Chapter09 楽園 08

 迅月じんげつ

 それが今タイプ・レッドを撃墜せしめた、虎型大鎧装の名前である。

 パイロットは無論、ファントム2こと西脇雷蔵にしわきらいぞう。鋼鉄の四肢は肉厚な爪を備え、長大な牙は今し方のタイガーかみつきボンバー――もとい、インペイル・クラッシュの霊力光を未だ燻らせている。

 鋼の装甲でありながら、ネコ科のしなやかさと力強さを併せ持つ迅月。その駆体は、野性の虎と同様の黄色と黒に塗り分けられている。

 まさしく鋼の虎としか言いようのない機体だ。それだけに機体後部の巨大な直方体と、付随する盾が目を引いた。

 両足、大腿部の上。そこには何らかのギミックを有した直方体型のユニットが装着されており、更にその横へ円形の盾が固定されているのだ。さながら、古代の戦車チャリオットのように。

 更に迅月の機体各所には、大小様々な山吹色の石――I・Eマテリアルが装着されている。場所はそれぞれ額、背中、尻尾の先端、二枚の丸盾中央の五箇所。鬼才酒月利英さかづきりえいのインスピレーションがふんだんに盛り込まれているとは言え、名目上は一応I・Eマテリアルの有用性実証試験機なのだから、当然ではある。

 どうあれ、グラディエーター各機は迅月を敵性存在として捉えた。フォーメーションが変わる。タイプ・レッドが盾を構えて膝を突き、タイプ・ブルーがその後ろからライフルを構える。即席の防壁代わりと言う事か。

 かくて注がれる照準、射撃。防壁の向こうから的確に降ってくる雨霰に、しかして雷蔵は鼻を鳴らした。

「ふん、教科書通りじゃが――」

 大きく跳躍し、銃撃を回避する迅月。その放物線が頂点に達すると同時に、雷蔵は叫んだ。

「セット、ブースト!」

『Roger Rapidbooster Ready』

 原理はオウガが使っていたものと同型の、されど迅月用に最適化されたラピッドブースターが、目を覚ます。

 丸盾のI・Eマテリアルが輝き、充填されていた霊力が直方体ユニットに流れ込む。

 ユニット後部の装甲が開き、内部から噴射口がスライド展開。にわかに霊力光が溢れ出す。

 この直方体こそ、再設計されたラピッドブースターのユニットだったのだ。

 後はそれを起動させ、タイプ・ブルーが第二射を放つ前に間合いを詰める――そんな雷蔵得意の突撃戦法に、けれどもグラディエーターは対応した。

 跳躍した迅月の正面、現われたのは飛行型のタイプ・ホワイト二機。右と左、挟撃陣形を組む白い機影が、両腕のガトリングガンを構える。

「ほう、中々良い連携じゃのう」

 照準が合う。アラートが響く。方向転換には時間が足りない。

 かくて迅月は、霊力弾の集中砲火によってずたずたに――ならない。

 タイプ・ホワイトの引金が引かれる、その寸前。海中から矢のように飛び出した赤いシルエットが、タイプ・ホワイトを斬り裂いたのだ。

「じゃが、こっちも仲間が居るんでの」

 胴体から真っ二つになり、爆散する二機のタイプ・ホワイト。それとすれ違うように、迅月は今度こそ眼下のタイプ・ブルー部隊へ突撃を敢行。

 そんな迅月の攻撃を守った赤い大鎧装は、虎の暴れぶりを眺めるように空中で静止した。

 大まかなシルエットだけなら、その姿は前進翼の戦闘機に似ている。だが航空機と呼ぶにはいささか骨太な形状をしている上、機体下部から生える足と、本来機首がある部分から伸びる龍の首が、趣を異にしていた。

 その名を、赫龍かくりゅう。ファントム1こと五辻巌いつつじいわおの駆る、龍型大鎧装の名前である。

 端的に現すなら、ワイバーンと言うべきだろうか。迅月にも劣らぬ、強靱な爪を装備した脚部。叩きつける風圧を軽く受け流す、すらりと伸びた首。先端にある顔はナイフのように鋭角で、研ぎ澄まされた双眸が、まだ残っているタイプ・ホワイトをじろりと睨んだ。

 旋回する赫龍、対抗してスラスターを吹かすタイプ・ホワイト。

 その直下では、迅月が手近なタイプ・ブルーを相手に暴れ回っていた。

「ぐるるるぅうああアアっ!!」

 獣の咆吼を上げながら、爪を振り下ろす迅月。巨大な質量に裏打ちされた一撃が、タイプ・ブルーの胸部装甲を引き裂いた――もとい、打ち砕いた。ガラス細工のように。

「うぬっ?」

 しかして、その手応えに雷蔵は顔をしかめた。軽すぎたのだ。

 確かに装甲は砕けている。機体はぐらりと傾いていて、砕けた胸部はフレームが露出している。

 だが、それだけだ。

 胸部中央、はめ込まれているEプレート。それが一際輝いたかと思うと、破損箇所を包むように炎が膨れ上がり、即座に鎮火した。

 かくてその後から現われたのは、傷一つ無い胸部装甲だった。どうやらEプレートの霊力が続く限り、装甲はいくらでも再構成が効く造りであるらしい。

「中々愉快なギミックじゃのう」

 感心する雷蔵を改めて狙う、無言の照星。すぐさまバックステップで回避するが、四方から撃ち込まれる銃弾は、少しずつ迅月を追い込んでいく。

「狙いは挟み撃ち、かのう」

 銃撃を回避しつつ、雷蔵はちらと背後を見る。待ち構えているのは、先程の突撃に合わせて転がるように間合いを離したタイプ・レッド各機。あそこに追い込む算段なのだろう。

 どうやらこの大鎧装部隊のプログラムを組んだ術者は、相当な実力を持っていると見ていいだろう。

 雷蔵がまだ操縦に慣れていない事を差し引いても、少々分が悪い。

 この状況を、打破するには。

「変わる必要が、あるかっ! モードチェィィィンジッ!」

 一際大きなバク転回避の最中、雷蔵は叫んだ。

『Roger Silhouette Frame Mode Ready』

 そのかけ声――変形機構の起動コードが認証され、装甲内部のメカニズムがにわかに駆動開始。

 盾とブースターユニットが一旦切り離され、獣の四肢が折り畳まれる。

 獣の胴体が伸長展開し、下半身が縦に分割、人型の脚部を形成。

 獣の胸部も同時に展開し、折り畳まれていた人型の腕部が展開。開かれた五指が二枚の盾を掴み、同時に着地。

 もはや迅月は、虎の姿をしていない。海面を踏み締めるのは人型の二本足であり、空を睨んでいた虎の頭も、改めてグラディエーター達へ向き直る。

 更に旋回していたブースターユニットが虎頭の下、丁度人型の腕が畳まれていたスペースに収まり、改めて人型の胸部を形成。

 最後に虎の口が大きく開くと、その奥からツインアイの精悍な顔が迫り出してきた。

 迅月は、虎型形態から人型形態へ変形したのである。

「うむ、シミュレーション以上にしっくりくるのう!」

 パイロットの雷蔵と同様に盾を打ち合わせた後、迅月はタイプ・ブルーへ向かって突進する。

 当然それを出迎える集中砲火だが、銃弾程度で利英謹製の盾が壊れる筈も無い。ならば更なる火力を、とランチャーを展開するまでが雷蔵の目論見通りである。

 足を止めぬまま、迅月は盾の隙間から顔を覗かせた。

 そして、吼えた。

「グルルアアアオオオオオオンッ!!」

 ソニック・シャウト。ファントム5のデータからもたらされた衝撃波が、タイプ・ブルーの動きを縫い止めた。

 硬直時間は僅か数秒。だがその数秒は、迅月が間合いを詰めるには十分であり。

 交錯する打撃と射撃、爆ぜ散る火花と金属音。

 その上空では、赫龍とタイプ・ホワイトのドッグファイトが、新たな局面を迎えようとしていた。

 両腕のガトリングガンを呻らせながら、赫龍を追尾する三機のタイプ・ホワイト。迫る火線を悠々と回避しながら、コクピットの巌は呟いた。

「さて、慣らし運転はこの辺でいいかな」

 実のところ、赫龍と迅月は今回が初めての起動だったりする。シミュレーターは何度かやっていたので操縦に支障は無いが、それでも埋められない違和感はあるもので。

 それを埋め終えた巌は、おもむろに操縦桿を目一杯に引いた。

 今までの旋回起動とは打って変わり、一直線に空を駆け上がる迅月。莫大な霊力光を吐き出すスラスターは、ほぼ垂直に薄墨を斬り裂いて駆け上る。

「む、む」

 目まぐるしい高度計、術式でも軽減しきれない慣性、追い縋る三つの敵性反応。

 それら全てをねじ伏せるべく、巌は言い放った。

「モードチェンジッ!」

 静かな、されど確かな意志に裏打ちされた音声を、赫龍の変形システムが受諾。同時に巌は急減速をかけ、タイプ・ホワイトの虚を突いた。

『Roger Silhouette Frame Mode Ready』

 すれ違い、駆け上っていくタイプ・ホワイト。その背中を見送る迅月の胴体が、折り畳んでいた人型の脚部と腕部を展開。更に龍の首も折り畳まれて胸へと収まり、その上から人型の頭部がせり上がった。赫龍もまた迅月と同様、人型への変形機構を備えていたのだ。

 バイザーの奥、ぎらりと光る赫龍のツインアイ。その照準が捉えるのは、上空を舞っている三機のタイプ・ホワイトだ。

 目標を再補足するため、旋回する三機のタイプ・ホワイト。綺麗な三重曲線を描く敵機を見据えながら、迅月はおもむろに腕を突き出した。その手付きは、どこかバズーカを構える体勢に似ており。

「悪いが、立て直す時間はやれないな――セット。モード、ハンドレッド」

『Roger Crimson Canon Ready』

 事実それに合わせるかの如く、バズーカは現われた。

 赫龍の胸部、先程折り畳まれた龍の頭頂部。そこに装着されていたI・Eマテリアルから、霊力が噴出したのだ。

 電子回路のように伸びる霊力の線は、赫龍が突き出した腕の腕で組み合い、よりあわさり、一つの形を形成する。

 それは長い円筒形だ。以前月面で使用した巨大術式砲、クリムゾンキャノン。それを赫龍用に縮小、最適化したものを、巌は呼び出したのだ。

「照準、射程、出力。どれも子細無し」

 月面の時は存在しなかった、大鎧装用の銃把と引金。それに、赫龍は指をかける。

「バーストモード――シュート」

 静かな呟きとは裏腹に、放たれた一撃は苛烈であった。

 拡散バーストしながら空を走る光の弾雨は、狙い違わずタイプ・ホワイトへと着弾。やはり装甲が爆ぜてダメージは軽減されるが、再生の暇も与えられる事無く二、三、四、五――数多の光弾が矢継ぎ早に着弾、着弾、着弾。

 さすがにフレームごと蜂の巣にされては再生も出来ないらしく、タイプ・ホワイトだった鉄塊は爆発して塵と消えた。

「やれ、やれ」

 二度、三度。巌は操縦桿を握り直す。

 ぶっつけ本番にも程があったが、どうにか操縦感覚は掴めた。当面の戦闘は問題無くこなせるだろう。後は迅月と連携するあの機能の出番が無い事を願うばかりだ。

「さて、その迅月はどうしてるん……」

「ぐるるああおおおおおおおぅん!!」

「……うん、心配はしてなかったけどね」

 真下。黒煙に燻るねじくれた鉄塊、もといタイプ・ブルー部隊だったもの。

 その中央で、迅月はおたけびを上げていた。獣形態へ再変形したその姿は、まさに勝利を叫ぶ獣そのものだ。

「やる気なのは大いに結構だがな、そろそろ落ち着けよファントム2」

 緩やかに高度を下げた後、赫龍は裏拳で迅月の頭を小突く。

 その衝撃で、パイロットは人の理性を思い出した。

「ぐるっ!? ぐお、おっ……おお。すまんのう、ちと昂ぶりすぎとったようじゃ」

「あんまりはしゃぎ過ぎないでくれよ? 元々そういう設計の大鎧装だとしても、さ」

「そうさのう。やはり単機状態では、リミッターを高めに設定しといた方が……」

 そこまで言って、雷蔵ははたと思い出した。

「や、そんな問題は後回しじゃ。今は残りの連中を片付けねば」

「ああ、その心配はないよ。ほら」

 指差す赫龍、それを追う迅月。

 かくて二機のカメラアイが捉えたのは、零壱式とディスカバリーⅢの混成部隊が、残りのタイプ・レッドを殲滅する一部始終であった。

 零壱式のライフルが、ディスカバリーⅢのマシンガンが、グラディエーター部隊の赤い装甲を引き裂いていく。頭数が多いとはいえ、迅月や赫龍よりもよほど良い手並みであった。

 かくして最後のタイプ・レッドが沈黙したタイミングを見計らい、巌は通信を繋ぐ。相手は四機いる零壱式のうち、唯一頭部にアンテナを増設された指揮官機だ。

「お見事。流石は生え抜きの皆さんだ」

 画面に映りだしたのは、自衛隊出向部のパイロット。岩を削りだしたように角張った顔の田中三尉は、しかし驚くほど柔らかく笑った。

『ご謙遜を。我々の戦果は、先行したお二方が露払いをしてくれたお陰です』

「いやいや、僕らは慣らし運転がしたかっただけですよ。初乗りですからね……さて」

 その初乗りも区切りがついた以上、巌と雷蔵が突出するのはここまでだ。ここから先は素早い連携が必要になるため、能力が突出した赫龍や迅月は、むしろ連携の妨げにしかならない。

 だから巌は、赫龍に登乗した時から指揮権を手放していた。そして、それが移譲された人物の一人――田中三尉へ、画面越しに敬礼する

「では、後は手筈通りに」

『了解』

 ファントム4救出及びEフィールド急襲班のリーダーとして選抜された田中三尉の零壱式は、速やかに目的地へと向き直る。

 丁度、その時だ。

 Eフィールドから射出された、第二波と思しき十数個の金属立方体――もとい、グラディエーターの待機モード。

 その内の一つが、不意に空中で爆発したのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る