第174話「あまりにも、あんまりだな」

「……?」

 ザイード・ギャリガンは、訝しんだ。

 ハワードだけではない。ファントム・ユニット全体にわだかまっている、空気。

 動揺。そして――憐憫。

「どういう事だ?」

 全ての敵から似たような目を向けられながら、ただ一人ギャリガンだけが意味を理解できていない。グングニル・レプリカの穂先を上に向け、ハワードの話を律義に待っている、待ってしまっている、その異様を。

「……オレからやっといてナンなんだけどよォ」

 一歩。前に進み出たアメン・シャドーⅡが、おもむろに霊力装甲を一部解除。胸部と頭部が消失し、ハワードの分霊が姿を現す。

 行儀悪くモノリスに胡坐しながら、がりがりと頭をかく、その顔は。

「あまりにも、あんまりだな」

 苦虫を、思い切り噛み潰したような表情であった。

「? さっきから意味が分からないな。そもそも話を持ちかけて来たのは君の方だろう? 早くしてくれないか。とっとと戦闘の続きもしなければならないだろう」

「……アー。まったくだな」

 ハワードは、改めてネオオーディン・シャドーを見据える。グングニル・レプリカに添えられた右手の指は、苛立たしげに柄をコツコツと叩いている。今までの闘志を抑え込んでいるのだ。当人には絶対分からない理由のために。

 一つ、息を吐くハワード。そして語り出す。倒せなかった場合の、当初の予定通りに。

「特定状況下における霊力経路の過負荷と、それを解決するための術式構成、及び媒体素材に関する提案」

「いきなり何の……いや、待て、それは」

「だよなァ。知ってるよなァ。オマエなら」

 くつくつと、ハワードは笑う。その表情には疲労と、どこか諦念が滲んでいた。

「神影鎧装レツオウガ。よりツッコんだ言い方をすンなら、鍵の石のコントロールユニットを兼ねる特別仕様の大鎧装。その開発は長い期間かかった。どのパーツも要求水準がムチャクチャ高かった事、参加技術者に吟味を重ねたせいで進捗が牛歩になった事。色々理由はあるだろォが……やっぱ最大の理由は、開発状況そのものがバラバラの寸刻みにされてたからだろォな」

 ハワードがレツオウガの開発に関わったのは、BBBビースリーに軟禁状態だった頃。つまりは相当に昔の話だ。だが恐らく、計画自体はもっと前からじわじわと進んでいたのだろう。あの時見た無貌の男フェイスレスを思い返しながら、ハワードは続けた。

「オレはレツオウガの、鍵の石の開発に携わった。アイツから提示された条件が、実に魅力的だったからなァ」

 ブラウン閥から完全に籍を外す事は出来ない。だがそれでも、今以上に自由に行動できる権利を、アナタへ差し上げる事が出来る――フードの奥のニヤニヤ笑いは見え透いていたが、それでもその提案は、余りにも魅力的であり。

 結局ハワード・ブラウンは、己に課されたノルマを完遂させた。

 術式の構築。素材の生成。駆動系統の最適化。大鎧装を構成する要素はまだまだあるが、ハワードが主に担当したのはそうした箇所だ。そして同じ個所を、もう一人の魔術師も担当していた。

「いやいや。今から思い出しても、なんつーか、アレだな。クソ大変で。クソムカついて。そんでもって……クソ充実してた」

 己と同等、特定分野に至ってはそれ以上。ハワードがそんな魔術師と出会ったのは、このレツオウガ開発が初めてだった。

 ああ、今からでもありありと思い出せる。最初の手紙――当時は使い魔の伝書鳩でやり取りしていた――今でいうA4のくらいの大きさのものに、みっちりと書かれていた修正箇所及び改修方法。そして末尾のイニシャル。

 G。そのたった一文字相手に、ハワードは相当に悶々とさせられたものだ。

 何せ指摘に容赦がない。正確だからだ。

 さりとて文句のつけようもない。正当だからだ。

 確かにハワードの魔術知識は相当なものだ。ファラオとして、トゥト・アンク・アメンとしての権能によって古代エジプトで研鑽された術式を用いた上、更に当人自身のセンスが重なる事で素晴らしいモノが完成する。彼はこれまでそうやってBBBに貢献して来た。させられて来た。それに意見を挟む者は、一人として居なかった。

 ……いや。今から考えると研究成果を召し上げた後、オレに見えねエ所でダメ出しなり何なりをしてやがッた可能性もあンのかね。今更思い至った可能性に、ハワードは心の底から苦笑いした。

「とにかくだ。紙面越しとは言え、このオレに魔術知識で真っ向からモノを言う相手なんてエのには、それまでお目にかかった事が無くてよォ。随分と楽しませて貰ったもんだぜェ。なぁ、『G』さんよ?」

「……そうか。キミは『T』だったのか」

 心底以外そうに、しかしどこか納得しながら、ギャリガンは呟いた。そして思い出す。今でいうA4くらいの大きさの紙面へ、踊るように流れる新型術式の構築案。あるいは規則正しく並んだ構造材の粗製案。

『T』というイニシャルしか知らない、しかし素晴らしいアイディアを次々に出して来る魔術師の案に対し、若き日のギャリガンは嫉妬し、睨み付け、添削したものだ。

「だが、仕方があるまい? 例えば試製二十二番術式。キミが提案した通りの構造では、霊力の伝達効率に三パーセントのロスが生じてしまう。僕らに求められたのは完璧な仕様だったのだから――」

「あー、あー、あー。ソレだよソレ。その口調。実際耳にするとムカつき五割増しだなオイ」

 首を振りながら、しかしハワードの口元には薄い笑み。

「だが、だからこそ良いモンを作る事が出来た。楽しく、やる事が出来たんだ」

 生まれた時から、のみならず。死んだ後でさえ、権謀術数の渦中。

 そんな彼にとって同じ目的のために研鑽する相手というのは、初めての事だったのだ。

 だがその繋がりも、研究の完成と共に途切れる。『G』は己の組織の仕事に戻り、『T』は『鍵の石』及びそれに付随する生体ユニットの開発へとシフトした。

 そうした彼ら二人をのつながりをファントム・ユニットが知ったのは、モーリシャスにおける戦闘が終わった後の事だ。

 敵方の狙いとしては、これもまたデコイ情報の一つだったのだろう。何せ向こうの視点からすれば、ハワード・ブラウンは既に月面でレーザー照射を受け、死んでいるのだ。

 そんな相手と関連していた情報が残っていれば、そちらに調査人員を振り分けるを得ず、状況の混乱を長引かせる事が出来る――目論見としてはそんなところだったのだろう。幾つもばらまかれた他の情報、資産や術式などのデータと同じだ。

 だが。ここに一つ誤算が生じた。

 ハワード・ブラウンは、ファントム・ユニットの手によって救出されていたのだ。

 確かにアームド・ブースター装備のオウガがエジプトの砂漠へ回収に行った時、既にハワードはその場を離れていた。だがその前にファントム・ユニットへ向けたデータ――辰巳ゼロツーグレンゼロスリーがアレクサンドロスを元にした人造人間である資料を残していた。

 そして、更にこの時。簡易シェルター内に巌が用意していたデバイスを、ハワードは持って行ってもいたのだ。

 通信と、ファントム・ユニットが収集した各種データ。加えて追跡術式。まあ最後の物は早々に無効化されたし、ファントム・ユニット側としても戦局をかき乱す第三勢力になったくれれば、と言った程度の期待しかしていなかった。ハワードもそれは承知していた。あの時点では。

 状況が変わったのは、デバイスからの情報を検分していたハワードが、『G』の正体に気づいた日の事である。

『スタンレー・キューザックに会いてェんだけどよォ。居るよな?』

 その日の内に、ハワードはマリアの祖父、スタンレーを通じてファントム・ユニットに接触した。そして己とザイード・ギャリガンの関係、及び正体を話した上で、協力を打診したのだ。

『何故、そこまで』

 立体映像モニタ越しに問う巌に、ハワードは肩をすくめたものだ。

『決まってンだろ? オレは盗掘者ってェのが死ぬ程キライなんだよ。何より……せめて引導は、この手で渡してやりてェ』

 かくて打診は受理され、ハワードはファントムXとなった。スタンレーが用意した素材からオベリスクを作り出して憑代とし、先行試作型ディスカバリーⅣ内部に収めた。

 それから紆余曲折を経て――ハワードは今ここに、かつての友の前に立ったのだ。

「で、だ。『T』――トゥト・アンク・アメン殿。キミはこんな昔話をするためにわざわざここまで来たのかね」

「オウとも、半分正解だぜ『G』。てか思ったより楽しいモンだな。懐かしい話題で喋るってエのはよ」

「それは良かった。ならいい加減話を進めてくれないか」

「戦闘を再開するために、ッてか?」

「その通り。分かっているじゃあないか」

 ネオオーディン・シャドーの身体各部、スラスターから微細な霊力光が明滅する。急かしているのだ。自分の矛盾に、致命的な認識の欠落に、まったく気づけないままで。

「……なあ、ギャリガンよォ」

 だから、ハワードは。

「そもそもこうして、戦ってたのをブツ切りにして駄弁りに応じる事自体、おかしいと思わねエか?」

 真っ向から、切り込んだ。

「……? 何を言っている?」

 首を傾げるネオオーディン・シャドー。ハワードは、俯いた。鎧装のバイザーで、目元が隠れた。

「鍵の石の開発がひと段落した後、オレもアイツのプロジェクトから外れた。多少名残惜しくはあったが……まァ報酬の自由を貰った以上、とやかく言う気は無かった」

 表情はうかがい知れない。ギャリガンも、何故かズームする気にはならなかった。

「ンで、何年だか……何十年だか。色々あって、アイツの誘いでグロリアス・グローリィへ協力する事になった。モーリシャス。チェスボード。アメン・シャドー。その辺はまア、流石に覚えてるよなア」

「当たり前だ。ふざけているのか?」

「そーだッたらどンなに良かったかねエ」

 ハワードは、顔を上げた。表情は、無い。

「で、だ。そン時、オレはアイツからオマエの、ザイード・ギャリガンの秘密を教えられた。オマエが知らねエ、意識もしてねエ秘密をな」

「……それはそれは。実に傑作なジョークだな」

「だろ? ンで、その内容ってのがまた傑作でよォ。とある仕草をしただけで、ザイード・ギャリガンを絶対に従わせる事が出来ンのさ」

「……。ハッ。なんだその」

 ぱん。ぱん。ぱん。

 何かを言いかけたギャリガンを制しながら、ハワードは柏手を三回打った。

 そして、言った。

「ザイード・ギャリガン。ネオオーディン・シャドーの槍を捨てろ」

「分かった」

 ギャリガンは即答し、グングニル・レプリカを放り出した。小石か何かのように。

 莫大な霊力と強大な術式によって編み上げられたその霊力武装は、本体との霊力供給も立たれて五秒後に霧散した。

「わあ」

 アメン・シャドーⅡの背後。成り行きを見守っていたメイが、思わず呟いた。他の者達も同様の表情をしていた。ファントムXが加わった時から情報として知ってはいたが、それでもこうして実践されるのは、中々に違うものだ。

「で? これがどうしたというんだ」

「……だよな。わかんねエよな。そういう風に出来てるからなア」

 ハワードは、手元の立体映像モニタを見る。少し前から来ていた通知。着信を許可する。

「良いぜ」

「何がだ?」

「こっちの話だ。つーかよ」

 ぱん。ぱん。ぱん。

 もう一度、ハワードは柏手を三回打った。そして指差す。バハムート・シャドーⅡの方向を。

「アレを見ろ」

「わかった」

 素直に、ネオオーディン・シャドーは顔を上げる。そして見る。アメン・シャドーⅡがマーカーした対象を。

「……、……。は?」

 そして、絶句した。

 バハムート・シャドーⅡ、左肩の上。そこに居たのは二人の女。メイド服姿のファネルと、鎧装姿のヘルガ。だが、ギャリガンを絶句させたのは二人の姿ではない。ファネルが持っている、直方体の箱のためだ。

 何らかの術式が刻まれたその箱は、前面が開かれている。そして、その中には。

 仮面のような機械装置をつけられた、とても古びた髑髏が一つ、無造作に押し込められていて。

「あ、れ、は」

 かつて、ギノア・フリードマンに施されていた処置。

 それと同等、いや、それ以上の束縛を強いていたのだろうそれの正体を、ハワードは言い放った。

「そうだ。アレは、オマエだ。オマエの本体だ」

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