシュッ!」

 夏摘みセカンドフラッシュ。二番目に摘まれる茶葉であり、最も味とコクの良いもの――その名を冠した二番目の自機の名を叫びながら、マリアはスロットルを全開にした。



 アフリカ大陸南部、その内陸部。ここに「アフリカの優等生」と賞賛される程に開発発展を成功させた国家がある。

 名をボツワナ。その発展には指導者の慧眼や風土の都合など様々な理由があるのだが、今はさほど重要な事では無い。

 今重要なのは、以下の三点だ。

 一つ。このボツワナは、アフリカ大陸内で一、二を争う程霊脈が安定している事。

 二つ。その安定性にグロリアス・グローリィが目を付けていた事。

 そして三つ――その霊力を用いて、人造Rフィールドが造られた事。この三つだ。

 場所はボツワナ南部、ダイヤモンド採掘で有名なジュワネング鉱山の、更に南。もう少しで南アフリカの国境が見えてくる平原に、その赤い半球は堂々と鎮座していた。

 幸か不幸か自然保護区域であったため、人的被害は現在に至るまで皆無。幻燈結界げんとうけっかいによる隠蔽も何とか滞りなく行われたが、内部で動植物にどんな影響が出ているかまでは分からない。

 一応キューバ近海、及び日乃栄霊地で発生したRフィールドの記録を参照するなら、大した影響は無い筈であるが――それでも一応観測と監視を兼ねた簡易拠点が、ジュワネング鉱山の近くへ急遽造られた。

 術式の隠蔽によって一般人には認識出来ないその拠点は、しかし建物というよりも巨大なコンテナであった。横並びに連結された巨大な三つの立方体は、それ一つ一つが内部に様々な施設を内包するモジュールユニットだ。多目的大型コンテナ同様、移送しやすいようこの形状になっているのである。

 そして、その中央の立方体の一角。

「……来た」

 午前四時少し過ぎ。

 モニタ越しに空を眺めていたアリーナ・アルトナルソンは、予定時刻丁度に姿を現した流星を見つけた。

 灰銀の螺旋を纏うその光芒は、当然ながら自然物ではない。突撃形態をとった大鎧装、ディスカバリーⅣの勇姿である。

 事前に知らされていたアリーナは特に驚かなかったが、観測拠点のレーダーは当然そうもいかない。

 驚愕を示すアラートが、全館へ鳴り響く。

「なっ、何だ?」「鳥か!? 飛行機か!?」「ボケてる場合か緊急事態だ! アレ見ろ!」「ファントム・ユニットのヤツか? だが、まだ時間が……」

 突然のアラートと霊力反応で驚くスタッフ達を背後に、アリーナは自分用に宛がわれた小部屋状パーティションの扉を閉じる。鍵をかけ、詳細な状況分析に集中するので一旦篭もります――と、扉の立体映像モニタに表示する。

「これで、よし」

 半分は嘘だ。アリーナはこれより非公式に、ファントム・ユニットの連絡員としてRフィールド外部との連絡や補給を担当するのだ。

 無論きちんとした指令書が使えれば、こんな面倒な事はしなくて済むだろう。しかし組織のどこに標的Sが食い込んでいるか分からぬ現状、正攻法はリスクが高い訳で。

「頼みましたよ、巌さん」

 未だ姉を想ってくれている男の名をアリーナが呟くと同時に、灰銀の螺旋は赤色ラグナロクの壁を突き破った。

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