第124話 決戦の直前

 海の底にある礼拝堂で、『深海に住むもの』の司祭が宣言する。


『星々が正しき位置を示す! 我らの悲願、今こそ達成しようぞ!!』


 洞窟に反響する声は、ただ1つの名前を唱える。


 大いなるクトゥルーと……。

 

 石のベッドのような祭壇に寝かされていた人間は、儀礼的なナイフで突き刺された。


 その絶叫すら、詠唱の一部となり、ディゴン秘密教団の召還儀式が進んでいく。


 生贄にされたのは、反戦団体の『ソリジャート・ポスト』で秘密教団への鞍替えを拒んだ1人であることは、言うまでもない。



 ◇



 陸海空の防衛軍とUSFAユーエスエフエー軍が集まった、ブリーフィングルーム。


 広い会議室だが長椅子に空きはなく、話す人間が立ち、各種のデータを示す正面を除いて、左右と後ろにも立ち見。


『定刻になった! 以上をもって、諸君には守秘義務が課せられ、辞退できない! 作戦に参加したくない者は、すぐに退室したまえ!』


 出ていく者はいない。


 それを確認した上級将校は、部屋を暗くした後で、説明を始める。


『東京の沖合いで、ネオ・ポールスターが我々に反旗を翻した! よって、これを制圧すると同時に、地下でいつ爆発するか不明なテストタイプの常温核融合炉を停止させる!!』


 正面に映し出された画像に、集まった軍人が、どよめいた。


『見ての通り、ネスターは完全な要塞だ! 生半可な戦力では、上陸すら不可能だ……。したがって、「防衛軍とUSによる合同の海上演習」というていで、あらゆる戦力を投入する!』


 カシャッと、映像が切り替わった。


『残念ながら、このネスターは多国籍で入り乱れ、集まった資料がどこまで信用できるのか、全くの不明……。特に、常温核融合炉の位置や状況は手探りになる』


 暗がりで、ため息を吐く音。


 それは、1人や2人ではない。


 説明している上級将校は、それをとがめず、説明を続ける。


『作戦は、いくつかの段階に分かれる! 第一に、ネスターへ接近した大和やまと型一番艦の大和による艦砲射撃! 沿岸部の迎撃システムを潰すと同時に、そちらへ注意を集める』


『第二に、本命である上陸部隊! こちらは大和が潰したエリアからの上陸と、それ以外のエリアの2つで、タイミングが異なる。当然だが、後者は大和の砲撃とほぼ同時に上陸する』


『第三に、MA(マニューバ・アーマー)部隊の追加投入! これは、第二の上陸部隊への支援であると同時に、そちらが無力化された場合の後詰めだ』


『これらの作戦は、夜間に決行する! 理由は、判明している敵の兵器が全て旧式であるから。また、東京に近いことで、マスコミなどの目を避けるため』


『最後の理由により、航空支援は最低限だ! 地上攻撃のため、低空でゆっくり飛ぶ攻撃機は、それこそ良い的だからな? 高空からの投下では、誤爆が怖い……。いずれにせよ、大和の砲撃ですら、世間に誤魔化せる範囲を超えている。その上に「観光地を爆撃しました」では、どれだけ首を飛ばしても足りない! また、航空機のスピードと燃料消費では、「しばらく待機する」といった柔軟な対応が難しい』


『以後、この作戦は「アローヘッド」と呼称! 各員の奮闘を期待する』


 ブリーフィングルームに、灯りがついた。


 質疑応答に。


「常温核融合炉は、どこが持ち込んだので?」


『USだ……。ランドルフ中佐、お願いします』


 正面に立った彼は、震える声で謝罪する。


『この度は……誠にすみませんでした。謝って済むことではないと、理解しています。私の機動海兵隊、一個中隊200人は、命に代えてでもこれを停止するため、死力を尽くす所存です』


 深く頭を下げた、ランドルフ。


 彼が持ち込んだわけではない。

 けれども、日本との関係を壊さないために、生贄が必要だった。


 最初に説明していた上級将校が、話し出す。


『ランドルフ中佐、ありがとうございました……。皆、思うところはあるだろうが、今はネスターを制圧して、常温核融合炉を無力化することだけ、考えろ!』


『これは……先の大戦からの、初めての実戦だ。しかし、諸君のような精鋭がいれば、百人力だ! 再び、この場で会おう!!』



 ◇



 アイドルフェスの会場は、閉鎖されたネオ・ポールスターではなく、ドームに。


 大勢のアイドルが集まり、裏方のスタッフも戦争のように動き続ける。


「いつも通り!」

「うん!」


「もうすぐだね……」

「緊張する」


 それぞれ異なる芸能プロに所属しているため、ピリピリした空気。

 見知らぬグループとは目を合わせず、挨拶をするぐらい。


 下のランクで売れない彼女たちは、1つの部屋に詰め込まれている。

 あるいは、邪魔にならない場所で練習。


 入賞する見込みはなく、期待されなくても、歌って踊る。


 ひょっとすれば、SNSのバズりや、業界の人間に見初められるかも……。



 プリムラの3人は、待機する部屋をもらった。

 ドアには、それを示す張り紙。


 狭くて色々な機材が置いてあるものの、前述のアイドルとは別格だ。


 ドアを閉めていても、内廊下の喧騒けんそうが伝わってくる。


 舞台衣装のまま座っている、川奈野かわなのまどか。


悠月ゆづきくん……。来てくれるかな?」


 最近になって、返事がこない。


 コンコンコン ガチャッ


「そろそろ、アップしようか?」

「疲れない程度に、合わせておきましょう」


 槇島まきしま皐月さつき室矢むろやカレナだ。


 そちらを見た『まどか』は、笑顔で答える。


「うん! 頑張ろうね!!」



 ――東京の沖合い


 明るい夜景が、遠くに見える。


 その海上に高層ビルのような物体が、ゆったりと動く。


 真っ暗な展望台のような場所に、海上防衛軍の将校たちが立つ。


「砲撃準備、よし!」

「各部署、異常なし!」


「この一戦で、全てが決まる……。責任は、私がとる! 何としてでも、この接触中に、橋頭保を築けるまで叩きのめせ!!」


「ハッ! 右砲戦、用意!」

「右砲戦、用意!」


 ウィイイン


 モーター音と同時に、巨大な砲身から機銃まで、可能なものは全て右舷を向く。


 ガコンッ



 どちらの会場も、ここからが本番だ……。

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