Chapter10 暴走 01

「あれじゃあもう、狙って下さいと言ってるようなもんスね」

 かくて躊躇無く、ペネロペは引金は引く。

 先んじるはコンマ五秒。まばたき程度しかない刹那の、しかし絶対に覆せない先手の一発が、赫龍かくりゅうへ向けて放たれた。

 弾丸の名はADP弾。大鎧装すら容易く貫通する特殊徹甲弾は、標的へとまっすぐに着弾。その一部始終を照星越しに見届けたペネロペは、しかし小さく息をついた。

「ちぇー」

 ペネロペが狙ったのは赫龍本体。しかし寸前でグレイブメイカーに気付いたいわおは、間一髪のタイミングで射線から機体を逃がしていたのだ。

 だが代償として、盾代わりにされたクリムゾンキャノンがADP弾に穿たれた。砲身内部へ食い込んだ特殊徹甲弾は、魔術加工されたオスミウム弾頭を基点に術式を発動。

 切瑳に赫龍が投げ捨てた直後、クリムゾンキャノンは弾痕部を中心に膨れ上がり、爆発した。内蔵の炸裂術式が起動したのだ。

「ぐぅッ」

 直撃こそ避けられたものの、迸る爆煙は赫龍の装甲を炙り、バランスを崩させた。久々ではあるが、やはり凄まじい威力だ。流石はインペイル・バスターの基礎となった弾丸である。

 ともあれ巌は即座に体勢を立て直し、キャノンを再構成すべく構え直す。更に転移門越しにスレイプニルを睨む。

「……ち、ぃ」

 そうして、巌は歯噛みした。いそいそとグレイブメイカーをケースへ戻しているペネロペを隠すように、半透明のシールドが甲板を遮蔽。同時にスラスター群へ充満していた霊力光が、一気に爆ぜたのだ。オーバーブーストである。

 かくてラピッドブースター並みの爆発的な推力を得た巨大戦艦は、まばたき一つする間に空の向こうへ消えていった。

 通常の加速であれば、まだ何とか狙いをつけられただろう。だが視認すら困難な速度で動かれたとあっては、もはや手を上げるしか無い訳で。

「何て、こったよ」

 呟く巌は、赫龍の構えを解きながら上腕部内蔵グレネードランチャーを展開、発射。足下へ無造作に放たれた一発は、丁度零壱式れいいちしき二番機と切り結んでいたタイプ・レッドの脳天を破砕した。

 そしてそのタイプ・レッドが、現状Eフィールド上に居るハワード・ブラウン最後の戦力であった。

 戦闘自体は、凪守なぎもり側の勝利に終わったのだ。

 だが。

「なんだいなんだい。試合に勝って勝負に負けた、って感じになっちゃったねえ」

 ピラミッド上から一部始終を睥睨していたメイは、ありありと不満を吐き出した。

「へへ。ザンネンだったなァ……と、言いてェトコだがよ。予知データがあった上でギリギリだったんだぜ? 本心から大したモンだと思うぜェ、ファントム・ユニットって連中はよォ」

 反対に喜びを隠そうともしないブラウンは、頭の後ろで手を組みながら椅子に大きくもたれかかった。そんなブラウンを、冥はちらと横目で見る。

「そうかい。かの有名なから直々にそう言って貰えるなら、まぁ少しは報われるかな」

「……なンだ。やっぱ解ってたのか、オレの正体」

 ブラウンの目元から笑みが消えるが、冥は気にも留めずタブレット上へ指を滑らせる。

「そりゃそうだろ。キミは有名人……いや、有名じんだからな。冥界のデータを検索したらすぐひっかかったよ。概ねそこにある金の駒も、キミに縁のある品が使われてるんだろう?」

「へっへ、正ェ解。オレの霊力に、この世で最も馴染むブツを加工したのさ。ちィと高く付いたが性能は――」

「そうかい。ま、ご自慢の性能はいずれ見せて貰うとして、だ」

 滑らかにブラウンの解説を叩き折りつつ、冥はタブレットの操作を続ける。

 その横顔にブラウンは鼻白んだ。成程確かにコイツはファントム4の師匠らしいな、と。

「負けは負けだ。この一件が終わったら、全員鍛え直さないとね。ホントに特別メニュー組まないとなぁーいやはや大変だぁー」

 穏やかな、しかし邪悪な影がちらつく笑顔を浮かべながら、冥はタブレット上に指を走らせる。今まさにその画面内では、件のスイカ割り以上にキツいメニューが組み上がっているのだろう。

「おォ怖」

 わざとらしく肩をふるわせた後、ブラウンは改めて正面を向いた。

 オウガ。赫龍。そして四機の零壱式。この場に残る全大鎧装のカメラアイが、ハワード・ブラウンを見ていた。

「ワオ。どォにも視線が熱いねェ」

 おどけるブラウン。その正面へ降りてきた赫龍が、おもむろに右腕を掲げた。同時に右翼端のブレード――ワイバーン形態だった時、タイプ・ホワイトを両断した一振りが、接続を解除される。

 回転落下するブレード。その柄を赫龍は掴み、突き付ける。

「投降して頂きましょうか、ハワード・ブラウン殿。貴方には聞きたい事が多すぎる」

 ぎらりと光る巨大な切っ先。人体の一つや二つ、容易く叩き潰して余りある暴力の塊。

 それに睨まれたブラウンは、しかし逆に笑みを強めた。

「こっちとしちゃそれも悪くないンだがなァ……悪いがもう一つ残ってンのさァ。お仕事がなァ」

 言いつつ、ブラウンはチェスボード脇に置かれていた最後の駒を手に取った。

「それにオレとしちゃァ、むしろこっちの方が本題なンだよなァ!」

 キング。やはり金色の装飾が施された、チェスの要となるピース。

 それを、ブラウンはチェスボード中央へと無造作に置いた。

「なんだ?」

 そこで、巌は気付いた。今までチェスボード上へ置かれた駒が、キングを取り巻くように配置されている事に。

 ――ここでこのチェスボード一式を破壊しておけば、あるいは後に起こる悲劇を防げたかも知れない。

 だが金色のキングは、それをとりまく全ての駒は、引いてはチェスボードそのものは、術式を発動させてしまった。

 サトウによって用意され、ブラウン自らが刻み込んだ最後の、最大の術式が。

 基点となったのはキングの駒だ。下部から生じた霊力光の線がチェスボード上を走り、他の駒とキングを結ぶ。術式陣が描き出され、チェスボードそのものも光を生じ始める。

 電子回路にも似た術式陣は拡張を止めない。瞬く間にチェスボードを跳びだし、台座を伝わり、ピラミッドを走り抜け、引いてはEフィールド全体へと拡散。

 かくして、その一秒後。

 ピラミッドが、揺れた。

「これ、は!?」

 驚きながらも、巌は即座に赫龍のセンサーを起動。原因を看破した。

 霊力が高まっている。何かの術式が発動しようとしている。それも、恐ろしく強力な。

「ち、ぃ」

 ならば今すぐブラウンを、と思った巌だがすぐさま踏み止まる。あのブラウンは十中八九分霊だ。斬った所で止まる筈も無い。

「むしろ、ピラミッドを壊すべきか――!」

 即座にブレードを収納し、クリムゾンキャノンを展開すべく構える赫龍。だがブラウンの余裕は消えない。

「おーッとォ、ンな事してる暇は無いぜェ?」

 ちちち。小さく振られたその指が、おもむろに空を指差す。

 その三秒後であった。グレンの使う青色の転移術式が、唐突に空へ灯ったのは。

 更にその円陣を突き破って、一台のバイク――レックウとその搭乗者、ファントム5が現われたのは。



 一回、二回、三回。落下と加速の勢いがため、Eフィールド上を勢いよくバウンドするレックウの車体。相当な衝撃である筈だが、それでも壊れないのは偏に利英りえい謹製のサスペンションがあるおかげだろう。

「う、く、く!」

 ともあれスラスターを小刻みに噴射しながら、ファントム5――風葉かざはは勢いをねじ伏せる。熱砂に長い轍を刻みながら、レックウはどうにか停車する。実に見事なコントロールだ。

 だが当のライダーである風葉は、ほとんど無意識にその操作を行っていた。早鐘のように響き続ける音が、思考の大部分を塗り潰しているからだ。今、この瞬間すらも。

 ばくばく。ばくばく。音は耳の奥の奥の更に奥、身体の底から響いて来ている。

 脈動しているのだ。心臓が。霊力が。アドレナリンが。

 だが、何故? どうして、そんな音が聞こえる? いや、そもそも――。

「ここ、どこ。なんで、わたしは」

 呆然とする風葉は、それでものろのろと周囲を見回す。一帯は見事なまでの砂漠であり、真正面に鎮座する巨大ピラミッドは、溢れる霊力光で今にも弾け飛びそうだ。

「何かの、術式、が?」

 太陽にも似た眩い光。それをぼんやり眺めていた風葉の視線を、群青色の巨大な足が唐突に遮った。

 見覚えが、あった。

「あ……オウガ……五辻いつつじ、くん?」

 砂塵を撒き散らす巨大な人影は、ピラミッドの光を風葉から遮るように立っている。

 いや、違う。守ってくれているのだ。あの巨大な背中は。コクピットに居る時と同じように。

「おいファントム5! 何やってんだ!」

「え」

 頭上から降り注ぐ叱責。びく、と反射的に身体を震わせた風葉は、恐る恐る上を見た。

 辛辣なオウガのツインアイが、無表情に風葉を見ていた。

「待機してる命令だったろうが! それが何でここに、しかもレックウを持ち出して、アイツの転移術式で……!」

「まぁまぁ落ち着けよファントム4。霧宮くんにも色々と事情はあるんだろうし」

 言いつつ、赤い大鎧装――赫龍がオウガの隣に着地する。更に一拍遅れて、四機の零壱式部隊も風葉を取り囲む。やはり、守るように。引いては正面のピラミッドを警戒するように。

「ハハン。どうやら役者は揃ったよォだなァ」

 そのピラミッドの頂上。噴出する霊力光に照らされながら、ブラウンは勢いよく立ち上がった。

「それで、何をするつもりなんだ?」

 一旦タブレットから指を放し、小脇に抱える冥。その仕草を一瞥すらせぬまま、しかしブラウンはにやりと笑った。

「まずはこうするのサァ――ゲート、オープンッ!」

 叫ぶブラウン。一際強く発光するピラミッドに、身構える大鎧装部隊各機。そんな巨人達の背中越しに、風葉は目を見張った。

「あれ、は」

 霊力光に還元され、揮発していくピラミッドの中央部。そこから姿を現したのは、ダンプカーより巨大な立方体型の車輌、フレームローダーだったのだ。しかもその装甲はチェスの駒と同様、金色の塗装が施されてもいた。

「前に、見たよ。イギリスで、トンネルを駆け上がった、あの時。色は違うけど」

 かき消えそうな風葉のつぶやきを、それでもヘッドギアの通信機は律儀に拾い上げる。

「なに!? じゃあアレは、神影鎧装しんえいがいそうのコアユニットだってのか!?」

「ご明ィ察。ちなみに正式名称はフレームローダーってのさァ。覚えといて損は無いぜ、っとォ!」

 正式名称をさらりとバラしながら、ブラウンはピラミッド頂上から跳躍。同時にフレームローダーがピラミッドから飛びだし、浮き上がり、パイロット――すなわちブラウンを天板で受け止める。

 フレームローダーは尚も上昇する。霊力光を放ちながら、差し詰め太陽の如く。

 その太陽を睨みながら、巌は言い放った。

「ファントム3、ファントム4、ファントム5。合体だ」

「了解」

「ふむ。そうだね、そっちの方が見晴らし良さそうだ」

 了解する辰巳の隣へ、唐突に灯る紫色の術式陣。散歩するような足取りでそれを潜ってくる冥を横目に、辰巳は風葉へ通信を繋ぐ。

「ファントム5。色々とあるんだろうが、まずはするべき事を片付けようぜ」

 それに、レツオウガ内部の方が安全だろうからな――という本音は、胸中に留め置く辰巳であった。

「ん、ん。分かったよ……」

 二度、三度。風葉は強めに首を振る。フェンリルの象徴である銀髪が、霊力光を反射してきらきらと輝く。

 そうして、風葉は意を決した。

「……良し。オーバー・エミュレートモード起動。神影合体」

『Roger Immortal Silhouette Frame Mode Ready』

 鳴り響く電子音声。同時に辰巳の背後にあるシャッターから合体用コネクタが迫り出し、ガイドレールビームが風葉目がけて照射。

「んッ」

 オウガの背中を沿う霊力製の坂道を、レックウは一息に駆け上がる。一時的に透過するよう切り替えられた霊力装甲をすり抜け、フロントフォークがコネクタへ接続。

 全身へ充ち満ちる風葉フェンリルの霊力。それをコンソール越しに感じながら、辰巳は叫んだ。

「神影鎧装! 展開ッ!」

 轟。

 爆発にも似た光を発しながら、タービュランス・アーマーがオウガの全身に展開。

「ウェイクアップ! レツオウガ、エミュレート!」

 かくしてオウガは、灰色がかった白い霊力装甲を纏う神影鎧装、レツオウガとなってしまった。ザイード・ギャリガンが予知した通りに。

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