第185話「えらくこじつけがましい、ような」


 沈黙。それがたっぷり一分程、続いた後。

「正気か」

 ぼそりと、ハワードは聞いた。

「勿論」

 躊躇なく、ヘルガは首肯した。

「そォーかァー」

 呆れ半分、納得半分といった顔で、ハワードは頷いた。

「いや。いやいやいや。ちょっと待ってよ。何で二人だけで納得したような流れになってんですか」

 思わず席を立ってしまう辰巳たつみ。その頬は赤い。なお風葉かざはの顔はもっと赤かった。

「え、イヤなの?」

「そりゃイヤじゃあな……」

 はたと、辰巳は言葉を切る。その場の全員の視線が集まっている事に、今更気づく。

 ぶんぶんと、強く首を振った。

「いや、だから、そうじゃなくて! 何でそんな理論が三段跳びしたような事になってんですか!?」

「そりゃアお前アレだ、フェンリル抜きでオリジナルのRフィールドにブッコむ準備のためだろォが」

 頬杖をついたまま、面倒くさそうに指をふるハワード。ヘルガもまた首肯している。

 それで少し落ち着いた辰巳は、とりあえず座り直すことにした。

「……どういう、事ですか」

「うん。その前にまず、前提条件を改めて確認しておこうか」

 隠しきれぬ笑みを口端に浮かべながら、ヘルガはモニタ内の赤い半球を仰ぎ見た。

「Rフィールドへの突入には、フェンリルを用いた突入用の術式が必要とされている。これは知ってのとおりだね」

「直近では、私が使ったデルタ・バスターがそうですね」

 言いつつ、マリアは思い出す。拠点コンテナを背負っていたセカンドフラッシュを操作し、人造Rフィールドへ突入したあの時を。

「そう。じゃあ、なんでフェンリルの術式が必要なのかな?」

「……北欧神話の終焉、ラグナロク。それに関する霊力が、Rフィールドの強固な力場を構成しているためだ」

 平静な声音で、いわおは推論を重ねる。ついさっきまで唖然としていたのが嘘のようだ。

「通常の攻撃術式では、まるで歯が立たない。故に同じく北欧神話に所属し、かつ物語を終わらせる存在であるフェンリルを組み込んだ術式を使うのが、最も有効であると判断されたんだ」

「うん、正解。けど同時にフェンリルは、非常に危険な存在である事も分かっている。凪守なぎもりだってそれを制御するための術式を、風葉のために新しく作り出したでしょ?」

「そうか……! グレイプニル・レプリカ!」

 その作成者でもある利英りえいは、勢いよく膝を叩いた。ヘルガは頷く。

「そうそう。そして私達は現状、オリジナルRフィールド内部が無貌の男フェイスレスの本拠地だろうと睨んでいる。世界中の魔術組織に間者を送り込んでいた黒幕の、ね」

「仮にその予想が当たってた場合。敵は間違いなくフェンリルへの対抗手段を持っている。つまりグレイプニル・レプリカの術式を持っていると考えるのが自然だろう」

「フェンリルの力を取り戻したレツオウガなら突入も可能だろうが――それを行った場合、無力化されてしまう可能性が高い、と言う訳か」

 巌はお茶を、利英はコーヒーを、それぞれ飲みながら予測を重ねる。その背後では、ファネルがワゴン上でポットを片付けていた。

「そういう事。だから、二人の結婚が必要になってくるワケさ」

「いや、だから、なんでですか!?」

 今度は風葉が立ち上がった。やはり真っ赤な顔である。ヘルガはニマニマと笑う。

「んんんー? イヤだったのかナ?」

「そんっ」

 風葉は言葉に詰まった。何せ辰巳の気持ちは既に聞いてしまっているし、風葉自身としても――。

「そんっ、なっ、事より! 本質的な話をしたほうがいいと思うんですけど!?」

「……いや、そうか。分かった。分かっちまった」

 狼狽える風葉とは対象的に、辰巳は渋面を作る。

「そもそもの前提として。今必要なのは、フェンリルに頼らずオリジナルRフィールドへ突入、可能であればそこで無貌の男を撃破出来る戦力だ」

「だな。つーかンな役目だったらオレが変わってやってもイイぞ辰巳」「んもうこんな所で」「混ぜっ返すなッス」「痛ってナニすんだよお前ら」

 両脇からつつかれるグレンを他所に、少し落ち着いた風葉は座り直す。辰巳は続ける。

「だから、代替策が必要になってくる。具体的に言うと、ヴァルフェリアの技術が」

「えっ」

 聞き慣れた単語の唐突な出現に、思わず動きを止めるグレンら三人組。ヘルガも頷いた後、三人を見る。

「そう。Rフィールドってのは、つまるところ北欧神話を骨組みとした強力な霊力の力場だ。フェンリルは、それを破壊するのに最も都合が良かった」

「だがさっきも言った通り、十中八九フェンリルは対策されてる。だったら――」

 こつこつと。辰巳は、コメカミを小突く。

「――そもそもフェンリルに頼らず、強大な術式でもって強引に力場を突破すればいい」

「うん、正解。なんだか遠回りしちゃったけど、つまりはそういう事なんだ」

 肯定するヘルガ。見回せば、問答した辰巳だけでなく他の面々も納得してた。解っていないのは、魔術的な知識のない風葉だけだ。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! そこからどうして、その、あれに繋がるんですか!?」

「ハハハ。そこで、さっきのヴァルフェリアが関係してくるわけだ」

 ヘルガは、朗らかに微笑んだ。

「レツオウガは神影鎧装だ。神話、神々、そうした方々のチカラを模した術式を出力する事が得意な性能をしている。即興で無茶な術式組んでも割となんとかなったりね」

「確かに。僕の力を乗せたブレード・スマッシャーとかね」

 メイがくすくす笑う。今思い返しても、あの術式の成り立ちは中々に凄まじかったものだ。

「そう。そして分かりやすく言ってしまえば、それを更に拡大した処理をレツオウガへ施すワケだ」

「ンで、そのために必要な下準備が婚姻、ッてえワケだな」

 しみじみと頷くハワードへ、風葉は顔を向けた。油の切れた歯車のような、酷くぎこちない動きであった。

「アー。何度も言ッてるがよォ、別にネタでも冗談でもねエんだぜ。チカラを馴染ませるために、必要な下準備なンだ」

「下、準備?」

「そォだ。例えばそこに居るサラとペネロペは、それぞれ英雄エインフェリアのチカラを引き出すコトが出来る。チカラを馴染ませる改造が施されてるからだ」

 指差すハワード。風葉だけでなく、全員の視線がサラとペネロペに集まる。

「乙女である体に戦乙女ヴァルキリーの術式を馴染ませ、更に英雄の魂を導く戦乙女の権能を用いてその力を定着させる。ソレがコイツらだ」

 ハワードは視線を風葉へ戻す。顔の赤みは少し引いている。

「ソレと似たような力の素地作りを、テメエらの婚姻でやりてエってワケだろ」

「そんな、コト。可能なん、ですか?」

「モチロン。術式ってのは基本的に何でも出来る。けど、使う人に何らかの形で関連があった方が使いやすさというか、同調はしやすいんだ。そのヘンは、風葉も分かるよね」

「それは、まあ、身を持って」

 軽く、風葉は髪をなでた。二年前に結ばれた奇妙な因果の果て、銀色が混じったその長髪を。

「で、だ。風葉は日本人でしょ? 辰巳も出自はどうあれ、国籍は同じだ。そして現状、我々はオリジナルRフィールドを突破するために巨大な力を必要としている」

 ぐぐっ、とヘルガは拳を握る。力強く。

「つまりだ。日本人の夫婦をレツオウガのパイロットにする事で、日本神話の夫婦神の権能を引き出す術式との同調を高めようってコトなのさ」

「そ、そんな」

 愕然と、風葉は呟く。

「何というか、えらくこじつけがましい、ような」

「ハハ、確かにね。けど、術式の仕組みってのはそういう連想ゲームみたいなトコが多いよ」

 と、そこでからからと笑ったのは冥である。

「そもそも僕の存在や能力自体、中々にデタラメだからね。死者の国の王だからといって、死人の技能をその身に宿して扱う事が出来るなんてさ」

「う、ううん。納得できるような、出来ないような」

「ハハハ、気持ちは分かるけど今更そんな常識に囚われるのはナシだよ風葉。何せ虚空領域まで行ってきたんだからねえアタシら」

 笑いながら、ヘルガは立体映像モニタを操作。書類が一枚、風葉の前に現れる。色々と細かい項目が並んでいる、その書類は。

「こ、れ、って」

「うんまあ、そう。いわゆるひとつの婚姻届ってヤツだねえ」

 さり気なくお出しされてしまったその紙を、風葉は凝視する。硬直する。

「で、も。事情は、わかりましたけど、その」

「あーダイジョブダイジョブ、ホントに籍を入れるワケじゃないよ。形式上そういう風にしておけば、術式の感応率が上がるハズ、ってハナシなのさ、要するにね。それに――」

 ――イヤってワケじゃないでしょ、という蛇足を、ヘルガはすんでの所で飲み込んだ。

 風葉は固まっている。そうして何分、いや何十秒経過しただろうか。

 不意にがばりと、風葉は顔を上げた。勢いよく。

 他の面々は、無言であった。こちらを見ているがどう声をかけたものか迷っている者。微妙に見ているようで見ていない感じの者。露骨に目をそらしている者。退屈そうにしている者。微笑みを隠そうともしない者。一人として同じ表情の者はいない。

 だから、その中で、ただ一人。

 風葉をまっすぐに見据えて居る者が、目についた。

 言うまでもなく、五辻辰巳である。

「……あ」

 ふと、既視感が過ぎる。あれは、そう、随分と前。

 フェンリルの禍憑まがつきとなってしまった、最初の日。

 教室で目があった、あの時。

 立場、状況、胸の中の想い。変わってしまったものは多いけれど。

 それでも。もとい、だからこそ。

 風葉は、自分の犬耳を指差す。あの日のように。

 辰巳は、すぐに察して頷いた。あの時のように。

 二人は、笑った。同時にペンをとった。

 そして、書面に――。

「……。やっぱり、こう。大分けっこう、恥ずかしいんで」

「出来れば、何というか。別のスペース用意してもらえませんか」

 ――書き始める前に、二人は申し立てた。


 書類が出来上がったのは、仮想空間内時間でたっぷり半日後の事であった。

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