第92話 夏休みはバカンス

 二年次になって、夏休みに入る前に、アシェはタオ・ヤオ師匠から申し出を受けた。


「アシェ、あんたは面白い子だ。どうだい? 夏休みの間、うちに来て修行をするつもりはないかい?」

「えっ? いいですか?」

「ああ、衣食住の世話と、少し仕事も手伝ってもらうからバイト代も出すよ」

「行きます!」


 普段なら親父さんの元へ帰るアシェだが、タオ・ヤオ師匠のことを相当に気に入ったようだ。


 俺もブタウサギ先輩にまだまだ色々教えてほしい。


「あの、私は行っては?」

「あんたは貴族だろ? 一旦家に帰って来れそうならおいで」

「はい! 必ずお邪魔いたしますわ」

「オリヴィアちゃん待っているね」

「約束です」


 そういうやりとりがなされて、俺たちはタオ・ヤオ師匠のお宅にお邪魔することになった。

 王都を出て全く別の街へ向かって馬車は走り出した。


「あの、タオ師匠。どこに向かうのですか?」

「うん? 私の街だよ」

「えっ?」

「なんだい私のことをオリヴィアに聞いてないのか?」

「はい。お貴族様って言うのは知ってますが」

「そう言うことかい」


 大きくなってきた俺は馬車に乗ることはできないから、後に馬車の横や後を走っている。

 窓が開いているので、中の声が聞こえてくるのに耳を傾けながら二人の会話を聞いている。


「私は元々サモナーマスターでね」

「えっ?!」

「あんたは世界を知らなさすぎるよ。もっと知識を増やしな」

「はい!」


 本当に良いコンビになりつつあるな。


 王都から東に向かうと海が見えてきた。


「ピヨ!」

「ピリカ、どうしたの? うわ〜凄いね」


 いつもは山と森に囲まれる生活をしていたので、海は珍しい。赤い岩場とは全然雰囲気が違う。


「なんだい? 海は珍しいかい?」

「はい!」


 アシェが窓から身を乗り出して、海を眺める。


 俺もこの世界に来てからは初めての海に興奮してしまう。

 とても綺麗な景色が広がっていると同時に、海にも魔物たちが存在する。


「ふふ、なら存分に頑張ってもらおうかね」


 不敵な笑みを浮かべるタオ師匠に、若干の恐怖を覚えながら、タオ師匠が領主を務めるヤオ領へ辿り着いた。


 海が広がるヤオ領は、南国を思わせる綺麗な砂浜と海が広がっていて、ヤシの木がいくつも立っていた。


「ここが私の家だよ」

「うわ〜広いです!」


 辿り着いた家は本当に広くて、いくつ部屋があるのかわからない。

 多くのサモナーさんたちが働いて、タオ師匠を出迎えた。


 屋敷は見晴らしの良い場所に立っているので、海が一望できて、海岸まで一直線に道がつながっている。


「凄いです!」

「ふふ、本当に素直でかわいいね。アシェ」

「そんな」

「だけど、ここには修行と私の仕事を手伝ってもらうためにきたんだよ」

「はい! 頑張ります!」

「良い返事だ。そうだね。まずは、採取してきて欲しい魚がいるんだ。海まで行ってとってきてくれるかい?」

「海へですか?」

「そうだよ。これだ」


 そう言ってタオ師匠が投げてきたのは、本だった。


 どうやら海の生き物が記された図鑑のようで、そのページをブタウサギ先輩が広げてくれる。


「そこに出てくる亀をとってきておくれ」

「亀ですか?」

「ああ、海に住んでいる亀を舐めちゃいけないよ。四聖獣様の一体であるアーケロン様は亀のような姿をしていたという。実際に海に住んでいる亀たちは手強いからね」


 亀と言われると愚鈍なイメージだが、魔物になると強敵ということだろうか? だが捕獲してこいってことは、俺たちなら勝てる相手だとタオ師匠は思ってくれているということだ。


「はい! 行ってきます! 行こう! ピリカ」

「ピヨ!」

「気をつけるんだよ!」

「はい。頑張ります!」


 アシェを連れて、俺たちは砂浜へと降りていった。


 広い砂浜には、貝殻やカニの魔物が歩いている。


 あまり大きくないところを見ると、まだまだ子供なのかもしれない。

 だが、俺の胃袋としては美味そうにしか感じられない。


「ピリカ、ダメだよ。今は亀を探して」


 浜辺にいるのか、海の中にいるのか、亀の姿は見当たらない。

 どうしたものかと思っていると、白いウニョウニョとした生き物が地面から出ては、引っ込んでいく。


「ピヨ?」

「ピリカ、どうしたの?」

「ピヨ」

「うん?」


 俺はアシェに白いウニョウニョがいることを知らせる。

 

「あれはねぇ〜」


 アシェが持っている図鑑を広げて調べてくれた。


「海アナゴっていうみたいだね」


 海アナゴ? アナゴって捌いているのを食べたことがあるが、動いているのを見るのは初めてだ。


 あんな感じなんだな。


「戦ってみたいの?」

「ピヨ!」


 ああ、やってみたいね。海の魔物がどれくらい強いのか気になるぜ。


「いいよ。私も久しぶりだから、絶対に負けない」


 ダンスを習い始めたことで意思疎通が前よりもスムーズにできるようになった。

 それだけ体を動かすことで、タイミングを合わせるためにお互いのことを考えるからだ。


 アシェは俺が何をしたいのかすぐにわかってくれる。



 そして、俺もアシェが海に来たことで浮かれているのが伝わってくる。


「さぁ、海での初バトルだよ。絶対に勝からね」

「ピヨ!」


 ああ、久しぶりにアシェの指示で勝ってやるぜ。

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