Chapter10 暴走 02

 何故風葉かざはは命令を破ったのか。しかもこんな場所に、あまつさえグレンの転移術式経由で現われたのか。

 わき上がる疑問を、しかし辰巳たつみは拳の中へ握り潰す。ぎしりと、レツオウガの鉄拳が震える。

「す、ぅ」

 続いて呼吸を整える。そのテの細かい懸念事項は、同乗中の同僚が調べてくれるだろう。実際ちらりと振り返れば、風葉と色違いの鎧装に身を包んだファントム3――メイが風葉の様子を観察していた。

「しかし、どうしてこんなトコに来たんだい風葉。招待状でも貰ったのかい?」

 柔らかな口調でずばりと切り込む冥。後は任せて良いだろう。

 パイロットである辰巳は、眼前で集束している膨大な霊力――神影鎧装の出現へ対処するのが先だ。

「それ、は」

 風葉は目を伏せる。更に思い返す。自分が今まで、どこで、何をしていたのかを。



「すまねえファントム1! ファントム5がどこ行ったか知らんかいね!?」

 そんな利英りえいの頓狂な通信が赫龍かくりゅうのコクピットへ飛び込んだのは、風葉が目を伏せたのと同じタイミングだった。

「ああ、知ってるよ」

「そうだよなぁ知ってるハズ無いよなぁ実はさっきいきなりレックウでフィフティーンナイトしちゃったきり音信不通で……」

 モニタの向こうでまくし立てる坊主頭は、やや遅れていわおの返答を咀嚼し、はたと動きを止めた。

「いま、なんと、おっしゃりました?」

「知ってるとおっしゃりました」

「えっ、どっ、ドコ行ったのあの子!」

「レツオウガのコクピットだ」

「なんとおオォー!?」

 仰け反りながらキーボードを叩く利英は、即座にレツオウガへも通信を接続。

「とゆうワケでおじゃましマンモス! おぉ確かにキミわ行方不明になっていたファントム5じゃないか!」

「「うわあ!?」」

 突然点灯した立体映像モニタと、大写しになる坊主頭。思わず声を上げてしまうファントム3~5を余所に、利英は大きく息をつく。

「無事で良かったよ、本当に……ああでも、あんま心配をかけさせないでくれたまへよ? ボクの髪が無くなっちゃうからネ」

「ご、ごめんなさい」

「いや元からハゲだろオマエ」

 平謝りする風葉と、辛辣にツッコむ冥。利英は笑った。

「ハハァ勘違いして貰っちゃ困るな! これは剃ってるのさ! 毎日ね! 石鹸とT字を使ってね!」

「わぁ、なんていらねえ情報なんだ」

「HAHAHAそういうなYO!」

 けらけらとよく笑っていた利英は、ここで再び真顔に戻る。

「……で、ファントム5。一体今まで何をしていたんだい?」

「ん、ん。それ、は」

 風葉は押し黙る。そして思い出す。今まで自分が、どこで何をしていたのか。

 ――赫龍、迅月じんげつ零壱式れいいちしき、ディスカバリーⅢ。大鎧装各機の発進を見送った風葉は、そのまま利英達待機組と一緒に第三番多目的格納庫の拠点を防衛するのが任務の筈だった。

 合同演習訓練という建前が崩れた以上、ここは既に敵地の只中。更に幻燈結界げんとうけっかいの存在も鑑みれば、いつどこから、それこそ壁の向こうから敵が現われてもおかしくない。

 故にフェンリルの鋭敏な感覚を備える風葉は、防衛要員として最適である。そう判断され、風葉もそれを了承した。

 防衛に残った凪守なぎもりBBBビースリーの戦闘員が、それぞれ配置についた。利英はネットワークを通じ、レイト・ライト社へ電子攻撃を試みた。

 そして風葉は己の全神経を集中し、警戒を試みたのだ。そして――。

「解っちゃったん、だよね」

「何がだい?」

「誰も、居ないのが」

 どこにさ? と冥が続けて聞いてくるが、風葉の耳にはもう届かない。

 ――聴覚、嗅覚、何より霊力の流れ。精神を集中し、フェンリルとしての感覚を鋭敏化させた風葉は、レイト・ライト社内部の状態をありありと嗅ぎ取った。そして、気付いてしまったのだ。

 格納庫周りの、更にはレイト・ライト社を中心に渦巻いていた霊力が、引き潮のごとく消えていくのを。

 同時に、嗅ぎ取ってしまったのだ。強烈なにおいを。

 胸中の衝動フェンリルを、狂おしいまでに刺激するにおいを。

「あれ、は」

 一体、なんだったのだろう。

 ともあれ、後は利英が言っていた通りだ。風葉は跳びだした。レックウに跨って、周りの制止を振り切って、居ても立っても居られずに。

 ……そこから先の事は、よくおぼえていない。

 ただ、熱があった。ヤツを、アイツを、■す。■さなければならない。神話やくわりの通りに。

 自分でもよくわからない衝動のまま、風葉はレックウを走らせたのだ。

 通路は狭かった。二輪で走る事を想定している筈もないのだ、むしろ当然ではある。

 だが問題は無かった。魔狼フェンリルの力を解放した風葉からすれば、滑るように地を駆けるレックウは、もはや手足同然であり。

 かくして風葉は駆けた。レイト・ライト社内部を、スレイプニルへの変形が始まっている最中ですら、縦横無尽に。

 そして、辿り着いたのだ。レイト・ライト社、もといスレイプニルの中枢近く。烈荒レッコウが固定されているあの部屋へ。

 更に、出会ったのだ。烈荒のドライバーであるグレンと、グロリアス・グローリィの首魁たる男――ザイード・ギャリガンに。



「わたし、は。それか、ら」

「それから、どうしたんだい?」

「悪いがお喋りはそこまでだ」

 振り向かぬまま、辰巳は二人の問答をぴしゃりと遮った。反射的に、風葉と冥は顔を見上げる。

 正面、辰巳の背中の向こう。あれだけ激しかった霊力の輝きは、既に晴れていた。だがブラウンが残っていたピラミッドや、その中から現われたフレームローダーの姿は、どこにも見当たらない。

 しかして、その代わりに。フレームローダーがあった辺りに。

 レツオウガよりも二回りは巨大な大鎧装が一機、悠然と佇んでいた。

「待たせちまったなァ。コイツがオレの神影鎧装。アメン・シャドーだ」

 パイロットたるブラウンの声が響く。巨大な大鎧装――もとい、神影鎧装アメン・シャドーが、携えていた杖を地面へ突き立てる。石突が、砂を穿った。

「なんとまぁ。実に神々しい出で立ちだな」

 と、最初に声を上げたのは冥である。そしてその指摘通り、アメン・シャドーは今までレツオウガが交戦した神影鎧装よりも、遙かに煌びやかな装飾を施されていた。

 まず、機体の大部分が金色である。バハムート・シャドーと同様にフレームローダーを核としている以上、機体の大部分は霊力で構成されている筈。よって装甲の色は術者の好きに決められるのだろうが――。

「自己主張の強い事だな」

「ソコは雅とか豪華とか言って欲しいモンだなァ」

 笑いながらアメン・シャドーは首を回す。その側頭部には、羊のように湾曲する二対の巨大な角が生えている。更に背中には巨大な光輪を背負っており、名実共々太陽神アメンの力を備えている事を伺わせた。

 全身は羽衣のようにゆったりとした装甲に覆われており、角や杖共々金色に輝いている。ただし装甲下から覗く手足のフレームは青竹色であり、その構造は今まで交戦していたグラディエーターにどこか似ていた。

 さてはデータ流用でもしたのか。そんな思考を巡らす辰巳の眼前で、アメン・シャドーはゆらりと杖を持ち上げる。

 レツオウガの背丈と同じくらいの、しかしアメン・シャドーからすれば手頃な長さの杖。それが、槍のような長さまで一瞬で伸長する。同時に前傾姿勢となる。

 石突部分から、処刑鎌の如く湾曲した霊力刃が生成された。同時に背部スラスターへ霊力光が灯った。

 振りかぶる、と同時にスラスターが爆ぜる。

 流れるように二つの動作を合成した突撃は、ほぼ完全に辰巳の虚を突いた。

「……う、っ!?」

 間一髪の所でそれに反応した辰巳は、肩部装甲を即座にブレードへと変形。

「おゥルらぁァ!」

ッ!」

 全力で唐竹割りを放つ大鎌。迎え撃つは抜き打ちの斬撃。激突し、拮抗する刃と刃。

 得物とカメラアイ越しに視線が交錯するのは、しかしほんの一瞬の事だ。

 先んじたのは辰巳である。重心を崩したレツオウガの二刀が、火花を散らしながらアメン・シャドーの鎌上を滑る。同時に素早く左足を踏み出し、レツオウガはアメン・シャドー側面へと回り込む。

「おォッ? やッべ!?」

 逆に唐竹割りを強制的に振り切らされたアメン・シャドーは、崩れた重心へ引っ張られるようにつんのめる。

 隙だらけの側面。グラディエーターですら晒さなかった失態に些か拍子抜けしつつも、辰巳は容赦ない薙ぎ払いを叩き込む。銀閃が、アメン・シャドーを両断すべく唸る。

「……なァーんてな?」

 しかして、その唸りは空を切った。唐竹割りのまま、砂を噛んだ大鎌。それを基点に、アメン・シャドーは空中へと跳び上がったのだ。さながら倒立するように。

「や、る! だがッ!」

 無論辰巳とて黙ってはいない。空振った横薙ぎの勢いをそのままに、一回転しつつ跳躍。速度を増した二撃目がアメン・シャドーを追う。

「ホ! おッかねェなオイ!」

 だが、その追撃も空を切る。はたしていかなる術式なのか、アメン・シャドーはレツオウガの斬撃を遙かに上回る速度で、真横へスライド回避したのだ。

「なッ」

 瞬間移動じみた奇怪な挙動に虚を突かれる辰巳。その隙にアメン・シャドーは鎌を振りかぶる。杖に、更なる霊力が集中していく。

「ファントム4ッ!」

「ッ!?」

 冥に叱責されて我に返った辰巳は、アメン・シャドーへと即座に向き直った。

 そしてまたもや絶句した。アメン・シャドーの鎌に。四本の刃を扇状に追加され、さながら掌のごとくなっているその形状に。

「うるァァ!!」

 レツオウガを握り潰すかのように、五方向から迫り来るアメン・シャドーの刃。籠絡されれば撃墜は必定。

「ち、」

 舌打ちしつつも、辰巳は速やかに対応した。手首部タービュランス・アーマーを切瑳に噴射し、今し方空振りした斬撃を強引に引き戻す。反動で多少握りが緩んでも構いはしない。

 そうして薙ぎ払いの軌道上、たまたまあった鎌の親指へ、レツオウガは二刀を叩きつけた。防御の為とは言え、強引極まる一撃だ。

 鳴り響き、弾かれ合う刃と刃。同時にレツオウガは膝部及び胸部タービュランス・アーマーを全開噴射。それを斬撃の反動と複合し、ほとんど吹き飛ぶようにレツオウガは間合いから跳び退いた。

 そのコンマ三秒後、アメン・シャドーの振るう刃の五指が、レツオウガの居た空間を斬り潰した。

「良ィ反応だなァ。だがッ!」

 相変わらず上下逆さのまま、アメン・シャドーはレツオウガへ向けて急加速。突き出された刃の五指は霊力注入によって更に伸長し、縦横無尽にレツオウガを斬り裂こうと襲い来る。

 そうした異形の斬撃乱舞に、冥は小さく口笛を吹いた。

「どうするファントム4?」

「無論、こうするッ!」

 叫ぶ辰巳。同時にレツオウガは後退を止め、アメン・シャドーの刃を迎え撃った。

 斜め上からの一撃を、右ブレードで打ち払う。火花が散る。真横からの薙ぎ払いを、左ブレードで打ち払う。火花が散る。真下からの振り上げを、半身になりつつ蹴り飛ばす。火花が散る。真上からの唐竹割りを、半身になりつつ柄尻を叩きつける。火花が散る。火花が散る。火花が散る――。

 凄まじい速度で応酬する、レツオウガとアメン・シャドーの刀と鎌。そうした拮抗の状況を、無論僚機達が黙って見ている筈も無く。

「全機、フォーメーション!」

「「了解!」」

 田中三尉の号令の下、零壱式各機は速やかに武器を構える。赫龍もそれに足並みを揃える。アサルトライフルが、あるいはバスター・ザッパーが、相変わらず逆さで浮いているアメン・シャドーを照準。

――」

 鋭い号令の元、一斉に引金が引かれようとした、正に直前。

 その瞬間を待っていたかのように、アメン・シャドーが強烈な光を発したのだ。

 それは、幾状もの霊力光であった。背部の光輪を基点として、放射状に迸る光、光、光の奔流。

 流星雨さながらの凄まじさに、一瞬呆気に取られる凪守大鎧装部隊。その一瞬の隙を突いて、アメン・シャドーは杖を揺らした。今しがた射出した光線へ、指令を送ったのだ。

 光の奔流は向きを変える。レツオウガへ、赫龍へ、零壱式各機へ向かって、雨のように降り注ぐ。

「な、んとぉ!?」

 即座にスラスターを全開させ、キリモミじみた飛行でどうにか被弾を免れる赫龍。素晴らしい技量と機動性だ。だが逆を言えば、それ程の能力が無ければ全弾回避不可能な精度でもあったのだ。

「ぐあっ!?」

 呻く辰巳。直撃こそなかったものの、レツオウガの右脚部及び肩部の霊力装甲が、容赦なく弾け飛ぶ。本体にダメージが無い事はせめてもの救いか。

「「うわあああっ!?」」

 そして、零壱式部隊は最も深刻な打撃を被った。頭部、腕部、脚部、武器。どの機体も上記二箇所以上の部位を破壊され、あまつさえ被弾箇所から炎が燃え広がり始めた。それも、異常な速度で。

「こ、これは一体!? ファントム1――」

 ばつん。

 焦りが滲んだ田中の通信を、無慈悲なノイズが切断した。見やれば零壱式各機は全て動きを止め、炎が全身を走っているではないか。

「た、田中三尉?」

 即座に巌は赫龍を急降下させ、田中の駆る一番機へ手を突き出した。接触回線を繋ぐためだ。

 だが、その掌は一番機に触れなかった。虚しく、音も無く、すり抜けたのだ。幻燈結界の薄墨色へ、飲まれてしまったために。

 霊力が、途切れたために。

「な」

 絶句する巌の目の前で、一号機を包んでいた炎が消える。ただの鉄塊となった零壱式各機はEフィールドからすらも拒絶され、海面目がけて落ちていった。

 音も、声も、何一つ聞こえなかった。

「ハワード、ブラウン……ッ!」

「おッと、心配は無用だぜ? ミネ撃ちッてヤツよ」

 杖を小さく振りながら、アメン・シャドーはようやく上下逆の体勢を戻した。

「ソイツの言い分はウソじゃないぜ盟友。自衛隊出向部全員の無事をこっちで確認した。身動きは取れないみたいだがな。どうやら、機体の霊力経路を酷くやられたらしい」

「……さっきの炎が原因、か?」

 余裕の無い利英の通信に、巌は眉をひそめた。そして、レツオウガもその炎に被弾していた事を思い出した。

「ファントム4、そっちの状況はどうだ?」

「支障ないよ。タービュランス・アーマーはいくらか持ってかれたけどな」

 霊力装甲の破損箇所を再精製しながら、レツオウガと赫龍はアメン・シャドーを見上げる。

 敵意と困惑。二つの視線からそれらを嗅ぎ取りながら、ブラウンは口を開いた。

「もう解ッてるだろォが、連中は誰一人死んでねェ。後の交渉が面倒になるからなァ」

「交渉だと? どう言う事だ」

「さァな」

 気怠げに、アメン・シャドーは杖を担ぐ。五つあった霊力の刃が、一つに戻る。

「まずは別件……鍵の石の、最後の仕上げが終わってからだなァ!」

 アメン・シャドー背部で、霊力の光が炸裂する。再び生み出された爆発的な推進力が、レツオウガとの間合いを一瞬で詰めた。

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