第104話

 自分でも驚くほどに体の力が抜けている。


 師匠に王気だと言われたが、なんとなくしか感覚はわからない。

 

 ただ、今までよりも集中力が高くなって、まったく見えなかった師匠の動きが見えるようになっている。


『王気とは、即ち己が身に秘めた潜在能力を極限にまで高め、集中させて全身に巡らせた力のことを言うのじゃ。お主はまだまだ不安定ながらに素質を示した。あとはそれを強引にでも従えて見せよ』


 説明をしていると、師匠の姿は消えてしまう。


「ピピ?!」

「ブフォ!」


 背後に現れた師匠を俺の翼が羽ばたいて弾き飛ばす。


 動きが見えたわけじゃない。


 不思議なことだが、自分の周りに敏感な神経が張り巡らされているような、後ろに師匠が現れたように感じられた。


「ピーーーーー!!!(王の咆哮)」


 師匠を吹き飛ばして、追い討ちをかけるために自分を鼓舞して、爪を突き立てる。


「ブフッ!」


 俺の攻撃が当たる瞬間に空気に壁ができたように弾き飛ばされる。


『舐めるなよ小童! 多少、力が使えるようになったぐらいでワシを倒せると思うな。貴様のようなヒヨコを何度殺して来たのかわからぬわ!?』

『黙れっピ! オイボレ!? 確かに俺はヒヨコっピ。だけど今は魔黒鳥ッピ! もういいっピ。見た目は死にそうで気にしていたッピ! だけど、全然死にそうに無いっぴ! なら、俺が引導を渡してやるッピ!』

『やれるものならやってみろ?! その前に殺してやるわ?!』


 もう言葉はいらない。


 師匠が話をするたびに迷いが生まれる。


 きっと、師匠の体は死が近い。


 最後の炎を燃やして俺に教えてくれようとしている。


 それなのに言葉で言わなくちゃわからないような情けない弟子いたくない。


「ピーーーー!!!」


 竜巻よ! 嵐よ! ブラックホールよ!


 俺は使える魔法を使って、師匠に攻撃を仕掛ける。

 仕掛けてくる攻撃に対しても対処は忘れない。


 全身に毒を張り巡らせて、自分に触れた相手に毒を浴びせる。


「ブォーーーーーーーー!!!!」


 そんな俺の攻撃を避けて、破壊して、突き破ってくる。


 さらに毒まみれの俺を蹴り飛ばした。


 蹴った足には毒が付着して、右足に毒が浸透していく。


「ピヨ!?」


 それでも止まらない。


 師匠は、どこまでも戦い! 本能に! 全てを捧げて生きてきたんだ。

 だからこそ戦いの中で死にたいと思っている。


 出し惜しみは無しだ。


 俺は空へと舞い上がる。


 俺に出来て、師匠にできないこと。


 それは制空権を支配することだ。


 師匠はカンガルーで跳躍力は凄いかもしれない。


 だが、翼を持つ俺は、師匠が来れない空を支配する。


『正解じゃ! バカ弟子!?』


 飛び上がった師匠は、それでも空気の足場を作って空で戦う方法を持っていた。


 だけど、右足にかかった毒の影響で、すでにボロボロだった体はさらに辛そうな体制で魔力を行使していた。


『師匠! あなたが戦いの中で死にたいなら、全力で叶えてあげるっピ!』

『誰が死にたいなどと言った? ワシはバカ弟子を喰らって生き残るのよ! だからワシのために死ね!』


 もしも、俺が転生者で、自分一人で生きてきて、師匠に世話になったただのひよこならその言葉に応じて食べられることも受け入れたかもしれない。


 だけど……。


 俺は召喚獣なんだ。


 サモナーであるアシェが待っている。


 俺と契約を結んで、彼女の一生を見守り続ける。


 それが今は何よりも楽しくて仕方ない。

 アシェが大好きで、アシェのために死ぬわけにはいかない。


「ピーーーーーーーーーー!!!!!!」


 長い長い鳴き声あげると全身が震えて、漆黒のオーラが吹き上がる。


「ブォーーーーーーーーー!!!!!!」


 それに応じるように師匠からも透明なオーラが吹き上がった。


 この戦いは次の一撃で決着する。


 互いに王気を高めて、己の一番に全てを込める。


『最後っピ!』

『行くぞ!』


 互いに空中で、魔力も、体力も、王気も、全てを込めた一撃を放った。


 師匠は思った通り飛び蹴りだった。


 空中で全ての体重と筋力と想いを込めた一撃を避けるわけにはいかない。


 例え隕石のような威力が含まれていても迎え打つ。


 俺は嘴に全ての力を一点集中させて、高速で飛行を繰り返して助走をつけて、突っ込んだ。


 師匠の蹴りと、俺の嘴!


 どっちが……。


「ピヨ!」

「ブオ!」


 交差する瞬間、目の前で師匠の体が崩れていく。


 勢いが止められなくて、師匠の崩れて気力を失った体に嘴が突き刺さってしまう。


『師匠!!!』

『ザマァねぇな〜最後までカッコつけるつもりが、限界が来ちまった』


 地面に降りた俺は師匠の体を羽で包み込んで、丁寧に降ろしていく。


「ブオブオブオ」


 荒い息遣いで、吐血する師匠。


『だが、ワシは全力で戦った。戦いの中で全てを出し切って死ぬことができた。最高の気分だ! ありがとう。ピリカ』

『師匠こそ! ありがとうございましたッピ?! 戦い方を教えてくれたッピ! 王気を教えてくれたッピ! そして俺と戦ってくれてありがとうございましたッピ!!!』


 どうして念話でしか話せないんだ。


 もっと言葉を交わしたかった。

 もっと色々と教えてほしかった。

 もっと一緒に狩りがしたかった。


『いつか終わりはやってくる。だが、それが最高の気分で迎えられたワシは最高に幸せものじゃ! 一つ頼みがある』

『頼みッピ?』

『うむ。ワシの体を食ろうてくれ! この世は弱肉強食! ピリカのような強い者に喰われたいんじゃ!』


 師匠が手を伸ばしてくれるが、もう俺を捉えられていない。

 目も、耳も、失われて、最後の言葉を残してくれた。


『必ずッピ』

『幸せじゃのう!!!』


 その言葉を最後に師匠は事切れた。


 俺は涙が流れないはずのヒヨコの体で、止まらないほどに涙が溢れ出た。 


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