Chapter14 隠密 01

 ――時間は巻戻り、グレンが烈荒レッコウへ乗り込もうと息巻いていた頃。

「良いでしょう、好きにさせてやりなさい。設営にフォースアームシステムが必要な段階は、もう過ぎたからね」

 ギャリガンの一存により、フォースアームシステムの拡大装置へ繋がれていた烈荒のロックが外される。一瞬動きを止めるグレンだが、しかしすぐに意図を読み取る。天井間際の監視カメラへサムズアップを翳す。

「あんがとよ、社長!」

 勢いよくコクピットへ滑り込み、エンジンスタート。マフラーから吐き出される轟音と霊力光を背で感じながら、グレンは睨む。正面。隔壁が開く、開く、開く。手前から奥へ、次々と開いていく。照明も順番に灯っていく。

 そして最後に外へ繋がるハッチが開き、四角く切り取られた光が入ってくる。

「行くぜェッ!」

 瞬間、グレンはアクセルを踏み込んだ。猛るホイール。唸るマフラー。轟く霊力光。さながら引き絞られた矢の如く、ほとんど吹き飛ぶような勢いで烈荒は走り出す。

「うおっ」

 そうして、外部ハッチをくぐり抜ける直前。

 烈荒は、光学迷彩装置で姿を隠した何者かとすれ違った。

 当然、グレンは気付かなかった。

「おーお、スゲー勢いだな」

 手でひさしを作り、思わずその背を追う侵入者。そんなのんきをしている間に、外部ハッチはゆっくりと閉まり始める。

「おっと」

 気を取り直して前を見れば、順々に閉まり始めた幾枚もの隔壁。烈荒の出撃が終わった以上、こうなるのはむしろ当然だ。

「うわヤベっ」

 侵入者は走る。結構な勢いだが足音はほとんど無い。大鎧装にも使われている衝撃吸収機構が音を殺しているのである。

 かくて侵入者は烈荒が格納されていたフォースアームシステム拡大装置の部屋へと侵入し、直後に隔壁が音を立てて閉まった。そのまま侵入者は壁際へと移動、監視カメラの死角でようやく一息つく。

「やれ、やれ」

「とりあえずは予定通り、ですね」

 ヘッドギアの内側、響くは侵入者をサポートしているオペレータの声。Rフィールド外部から、危険も顧みず協力してくれている人物に、内通者は呼びかけた。

「大した事ありませんよ。ファントム5が来るまでは、割とザラにありましたからね、こう言う状況。それよりそっちこそ大丈夫なんですか? ……シグルズソンさん」

「心配無いわ。今のところは、ね」

 にやり、と。

 内心の不安を押し殺しながら、名字を呼ばれたオペレータ――アリーナ・アルトナルソンは応えた。ちらと左の立体映像モニタを見やれば、今もどたどたと走り回っている同僚達の姿が見える。まあ無理もない。何せ突如現われた未確認機が、Rフィールド内へ突撃していったのだから。

 すわオラクル・アルトナルソンなのか、だがセイバーウルフではなかったぞ、と言う訳で凪守なぎもりへ連絡してみたが繋がらない。

 やむなく月面から関係者が天来号てんらいごうへ向かってみれば、帯刀正義たてわきまさよし一佐率いる部隊が標的ターゲットSに乗っ取られたセイバーウルフと交戦中。

 更に天来号内部でも標的S憑依者による蜂起で混乱に陥っており、凪守はほぼ麻痺状態。他の組織への連絡も選択肢の一つだが、それをすればアリーナとファントム・ユニットの繋がりが露見してしまう。まだ選ぶ事は出来無い。

「そう、心配無いわ。エッケザックス、BBBビースリー、USC……どこの魔術組織からも支援は期待出来そうに無い、って程度ね」

「成程。なら確かに問題無いですね」

 飄々と切って捨てる侵入者。あっけらかんとしたその態度に、アリーナは少々虚を突かれた。

 知ってか知らずか、侵入者は小さく笑う。

「これもいつも通りですよ。ファントム・ユニットウチは鼻つまみなんで、孤立無援はむしろ落ち着くぐらいです」

 それは果たして本音か、あるいは強がりか。きっと両方なのだろう。アリーナは舌を巻くしかなかった。

「……それよか、クラッキングの方は?」

「あ、うん。今終わったわ」

 アリーナが見やった別のモニタ内インジケータは、既に百パーセントになっている。侵入者と使っている通信回線を介したクラッキング、それによる監視カメラ等警備システムの制御率だ。

 スレイプニルⅡの保安システムは今、この侵入者達の手に落ちたのである。

「第一段階はつつがなく完了、だな」

 侵入者は光学迷彩を解除。スマートかつつるりとした、どことなく忍者を思わせる造りの鎧装が露わとなる。その顔はフルフェイスタイプのバイザーに覆われて見えないが、どうやら一つ息をついたようだった。

 歩きつつ、侵入者は先程グレンが手を振った監視カメラをちらと見上げる。グレンの時と違い、そのレンズがこちらを追尾する様子は無い。

「内通者様々、だな。普通じゃこんなスムーズにはまず行かない」

「そうなんですか……とはいえ、掌握した系統とは別の独立スタンドアロン装置がある可能性も捨てきれません。くれぐれも慎重な行動を」

「ええ」

 こうした状況に慣れていないのだろう。心配性なオペレータに苦笑しつつ、侵入者はコンソール前に辿り着いた。傍らには、つい先程まで烈荒が収まっていたジョイントパーツ群。その一つの前にしゃがみ、手を翳す。

 左手。その手首に嵌まっている特徴的なリストコントローラから、霊力光が投射。そこへアリーナが入力した術式が通信を介し、コネクター部分へ食い込むように現出、固着。侵入者は感心した。

「見事な手並みですね。遠隔操作なのに」

「ま、コレの原型を造ったのは……というか、造らされたのは、私ですからね」

 苦笑しながらアリーナは今し方転送した術式を――炸裂術式を見やる。

 後年ヴォルテック・バスターへ応用される事にもなったその術式は、コネクターへ完全に接続している。そう簡単には外れまい。

「内通者サマサマ、だな」

 あの内通者が今更裏切る可能性なぞ、それこそゼロにも等しい。だがそれでもこうして情報の裏付けがされる度、彼の決意が改めて浮き彫りになると言うものだ。

「あるいは捨て鉢加減が、か」

「? 何です?」

「……ただの独り言ですよ。それより、ナビお願いします」

「ええ、勿論」

 ちらりと、アリーナはまた別の立体映像モニタを見やる。写り込むのは、内通者から提供されたスレイプニルⅡの内部構造データであった。

「ほぼ提供データ通りの造りですが、やはりセキュリティに更新された区画がありますね。百パーセントの掌握とはなっていません」

「ま、そこまで上手くはいかないですよね。迂回を?」

「ええ、お願いします。とは言え、当面は道なりに――」

 アリーナが言い終わるよりも先に、侵入者は動き出す。

 頭に叩き込んだ情報。バイザー内側に映るマップ。アリーナのナビゲート。そして己の直感を複合し、足早に進んでいく。幸いにしてやるべき事、目指すべき場所は分かっている。

「一直線には……行けないですけどね」

「ま、いつもの事です」

 時に通気口を潜り、時に自動ドアをクラッキングし、侵入者は歩みを進める。道すがら、コンソール等へ先程の炸裂術式をセットするのも忘れない。内通者の情報はどこまでいっても正確で、アリーナの指示もまた的確。潜入は予想以上にスムーズに進んでいる。

「とはいえ……」

 世界最高レベルの未来予知術式こと、先見術式。それを操る力を持ったザイード・ギャリガンに、こんな小手先がどこまで通用するのか――そんな内通者の疑問を裏付けるように、それは現われた。

「せっかちな客人も居たものだな。玄関から入ってきてくれれば、きちんともてなしたのに」

 幾度目か潜った扉。まっすぐに延びる通路、その中央。

 特注の車椅子へ深々と沈み込んでいる、枯れ木のような老人。

 ザイード・ギャリガンが、そこに居た。

「なっ」

「――」

 スピーカーの向こう、アリーナが絶句するのを聞きながら、侵入者は駆けだした。鎧装によって強化された身体能力は、僅か数秒でトップスピードに到達。その速力のまま侵入者は斜め右へ跳躍、壁を、天井を、ボールのように跳ねる軌道で突貫。

「素晴らしい。目の覚めるような身体能力、そして判断力だ」

 こつん。ギャリガンの指が車椅子の肘掛けを小突く。車椅子から霊力線が延びる。床を、壁を這う幾本もの光は寄り集まり、ワイヤーフレームじみた骨組みを形成し、やがて現出する。

「GRAAAAAAAAAッ!」

 即ち、敵意を備えたトカゲ頭のまがつ、四体のリザードマンへと。

「だが、その程度の動きでフェイントに」

「なるなんて思っちゃいないさ」

 天井を蹴り、身を翻す侵入者。その手にはいつのまにか一挺の拳銃が握られている。

 霊力武装。自動拳銃オートマティック。その照星が捉えるのは、ギャリガンでもリザードマンでもない。

 後方。誰も居ない通路奥。だが侵入者は発砲。躊躇は無い。

 轟。

 撃ち出されるは弾丸、ではなく衝撃波。その凄まじさは通路全体を振るわせ、侵入者自身を砲弾じみて射出。

「ブースト、カートリッジ」

 驚き、感心。二つの感情が混ざった吐息を吐きながら、ギャリガンは見た。予測を覆す速度で間合いを詰めた侵入者が、リザードマン共の反応をかいくぐって肉薄するその様を。

 肉薄しながら踵部へ鎧装内蔵のブレードが、更に拳銃の逆手へ霊力武装のクナイが、それぞれ現われる一部始終を。

 そして。

「GR、」

 断ち、薙ぎ、払い、穿つ。流れるような四連撃が、リザードマン共へことごとく致命打を叩き込んでいく一部始終をも。

「素晴らしい」

 侵入者の斬撃は止まらない。流水じみた動きから生み出される遠心力を乗せられた右足刃は、当然のごとく次の軌道にザイード・ギャリガンを選んだ。

 禍という護衛を失ったギャリガンに、それを防ぐ手立ては微塵もあらず。

 ぞん。

 紙を切るような軽い音を立てて、ギャリガンの首は飛んだ。

「えッ、あ……や、やった!? ザイード・ギャリガンを!?」

 アリーナの驚愕は、しかし侵入者の耳に入らない。声も無く消えていくリザードマン共を振り返る事も無く、侵入者はひた走る。銃を通常弾倉へ入れ替えつつ、扉を潜る。通路が続く。

 そして、その通路の先に。

「成程、成程。目の覚めるような身体能力だ。決断力も素晴らしい」

 またしても、ザイード・ギャリガンは居た。

「ぶ、分霊ぶんれい!? でも……?」

 アリーナが泡を食うのも無理はない。先程鎧装のセンサーが捉えたギャリガンの反応は、明らかに生身のそれだったからだ。

 反面、侵入者に動揺は無い。一秒たりとも加速を緩める事無く、拳銃の弾倉を通常のものへと交換。

「GGRRAAAAAAAAAッ!」

 直後、先程と同じ行程で生成されたリザードマン共が、今度こそ侵入者へ襲いかかった。

 数は同じく四。だが先程と違って間合いは十分。トカゲ頭はそれぞれ武器を構える。

 長剣を持った前衛が二体。アサルトライフルを持った後衛が二体。

「さてどうする?」

 銃声、銃声、銃声、銃声。ギャリガンが言い終えると同時に、侵入者の拳銃が火を噴いた。

 不安定な狙いのため、命中は三発。しかも腕や足などで致命打には至らず。だがそれで良し。リザードマン共の動きは一瞬鈍り、侵入者は機先を制した。

ッ!」

 走りながら侵入者はクナイを投擲。その鋭い切っ先は、右手側にいいたリザードマンの胸部へ深々と突き立つ。

「「GRRRAAAッ!?」」

 もんどりうって倒れる前衛トカゲ、その隙に侵入者はもう一匹の前衛との距離を詰め終えている。

「GRAAッ!」

 振るわれる斬撃。だがそんな場当たり的な一撃なぞ、侵入者に通用する筈が無い。

ッ!」

 僅かに身を翻して回避しつつ、振るわれるカウンター鉄拳がリザードマンを吹き飛ばす。

「GRAAAAAAAAAッ!」

 それに激昂したのか、後衛のリザードマン共がようやく引金を引いた。フルオートでバラ撒かれる弾幕、だがその射線上に侵入者の姿は無い。

「ほほう?」

 ギャリガンが上げた視線の先、天井へ踵部ブレードを突き刺して、上下さかさまの体勢でしゃがみ込む侵入者の姿。それにリザードマン二匹が気付くよりも先に、侵入者は折り畳んだ膝の筋力を解放。自らを砲弾じみて射出ししがら、引金を二度引く。

 着地する侵入者。それに一拍置いて、残りのリザードマンは倒れた。眉間にはどちらも穴が空いていた。

「おお、素晴らしい」

 かくて護衛を全て失いながら、それでもギャリガンは侵入者を称えた。

 そして、その名を呼んだ。

「流石はファントム4、と言った手並みだな」

「……ま、お見通しだよな」

 言いつつ、侵入者はフェイスシールドを開く。

 口端をほんの少し吊り上げた五辻辰巳いつつじたつみの顔が、そこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る