第45話 誘拐事件

《sideアシェ》


 私が午前中の授業を終えて、苦しむピリカのお世話をするために部屋に帰ってくると、進化を始めてから苦しそうな声で鳴いていたピリカの声が聞こえません。


 ピリカは私に迷惑をかけないでおこうと押し殺したように鳴くのですが、それが私にとっては凄く悲しい声に聞こえていました。


 だけど、あの悲しそうな声が聞こえなくて、もしかしたら少しでも和らいだのかもしれないと思って扉を開きました。


「ピリカ?」


 ですが、そこにはピリカの姿は無くなっていて、窓だけが開かれていたのです。


「もしかして、痛みで暴れて窓から?」


 私は慌てて窓の外を覗き込みましたが、ピリカが落ちたような形跡はありませんでした。では一体どこへ? 不意に荷馬車を走らせる馬の嘶きが聞こえてきました。


「あれは給食の搬入?」


 ですが、私たちの給食が始まる前に搬入を終えるはずの荷馬車がいつもよりも遅くまで学園内にいる? それがピリカがいなくなったことで、不吉な嫌な予感を受けました。


 私は急いで廊下に出て荷馬車へと向かいます。


「アシェちゃん? どうしたんですの? そんなに慌てて、ピリカちゃんに何かありましたの?」


 私の慌てた様子に、オリヴィアちゃんが心配して声をかけてくれた。


「ピリカがいないの」

「えっ?」

「そんで、いつもならいないはずの荷馬車が食堂の裏にいるみたいで、何か見ていないか聞きに行こうと思って」

「なるほど、それなら玄関から回り込んでは遠回りですわ。シルちゃん」

「ニャオ!」


 シルちゃんが、私とオリヴィアちゃんを抱えて、窓から飛び出していく。

 その動きはピリカと同じで凄く早い。


 荷馬車が発進する前に止めることができた。

 

「コラっ! 危ないだろう?!」


 搬入者なのに、乗っている人たちはコック帽を被っていてなんだか違和感を覚える。


「あの! ちょっと聞きたいんですが、この辺りに黒いヒヨコが通りませんでしたか?」


 私が問いかけると、コック帽の御者さんの顔色が見る見るうちに青くなっていく。


「しっ、しらねぇよ! なんで俺っちに聞くんだよ!」

「私の部屋から窓を見ると、ここに止まっている荷馬車が見えたからです。寮の中を通ったなら、寮母さんが見ているはずなんです。だから、窓から出たのかなって。そしたら、この車が止まっていたので、見ていませんか?」


 動揺するコックさんに、私はもう一度問いかける。


「うっ、しっ、しらねぇって言ってんだろ」

「あなた怪しいですわ! ちょっと荷馬車の中を見せてくださいませ!」

「うっ、うるせぇ! ガキのくせに大人に意見してんじゃねぇ。アモーレ。退かせ!」


 モグラの召喚獣にシルちゃんが、重力魔法で身動きを止めて荷馬車も走れないようにしてくれる。


「大人しくしなさい!」

「くっ! おい。手をかせ!」

「仕方ねぇな。ハンタークロー!」


 せっかくモグラと荷馬車をシルちゃんが抑えてくれたのに、大きなカラスの召喚獣が現れてシルちゃんに攻撃を仕掛けようとする。


 シルちゃんは防御のために荷馬車を抑えていた力を弱める。


「よし! 動ける! いくぞ」


 私たちが道を開けたスキをついて、荷馬車が走り始めようとする。


 だが、すぐに荷馬車が停止することになる。


「なっ! なんだお前たちは?!」

「ソリー間に合ったようね」

「バウ!」


 予選二回戦で戦ったソリタリーウルフに乗ったコロンちゃんが荷馬車の前に立ち塞がっていてくれた。


「カァー!」

「おっと、大人しくしろよ」


 カラスの鳴き声に釣られて視線を向ければ、リトルドラゴンがカラスを抑え込んでいた。


「バッシュ君!」

「よう、なんだか大変そうだからな」


 予選の一回戦で戦ったバッシュ君。


 他にも生徒が集まってきていた。


「くっ! 時間をかけすぎたか」


 荷馬車を操作していた御者さんが指を鳴らして召喚獣を解除する。


 捕まえられていたモグラさんとカラスさんが姿を消してしまう。


 私たちは荷馬車へと近づいて、隠されていた幕を開こうとする。


「今だ!」


 私が幕を開けようとした瞬間に、黒くて大きな物が荷馬車から投げられて誰かが飛び出してきた。


 御者さんたちも召喚獣を呼び出して、逃げ出していく。


 皆が捕まえようとしてくれたけど、私はそんなことよりも投げられた黒い羽毛の塊を抱きしめる。


「ピリカ〜よかったよ〜」


 シルちゃんが抱き止めてくれて、優しく地面に降ろしてくれたからピリカに怪我はない。私はみんなにお礼を伝えて、シルちゃんにピリカを部屋へと運んでもらう。

 先生や、寮母さんが侵入者が入ったことを謝ってくれた。


 これから警備を強化することを約束してくれた。


 だけど、本当に良かったピリカが帰ってきてくれて……。


 その日の晩、私は痛そうに鳴いているピリカの横でずっとピリカを抱きしめて眠りについた。



 くっ! また失敗してしまった。

 しかも今度は教師ではなく生徒に邪魔されるとは、時間をかけすぎたのが敗因だ。


「また貴様らか」

「なっ!」

「しかも、今回は生徒を傷つけたようじゃな。許さぬぞ」


 学園長のブルードラゴンが怒りの咆哮を上げている。


「ぐっ、ただでやれると思うなよ! ロープサーペント!」


 勝てなくても一矢報いてやる。


「ハァー。私の可愛い生徒に手を出したんだ。それ相応の罰は受けよ。春雷」


 俺たち三人は青い雷を見た。


 それは地面に穴を開けるほどの巨大な雷で、冬を切り裂き春を告げるほどの衝撃があった。


 全身が焼かれて、口から真っ黒な煙を吐き出す。


「命までは取らぬが、これに懲りたら二度と我が生徒に手を出すではないぞ」


 学園長が去った後は、雨が降り全身がずぶ濡れになって、動けないまま、俺は風邪を引いて一週間寝込んだ。

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