第91話 アシェと師匠

 ブタウサギの師匠、タオ・ヤオさんとの出会いは俺以上にアシェに影響を及ぼした。アシェは、これまで俺と共に歩みながら、俺と並べる存在になりたいと思っていたようだ。


「私を弟子にしてください!」


 俺が目覚めて、タオ・ヤオさんに会いに行った際にアシェが第一声に発した言葉だ。


「黒いヒヨコを育てたのはあんたかい?」

「はい! タオ師匠!」

「師匠? 先生じゃなくて師匠かい?」

「はい! ピリカとの戦いを見て憧れました。私はいつもピリカに任せきりで、私もピリカと共に一緒に戦いたいんです」


 そんなことを考えていたことに俺も驚いてしまう。


「それにピリカが倒れた後に、タオ師匠は優しく微笑でピリカを撫でてくれました。タオ師匠のような女性になりたいんです」


 意識を失う瞬間に感じた温もりは、俺も覚えている。

 撫でてくれる手は優しくて、きっとタオ師匠は良い人だと俺も思う。


 もしも、本気でアシェが誰かに師事して学び取りたいと思った時に、師匠と呼ぶに相応しい人物だと俺は思った。


「ふ〜ん、私が良い人ねぇ。それで師匠かい?」

「はい! 私、ピリカと一緒に冒険に出たいんです。学校を卒業したあとは世界を見て回るつもりです。サモナーマスターになるために」

「なるほどね。そんな夢を見るガキがまだいたのかい」


 タオ師匠が今の時期だけの臨時講師として職員室に席を設けられている。

 一ヶ月間だけの臨時講師として来られているので、その期間しかアシェは指導を受けられない。


「それで? 何を教えて欲しいんだい?」

「たくさんのことを教えて欲しいです! 強くなることも、女性として美しくいられる方法も、もっと召喚獣と仲良くなる方法も」

「なるほどね。アシェ、あんたは良い子だね」


 老婆ではあるが、確かに肌は綺麗で近くで見れば綺麗な人だとわかる。

 それにアシェに師匠と呼ばれて、タオさんは満更でもない顔をしておられる。


 やっぱり悪い人ではないと思う。


「仕方ないね。今の時期だけだよ。それ以外は面倒を見ないからね!」

「ありがとうございます! 師匠」

「ふん、何が教えられるのかはわからないよ。ただ、そうだね。アシェの冒険が少しでも役立つようにはしてやろうかね」


 祖母と孫といった印象を受けるが、アシェには母親がいない。

 祖母や祖父なども見たことがない。


 父親しか家族はいない。


 だから、タオ師匠との関係が、アシェにはなかった新たな縁を結んでくれることを俺は願いたい。


 たくさんの人とアシェが交流を持つことは、俺としては好ましい。


 ♢


 師匠に弟子入りしたアシェは、様々なことを教わることになった。


 タオ師匠は、サモナーとしても素晴らしい人だったが、普段は薬学を学ぶ薬剤師としての仕事をしている。

 学園に来ても、研究室を与えられて、そこで薬剤の調合をしていた。


 ただ、タオ師匠の知識は薬学に限らず、料理、お茶、召喚獣の健康管理に至るまで様々ことに生かされていた。


「いいかい、アシェ、オリヴィア。薬は毒だ。毒をもって病や怪我などを制しているんだ。正しい用法用途を覚えておかなければ大変なことになる。そのためにも生き物のことを知ることは何よりも大切だ。知識を大事にして増やし続けな」


 アシェが弟子入りしたことで、オリヴィアちゃんも付き従うように一緒にタオ師匠の指導を受けている。


 タオ師匠の授業は多岐に渡るが、全て始まりと、基本だけ。

 それは二人が幼いこともあるが、どうしてたくさんの知識がいるのか、それを教えてくれているように俺には思えた。

  

 薬の知識。

 貴族としての礼儀作法。

 お茶の淹れ方。

 人体の構造を知る解剖学や生理学。

 召喚獣たち種族に応じた人とは違う変化。

 料理。


 様々な知識を生活をするように、アシェとオリヴィアちゃんに伝授していく。

 考えさせるのではなく、一緒に作って勉強をさせてもらう。


 これほどの環境を提供してくれるタオ・ヤオさんは子供が大好きなんだろうな。

 

 タオ・ヤオさんを師事したことで、アシェが一ヶ月の期間を有意義に過ごすことができたと思う。


 これはアシェを大きく成長させることに役立っている。


「そろそろ修行期間も終わりだよ。正直、教えたいことの1%も教えてあげられていないけどね」

「そんなことはないです。やっぱり師匠に師事して私は良かったと思えました」

「私もですわ。ヤオ家のタオ様と言えば、貴族界隈でも、名前を知らない者はいないと言われる有名な貴婦人です。憧れないはずがありませんわ」


 どうやら、タオさんはお貴族様で、オリヴィアちゃんも機会があれば、お近づきになりたいと思っていたそうだ。


 人間社会のことはよくわかっていないが、とにかく凄い人だってことはわかる。


 俺と、シルも、二人が修行をしている間、ブタウサギのプーア様に指導してもらった。見た目は可愛いのだが、生きている年数は七十年を超えていて、タオ様よりも長生きだそうだ。


 そんな方の指導を受けられるだけでも俺にとって刺激になる。


 退屈していた日々が、とても楽しくなって、アシェと共に成長ができた一ヶ月だったと思えた。


 もうすぐ夏が来るな。

 

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