Chapter13 四神 02

 アフリカ大陸の南東に位置するマダガスカル島、その更に東にある小さな島、モーリシャス島。

 今も昔もリゾート地として名高いこの島に、今なお世を震撼せしめている魔術組織、グロリアス・グローリィの本拠はあった。

 そう、過去形だ。今は無い。確かに鉄筋コンクリートの巨大なビルは、今も変わらず直立している。

 だがその中へ一歩踏み込めば、上は最上階の天井から、下は光の届かぬ地下深くまで、途方も無いがらんどうになってしまっている事が分かるだろう。

 内部に組み込まれていたスレイプニルⅡが発進した今、かつて雷蔵らいぞうが見た通り、ここは最早ただの抜け殻でしか無いのだ。

 だが、それでもこの場所がザイード・ギャリガンの目的と真意を測る最重要地点である事は、やはり事実であり。

「キューザック主任、現状の調査結果があらかた纏まりました。そちらへ転送します」

「うん、ありがとう」

 最下層で指揮をとっている赤毛の部下から、通信と一緒に送られてくる幾つものデータ。それを立体映像モニタへ表示しながら、主任と呼ばれた眼鏡の男は顎を撫でる。髭がざらりと音を立てた。

 彼の名はオーウェン・キューザック。ファントム6ことマリア・キューザックの父であり、グロリアス・グローリィ跡地合同調査部隊の指揮を任された男でもあった。

「……ふむ」

 画面内を流れるデータを読み取りつつ、オーウェンは足を組む。彼は今グロリアス・グローリィ跡地の調査用に編み上げられた巨大な術式の足場、その休憩室に腰を下ろしているのだ。

 位置はがらんどうの丁度中央、高度はかつて地上三階があったくらいの場所だろうか。壁床天井の全てを半透明の霊力壁で構築された、水槽のように簡素な一室。見回せば上から下まで、同様に霊力で編まれた足場が壁面へしがみついているのが見えた事だろう。規模こそ違えど、かつて日乃栄ひのえ霊地調査のために組まれたあの足場と理屈は同じである。

 足場のそこかしこには今も調査している魔術師達がおり、どうにかこの抜け殻から出涸らしを吸い出せないかと躍起になっているのが見て取れた。胸中で彼等を労いつつ、オーウェンは机上のティーカップを手に取る。

「それにしても、彼女達の正体が先に判明するとはね」

 熱い紅茶で唇を湿らせながら、オーウェンはモニタのスクロールを止める。そしてじっくりとその項目を、グロリアス・グローリィ所属の大鎧装パイロット二人の来歴データを検分する。

 サラ。そしてペネロペ。現状そう呼ばれている、当人達もそう名乗っている、少女達のデータを。

 サラ・セプルベダ。そしてケイティ・メトカフ。それがそれぞれ現状でサラ、ペネロペと呼ばれているパイロット達の、かつての本名なのだ。

「しかし、まぁ」

 改めて、オーウェンは嘆息する。確かに彼女達のデータを掘り起こすきっかけを作ったのは、オーウェンの『看破の瞳』だ。マリアのものには一歩引く精度だが、それでもグロリアス・グローリィ跡地に残っていた霊力経路の跡を、通信の痕跡を暴き出すには十分過ぎた。

 痕跡情報は共有され、同盟関係にある世界中の魔術組織がその跡を追った。そうしてUSC所属の魔術師チームが、僅か一週間でそれを暴き出したのだ。

 今まで知られていなかった、グロリアス・グローリィのサイドビジネスを。

「よくぞここまでやって来たものだ」

 嫌悪半分、呆れ半分といったつぶやきと共に、オーウェンはモニタを睨め付ける。

 そこに表示されていたのは、ヴァルフェリアに関する概要のデータだ。

 ヴァルフェリア。それはサラとペネロペの能力を示す単語であり、戦乙女ヴァルキリー英雄エインフェリアを掛け合わせた造語でもあった。

 そう、英雄だ。例えばヘラクレス、アーサー王、日本武尊やまとたけるのみこと。あるいは滋野清武、ミハエル・ヴィットマン、マンフレート・フォン・リヒトホーフェン。歴史に多大な名を残した彼等英雄達の情報を用いれば、その逸話や権能通りに無形の霊力を誘導する事が出来る筈――これが、ヴァルフェリアに関する大まかな概要だ。

 似たような試みは、それこそ世界中の魔術組織が大なり小なり行っている。神影鎧装しんえいがいそうなぞまさにその最たる例だろう。

 だがそうした多くの試みは、基本的に失敗に終わっている。神影鎧装ですらあまり上手く行ったとは言えない。レツオウガしかり、シャドー系しかり、どれもこれも運用コストが高すぎるのだ。

 そうした中で、ヴァルフェリアは非常に画期的な存在であると言えた。魔術や薬物によって乙女ひけんしゃ自己意識アイデンティティを削ぎ落とし、その上で改めて戦乙女ヴァルキリーの権能を付与する。

 この権能がため――北欧神話において『英雄の魂を集める』という戦乙女の役割が再現されるため、英雄の情報との親和性が非常に高まる。

 英雄の能力を、無形じんるい霊力にんしきに沿った能力を、振るえるようになる。

 サラとペネロペが、年端に見合わぬ恐るべき技量を持っているのはその為だ。

 成程、確かにこれなら技量の非常に高い兵士を量産できるだろう。今はまだ二人しか居ないが、数が揃えば恐るべき脅威になったであろう。

 だが。

「何度見てもとんでもないな、これは」

 また一口紅茶を飲みながら、オーウェンは立体映像モニタを一枚追加。別ページにあるデータを呼び出す。

 表示されたのは簡素な、しかし膨大な数の名が刻まれた名簿だ。

 本名。国籍。年齢。身長。体重。そして――攫った日時。あるいは、買った日時。

 そうだ。ヴァルフェリアの被験者となった乙女達は、皆全て誘拐された、あるいは売り飛ばされた子供達なのだ。

 しかもそれは、サラ・セプルベダサラケイティ・メトカフペネロペが最初という訳では無い。軽く掘り返しただけでも数百名、時間にして三十年近いデータの蓄積があるのだ。

 よくぞここまでやったものだ、とオーウェンは舌を巻く。

「全員攫ったワケではないとは言え、な」

 今オーウェンが呟いた通り、ギャリガンは数百名全員を攫った訳では無い。

 そもそもこの誘拐は、大まかに分けて二つの段階に分かれている。

 健康診断や新薬の実験にかこつけ、戦乙女として適合するか否かを判断する第一段階。

 陽性と判断された少女を交渉、あるいは誘拐によって確保する第二段階。この二つだ。

 しかもデータの割合から察するに、どうやら誘拐よりも交渉で被験者の方が多くの割合を占めているようであった。

「貧困層へ主な狙いをつけていたとはいえ……端金欲しさに、コレか」

 父親であるオーウェンは、モニタ内の文字列に改めて眉をひそめる。

 この所行に反吐が出るから、と言うだけでは無い。

 魔術師としての目で見れば、中々効率的なやり方だと思ってしまっているからだ。その自己嫌悪により、眉間のシワは一層深くなっていくのである。

 どうあれこの素晴らしい手際により、スペインからサラ・セプルベダが、アメリカからケイティ・メトカフが、それぞれ選出された。

 そして、ヴァルフェリアになってしまったのだ。

「……。どうあれ、取りあえずは、こんなところか?」

 詰めねばならない箇所はまだまだあるが、現段階のまとめとしては十分だろう。オーウェンは秘匿回線を接続し、スタンレーとアリーナへ同時にデータを送信。取りあえずはこれでいいだろう、と一息つく。

「それに、しても」

 立体映像モニタを消去したオーウェンは、ティーカップをテーブルに置いて腕を組む。

 少し、引っかかる事があるのだ。

「レイト・ライト社はリゾート会社、グロリアス・グローリィは大鎧装など魔術用品の開発及び生産……」

 口に出す事で、改めて浮き彫りになる違和感。

 ヴァルフェリアに限らず、独自の強化改良というものは大なり小なり大抵の魔術組織で、あるいは魔術師の家系で行われているものだ。

 独自の装備。独自の魔術。独自の、血統。そんな結実の一つたる『看破の瞳』を造り上げたキューザック家の、そのオーウェンだからこそ、分かる。

積み重ねノウハウは、どこにある?」

 表の顔はリゾート経営、裏の顔は大鎧装関連の諸々。成程研究資金だけなら困るまい。

 だが、肝心の技術は? 攫った乙女じっけんたいをこねくり回すノウハウは、どこから来たのだ?

 キューザック家はその性質上、この手の魔術研究に関する話題にはかなり敏感だった。しかしてそのアンテナに、ザイード・ギャリガンの名が引っかかった事は、ただの一度も無かった。

 なれば畢竟、ヴァルフェリアはギャリガン個人が秘匿していた独自研究の賜物なのだろう。

 しかし。

 同様の独自研究で『看破の瞳』を造り上げたキューザック家は、その構築に二百年近い時間を重ねた。眼という部位に限定した上、BBBビースリーという組織の中である程度情報を共有していてすら、それだけの時間がかかったのだ。

 そしてグロリアス・グローリィが起業したのは、確か十九世紀初頭だった筈。となるとどんなに長く見積もっても、その歴史は百二十年前後。加えてどんな大企業だろうと、興した当初は小さいものである筈。水面下の秘密研究に回せる金なぞ、まず有り得ない。

 だというのに、この記録では英雄エインフェリアの基礎研究を起業当初辺りから継続していた事が見て取れる。

「詳しい記録が残ってないだけで、実験自体は起業前からしていた……」

 呟いて、しかしオーウェンはまた顎を撫でる。

 仮にそうだったとしても、組織の力無しでこれほど大規模な研究を行えるとは考えにくい。

 何かある。確実に。自分達が見落としてしまった、何かが。

「だが、それは、一体何なんだ?」

 その違和感の正体を見極めるべく、オーウェンはもう一度頭からデータを読み返した。

 ――結論から言えば。オーウェンのその違和感は、まったくもって正しいものだった。

 だが彼がその全貌を知るのは、全てが終わった後の事である。



「ガラ空きッスね」

 その、同時刻。

 彼の娘ことマリア・キューザックの駆るセカンドフラッシュは、ゲンブに照準を向けられていた。

 ゲンブを駆るのはヴァルフェリア完成形の一人であるペネロペであり。

 その狙いは、恐ろしく正確であり。

「そう来ると思ってたよ」

 だからこそ、同じ狙撃手たるいわおに読まれていた。

 既にヒューマノイドモードへの変形を終えていた赫龍かくりゅうは、腕部グレネードランチャーでセイリュウを牽制しつつクリムゾンキャノンを精製。その砲身がゲンブを捉える。

 やらせるか、と言わんばかりに急制動するスザク。脚部に装備されたクロー一体型のエーテル・ビームガンへ火が灯り――しかしそれが発射されるよりも先に、赫龍は動いた。

「せッ!」

 ぶん、と。ゲンブへ向けて、ブーメランか何かのように、クリムゾンキャノンを投げつけたのだ。

「は?」

 意表を突いたその行動に、さしものペネロペも反応が遅れた。

 とは言えそれはほんのコンマ数秒。ゲンブは即座に防御態勢を――。

「ブレイク」

 ――取ろうとした矢先、クリムゾン・キャノンは爆ぜた。巌が指を鳴らした通りに。

「わ」

 襲い来る熱と衝撃。ゲンブの重装甲は小揺るぎもしないが、コクピットに収まるペネロペは、その輪郭に一瞬のノイズを走らせた。

 ゲンブを操作しているのは、ペネロペの分霊だったのだ。

「やっぱ、遠隔操作じゃ限度があるスね」

 離脱していく赫龍とセカンドフラッシュ。その後ろ姿を追いながら、スザクのコクピットで溜息をつく本物のペネロペ。その動作に連動し、クロービームガン発射。投げやり気味なその一射は、しかし地上にいたストライカーの頭部を過たず貫通。たまたま見ていた零壱式れいいちしきパイロットの度肝を抜いた。

「ですね。慣らし運転もそろそろ終わりにしましょうか」

 そんな一幕なぞ知る由も無く、サラの通信がスザクのコクピットへと飛び込んで来る。ちらと目をやれば、本人の乗るビャッコの頭上、分霊に操作されるセイリュウが緩やかに旋回していた。アレをやるつもりなのだ。

「そッスね」

 ペネロペとしても特に異論は無い。分霊による操縦は、コンマ単位とは言えどうしても操作に遅延が生じてしまうようだ。それを補う方法もあるにはあるが、現状で取れる選択肢でもない。

 で、あれば。凪守むこうが警戒して距離を取っている間に、此方の性能を上げるだけの話だ。

 故にサラは、ペネロペは、叫んだ。

「デュアル・フォーメーション! 二神合体!」

 ビャッコとセイリュウ。スザクとゲンブ。己の制御する機体の、合体コードを。

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