ChapterXX 虚空 09

「うーん、なかなか一大スペクタクルな感じだったネ! にしてもやっぱシメの方になると演算負荷が高くて見辛いこと見辛いこと。不確定要素が多すぎるんだよね~」

 ぱきん、と指を鳴らす。エラーメッセージを表示していた立体映像モニタが切り替わり、半透明の黒い画面に戻る。今まで映していた映像――日乃栄ひのえ高校における辰巳たつみ風葉かざはの出会いから、アフリカでファントム・ユニット壊滅までの一部始終が映し出されていたのが、嘘のようだ。

 灰色の壁を透かす画面には、視聴していた二人の姿が反射している。

 一人は、ベッドの上に腰掛ける黒と灰銀に分かれた髪色の少女。

 一人は、丸い座椅子の上にあぐらをかく金髪の女性。

 すなわち。霧宮風葉と、ヘルガ・シグルズソンであった。

 大きく伸びをし、緩んだ表情をみせるヘルガ。それとは対照的に、風葉の表情は硬い。

「今の、は」

「レツオウガ・フォースアームドだっけ? ふふん、心配ないない! 始める時にも言ったけど、アレはあくまで良く出来た予測映像だからねえ。先見術式ってヤツだよ」

 かつて自らの計画を果たすため、ザイード・ギャリガンが地下に大がかりな専用施設を建造していた未来予知の術式。稼働には莫大な霊力量が必要な筈であるそれの名前を、ヘルガはさらりと言ってのけた。

 それ自体が凄まじい事実。ここが虚空領域だからこそ、行う事が出来た強行。だが、そんな事は関係ない。

 固い顔で、風葉は確認する。

「ああなる、っていうんですか。このままでは」

「ま、そーいうことだね。勿論細かいトコは違うだろうけどね? そう、例えば――」

 言いつつ、ヘルガは立体映像モニタを遠隔操作。メニュー項目を操作し、Chapter15-05を呼び出す。末尾へ移動。映像再生開始。


* * *


「ま、丁度良い。オマエらならまずノーマークだろうし」

「あー。なんか、イヤな予感が」

 ぼやく百舌谷もずたに。ブラウンは耳ざとく拾う。

「ま、そう言うな。ファラオの勅命をくれてやるってだけなンだからよ」


* * *


「で、次にコッチ」

 ヘルガは映像を停止し、手早くメニューを再操作。今度はChapter16-01の末尾へ移動。

 映像再生開始。


* * *


「……? 何のマネだ? 負けを認めたという事かね?」

「なワケねェだろ。まァ、ある意味ではそォかもしんねェけどよ」

 モノリスから投射される立体映像のハワードは、苦虫を噛み潰したような顔で空を睨む。間に合わなかったのか。ここまで注目が向いているなら、むしろ好機だろうに――そう思った瞬間、ハワードは見た。立体映像モニタに映る、その映像を。

 それは後方、拠点コンテナに程近い辺り。

 何かを狙う二条の光線が、赤い空へ放たれたのだ。


* * *


「この辺だね。入力パラメータから省いちゃったけど、明らかに狙ってるよねーファントムX」

 ヘルガは映像を止める。赤い空の中程で止まった光線を、その照準の先にいる小さなモノを、じっと見る。

 思わず、風葉は聞いた。

「どうして、こんなのを狙ったんでしょう?」

「観測手だよ。この状況の、ね。確かに向こうの目を潰せば、多少は状況を揺らす事が出来たかもしんないけど……いかんせん、切り出しが遅すぎたねえ」

 座椅子の背にもたれながら、ヘルガは立体映像モニタを操作。次に映りだしたのはChapter16-06。フォースカイザーの後頭部にロング・ブレードの切っ先を突き付けているオウガ・ヘビーアームド。

 そのコクピット内部では、鬼のような怒りの形相を浮かべる辰巳の姿。今まさに通信機から聞こえてきた無貌の男フェイスレスの声が、辰巳の逆鱗に触れたのだ。更にChapterを移動すれば、転移術式で移動中の黒銀の姿なども見えた事だろう。

 そして映像は――虚空領域の外の時間は、そこで止まっている。正確にはこちらの、ヘルガが造り出した部屋の時間を切り離し、別のものとしたのだ。時空制御術式によって。

 無論、現在そのような術式は存在しない。少なくとも公式の記録には。

 だが。

 虚空領域には、すべてがあるのだ。

 風葉が最初に目を覚ました時、飲まれかけた知識の大海。恐竜が絶滅した理由。J・F・ケネディ大統領暗殺事件の犯人。ツングースカ大爆発の真相。草薙剣の行方。アルファ・ケンタウリは実在するのか否か。

 この地球上――いや、宇宙中にある全ての知識に、事象に、その気になれば触れる事が出来る。それが虚空領域。

 そしてその知識とは、過去や現在に留まらない。

 未来に対してさえ、その門戸は開かれているのだ。

 その知識をヘルガは、ごく断片的にではあるが、理解した。してしまった。

 それを元に、ヘルガは造り出した。今いる部屋を。地球上、いや歴史上のどれよりも克明な先見術式を。更には限定的に時間をコントロールする、時空制御術式さえをも。

 そうして時間の切り離されたこの部屋で、ヘルガは風葉と共に今までの状況の再確認と、これから起こりうるであろう事象の予測を行っていたのである。

「どうあれ、今のままだとあっちはだいたい先見術式で視た通りの事になっちゃうワケ」

 言葉を切るヘルガ。脳裏に過ぎる無貌の男の姿。

 眉間に、皺が刻まれる。

「ソイツは、実に、困るんだよ」

「でも、一体、どうすれば……」

 沈んだ表情になる風葉。少し脅かしすぎたか。モチベーションを取り戻すためにも、ヘルガは努めて笑う。

「さてさて、ちょーっとシリアスになりすぎちゃったねえ。ただでさえ殺風景なトコなんだから、これ以上空気をよどませるのは良くない良くない!」

 大げさに手を振りながら、ヘルガは立体映像モニタを操作。Chapter15-04を再生する。


* * *


 モーリシャス。Eフィールド。霊泉領域。あの時に見た、ツギハギの風葉の姿と言葉。

 改めてそれを思い返しながら、辰巳は唐突に納得した。

「ああ、そうか」

「GYAAAAOOOOOOOッ!」

 烈荒が離れた事で、やかましく接近してくるディノファングの群れ。オウガに鉄拳を構えさせながら、辰巳は呟いた。

「たぶん。初恋ってヤツだったんだろうな」


* * *


「   」

 風葉は、固まった。すごいかおになっている。

 その表情をたっぷり堪能した後、ヘルガはしみじみと腕組みする。

「いやはや青春だねえ~。青い春ってヤツだねえ~」

「~~~~~~~~っっ!!!!!」

 風葉はベッドに背中から倒れ込んだ。まくらに顔を埋める。足をばたばたさせる。犬耳と尻尾がそれはもうわさわさ動いた。たっぷり三分程そうしていた。

「なっ、なッ、なんで今そこを再生するんですかあ!!」

 ようやく風葉は顔を上げた。そして、ソニック・シャウト一歩手前くらいの勢いで叫んだ。顔は赤い。そりゃもう赤い。元の耳どころか犬耳すらうっすら赤く見えるくらい赤い。

 その赤さもまたたっぷりと堪能した後、ヘルガはしみじみと頷いた。

「うんうんワカル、ワカルよその気持ち」

 立ち上がり、ベッド脇に歩み寄る。よく見れば風葉は軽く涙目だ。上がりそうになる口角を、ヘルガは努めて抑える。

「素晴らしい青春だってのも、まあ勿論理由の一つなんだけどさ。もう一つあるんだよねー理由」

 言いつつ、ヘルガはまたもやモニタを操作。今度は先見術式で予測した光景を呼び出す。


* * *


「レツオウガ……フォース、アームドッ!」

 拡張したシステム。完成した神影鎧装。それを完全に駆使したレツオウガ・フォースアームドは、ネオオーディン・シャドー及びスレイプニルⅡ、更には人造Rフィールド中を這う術式と同調。

 光が奔り、そして


* * *


 やはり、映像はそこで途切れる。世界最高の先見術式でも、これ以上の未来を探る事が出来ないからだ。ヘルガは肩をすくめる。

「何度も言うようで恐縮だけど、先見術式はこうなるっていう予測を弾き出した。何か手を打たない限り、この未来は絶対に覆らない」

「けど、だったら……どうするんです?」

「決まってるよ。手を打てば良いのさ」

 ぱきん。ヘルガは指を鳴らす。モニタが消える。壁も消える。代わりに現れたのは――星のような光点が流れ続けている、四角い通路。道はどこまでもどこまでも延々と延びており、果てが見えない。

 まるで砂時計。そんな所感を、風葉は受けた。次いで、そんな生やさしいものでは無い事も直感した。

「こ、れは」

「うんうん、一目みただけでヤバイくらい霊力使われてるのが解るよね~。虚空領域じゃないとこうはいかないよ。流石は未来の術式だ」

「未来、って。じゃあ、これは……!?」

 立ち上がり、砂時計トンネルの前へ移動するヘルガ。振り返り、にやりと笑う。

「そう。これこそは現実世界で数多の魔術師が挑み続けている術式の一つ――時空移動術式さ」

 渦巻く音を立て、途切れなく、こんこんと、流れ続ける術式の星々。

 途方も無い術式。だが、ああ、風葉には解る。解ってしまう。それほどのデタラメでも、この虚空領域ならば可能なのだと。

「けど、大丈夫なんですか、これ」

「ん? まあーテストはあんましてないけど大丈夫でしょ多分」

「そんな適当な」

「大丈夫ダイジョーブ、もう成功した前例があるもの」

 しれりというヘルガ。風葉の目が丸くなる。

「え、どういう事ですかそれ」

「どうもこうも。さっき見えたでしょ? 花屋にいる自分」

「あ、そう言えば」

 思い出す。実家。涙を流した現実世界むこう霧宮風葉じぶん。あの時の精神感応そのものが、時空移動術式の効力の一つだったと言う事か。

「……ん? でもそれって、私が実験台にされてたってコトなんじゃ」

「おおっとハイハイいやぁーそれにしても当人の意識を繋げるだけでさえあんだけのズレやら何やらが生じちゃうワケだから、色々と策を講じなきゃなんないんだな~コレが」

「うわっ露骨に誤魔化した」

 ジト目になる風葉だったが、諦念して首を振る。どうせ追求しても意味なんて無いのだ。

「……まあ、いいですけど。それで、どうするんです?」

「そりゃあモチロン時間をさかのぼるんだよ。人類初の試みだねえ」

「わー。サラッと言っちゃうんですね」

「そうとも。何せこの時間遡行自体は、既に成功しているからね」

「へ」

 目が点になる風葉。その犬耳を、ヘルガは指差す。

「思い出してごらん。そもそも、凪守なぎもりだっておかしいと思っていただろう? なぜ、日乃栄高校にフェンリルが出現したのか。なぜ、それが霧宮風葉という縁もゆかりも無い一般人に憑依したのか。そして、なぜ――霧宮風葉は、こうまでフェンリルを安定憑依できていたのか」

 憑依当初こそ困惑し、しかし激戦の連続がため忘れ去っていた、根本の疑問。

 唐突に現れたその回答に、風葉は軽い目眩すら覚えた。

「あ、の。ま、さか」

「その通り。時間をさかのぼったキミとアタシが、根回しやら何やらをしてたから、だと思うんだよね多分」

「そ、ん、な」

 愕然としつつも、心のどこかが納得するのを風葉は感じていた。

 フェンリルだけではない。例えばChapter10-14。今の自分とまったく同じ姿の自分が、辰巳を励ましていたではないか。

 きっと、他にもあるだろう。今までの状況を確認するため、確かな納得を構築するため、ヘルガと共に見てきた今までの記録Chapter

 その中でちらほら見えた矛盾が、他でも無い自分にあるのだとしたら。

 そしてそれらを解決した先に、ファントム・ユニットを、五辻辰巳を、助ける手立てがあるのだとしたら。

「……」

「ふふ。どうやら理解してくれたようだね。アタシも記録を纏めた甲斐があったってもんさ」

 ニッ、とヘルガは笑う。白い歯が眩しかったのは、しかし数秒。今までになかった真剣な面持ちで、ヘルガは風葉を見やる。

「さて、では改めて聞くよ。ファントム5……霧宮風葉」

「はい」

「アタシは巌を、ファントム・ユニットを助けるために、時間を遡りたいと思ってる。そしてそのためには、キミの助けが必要不可欠なんだけど……」

 目を閉じる。三秒。目を開いたヘルガは、おもむろに指を鳴らす。灯る立体映像モニタ。映り込んだのは、接客応対をしている現実世界の霧宮風葉じぶんじしん

「……それをやるってコトは、最終的に現実あっちの自分と一体化しなきゃいけないってワケ。そうなった場合、キミの記憶の連続性がどうなるのか、まったく解らない」

「先見術式でも、ですか」

「そう。モーリシャスの戦況以上にデータが無いんだ。虚空領域へ分かれた精神が、時間を飛び越えて元へ戻るなんてのは、流石にね」

「自分を殺す覚悟はあるかっていうのは、こう言う事だったんですね」

「……そう」

 目を伏せるヘルガ。それとは対照的に、風葉は立ち上がった。力強く。

「やります。今度は私が、五辻くんを助ける番です」

 そして迷い無く、言い放ったのだ。

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