ChapterXX 虚空 05
対竜鱗徹甲弾――Anti Dragon Penetrator。略称ADP弾。竜を討つ名を冠せられたこの対大鎧装用特殊弾は、そもそもの組成からして通常弾とは大きく異なっている。
弾丸の主素材は、霊力伝導性をより高める特殊加工を施されたハイブリッド・ミスリル。表面には微細な術式がレーザー加工によって精密に刻み込まれており、これが大鎧装を破壊する原動力となる訳だ。
また、これを撃ち出すグレイブメイカーも他の銃器には無い特殊な構造をしている。
大鎧装や
そのため運用には狙撃の技量に加え、相応の霊力も必要となる。
そんな二つのハードルを、ヘルガは己の実力とS・C・S――シンクロ・コントロール・システムによってクリアし、引金を引いた。
これ程の近距離で外す筈も無く、銀の弾丸はレツオウガの右カメラアイへ突き刺さる。
『ッ』
声にならぬ声を上げ、レツオウガはたたらを踏む。
そして――それだけだ。
五秒ほど動きが止まった後、頭を振って姿勢を正す。足下が多少ふらついているようだが、損傷らしいものはどこにも見られない。
肉眼、及びセンサーの解析。二つの視点でその事実を確認したヘルガは、たっぷり五秒ほど凍り付いた後、ようやく一言だけ吐き出した。
『ウ、ソ、でしょ』
――関節、カメラアイ、センサー、装甲の隙間。例えどんなに強大な大鎧装や禍だろうと、必ず存在する構造の隙間。そこをライフル弾という極小の針で穿ち、致命の
後にインペイル・バスターの原型となるこの弾丸が直撃したなら、標的は内側からズタズタにされて吹き飛ぶ筈。
だというのに、レツオウガはせいぜい右カメラアイに僅かな傷を負った程度。動揺するのも無理はない。
『く、』
急ぎ次弾を装填しながら、ヘルガは考える。あの頑丈さは一体どこから来るのか。
『……どんなカラクリだとしても、まず必要なのは霊力だよね』
程なくして、ヘルガはアタリをつけた。
『よっし』
立ち上がったヘルガはコンソールを操作し、もう一度ウェポンラックを展開。引き出しから
『巌! アタシはアレを調べるよ!』
かくて巨大なライフルを背負いながら、ヘルガは立体映像モニタへ映っているアレ――即ち、本来の攻略対象であるスティレット所有の鉄筋コンクリートを示す。
『その、心は?』
赤龍の右肩部、即ちヘルガが居るサブコクピットを捉えかけた鉄拳を、間一髪で見切りながら巌は問うた。
ごうん。透過した霊力装甲のすぐ外で風を切る大質量に舌を巻きながら、ヘルガは答える。
『ケルベロス・バレットも、ADP弾も通じなかった。現状、アタシが赤龍に乗ってるメリットが無いワケよ。だったら――』
『ふ、む』
マシンガンモードへ組み替えたM・S・W・Sで
多少接続は弱まるが、この程度の距離ならまだ十分にS・C・Sのカバー範囲内だ。ヘルガを完全に見失う事はまず無いだろう。
それに決定打を欠いた
その間に、何らかの打開策をヘルガが見つけられるなら――そうした諸々の思考を、巌は三秒でまとめた。
『良し頼む。だが正規の陸戦部隊が全員動けない以上、無茶はするなよ』
『了解! でも、現在進行形で結構なムチャしてる人が言っても、ちょいと説得力が薄いよ!』
『ハッ、違いないなッ!』
コメカミを伝う汗もそのままに、巌はM・S・W・Sを再度ショットガンモードに変更。散弾をバラ撒きながら、小刻みなスラスター噴射でフェイントをかけながら、レツオウガへ接近。その向こうへ聳えるスティレットの施設へ、可能な限り接近する。
『ヘルガ!』
『分かってる! ここまで来れば――』
頷き、ヘルガは両腰に下げていた武器を手に取る。人差し指を支点にくるりと一回転した後、掌へ握り込まれたそれは、二丁の
『――自力で、跳んでけるから!』
言い放ち、ヘルガはサブコクピットの床を蹴った。透過設定された右肩部霊力装甲を潜り、ヘルガは外へと躍り出る。
鎧装に補助され、大きな放物線を描くヘルガ。生身では到底不可能な長距離跳躍である……が、建物までは距離が足りない。
しかも直前まで赤龍と戦っていた大鎧装、即ちレツオウガのツインアイが、目ざとくヘルガを捉えた。
『おっと、美人が出て来て驚いたかナ?』
背を伝う冷たいものを軽口で押し込めながら、ヘルガは右の銃をレツオウガへ構える。
『驚くついでに、おねーさんがイイものを見せてあげよう!』
――前述した通り、ヘルガ・シグルズソンは射撃が得意では無い。グレイブメイカーを運用できるのも、偏にS・C・Sの補助があるからこそだ。
だが、ならば。
なぜヘルガは二丁の拳銃を得物としているのか。
その回答を、ヘルガの銃は歌い上げた。
轟。
発射されたのは銃弾では無く、爆発的な霊力光とスラスターじみた大音量。それらを顔面に浴びせられ、さしものレツオウガですら一瞬動きを止める。
そしてそのツインアイには、今し方劈いた銃口とは逆方向へ、凄まじい速度で滑空していくヘルガの姿が映っていた。
そう。ヘルガの銃には、ブーストカートリッジが装填されていたのだ。
『もいっちょ!』
跳びながらもう一度引金を引くヘルガ。劈く銃口が霊力光と推進力をもう一度吐き出し、進路を調整。瞬きする間に迫る建物へ、ヘルガは躊躇無く突入。
『よっ、とッ、と』
鎧装脚部にある姿勢制御用小型ウイング、及び衝撃吸収機構を駆使し、ヘルガは危なげなく着地する。
『ン、我ながらイイ仕事だ』
『流石は
手近な柱の陰へ隠れながら、ヘルガは辺りを警戒する。あれだけハデに飛び込んだ以上、歓迎もそれなりに豪華だろうと覚悟していた、のだが。
『大変なお仕事中、ってのは見りゃ分かるけど、ねぇ』
迎撃要員が現われるどころか、警報の一つすら聞こえて来ない。
本当に
『うおおおおおおおおっ!?』
ずずん、という響きと共に、自衛隊出向部の誰かの声が壁を突き抜けた。気になる状況ではあるが、それを理由に足を止める事は出来ない。
『急がなきゃね……』
言いつつヘルガは柱の陰から出ると、おもむろに左の銃を斜め上、正面、斜め下へ一発ずつ引金を引いた。
今ヘルガが撃った銃へ装填されているのは、通常弾でもブーストカートリッジでもない。サーチカートリッジという、索敵用の特殊弾倉だ。
S・C・Sによって巌の技量が重ねられた照準は、床や天井を這う術式の僅かな隙間を、当然のように潜り抜ける。そうしてある程度の距離を飛んだ後、霊力で構成された弾丸は幻燈結界の透過を外れて着弾。跳弾する代わりに壁や天井へと張り付いたそれは、すぐさま形状を術式陣へと変形。刻まれた術式を放射して消滅する。
『反射……来た来た』
ヘルガが掲げた手首の上、投射される立体映像モニタ上へ映し出されるのは、3Dワイヤーフレームで組み上げられた施設内部の大まかな構造図であった。
今し方、銃弾を介して敷設された索敵用の術式。あれには特殊波長の超音波を投射し、周囲一帯の大まかな状況を立体的に把握した上で、ヘルガへと送信する機能が備わっていたのである。
言うなれば、イルカやコウモリが用いる
『やっぱ地下、か』
かくて速やかにスティレットのはらわたを暴き出したヘルガは、二重の意味で眉をひそめた。
一つ目は、どうやら地下の大きな部屋へ人影が並んでいる事。
二つ目は、そこ以外の場所にはどこにも人影が見当たらない事。
警備兵どころか、定期巡回用の
襲撃をまったく想定していなかった……としても、このノーガード戦法ぶりは流石に異常だ。
そうなると、予想されうる選択肢は。
『アタシを誘っている、か……? 美人は辛いナァ』
だが、だとしても何のために誘うのか。軽口でも払いきれない不安を、ヘルガは頭を振って打ち消す。
『行ってみりゃ分かる、か』
幸い、施設の構造は既に分かりきっている。建物内をのたうつ術式の隙間を抜け、幻燈結界の効力で床を透過し、ヘルガはものの一分で最奥の大部屋手前へと辿り着いた。誰が何を企んでいるかは知らないが、少なくともここまで早い足取りまでは予想していない、筈だ。
『さ、て、と』
左銃からサーチカートリッジを排出しつつ、ヘルガは呼吸を整える。
何をしているのか、何がしたいのか。意図はまったく見えないが、絶好のタイミングである事は間違いない。
『仕掛けます、か!』
鎧装脚部へ仕込まれたもう一つの
『レディィィ――』
ただし装填されたカートリッジの通り、飛ぶのは銃弾では無い。
ヘルガ・シグルズソン、そのひとだ。
『ゴッ!』
轟。
斜めに掲げられた左銃が、爆音と推進力を生み出す。展開された鎧装の脚部小型ウイングが、押し出されたヘルガの姿勢と速度を、最適なものへと調整する。
幻燈結界によって床を透過したヘルガは、コンマ数秒で地下階の床へと到達。衝撃吸収機構が作動し、同時に足裏へ仕込まれた術式陣が床にその紋様を転写。九人の敵の視線が集まるのを背で感じながら、ヘルガは右銃を射撃。
唸る轟音、弾ける推進。ヘルガは斜め上へと射出され、忍者のように天井へと着地。梁にぶら下がる足裏で術式を転写しつつ再照準、射撃、射出されるヘルガ。
また別の場所へ着地し、足裏の術式を転写し、再照準して射撃。
霊力光をたなびかせつつ着地、術式転写、再照準、射撃。
更に着地、術式転写、再照準、射撃。
着地、術式転写、再照準、射撃――。
跳弾のように、あるいはピンボールのように。己の技量と装備の性能を十全に発揮しながら、ヘルガは縦横無尽に室内を跳ね回る。
九人の魔術師達は、ただただヘルガの動きを目で追う事しか出来ない。唐突に現われた上、とんでもなく派手な動きをしているのだから当然ではある。
だがもう一つの理由として、ブーストカートリッジから排出される霊力光が視界を塞いでいる事が大きいだろう。
実は今現在
何故か。それは今まで足裏から転写した術式陣を隠すためであり。
『敷設、完了ッ』
かくて九つ目を設置したヘルガは、巨大装置前のキャットウォークへ着地しながら、術式陣発動のキーワードを叫んだ。
『オールスタンパー! アクション!』
室内の九箇所に刻まれた術式陣が、まったく同じタイミングで起動する。それは光る霊力の鎖を一秒で編み上げ、未だ室内に滞留していた霊力光の帳を引き裂きながら、九人の魔術師達へと殺到した。捕縛術式である。
『――!』
息を飲んだのは、果たして九人の内の誰だったか。どうあれ、ぱぎん、というガラスの砕けるような音を立てながら、九本の鎖は九人の魔術師を瞬く間に拘束した。
このように、奇抜な軌道と霊力光の目眩ましを併用した閉所での戦闘は、ヘルガが最も得意とする戦い方だったのだ。
『よ、し。取りあえず、コレで』
『制圧出来たってワケだねえ。おめでとう』
唐突に、しかも息がかかりそうな至近から、十人目の声がヘルガの耳朶を叩いた。
『――ッ』
驚くよりも先に身体へ染みついたエッケザックスの訓練と、何よりS・C・Sで重なっている巌の技量が、ヘルガにグレイブメイカーを構えさせた。
ことん。グレイブメイカーを構えるに辺り、投げ捨てられた右銃が音を立てる。そのままではいずれ幻燈結界外へ弾かれてしまうだろうそれは、もはやヘルガの視界に入らない。
『おやおや、随分と物騒な挨拶じゃないか』
ほぼゼロ距離で胸元を照準するグレイブメイカーの銃口を見ながら、しかしその男はおどけるように肩をすくめた。
『――アンタ、なんなの』
ヘッドギアの下で汗を滲ませながら、ヘルガはその男を睨んだ。
即ち。ボロボロのローブを着込んだ、
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