第93話 母亀

 目の前に現れた真っ白な海アナゴを相手に構える。


「ピリカ、相手は水を得意としている魔物だから、海に逃げられたら負けだよ」

「ピヨ!」


 俺は久しぶりにアシェからの指示を受けて戦うことに生き生きした喜びを感じていた。ブタウサギ先輩との稽古は楽しかったが、やっぱり実践は一味違う。

 相手の強さがわからない。攻撃手段もどんな生き物なのかも不明だ。


 見た目が可愛くても、ブタウサギ先輩のように異常な強さを持っているやつもいる。


 だが、海アナゴは見た感じではそれほど強くない。

 浜辺にいる中では不気味な存在ではあるが、どうだ?


「ピリカ! ウォーターアロー」

「ピヨ!」


 海に住む水属性の魔物にウォーターアローの効果は薄く感じるかもしれない。

 だが、アシェなりの考えがあるのだろう。


 俺は指示に従って魔法を生み出して、海アナゴに放った。

 こちらを警戒してはずの海アナゴはウォーターアローを受けて、そのまま倒れた。


「あれ? 終わり?」

「ピヨピヨ」

 

 ああ終わったな。


 思った以上に弱かった。


「うーん、これじゃよくわからないね。師匠が言っていた通り、亀を狙った方がいいかも」

「ピヨピヨ」


 そうだな。亀は強いと言っていた。


 海アナゴでこの辺りに住んでいる魔物の力量を見ようと思ったが、かなりレベルが低い。いや、もしかしたら、俺が森で強くなりすぎたのかもしれない。


 中級クラスの魔物は案外少ないのかもしれない。


「あっ、亀だよ!」


 言われて視線を向ければ、見上げるほど大きな亀が海から出てきていた。


「ピッ!」


 なっ、なんだあれ? 怪獣じゃないか。


「あれが亀だよ! やっぱりゆっくりだね」


 ゆっくりとかそういう次元の話なのか? 大きさが桁違いだ。

 アースドラゴンよりも大きい。


 アホウドリと変わらないほどの大きさがあるぞ。


「ピー!」

「大丈夫だよ。動きはゆっくりだから私が走っても逃げられるくらいだからね。だけど、やっぱり大きいし、亀だから凄く頑丈だって授業で習ったことはあるよ」


 そう言う問題なのだろうか? 倒せるのか? いや、うん。攻撃が通じるなら倒せると思う。


 だが、明らかに強さはブタウサギ先輩やブルードラゴンと変わらない。


「ピーーーーー」

「珍しいね、ピリカ。怖い?」


 怖い? 俺はビビっているのか? 確かに強いやつはたくさんいた。

 だけど、ブルードラゴンも、ブタウサギ先輩も、カンガルー師匠も、強いと思っていたが怖いとは思わなかった。


 だけど、あの亀はヤバい。


 何かが違うと思わせてくる


「やめようか?」


 そんな俺の迷いを読み取ったアシェが問いかけてくる。

 

 だが、そのアシェの顔を見て、俺は気持ちを切り替えることにした。

 俺が守りたいと思っている彼女が覚悟を決めているのに、召喚獣である俺が尻込みしてどうなる? アシェを一人にするのか?


「ピヨ!」

「ふふ、そうだね。ピリカはいつもその顔がいいと思うよ」


 どんな時でも俺はアシェの判断に従う。

 

 山が動くほどに大きな亀の魔物が浜辺に上がってきたところで、俺は覚悟を決めて進化を開始する。


「ピーーーーー!!!(王者の咆哮)」


 亀は俺があげた威圧に対して、見向きもしないで、そのまま浜辺に上がりきった。


「ピリカ! ブラックホールを使うよ。二人で使って足場を崩すよ」

「ピヨ!」


 アシェの指示に従って俺たちはブラックホールを生み出して、亀の足場を崩していく。前足がブラックホールが出現するが、すぐに嫌な感じを受ける。


「ピヨ!」

「えっ? どうしたの?」


 アシェを嘴で咥えて、その場を離れた。


 俺たちがいた場所は津波が押し寄せて、出現させたはずのブラックホールが波に飲み込まれた。


「なっ! 何あれ?!」


 亀の瞳がギョロっと俺たちを見定める。


 ヤバい。


 俺は本能的に感じる恐怖によって、アシェと共に全力で逃げた。


「ピリカ?」


 魔黒鳥になっていたおかげで、空を飛んで全力で逃げられる。


「グアアアアアアアアア!!!!


 背後から亀がエネルギーを込めた一撃が放たれる。

 俺は必死にエネルギー砲を避けながら飛んでいるが、タオ師匠の家にたどり着いたところで、倒れた。


「ピリカ!」


 アシェをなんとか無事に送り届けられてよかった。


「なっ! あれに手を出したのかい?!」

「師匠!」

「バカだね。あれは亀じゃないよ!」

「えっ?」

「とにかくよく無事で戻ったね。その子の手当てをするから退きな」


 朦朧とする意識の中で、タオ師匠が何かを塗ってくれている。

 どうやら背中にダメージを受けてしまっていたようだ。


 ひんやりとした何かを塗られているのが心地良い。


「今はお休み。あの化け物は私が対処しておくよ。あんたは主人をよく守ったね」


 あの優しい手で撫でられると安心して、眠りにつくことができた。


 その後のことはアシェが話してくれたのだが、あの化け物亀は産卵のために来ていたそうで。攻撃をしなければ反撃を喰らうこともなかったそうだ。


 産卵で生まれた小亀を狙わせるつもりが、運悪く親カメと遭遇してしまったそうだ。強いことがわかるので、まさか攻撃はしないと思っていたが、攻撃として判断されたために手痛い反撃を受けた。


 俺の傷が癒えるまでアシェは、師匠から怒られて指導が厳しくなったようだ。


 

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