Chapter08 挑戦 03

Chapter08 挑戦 03



 月面。

 地平線の果てまで続く灰色の上に、一筋、青色の直線が迸る。レックウの後輪から塗布されていくそれは、もちろんサークル・ランチャーの弾帯だ。

 明滅する幾何学模様。弾帯上に刻まれたそれらは、即座に円錐の弾幕となって射出。

 数は十発。上空でくるくると回転した後、風葉かざはの照準に基づいて切っ先をターゲットへ向ける。

「行、けッ!」

 白煙じみた霊力光を引き、殺到するランチャー弾。その照準の先に居るのは、無論ファントム4こと辰巳たつみだ。

 辰巳は走る。走る。走る。大小の岩やクレーターを避けながら、稲妻のような回避運動が月面に足跡を刻む。

 その足跡を、炸裂する霊力弾が吹き飛ばし、吹き飛ばし、吹き飛ばす。一発も当たらない。霊力光が派手に撒き散らされるのみ。

 だが、それで良い。そもそも今の四発は牽制だ。

「つ、ぎっ!」

 五発。新たに誘導された円錐が、考え得る辰巳の進行方向全てに着弾。

 爆発、爆発、爆発、爆発、爆発。先程よりも苛烈な爆発の嵐。しかしてこれでも命中判定は無い。

 当然だ。着弾の直前、辰巳は急停止して爆発をやり過ごしていたのだから。

「よしッ」

 だが、それすらも風葉の読み通りだ。

 鋭いターンを決める。正面、もうもうと立ちこめる霊力光。辰巳の姿は見えない。だが居る。フェンリルの嗅覚がそれを報せる。

 だから風葉は、温存していた十発目へ、満を持して指令を下す。

「さいごッ!」

 真上、文字通り打ち下ろす一撃。対象は動きを止めている上、視界は爆発に伴う霊力光によって塞がれており。

 かくて必勝を狙った霊力弾が、立ち上る霊力光の中へ消える。

「やっ……」

 そして、何も起きない。

 霊力光は立ちこめている。ゆらゆらと。まったくもって吹き飛ぶ気配なぞない。

 つい今し方、風葉が円錐型霊力弾を撃ち込んだというのに。

 それは、即ち。

「て、ない?」

 霊力弾が、爆発していないという事。

 だが、何故、どうして。

「しッ!」

 その回答を、辰巳は投擲する。

 立ちこめる霊力光を突き破り、水平直進する円錐。見紛う筈も無い、サークル・ランチャーの霊力弾。頭上に落ちてきたその霊力弾を、辰巳は掴み撮っていたのだ。

 確かに起爆点は円錐の切っ先にあるため、真横から掴めば爆発はしない。そうした理屈は、成程風葉でも理解出来る。とはいえ――。

「野球じゃないんだから……!」

 呆れ半分に言いながら、風葉は霊力弾の投擲方向を見た。

 円錐の切っ先が捉えていたのは風葉、ではなく マリアだ。

「く、!?」

 尋常では無い辰巳の技量。驚きこそしたが、マリアの照準自体は揺るがない。

 迫る霊力の円錐。構える指揮棒。ライフル、スタンバイ。照準、その切っ先。射撃。

 狙い違わず直進する銃弾は、ランチャー弾と衝突。爆散。

 舞い散る霊力光。それを突き破り、ファントム4は現われるはず。

 そんなマリアの予想は、半分的中した。

 確かに辰巳は霊力光を突き破って現われた。だがその直進は、今まで見せたどの回避運動よりも尚早い。さながらロケットじみた爆発的突貫速度。

 そして風葉は、その原動力を知っていた。

「あれは確か、ブーストなんとか!」

 ただの霊力武装であるハンドガンを、加速装置へ変化させる加速弾倉ブーストカートリッジ。それによる煙幕越しの急襲は、マリアの虚を完全に突いた。

「はァッ!」

 一撃。加速の勢いを乗せられた鉄拳が、マリアの胸元を直撃した。

「きゃああ!?」

 マリアは吹き飛ぶ。木の葉のように。

 鎧装の防御能力と、辰巳自身の手加減。加えて模擬戦用に用意された衝撃緩和術式――開始時に辰巳の拳を包んだ霊力のグローブのお陰で、致命傷どころかかすり傷一つない。

 だが、それでも真芯を貫く衝撃に、マリアは肺腑を絞られる。

「か、っは」

 どうにかバランスを取り、着地するマリア。勢いで片膝をついてしまうが、指揮棒は放さない。カルテット・フォーメーションは健在だ。

 即座に片方の斧を展開。盾とし、警戒するマリア。

 だが追撃はない。横合いから突撃したレックウが、辰巳の動きを阻んでいたからだ。

「きゃあっ!」

 無論闇雲な体当たりが当たる筈も無く、すれ違いざまに手痛い打撃を貰う結果に終わってしまったが。

「参ったな。ファントム4が強い事は知ってたつもりだけど……これ程とはね」

 バランスを崩しながらもどうにか走り抜けるレックウを横目に、マリアは頭を振って星を追い出した。


◆ ◆ ◆


『いやはや、参りましたね。ファントム4が手練れである事は知っていたつもりでしたが、よもやこれ程とは』

 同時刻。天来号、第二小会議室。辰巳達の模擬戦が中継されている立体映像モニタを眺めながら、スタンレー・キューザックは片眉を吊り上げる。

『流石はメイ・ローウェルの……冥王ハーデスの弟子、と言ったところですかな』

 これでマリアは二撃目、風葉は三撃目を受けた計算になる。

 経過時間は既に五分。先に説明された通り、風葉とマリアのどちらかが辰巳へ有効打を与えればそれで勝負は決するのだが――。

「このままでは、ファントム4が勝利条件を満たしてしまいそうですな」

 スタンレーと机を挟んだ反対側。いかめしい顔で模擬戦の模様を睨み付けているのは、凪守自衛隊出向部の帯刀正義たてわきまさよしである。

 帯刀の前には今、二枚の立体映像モニタがある。一枚は右手の壁際で、模擬戦の中継を。もう一枚は正面の机上でスタンレーの姿を、それぞれ映し出している。以前、翠明すいめい寮でマリアと開いていたお茶会と、ほぼ同じ状態だ。

 さておき、現状この小会議室には帯刀しか居ない。建前とは言え仕事は確認作業だけなのだから、当然ではある。

『~♪』

 モニタの向こう、鼻歌を歌いながらお湯を注ぐスタンレー。少し手持ち無沙汰の帯刀は、右手モニタ、奮戦するファントム4の姿を眺める。

「……見違えたものだ。本当に」

 二年前、まだ名前が無かった頃。保護された当時の五辻辰巳を、帯刀正義は見た事がある。

 あの時の辰巳は、まるで人形だった。

 比喩では無い。誰かに命じられなければ、辰巳は基本的に指一本すら動かさなかった。食事すら取らなかったのだ。自発的に動いていたのは、瞼と心臓くらいなものだったろう。

 それが今やあのいわお率いる部隊の一員となり、生き生きと模擬戦を繰り広げている。スタンレーの指摘通り、それは間違いなく冥の指導の賜物だろう。

 最も冥としては、単に『過去の人間の能力を引き出せる』という、自分の能力を試す暇潰しの一環だったのだが――どうあれ、辰巳はその技量を吸収し続けた。冥がその権能で擬似再現した故人達――とびきりの達人達の技量を。

「つまりは世界最高のスペシャリスト達に稽古を付けられたようなもの、か」

 こうなると、辰巳が強いのはむしろ当然である。

 そんな怪物が相手とあらば、風葉とマリアが負けるのもまた当然ではあろう。

 少なくとも、今のままでは。

『はてさて。このまま観戦を続けるも悪くはないのですが、そろそろこちらで行う模擬戦の話も始めましょう』

 ティーポットを置きながら、スタンレーは本題を切り出した。

 模擬戦と言っても、今辰巳達がやっているものではない。

 数日後、BBBの一部と凪守自衛隊出向部は、合同の演習を計画しているのだ。スタンレーと帯刀が顔を合わせているのは、その最終確認のためである。

 つい以前までなら、自衛隊出向部がこうした計画を立てるのは、相当な手間と時間を要していた。具体的には、短くても数ヶ月から半年ほどかかっていた。

 それをこうまで短縮できたのは、偏に巌の采配が大きい。

 というのも、先日のバハムート・シャドーの一件を解決したのが、自衛隊出向部という事になっているからだ。真相はどうあれ、少なくとも対外的には。

 あからさまにも程がある欺瞞だ。だがそれについて異議を唱える者は、今のところそれ程居ない。

 ファントム・ユニットの、五辻巌の評価が上がるくらいなら――というやっかみの受け皿として、わざと残されているのだ。

 書類上の文面は色々とややこしくなっているが、要は『ならず者部隊のファントム・ユニットをうまく運用したのはたいへんすばらしいですね』と言う事らしい。

 実に馬鹿馬鹿しい状況だ。が、そのお陰で凪守内部における自衛隊出向部は向上し、随分と自由に動けるようになった。BBBとの合同演習予定をすんなりと組めたのも、その恩恵である。

『先方の……グロリアス・グローリィ側の了承は、既に得ています。向こうもテストしたい術式や大鎧装があるそうなので、快く引き受けて頂けましたよ』

「それは重畳ですな。こちらも預かり物の調整は終わっていますし」

 BBBとの合同演習をする場所を、グロリアス・グローリィに打診して欲しい――巌からの注文は、特に滞りなく通った訳だ。

 そして二人は今、最後の詰めの段取りに入っている。

「偶然」共通の知己である巌の話で盛り上がった両者は、ファントム・ユニットの有用性を改めて痛感した。そのため、彼等も模擬演習へ是非とも同行させたい――そんな筋書きを、彼等はこの第六小会議室で描き上げるのである。

 グロリアス・グローリィの鼻先にファントム・ユニットを、引いてはEマテリアルをちらつかせるために。

「助かりましたよ。今彼等がやっている模擬戦が、丁度良いアリバイになってくれて……おっと、これはまた大したものだ」

 マリアが投擲した斧へ、辰巳はハンドガンを向ける。撃つ。撃つ。撃つ。いつの間にやら通常弾に換装されていた照星は、肉厚の刃へと着弾、着弾、着弾。

 衝撃によって斧は狙いを逸らされる。突撃中のレックウへと。

「わ、わっ!?」

 またもバランスを崩すレックウ。辰巳のすぐ脇を通過する車体。

 その無防備な横腹へ、辰巳はハンドガンを照準――とまあ、目の覚めるような切れ味の戦い振りである。こんなものを見せられたなら、巌の頼みを抜きにしても演習に参加させたくなってしまう。

『……それにしても、ミスター五辻の周りには不思議な要素が集まっていますよね』

 抽出の終わった紅茶をカップに注ぎながら、スタンレーは何気なく切り込んだ。

 グロリアス・グローリィへの、引いてはザイード・ギャリガンへの着目。それ自体は理解出来る。

 怪盗魔術師の遺言が確かなら、ギャリガンは今まで神影鎧装と言う強大な戦力を、問答無用でけしかけてきた元凶なのだから。

 そこへカマをかけるのに、自衛隊出向部やBBBといった外様の伝手を頼る理由も分かる。大手を振って準備をすれば、凪守の内通者サトウにどんな妨害を食らうか、分かったものではないからだ。

 そしてスタンレーは、巌がどうしてそんな行動を取ったのかという理由を、本心を、既に知っている。

『Eマテリアルとは、神影鎧装とはなんなのか。彼はなぜ本来の名字を捨て、五辻の姓を名乗る事にしたのか。二年前、霊地暴走事件の折、彼は一体何を見たのか』

 スタンレーはカップを手に取る。揺れる琥珀色。豊かなアッサムの香り。謎めいた巌の行動。脳内でブレンドされる刺激に、口角が吊り上がる。

『不思議な事ばかりで、実に興味を引かれますよね』

 カップを傾けるスタンレー。その逆手は、同時に立体映像モニタを操作していた。

 秘匿情報の送信。キューザック家の暗号回線を介したそれは、数秒で帯刀のリストデバイスへと着信。

「……ええ、本当ですな」

 帯刀はそれを開く。現れたのは転写術式。

 ちらとスタンレーを見る。うっすらと笑っている。

「良いでしょう」

 躊躇無く、帯刀は術式に触れた。

「む」

 瞬間、膨大な情報が帯刀の脳裏に刻み込まれた。

 内容は、演習当日に帯刀にして欲しい行動と、今まで伏せていた全ての真実。

 更には身分を捨ててまで巌がファントム・ユニットを結成した理由と、二年前に彼が見た霊力暴走事件の顛末。

 そして、短い謝罪であった。

 その内容を反芻しながら、帯刀はにやりと笑った。

「……成程、成程。忙しい事になりそうですな」

『ええ、本当に』

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