Chapter10 暴走 03

「オラオラオラァ!」

 刺突、振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い、唐竹割り。凄まじい速度の、かつ途切れる気配を見せないアメン・シャドーの連撃がレツオウガを襲う。

「ナ、メ、るなっ!」

 対するレツオウガは携えた二刀で捌き、弾き、防ぐ。

ッ!」

 そして一瞬の間隙を狙い、カウンター斬撃をねじ込み、打ち込み、叩き込む。

「ホ! やるじゃねェか!」

 しかしてそのカウンターもアメン・シャドーには届かない。避けられ、見切られ、受け止められる。

 まさに一進一退……いや、やや辰巳たつみの旗色が悪いか。

 故に状況を打破すべく、赫龍かくりゅうは隙を伺っているのだが。

「……ダメだ」

 一旦展開した腕部グレネードランチャーを、いわおは仕方なく元に戻す。距離が近すぎるのだ。これでは爆風がレツオウガにも届いてしまう。

「ならば」

 脚部装甲が展開し、足首部がひっくり返って内部機構が露出。元来この機構は接続端子ジョイントなのだが――。

「こういう使い方も、出来るッ」

 霊力光が両足の下へ集束。球状に凝る赤色の霊力光から、大量の霊力弾が雨霰と射出。機関砲の霊力武装という訳だ。

 速射性に優れる霊力弾は、レツオウガが離れた一瞬の隙を縫ってアメン・シャドーへと着弾。

「おンや、霧雨かなァ」

 だがアメン・シャドーの黄金装甲は、機関砲の弾丸を容易く弾き返す。ブラウンが鼻で笑ったのも当たり前だ。

「こ、の」

 それでも巌は限界まで弾雨を厚くするが、もはやアメン・シャドーは意に介さない。弾雨を浴びながら堂々と鎌を構え、レツオウガへと斬りかかる。足止めどころか目眩ましにさえなっていない。

「今後の改修課題だな……しかし」

 つぶやく巌はメイに、レツオウガの心臓を司っている筈の同僚へ通信を繋ぐ。

「何やってるんだファントム3、出し惜しんでいる場合か?」

「ああ、ファントム1か」

 がぎん、がぎん、がぎん。刃の噛み合う絶叫が、冥の応答を寸刻みにしてしまう。

「やれやれ、宴もたけなわだな」

 ある程度防音効果があるはずの霊力装甲。それ越しでも響いて来る騒音に顔をしかめながら、冥はタブレットに指を這わせる。

「……とにかく、そうしたいのは山々なんだがな。興が乗らないのさ」

「こんな状況で何を悠長、な?」

 言い淀む巌。メールが届いたからだ。しかも、今通信しているファントム3当人から。

 訝しみつつ開く。目を通す。そして、理解した。

「成程、だったらしょうがないな」

 ――フェンリルの憑依が想定以上に深まっている。霊泉領域れいせんりょういきまで確認できてはいないが、こんな状態で冥王ハーデスの霊力を接続するのは危険すぎる。メールにはそう書かれていた。口頭でそれを伝えなかったのは、鋭敏な風葉フェンリルの聴覚に捉えられる事を防ぐためだろう。

「別の手を打たせて貰うよ。もっと良さげなヤツをな」

「そうしてくれ。僕は面白そうな場所を見つけたから、そっちへ散歩しに行ってみるよ」

「ち、ィっ!」

 ぎぃん。一際甲高い刃音を立てながら、レツオウガは大きく跳び退いた。これ幸いと赫龍がグレネードランチャーで狙おうとするが、その機先を阻むようにアメン・シャドー背部の光輪が光る。光線が発射される。

五辻いつつじくん!」

「解ってる! そしてファントム4だ!」

追尾性能の高さは先刻承知。なればこそ出し惜しみは無し。辰巳は霊力の消費量を度外視し、スラスターを全開駆動させた。

 弾かれたピンボールのように、レツオウガは急加速。そのコンマ五秒後、レツオウガが居た場所へ幾条もの光の束が、矢継ぎ早に突き刺さった。

 爆発、轟音、砂塵の雨霰。そんなものが舞飛んでいたのは、しかし束の間だ。後続の光芒はすぐさま軌道を歪曲させ、レツオウガ目がけて一直線に追い縋る。

 その光芒があわや着弾する――という直前、辰巳はレツオウガ背部のタービュランス・アーマーを解放。慣性をねじ伏せる大推力が、レツオウガに直角の軌道を刻ませる。そのレツオウガのすぐ脇を、光芒の奔流が通り過ぎる。狙い通りだ。

「ほォ、やるねェ!」

 ブラウンは笑う。余裕たっぷりに。その程度の一時しのぎでアメン・シャドーの霊力を受けた光芒――コロナ・シューターの追尾から逃れられる筈がないからだ。

 事実後続の光芒は即座に向きを変え、レツオウガを再照準。

 この瞬間を、辰巳は待っていた。

「ファントム1!」

「分かっている!」

 叫んだレツオウガの真上、待ち構えていた赫龍が、今度こそ腕部グレネードランチャーを発射。ターゲットは、今まさにレツオウガを追い回していた光の群れだ。

 着弾、爆発、相殺消滅するコロナ・シューターの束。中々の精度を見せる連携に、ブラウンは口笛を鳴らした。

「ほォ、やるじゃねェの」

 グレネードランチャー発射口を格納する赫龍。そのカメラアイが、アメン・シャドーのそれとかち合う。しかして、それだけだ。二機の戦端が開かれる事は無い。

「そ、こ、だっ!」

 グレネードが起こした爆煙と霊力光を突き破りながら、レツオウガがアメン・シャドーに突貫を仕掛けてきたからだ。

「チ、今度こそ目眩ましかァ!」

 タービュランス・アーマーによる加速を存分に加算したレツオウガの斬撃を、アメン・シャドーは辛うじて斬り払った。今まで以上に甲高い刃音が響き、凄まじい衝撃がアメン・シャドーの両腕を振るわせる。さしもの神影鎧装しんえいがいそうといえど、あれ程の撃力の直撃は、流石に堪えたようだ。

 アメン・シャドーの動きが僅かに止まる。その脇を、加速の勢いのままレツオウガが通り過ぎる。

「ンなろォ!」

 その背中を狙い、杖を照準するアメン・シャドー。先端の宝石に霊力光が光る。何らかの攻撃術式が起動する。

「今ッ! モードチェンジッ!」

 しかしてその機先を、巌の叫びが制した。

 全身の駆動システムを連動させ、瞬く間にビーストモードへと姿を変える赫龍。同時に機体後部へ密集したスラスターへ霊力光が沸き上がり、即座に炸裂。ADP弾にも匹敵する速度で、赫い翼がアメン・シャドー目がけて突撃。瞬間的な加速力なら、今し方のレツオウガすら上回っている程だ。

 更にその翼端には、先程タイプ・ホワイトを両断したブレードが展開しており。

「チ! なァめるなァ!」

 ほんの一瞬だが、アメン・シャドーの装甲が一際強い金色に輝く。直後、アメン・シャドーの巨体が凄まじい速度で、かつ音も無く二メートルほどスライド移動。

 そのコンマ一秒後、赫龍の斬撃が金色の装甲を掠めていった。

「おーお。相変わらず有り得ない動きを見せるねえ、たまに」

 呟く冥。言動こそ他人事のようだが、その目は注意深く戦況を分析していた。

 アメン・シャドーは強い。機体性能もさる事ながら、パイロットの性質がそれに拍車をかけているのだ。今まで交戦した二機の神影鎧装とは、格の違う難敵である。

 だが二対一の現状であれば、少なくとも拮抗状態の維持は可能らしい。これならしばらくは任せられるだろう。

「……不安は付きまとうが、ね」

「ふあん、って?」

「こっちの話さ。それに、手早く切り上げれば良いだけの話だしね」

 訳が分からず首を傾げる風葉かざはに、冥は微笑み返す。

「ところでさっきファントム1にも言ったんだが、僕は少々気になるところを見つけちゃってね。ちょいと散歩に出かけさせて貰うよ」

「えぇっ!? このタイミングで!?」

「このタイミングだからこそ、さ」

 言いつつ、冥はタブレットに指を這わす。それと同じタイミングで、レツオウガの頭上をアメン・シャドーの鎌が薙ぎ払った。紙一重であった。

 程なく展開する転移術式。紫の霊力光に横顔を照らされながら、冥は辰巳の背中を見やる。

「おいファントム4」

「何だ! 今立て込んでて――」

「ファントム5を、霧宮風葉きりみやかざはくんを、必ず守れよ」

 一瞬。辰巳の動きが止まる。

「――当たり前だ」

「良し。じゃあ、後は任せるぞ」

 ひらひらと手を振りながら、冥は転移術式を潜った。



「おや」

 かくて転移先へとやって来た冥は、術式陣の消去と同時に首を傾げた。見渡した一帯の状況が、予想していた光景と大分食い違っていたからだ。

「なんだ、ここは」

 タブレット片手に、冥は辺りを見回す。

 Eフィールド内部。転移術式で強引に侵入した、恐らくはアメン・シャドーの核たるフレームローダーも待機していただろう場所。

 十中八九、この辺りには何かがある。冥はそう目星をつけていた。

 根拠は、今まさに頭上のEフィールドで戦っているアメン・シャドーそのものである。今までの神影鎧装とは形状こそ違うが、あれもまた新技術を搭載した機体である事実は動かない。

 ならば、その戦闘記録をどこかで計測しているはず。あわよくば、そこにアメン・シャドー打倒の手がかりがあるはず。

 そう、考えていたのだが。

「在庫のグラディエーターとやらが並んでる、と思ってたんだがな……」

 Eフィールド内部全体をくり抜いた、巨大勝つ無味乾燥な格納庫。そんな冥の予測は見事に外れた。

 大鎧装だいがいそうが余裕で動けるくらいに広い事。天井に透過設定が施されているので、頭上の戦闘が良く見える事。当たっていた予想はそれくらいだ。

「……やっぱり古代エジプト様式、だな」

 だがその広大な空間を覆い尽くす装飾の数々は、流石の冥も予想の埒外であった。

 等間隔に並ぶ、巨大な石の円柱。床は精緻に敷き詰められた石畳であり、要所には絵やらレリーフやらも刻まれている。

 だが何より目を引くのは、この巨大な部屋の奥、丁度Eフィールドの中央部分にあった。

 一段高くなった場所に、煌々と燃える火を灯す一対の燭台。

 それに照らされる、一際豪奢なレリーフと装飾が施された石の玉座。

「よォ。いらッしゃい」

 そこに、ハワード・ブラウンがゆったりと足を組んでいた。

 分霊か。それとも本人なのか。どうにも判別がつかないが、それでも状況に飲まれるのは頂けない。

 故に、冥は彼の名を呼んだ。機先を制するために。

「やぁ、勝手だが上がらせて貰ったよ。ハワード・ブラウン殿……」

 一旦、冥は言葉を切る。タブレットを腰裏のホルダーに垂下し、改めて見据え直す。

「……いや。殿、と呼んだ方が宜しいかな?」

 冥は小さく笑う。

 ツタンカーメン。より正確に表記するならば、『アメン神の生ける似姿トゥト・アンク・アメン』という名の古代王ファラオ――もといブラウンは一瞬目を丸めた後、同じような笑いを冥に返した。

「いンや、ブラウンでいィさ。ハワード・ブラウン。割と気に入ってンだよその名前。この身体共々な」

 丁度その時、透過している天井にレツオウガが着地した。音も振動も伝わらないが、相変わらず拮抗状態である事は見て取れた。

「上の砂漠もそうだったが、この眺め……大方キミの霊泉領域の風景を、そのまま転写したのかな?」

「まァな」

 実際正解だ。Eフィールドの内と外。どちらもブラウンの精神を、霊泉領域を形にしたものだ。

「だがこれ程の規模となると、霊力伝達に相応の触媒も必要となる筈だ。何か、自分に関連する遺物でも鋳潰したのかい?」

「まァな」

 それも実際正解だ。サトウが秘密裏に手に入れた、ツタンカーメンの黄金マスク。それを素材とした魔導具――金色のチェスピースを見せられたあの時。

 曖昧だったハワード・ブラウンの野望は、悲願は、はっきりとした輪郭を得たのだ。

「……何だか歯切れが悪いな?」

 どうも故意に取り付く島を潰そうとしているブラウンの応答に、さしもの冥も渋面を浮かべる。その頭上ではレツオウガ渾身のX字斬撃を、アメン・シャドーが件の高速移動でスライド回避していた。

「ハ、そりゃそうだろ? 感情論を煽って他人を誘導しようとするヤツは、大抵ロクデナシらしいからなァ」

 二度、三度。冥は目をしばたく。

「へえそうなのか。どこかできいたはなしだなあ」

 風葉が入隊するどころか、オウガの運用計画すらまともに出来ていなかった頃。今まで以上にカラッポだった辰巳の脳裏へ、容赦なく叩き込んだ処世術――という名目の、ただの趣味。

 しかしてその思想を、どうやら辰巳は思っていた以上に有効活用していたようで。

「ふ。教えた冥利に尽きるってもんだ」

 肩をすくめる冥。その意味なぞ知らぬまま、ブラウンは右手を持ち上げる。

「だからオレもそれを習って、小賢しい交渉は全部無視してやろォと思ってよォ」

 ぱきん。頬杖を突きながら、ブラウンは指を鳴らす。途端、冥の右手に立っていた巨大石柱の中から、金属立方体が厳かに迫り出した。

「……む」

 一歩後退る冥。その眼前で、金属立方体は内部機構を展開し、人型となり、青色の霊力装甲を灯す。

「成程。霊泉領域の風景は、カモフラージュの意味合いも兼ねていた訳か」

「そォいうこッた」

 頷きながら、ブラウンは自らが設計制作したフレイム・フレーム――グラディエーターの巨大な背中を見上げる。

「まァ、つまりだ。なンか話があるってンなら、ソイツを倒してからにしてくれや、ッてコトよ」

 タイプ・ブルー。対人用としてはあまりに大げさな火器を備えた機械巨人が、無表情に冥を見下ろした。

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