Chapter11 決断 06

 ごく当然の話であるが、大鎧装を配備する全ての魔術組織は、それを整備する為の施設も所有している。

 大抵は基地に併設されているものだが、特殊な機体や機密保持等の理由により、別個の場所へ造られているケースも少なくない。

 そしてそれは、ファントム・ユニットも例外では無かった。

 ――場所は日本、某所の山中。とある事件の折に打ち棄てられたものを、いわおが買い取って大改装を施した鉄筋コンクリートの建物の内部。

「おッしゃァァァァァッ! ガンバルゾおおお! ガンバルゾおおおおおおおおッ!」

 外観こそ昔とさほど変わっていないが、内部は大鎧装の整備場として大改修されたその場所で、利英りえいは叫んだ。

 いつもの目つきでしきりにバンザイを繰り返す坊主の正面には、逆関節脚部が特徴的な巨人の骨組みがハンガー前に佇んでいる。

「ディスカバリーⅢ、じゃないな。新型か」

 つい数時間前、紫色の転移術式――ヘルズゲート・エミュレータで新型の骨組みが入ったコンテナの運搬を担当していたメイは、背後の壁際から利英のはしゃぎっぷりを見やる。

「ええ。あれは後継機になるディスカバリーⅣの、先行試作型ですね。もっとも、ここにあるのはフレーム部分だけですが」

 いずれその先行試作型のパイロットとなるマリア・キューザックは、冥の傍らでフレームを見上げる。数日前にBBBビースリーから、正確にはスタンレー・キューザックから送られた、支援物資だ。

「ゲェェーッひほほ! 昨日までオウガに装備する予定だったアームドブースターと! まだ残ってた赤龍せきりゅうの予備パーツと! あとなんかその場のオモイツキを組み合わせる事で! オマエそれもう量産機じゃないやんっていうレベルのステキ機体に仕上げちゃいましょおねェ!」

 奇声と高笑いを上げながら、充血した目を爛々と光らせながら、しかし驚くほど精密な手付きで立体映像モニタを操作する利英。

 それに会わせてディスカバリーⅣの周囲では霊力光が立ち上り、作業用の足場となって中空に固定。そうした一部始終の一歩後ろで、配下と思しき十数名の作業員達が利英の指揮を待っている。

 そんな作業員達の中には辰巳たつみの姿もあったのだが、冥はあえて声をかけずに居た。

「先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタム(仮)……! ウヒョホホほ! 面白いことになるぞう!」

「何だRSって」

 何気なくボヤいた冥だったが、耳ざとく聞きつけた利英はスタイリッシュに振り返る。

「ぬっへっふハ! 肩を赤く塗るヤツでもピザ屋のバイクっぽいヤツでもないぞう! RIEI SAKADUKIの略SA!」

「ああそう。心の底からどうでもいいな」

 そこそこ大きな溜息をついた後、冥は右隣へ視線を向けた。

「たいへんだぞキューザックくん。このままだとキミの機体名が割とサイアクな感じになってしまう」

「え」

 冥の隣、受領フレームの改装状況をぼんやり見上げていたマリア・キューザックは、その声に意識を引き戻した。

「あ、はい、ええ。そう、です、ね」

 歯切れの悪い、心ここにあらずと言った体のマリア。複雑な表情を見せるマリアの横顔に、冥はふむ、と小さく息をついた。

「不安かね」

「不安、ですか……そうですね。そうかもしれません」

「まぁ分からんでもないがな。あんなザマでも、利英のウデは天才かつ一級品だ。きっととんでもない機体に仕上がるだろうさ。名前は後で別につければ良いし」

「あ、いえ、そっちではなく……いや、ちょっとはそうなんですけど」

 ちらりと、マリアは先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタム(仮)の隣ハンガーに立つ機影を見やる。

「本当に使えるようになったんだなぁ、と」

 そこへ立っていたのはRSカスタム(仮)程でないにせよ、内部機構の大部分が剥き出しになっている大鎧装。本来はその欠損を霊力装甲で補うその機体を、マリアは良く知っていた。

「グラディエーター、か。確かにそうだな」

 腕を組み、冥はモーリシャスで行った最後の戦闘を思い出す。

 あの時。冥はEフィールド内部で、大量のグラディエーターと交戦した。それも相当数、などというレベルでは無い。なにせ当時グロリアス・グローリィが保有していたグラディエーターの、ほぼ全機がそこへ格納されていたのだ。

 戦闘時間はそこそこ長かったが、それでも全てのグラディエーターを破壊するには至らなかった。

 そしてそうこうしている間に、本体のブラウンが操るアメン・シャドーは撃墜。連動して分霊のブラウンが指揮していたグラディエーター部隊は、必然的にその動きを止めてしまい。

 ファントム3の戦闘は、なし崩しに中断する事になった。

 その後行われた風葉かざはの応急処置に並行して、ファントム・ユニット全員は協議した。結果、残った全てのグラディエーターの鹵獲が決定されたのだ。

「まさかこうまで短期間で使えるようになるとは、な」

 鹵獲した他組織の大鎧装を運用するというケースは、無い訳では無い。だが冥が苦笑したように、通常ならこんな短期間で実用レベルまでこぎ着けられるものでもない。

 内部システムの解析、運用ノウハウの構築、そもそも大前提として起動に必要なセキュリティコード、等々。自前のものならいざ知らず、他組織が所蔵していた代物を扱うには、そうした諸々のハードルがどうしても付きまとうのが常だ。

 だが。

 ファントム・ユニットはつい先日、そうしたハードルを一気にクリアする鍵を手に入れた。

 グラディエーターの設計者、ハワード・ブラウン。彼は月面で助けられた見返りとして、グラディエーターの起動コード情報を残していったのだ。更には、虫食いとなっていたディノファングの生成データをも。

「何ともはや。そう考えると、実にトントン拍子で整ってしまったワケだな。アフリカのRフィールドへ侵攻するための手段が」

 一ヶ月少し前、ザイード・ギャリガンはスレイプニルⅡという巨大戦艦を用い、アフリカ大陸へ堂々と逃亡した。艦自体が発生させていた幻燈結界げんとうけっかいの効力により、存在が一般へ露見する事だけは辛うじて無かった。

 が、当然ながら魔術組織界隈は大騒ぎになった。

 そしてその騒ぎの最中に、当のギャリガン自身がメッセージを放ったのだ。

『グロリアス・グローリィの責任者、ザイード・ギャリガンです。この度は我が社の実験が少々騒ぎを起こしてしまいました。申し訳なく思っております。ですがこれが成功した暁には、きっと皆々様方に素晴らしいものをご覧に入れられる事でしょう。ですので――どうか、お静かに見守って頂きたい。もっとも、そちらはそちらで忙しいようですが、ね』

 邪魔するなよ、貴様ら。まぁ出来るもんならな。

 言外に、傲慢に。ギャリガンは全世界へ向けて、そう発信したのだ。

 このふざけた発表を受け、全世界の魔術組織は一丸となって人造Rフィールド掃討作戦を展開、出来なかった。

 理由は、大きく分けて三つ。

 一つ目は、今現在も全世界で幅を利かせている標的ターゲットSの出現。ギャリガンの発表の少し前から猛威を振るい始めた、厄介極まる自爆スパイ。それがもたらす情報の切断と、「アイツも標的Sかもしれない」という拭いきれない不安。それがあらゆる魔術組織の動きを鈍らせた。

 二つ目は、グロリアス・グローリィが今まで積み上げて来た信用だ。霊力資源、大鎧装の部品、術式の開発協力、等々。良質な商品を良心的な価格で、しかもここ二年近くは何故か割安で卸していた老舗への信用と依存は、多くの魔術組織で結構な割合を占めていた。

 だがそれは、国際指名手配という形で唐突に断ち切れてしまったのだ。それによる衝撃は計り知れず、程なく多くの組織が補給不足による機能不全に陥った。

 そして三つ目は、単純に攻めるための戦力が足りないという話だった。

 人造Rフィールドへの突入手段だけなら、一応用意は出来ていた。世界的に有名なフェンリル保有者、オラクル・アルトナルソン。彼はギャリガンが声明を発表する前後、まったく別の任務についていた。仮にギャリガンや標的Sが彼を囲い込んでいたなら、こんな状況にはならなかったろう。それ自体は僥倖であった。

 だが正規部隊で確実な潔白が導き出せたのは、単独行動が多い彼ぐらいであったのも事実であった。

 他の組織は、多かれ少なかれグロリアス・グローリィと接触の機回があった。そしてそれは、部隊内の誰かに標的Sが紛れ込んでいる"かもしれない"という不安を生んだ。

 かくて出来上がってしまったのは、異常も脅威も目に見えているのに、誰も彼もが身動きできないという自縄自縛。このままではギャリガンが目的を完遂するまで、どこの組織も大した手出しをする事なぞ出来なかったろう。

 だが。

 数日前、巌が手に入れたグラディエーターとディノファングの起動コードが、それらの前提を覆した。

 Eフィールド内部で冥が結構な数を破壊したものの、それでも鹵獲できたグラディエーターの数は、実に二十三機。更には利英の主導で修復が――今でこそ中断しているが――進められているので、頭数はもう少し増えるだろう。

 これに加え、まがつであるディノファングの投入も可能となった。霊力がある限り理論上幾らでも増やせる上、状況に応じて腕部の装備を変えられるという画期的な能力を備えているこの禍は、戦術的に大きな活躍が期待出来るだろう。

 加えて上記二つの戦力は、起動に必要なコードがごく最近まで手に入らなかった。つまり標的Sの手が入る可能性は、ほぼゼロ。更に運用するファントム・ユニットの面々も、『直前までグロリアス・グローリィと戦闘していた』という実績が部隊の、引いては辰巳の潔白をも証明せしめたのだ。

 こうなると、作戦立案の主導権を握るのはファントム・ユニットの隊長こと、五辻巌である。爪弾き者の寄り合い所帯だった筈のファントム・ユニットは、まるで二年前からこうなる事を予測していたかの如く、瞬く間に準備を調えていった。

 中でも今現在、こうして専用のチューニングが開始された先行試作型ディスカバリーⅣRSカスタム(仮)は、その最たる象徴であり――だからこそマリアは複雑な面持ちで、未だ骨組みを晒す自機を見上げ続けていた。

「……どうやらキミの不安は大分深いようだね、キューザックくん」

 不意に。かけられた冥の一言に、マリアは苦笑を返そうとして、失敗した。

「そう、見えますか」

「そりゃね。ハッキリ言って今のキミは、雨に濡れた子犬のようだよ」

 片眉を上げる冥。ならば、きっとその通りなのだろう。口端が自嘲で引きつるのを、マリアは自覚した。

「なんだいなんだい、思ってたより重症だな」

 冥は鼻を鳴らし、腕を組む。

 まっすぐに、確かめるように、マリアの双眸を見つめる。

「……不安、なんてレベルじゃないですね。怖いんですよ」

 今度こそ苦笑を浮かべながら、マリアは呟いた。冥の双眸から目を逸らしながら。

「私は。ここに居ても、ファントム・ユニットに居ても、良いんでしょうか」

「そりゃあ」

「良いさ。良いに決まってる」

 冥が口を開いたのとほぼ同じタイミングで、頭上から降ってくる即答が一つ。

 見上げれば霊力で組まれた足場の上、何やら機材をいじくり回している利英の隣で、二人を見下ろしている人影が一つ。

 照明の逆光を手で遮りながら、冥はその人影の名前を呼んだ。

「辰巳か。もう良いのかい」

「ああ。技術的な云々と言った所で、俺が口を挟めるのはせいぜい本体とブースターのフィッティングぐらいなもんだしな。後は――」

 手摺を飛び越え、大鎧装の胸くらいまである高さから、辰巳は二人の前へと危なげなく着地する。

「――専門家の方が詳しいだろうさ」

「イエスアイアム! まかしてもらいましょおかホヒョヒョ!」

「そのようだな……ところで、辰巳よ」

「ン」

「さっき、キューザック君が言ってた不安。即答を返した理由を教えて欲しいんだがね」

 他でも無い本人のために……そんな続きの言葉を、冥はあえて飲み込んだ。一瞬でも伏し目がちなマリアの横顔を見てしまえば、そうもなるだろう。

「そう、ですね。是非とも」

 苦笑と、当惑と。自分でも割り切れない諸々の感情を、マリアは吐き出していく。

「私は。結局、どこまで行ってもBBBの、キューザック家の駒なんですよ。証拠もありますからね、この通り」

 自嘲気味な笑いを貼り付けながら、マリアは真正面に立つ証拠を、先行試作型ディスカバリーⅣのフレームを見上げる。

 あれは、貸与されたものではない。稼働データを後から送る協定、標的Sが関わった可能性が最も低いパーツである、現状提供できる最大戦力である、云々。理屈こそ色々後付けられているが、要するに特例としてファントム・ユニットへ実戦配備されたものなのだ。

 歴史的な特異状況に世の中が陥っているとは言え、国外の組織に試作段階の新型を、フレームのみとはいえ配備させるという状況は、前例が無い。

 何故、こうなったのか。

 簡単な話だ。マリアの祖父、スタンレー・キューザックが根回しに動いたからだ。

 この混乱に乗じてキューザック家の、引いては自身のBBB内における立ち位置を、向上させるために。

 そしてマリアは、それに乗るしかなかった。かつての愛機ディスカバリーⅢは、既にスクラップであるが故に。

 何より、マリア自身がキューザックの姓であるが故に。

 だがマリアの心を締め付けている要因は、そればかりではない。

「それに。私は風葉の力を奪ってしまいましたから、ね」

 言いつつ、マリアは右腕を掲げる。その手首には、術式による特殊加工を施された革製の腕輪――グレイプニル・レプリカⅡがはめられていた。

 Eフィールドで神影鎧装フェンリルとの戦闘が行われた際、マリアはその構成の一部を切り取り、保全した。風葉に宿っていたフェンリルは、完全消滅を免れたのだ。

 だが何故、マリアはそんな捕縛術式を都合良く持っていたのか。その追求を、しかし巌はしなかった。

 スタンレーが漁夫の利を狙って孫に何か含ませているだろう事は、地下で結託を結んだあの日から分かりきっていた事だ。

 それに、何よりも。

『今の状況から考えると、むしろ好都合かもな』

 戦闘が終わったあの日。Eフィールドを覆う熱砂よりも乾いた声で、巌はそう言った。

『グロリアス・グローリィがこうなった以上、今後世の中がどう動くか検討もつかない』

『切り札は、一枚でも多く持っておきたい』

『風葉のフェンリルは失われた。少なくとも俺達以外にはそう見えてる筈だ。ザイード・ギャリガンにさえも、な』

 云々。そうした説明を皆にした巌は、マリアが切り取ったフェンリルの欠片を、凪守なぎもり上層部へ報告しなかったのだ。

 その後世相がどうなったかは、今更説明する必要も無いだろう。巌の判断は実に慧眼だった訳だ。

 なので封印方法に関しても風葉とまったく同じだ。形状こそ髪留めから腕輪に変わったが、外した瞬間に灰銀色の尻尾がマリアの腰へ現われる事は変わらない。

「まぁ、私のフェンリルは欠片ですから、風葉のそれに比べると不完全で。尻尾は一回り小さくて、犬耳も現われないんですけどね」

 目を伏せ、マリアは自嘲を深める。

「何言ってやがる。それが何よりの証拠だろうが」

 だがそんなマリアの弱気を、辰巳は力強く肯定した。

「えっ」

「キューザック。何故君は、フェンリルの欠片を自分に憑依させたんだ」

 辰巳の双眸から、マリアは目を逸らした。

「そ、れは。魔術師が運用するのが、一番効率が良いから、であって」

「確かにそうだ。けど、何もその魔術師が君自身である必要は無いだろ。看破の瞳に悪影響が出たらどうする気だったんだ」

「だ、だって。他に誰も居ないじゃない、ファントム・ユニットには、適任者が!」

 穏やかに問う辰巳と、だんだん言葉尻が強くなるマリア。そんな二人のやりとりを、冥は薄く笑いながら見つめた。

「多少効率が下がろうと、大鎧装の装備に加工する案はあった。その方が安全でもあったしな。だが君はそれを無視して、自分へ憑依させてくれるよう頼んだそうじゃないか」

「な、なんでそれを」

「そりゃあそこにいるからな、直談判を受けた開発者が」

 辰巳は上を指差す。足場の上では、相変わらず利英が奇声と辣腕を振るっていた。

「黙っててって、言ったのに……」

 頭をかかえるマリアへ、辰巳は更に続ける。

「例え望まぬ状況だったとしても。誰かに敷かれたレールの上だとしても。君は自分の意志で、自分の責任を果たそうとしている。そいつは、とんでもなく大変な事で……とんでもなく、誇り高い事だと、俺は思う」

 顔を上げるマリア。見開かれたその双眸を、辰巳はまっすぐに見据え返す。

「何よりも。そうやって自分の意志で行動出来る誰かを、霧宮きりみやさんが『嫌いだ』なんて言う事は、まず無いと思うぜ」

 かつて、レツオウガに初めて合体したあの日。風葉が大真面目に言い放ったあの言葉を、辰巳は改めて噛み締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る