第103話

 師匠の傷ついた体は、今にも倒れて死んでしまいそうなほどに弱っていた。

 片足片目を失った師匠は、息が荒い。


『しっ、師匠!!! どうしたっピ!』

『うるさい! 落ち着くのじゃ!?』

『でっ、でも?! そんなお体になられて大変っピ!』

『ブフォ! 大丈夫だ。まだ死なぬ』


 勢いがあったはずの師匠はゆっくりと岩に腰を下ろして、辛そうにしている。


『まだってどういうことですかピ!』

『これほどの傷だ。長くは持たなぬ』

『しっ、師匠?!』

『泣くでないわ! 生きておるのだ。生き物には死が必ず訪れる。それがワシは普通のものよりも長く、ゆっくりとやってきただけじゃ』


 本当に辛そうにしている師匠は、自分の死期をわかっているんだ。


『師匠……』

『悲しむことではない。これは自然の摂理であり、弱肉強食のこの世の中で生きるということはそういうことじゃ』


 師匠をここまで追い詰める相手は誰なんだろう? 岩場に残された爪痕から、相当に巨大な存在であることは間違いない。


『良いか、ピリカよ。レッドドラゴンには挑んではいかん』

『レッドドラゴンですかピ?』

『そうじゃ、現在、あやつほどの強者をワシは知らん。彼方の時代、我がまだ召喚獣として共に、生きたものたちよりも遥に強い』

『共に生きた者達っピ?』

『そうじゃ、ブルードラゴン、大鯨、ブタウサギ。あやつらが今は何をしているのか知らぬが、レッドドラゴンは、若く我々よりも遥に強いのじゃ』


 ブルードラゴンにブタウサギ先輩。


 カンガルー師匠は、学園長やタオ師匠と同じ時代に生きたいレジェンド級の存在なんだ。


『我が主人は死別してしまったが、やっと彼の元へ行けると思うと寂しくはない』


 大鯨の存在は知らないが、師匠は長い間一人で森の中で生きてきた。

 それが終わりを迎えられるのですね。


『師匠』

『ピリカよ。最後じゃ、ワシと戦ってはくれまいか?』

『戦うって! 師匠はもうむリッピ』

『舐めるなよ?! 小童!』


 それは王気そのもので、どれだけ傷を負っても俺では到底勝てない存在だと思わせるほどに強力な気を放っていた。


 自分は何を勘違いしていたのだろう。


 師匠は絶対に強くていつまでも、側にいてくれる存在だと思っていた。

 それが間違いだと師匠は教えようとしてくれている。


 この世界は弱肉強食で、誰もが明日を生きるために必死になっているんだ。


『わかったッピ! よろしくお願いしますっピ!』


 俺も覚悟を決めなくちゃならない。

 これは師匠から俺への最後の願いであり、指導なんだ。


『進化するっピ!』


 俺の全身は漆黒の羽を伸ばす魔黒鳥へ変化を遂げる。


 能力が三倍になって、レベルも前に森にきた時よりも亀を討伐したことで上がっている。それなのに、遥か遠くに師匠がいるように感じられる。


『うむ。強くなった。強くなったが、貴様はまだ足りぬのだ。覚悟を持つのじゃ』

『覚悟っピ?』

『そうじゃ、今から私と貴様が行うのは、命のやり取りじゃ。油断していれば、貴様は死ぬ。その肉を食らってワシは生きる。知っておるか? 魔黒鳥の肉は命を繋ぐ最高の食材だと言われているのだ。貴様はこれから常に命を狙われる。ならばここでワシの糧になるがいい』


 師匠の言葉は本気だ。


 左腕と左足を失っても、衰えることはない王気は俺を殺すことができるほどに強い。


「ピーーーーーー!!!!(王者の咆哮)」

「ブォーーーーー!!!!(王の咆哮)」


 ぐっ?! 俺の咆哮が紛いものと思えるほどに威圧が凄い。


 いや、これは殺気だ。


 お前を殺すという師匠の意思表示がなされているんだ。


『ブラックホール!!!』


 最初から全力でいく。

 俺がどれだけ抗っても、師匠には到底敵わないかもしれない。


 だけど、俺は負けるわけにはいかない。


 アシェの元へ帰らなくちゃいけないんだ。


『どうやら覚悟はできたようじゃな。貴様を食らってワシは復活する。それが嫌ならば、貴様をワシを殺して食らってみよ。この世は弱肉強食! 強き者が生き、弱き者が食われる。それが自然の摂理なのじゃからな』


 そう言って師匠はブラックホールを蹴りの一発で消滅させてしまう。

 全てを吸い込む俺の中では強い魔法を蹴りの一発で消滅させてしまうのは驚きでしかない。


『ぬるいのう。ぬるすぎる。貴様の本気とはそんなものか? サモナーの元には帰れないと思うことじゃな』


 師匠の姿が消える。


 片足でどうしてそんなことができるのかわからないが、一本足で俺の元へ飛んできた。


 魔黒鳥になったことで、大きさでは負けていないが、スピードやパワーは師匠の方が上だ。


「ピーーーー!!!」


 小細工と、小賢しい頭を使って立ち回っているが、本当の強者を相手にするのは何度目だろうか?


 最初に見たドラゴンは本当に怖かった。

 地龍や女王蟻なんて怪獣大戦争のようだった。

 ヌードハゲネズミは、進化をしてシロと二人でやっと勝てた。

 ハエはレベルが同じだったけど、勝てたのが奇跡だと思っている。

 親亀には負けた。


 だけど、今俺は生きてここにいる。


 そして、俺は必ずアシェを守るために帰るんだ。


『全力で倒すっピ!』

『ほう、やっとか』


 自分でも驚くほどに気力が充実している。

 師匠の怪我など気にしている余裕がなくなって、力が出せた。


『それが王の気よ。ピリカよ。ここからが本番じゃ』


 いつまでこの状態が続くのかわからない。


 俺は師匠に向かって力を振るう。


 

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