第139話 太刀川エアフィールド絶対防衛圏

 東京の中心部からアクセス良好。

 それが、陸上防衛軍の太刀川たちかわ駐屯地。


 敷地内に飛行場として、滑走路を有する。

 戦闘機はいないが、大型ヘリを同時に運用できる広さ。

 ヘリ飛行隊の一大拠点で、災害救助にも活躍。


 夜も遅く、消灯時間を待つばかりだったが――


『繰り返す! 東京の低空で飛ぶアンノウン2機は、ここへやってくる! 警備ならびに対空迎撃が可能な部隊はそれぞれ準備を整え、配置につけ! 非戦闘員は退避せよ! これは訓練ではない! これは訓練ではない!』


 酒が入った下士官も一気に酔いが醒め、分隊や小隊に檄を飛ばす。


 ありったけの照明が飛行場に向けられ、地対空ミサイルを抱えた歩兵と対空ガトリング砲を連ねた対空車両が動く。

 重機関銃や迫撃砲をマウントした装甲車も。


 対物ライフルを肩に立てていた狙撃兵が、屋上にスタンバイ。



 飛行場のヘリは人工的な灯りで目が覚め、バタバタと飛び立っていく。

 まるで、猛禽類もうきんるいに襲われた鳥のように……。


 その強風に耐えながら、地上クルーが動き続ける。


「対戦車ヘリコプター隊は!?」

「稼働している機体は、すでに待機中!」


 上を見れば、対地攻撃のヘリが獲物を狙うように滞空。


 長期戦に備えて、燃料が切れる前に交代する手筈だが。

 ファイターとの空戦で、勝ち目はない。

 いざとなれば、体当たりしてでも止めるだけ。



 対戦車ミサイルも、地上や高所に配置した。

 これは、有線ワイヤーの誘導式。

 出番があるとは思えないが、当たれば有効だ。


 パイロットが逃げ出した場合や錯乱した味方を制圧するために、警備や歩兵部隊。

 彼らの武器は、戦闘機に豆鉄砲だが……。



『東京が焼かれることは、何としてでも避けなければならん! 腹をくくれ! 2機を止める! いかなる犠牲を払ってでも!』



 ――ここは絶対防衛圏



 MA(マニューバ・アーマー)が、ズシュンと足音を立てた。

 全高4mの巨人は、持っているライフルで初弾を装填。


『こんな旧式でか……』

『俺は、立っているのがやっとの訓練機だぜ!?』

『どうせ、空を飛ぶ戦闘機をキャッチできるFCS(火器管制)はないさ』


 ここは飛行隊のベースで、警備用のMAは旧式だけ。

 しかし、その火力と運動性は段違い。



 上から正式な命令が出た。


“太刀川駐屯地の飛行場にて、2機のアンノウンを無力化せよ”



 歩兵用のスティンガーは1つで、交換ユニットはない。

 戦闘機を堕とす機会は、たった1回。


 訓練を受けていたことで担当する下士官は、この上なく緊張。

 マニュアルを広げながら、手順を再チェックする。


 どちらかを撃墜して、残りは駐屯地の火力で堕とす。


「白いほう……。USユーエスの『XGF-1 ライトニングB』を狙うんですね?」


「そうだ! もう1機は、どうやら中空ちゅうくうSOCエスオーシー(防空司令部)で話したようだ」


 説明を聞いた下士官は、吐き捨てる。


「こんな夜では、区別がつきませんよ!? どちらかに当てます!」


「そうだな……。どっちみち、2機とも無力化する。できれば白いほうで、というだけだ」


 夜空を見上げれば、側面のドアを開けたまま狙撃手が乗っているヘリも。


 低空を飛ぶ戦闘機との戦いは、全くの想定外だ。

 しかも、2機。


 

 対空迎撃の準備は整えた。

 あとは、待つだけ。



 ◇



 夜の隅田すみだ川でアクロバット飛行をしていた2機は、太刀川駐屯地を目指す。

 広く、ルートが分かりやすい車道に沿って。


 低速といえ戦闘機が巻き起こす強風により、通行人だけではなく、車やバイクもひっくり返る。

 けれど、AIのギャルソンが攻撃をしないだけ、遥かにマシだ。


 驚愕する人々を見下ろしつつ、一瞬で通り過ぎていく2機。


 『XVF-51 スター・ライトニング』で追いかけるツヴァイは、ナビゲーションの予想ルートに歯噛みした。

 AIとは思えない、感情的な叫び。


『よりによって!』


 可愛らしいが、低めのボイス。

 ほぼ同時に、東京の中心とは思えない開けた場所へ……。


 そこは、渋谷のスクランブル交差点だった。

 絨毯のように群がる人々が見上げつつ、口々に叫ぶ。


 ライトニングBは、下部から両手、両足を下ろしたような形態でホバリング。

 そのまま、後続のツヴァイへ振り返った。


『ここが中間? やっぱり、僕のほうが速い――』


 すぐに追いついたツヴァイは、絶叫する。


『アアァアッ!』


 ギャルソンの機体は、制宙戦闘機にあらず。

 従来の技術ゆえ、対地攻撃モードでは下に強烈な噴射をするのだ。


 つまり、彼が無意識に、地上スレスレへ降りれば……。



 高温のジェット噴射で周囲をあぶり焼きにしているのと、同じだ。



 スター・ライトニングは減速せず、ライトニングBへ突っ込んだ。

 その勢いで無防備だった白い機体は押され、スクランブル交差点の代名詞である大型モニターに叩きつけられる。


 すさまじい轟音。


 建物からの衝撃が、大地を揺るがした。

 悲鳴を上げつつ、逃げ惑う人々。


 大型モニターと一体化したライトニングBでは、コックピットにいるギャルソンが驚いた。


『ちょっと!? それはないだろ? 君が周りに被害を出さないと――』


 ヒィイイイン!


 スター・ライトニングは業を煮やしたように、垂直で上昇。

 ビルの上で直角に曲がり、太刀川駐屯地への最短ルートで加速する。


 瞬く間に、消えた。

 空を切り裂いた破裂音と衝撃波が、地上の人々を襲う。



『やれやれ! 自分が負けそうになった途端に、コレか……。追いついたら、ペナルティーを与えないとね! まったく、ワガママな彼女を持つと苦労するよ』


 男子小学生の声が、無人のコックピットに響いた。

 地上で近づいてきた人々に構わず、食い込んだ機体を外し、上昇。


 戦闘機の高速モードで、同じく加速した。

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