第176話「ふふ、専用機か」

 日乃栄高校、圃場入り口にある管理棟。

 風葉かざはが行ってしまった後も、鹿島田泉かしまだいずみはその軒先でしばらく涼んでいた。

「さて、さて」

 そして今、おもむろに立ち上がった。何気なく、足元を見た。もとい、見ようとした。

「……あー」

 だが、見えにくかった。己の胸がためだ。

「しゃがんでた時もそうだったけど。異世界だなあ」

 軽い現実逃避も兼ねて、しげしげと眺める泉。そうしている間に、圃場の方から生徒達が数人戻って来た。

「あれ? 泉っちじゃん。今日当番じゃないよね? 何でいんの?」

 そして開口一番、妙な事を言い放った。だが実際、その指摘は正しい。

 鹿島田泉は霧宮風葉の友人で、翠明寮でも隣同士ではあるが。在籍するのは二年一組だ。

 今日の作業当番は二年二組であり、一組の者がいる筈がない。 

「ん。まあ、ちょっと用があってさ」

 はにかむような笑い。微妙に泉とは違う仕草。女生徒は訝しんだが、疑問はそこで掻き消えた。

 どしたの? いきなり立ち止まって。え? いやなんでも? ところでさーあの動画見た? あのカワイイ猫のヤツ! 見た見た――そんな他愛のないお喋りをしながら、彼女達は管理棟に入っていく。

 そうした一連のやり取りは、しかし泉の耳には届かない。薄墨色の帳が、何もかもを遮断してしまったからだ。

 何気なく、泉は一歩前に出る。道の砂利を踏みしめる。歩いて来た女生徒達が接触し――ぶつかる事無く、気付かれる事も無く、すり抜ける。幻燈結界げんとうけっかいの効果だ。今再び、日乃栄霊地は薄墨色に覆われているのだ。一機の大鎧装を迎え入れるために。

「ふ、う」

 歩きながら、泉は左手を上げる。その手首には、いつの間にかリストデバイスが装着されており。慣れた手つきで、泉はそれを操作。一瞬彼女の身体が光り――収まると、もうそこに泉はいない。

 代わりに居たのは、誰あろう、ファントム5こと霧宮風葉であった。

 封鎖術式から解除されて転移術式を潜り、秘密区画で爆発に巻き込まれたように見えた風葉は、最初から分霊だった。そして風葉は本人は変装用の術式で泉になりすまし、日乃栄高校から一歩も動かなかったのである。ヘルガの読みが先見術式を欺いたという訳だ。

 赤と白のツートンカラー。どことなく巫女服を思わせる鎧装に身を包んだ風葉は、何故か辰巳と同様にバイザーを下ろした上、遮光モードを起動している。

 表情こそ見えないが、その歩みに迷いはなく。

 やがて風葉は、日乃栄高校の校庭へとたどり着く。

 そして、示し合わせたかのように。

 上空から飛来した大鎧装が、校庭中央へ音を立てて着地した。

 オウガ。

 ここに至るまでの道中、スレイプニルから強制移動させた莫大な霊力でもって機体に幻燈結界を展開し、チムニー・カタパルトXXLによって無理矢理に到達した機体。

 あまりにも懐かしい、機体。

 そのコクピットへ乗り込むべく。

 ファントム4に、生身の五辻辰巳いつつじたつみに再会するべく。

 風葉は、勇気をもって、一歩を踏み出した。


◆ ◆ ◆


「いやいやいや。まったくまったく。ねえ。何もかも台無しじゃあないか」

 大きく両腕を広げながら。酷く楽しそうに。その男――無貌の男フェイスレスは、改めて一帯を見回した。

 襤褸を纏った立ち姿を、ヘルガとファネルは油断なく睨み据える。

「台無し、ね。じゃあもう一つ、ついでに台無しにしてみない?」

 そう、ヘルガが言った瞬間。

 ぴたりと、無貌の男の動きが止まった。

「どういう意味かな?」

 広げた両腕もそのままに、ぐるりと首を巡らす無貌の男。昆虫じみた異様さに、ヘルガは動じない。それがこの男の演技――のようなものなのだと、検討がついているからだ。

 だから、ヘルガは言い放った。

「サトウ。今まで色んなトコで、色んな人相でイロイロとやってたエージェント。それがアンタの正体。でしょ?」

「――、」

 フードの奥、男の表情が消える。両腕も降ろされる。

 沈黙は、しかし数秒。

「成程。確かに」

 無貌の男はヘルガへ、改めて向き直りながら、フードをゆっくりと外す。

 素顔が、白日の下に晒される。

「名乗りを台無しにされるというのは、あまり愉快な事柄ではありませんね」

 かくして現れた、その顔は。

 かつてギノア・フリードマンに髑髏入りの箱を渡した、七三分けの眼鏡男。

 即ち、サトウその人であった。

「……」

 ヘルガは、動じない。己で言った通り、十分に予測出来ていた事だ。だが。

「その顔。確か須田とか言う被害者の顔だよね。何、気に入ってるの?」

 言いながら、ヘルガは全周囲を警戒。刺すような視線。その緊張をカメラ越しに感じながら、巌は思い返す。

 このアフリカRフィールドに突入する前。ファントムXが、ハワード・ブラウンが加入した、あの日の事を。

 そして先程仮想空間内で行われた、とても短い打ち合わせの事をも。


◆ ◆ ◆


「……とまァ、こんなモンか。オレの理由、モチベーション。分かってくれたかよ。ギャリガン……『G』の野郎に引導を渡してやりてエ。それが今のオレの、本心だ」

 出立前。深夜、秘密拠点、大鎧装管理区画。

 セカンドフラッシュと名付けられる前の骨組みの下に、ファントム・ユニットの全員は集まっていた。

 そしてモノリスから現れたハワードが、改めて、己とギャリガンとの関係を皆に語ったのだ。

「……」

 皆、しばし無言だった。

 驚き。戸惑い。あるいは、憐憫。多かれ少なかれ、皆その事実を咀嚼するのに時間がかかっていた。

 そんな中で、最初に疑問を上げたのは。

「成程、確かに興味深い話だった。ネオオーディン・シャドーがもう脅威ではないと言う事も理解した。だが。だったら。僕達は今まで何と戦って来たんだ? 何と、戦えば良いんだ?」

 メイ・ローウェル。人間でない彼は、こういう時に判断が早い。

「ンなの分かり切ってンだろ? ギャリガンを操ってるヤツだよ」

「アイツか。あの、無貌の男フェイスレス……っ」

 がん、と柱を叩いたのは実際に無貌の男と戦闘した辰巳である。その眼は怒りと納得で燃えていた。

「だが、だったらヤツは何者なんだ?」

「さてなァ。だがまア、ある程度推察する事は出来る」

 言いつつ、ハワードは指を二本立てる。

「一つ。アイツの正体はサトウだ……いや、アー。逆かもな? とにかく同一人物だ。そうでなけりゃギャリガンの秘密を知ってやがった説明がつかねエ」

「それは、確かに正論だな。二つ目は?」

「グロリアス・グローリィ所有の先見術式。サトウはそれを使って迎撃手段を組んで来やがるだろうな、ってコトだ」

「何!? そんなモンまで持っとるのか! コイツぁいよいよもって最大級の難敵じゃのう」

 声を上げる雷蔵らいぞうを、いわおは窘める。

「まあ落ち着きなよ。それを避けるためにここしばらくずっとこの拠点に籠ってるんだからさ」

「あ、外出禁止命令ってそういう事だったんですね。と言いますか、隊長はもうこの事知っておられたんですね?」

 奇妙な命令にようやく納得を得たマリアへ、巌は頷き返す。

「ああ、キューザック卿からこのフレームの話を持ち掛けられた時にね。本当は普通に出入りする予定だったんだけど、向こうが先見術式を使ってるって話を聞いて、急遽変更したのさ」

「中々大変だったよな、メシの手配とか」

「ふ。確かに僕もこのタイミングで保存食ばかり食べる事になるとは思わなかったさ」

 言い合う辰巳と巌。ケンカを経て、ある程度距離は近づいたようだ。

「で? こうしている事で先見術式を誤魔化せるのか?」

「その筈だ。ある程度は、だが」

「うーむ。なんとも頼りないのう」

 がりがりと頭をかく雷蔵。巌も軽く首を振る。

「仕方ないさ。古今東西、先見術式への対策なんてそんなものだ。その代わり、突入作戦に関しては大いに念を入れる手筈だ。そうだろ? ファントム3」

 突然水を向けられた冥は、当然ながら動じない。不敵に笑う。

「ふふ、専用機か。事此処に至って、また新たな面白味が加わって来たものだな」

「やれやれ。この状況でそんなセリフが出せるとは、流石はカミさんじゃのう。ところで、名前は決まっとるのか?」

「ああ、勿論。調整も概ね目途が立ったし、後はカラーリングだな」

 言いつつ、冥は格納庫の奥を見やる。

 仄白い非常灯に浮かび上がる大鎧装のシルエット。色こそタイプ・レッドのままであるが、それは紛れもなく後のグラディエーター・ジェネラルであり――


と、ここで映像は止まる。

 そしてそれが映っていた立体映像モニタの前に、ヘルガは立った。

「とまあ、ここまでは皆さんも知っている通りですね」

「つーかよオ。よくこんな映像用意できたモンだな」

 本気で感心しているハワードに、ヘルガは答える。

「それはもう。モノリスに記録されていた音声データを元に、再現させて頂きましたとも」

「うーわ。オレんトコからクラックしたのかよ」

「いーじゃんかよ分かりやすくて。何せコッチはなんも知らねんだからよ」

 顔をしかめるハワードとは対照的に、肩をすくめるグレン。その隣で、サラも同意した。

「ですね。私としても中々興味深かったですよ。特に当機のメインパイロットを大変に動揺かつ絶叫させたあの紫の機体が、どういう経緯で作られたのかが分かったのは」

「いや、おい、オマ……」

「そッスねー。実際あん時すごいうっさかったッスし」

「ペネロペもかよ!? ……いや、そこまでじゃ無かったと思うんだが」

 割と本気で悩みかけるグレンに苦笑しつつ、サラは本題へ踏み込む。

「で、ヘルガさん。アナタがコレを私達に見せた事に。社長、の正体を改めて確認する事に。どのような意味が?」

「そりゃもう大アリですとも。ヤツの、無貌の男の正体情報を共有するために、必要だったワケだからね」

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