第79話 観光とビジネスの夜

『ユ、USFAユーエスエフエー陸軍も、新型のテストを行ったようですね! このように、どちらの国もMA(マニューバ・アーマー)の開発に力を入れており――』


 女の軍人は最初より焦った様子で、締めくくった。


 観客席で、立ち上がる人々。


「いやー、凄かった!」

「MAだと、USの独壇場だな?」


 思わぬ展開で、誰もが興奮していた。


 案内に従い、やってきた道を戻る。


 出口には、陸上防衛軍やUSFA陸軍のグッズを買えるショップだ。


 広報の一環で、防衛軍のマークやロゴが入った菓子。

 パンの缶詰といった、レーションのたぐい


 水虫対策の靴下は、陸軍に欠かせない。

 高機能のインソールも!


 乾いた靴下と半長靴がなければ、ロクに動けないのです。


 それは、さておき――


「おお! すげー!」

「MAパイロットの帽子か……。少し高いなあ」


 興奮したまま、関連グッズを物色する男子たち。


 それを見た丸原まるはら春花はるかは、苦笑する。


「男子は本当に、ロボットが大好きですね?」


「さっきの対戦は、滅多に見られませんから。仕方ないでしょう」


 室矢むろやカレナが応じた。


 春花は、ふと思い出す。


「そういえば……さっきの人、いいんですか?」


「大丈夫ですよ! あとで、個人的に会いますから……。そうそう、席を譲ってもらった桔梗ききょうが『お礼をしてくれ』と言っていたので」


 カレナが綾小路あやのこうじ桔梗のお願いを実行するべく、千円札を出す。


「い、いえ! そういうわけには――」

「受け取ってください。正当なチップですよ?」


 その後で、付け加える。


「お互いに貸し借りをするのが、健全です。だけど、さっきの桔梗は二度と会わないでしょう。『自分の善意を金にするのが許せない』のような信念を持っていれば、話は別ですが……。彼女のためにも、受け取ってください。隙を見せられない立場で、『他人に好意を返す』ということも難しく……」


 春花は、チップをもらった。


「さっきから、見られていません?」


「ええ……。まあ、話しかけてくる度胸はないと思います」


 カレナが見れば、USFA陸軍のショップにいる外国人の女が、戸惑った様子で目を逸らした。


 MA暴走について、意見を聞きたいのだろう。

 犯人の可能性を含め……。


 そう思ったが、男子2人を見たまま、やり過ごした。



 メガフロートに灯りがついて、暗闇を彩る。


 ホテルの飲食店で、丸テーブル。

 高校生が運ばれてくる料理に舌鼓したつづみを打つ。


「美味い! 夢みたいだな? 俺たちがこんなホテルに泊まって、ご馳走を食うとは……」


「全くだ」


 どんどん食べる男子に対し、女子グループは控え目。


 外間ほかま朱美あけみは、隣に座っている槇島まきしま睦月むつきを見た。


「室矢さんは……どこへ?」


「カレナは別の場所で、食事をしているよ」


 気になった朱美は、質問したいが――


「僕と一緒じゃ、不満?」


 思わぬ問いかけでビクッとした朱美は、顔が真っ赤に。


「い、いえ! そんなことは……ないです」


 それを見た荒月こうげつ怜奈れなが、揶揄からかう。


「んー? 怪しいなあ……。あなた達、そういう関係なの?」


 こちらも、顔が赤い。


「怜奈! 飲みすぎよ! ……ごめんね?」

「申し訳ありません。レナ先輩は、絡み酒なので」


 女子大生2人が、代わりに謝った。


 角西かどにし芽伊めいは自分も飲みつつ、首をかしげる。


「これだけ良くしてもらって、不満はないけど……。どこへ行ったんだろうね? 美味しい料理なのに」


 注目を集めた睦月は、あっさりと告げる。


「人に会っているんだよ……。ビジネスの話でね?」


 得心がいった丸原春花は、続きを述べる。


「ああ! MAの模擬戦の時に、どこかの大企業に勤めていそうな女性と話していましたね! その関係ですか?」


 睦月は微笑んだ。


「ん……。そんなところ!」


 納得した面々は、今日の楽しかったことやショッピングの成果を話し合う。



 ――同時刻


 会員制のフロアーを歩いた、室矢カレナ。


 ラウンジで、立ち上がった女を見る。


 相談を持ちかけてきた、綾小路桔梗だ。


「お待ちしておりました! こちらです!」



 そちらへ近づけば、他にも人がいる。


 高校生らしき私服の男子と、いかにも軍人っぽい男の2人。


 昼にUSFA陸軍のショップで見かけた、外国人の女。


 どちらも、カレナをじっと見つめている。



 集まっているソファーの傍に立つと、残り3人が立ち上がった。


 軍人の男が、外国人の女に告げる。


「あなたから、どうぞ……」


「ありがとうございます。……私は、USFA陸軍のマーサーと申します。ミズ室矢にお会いできて、光栄です。先ほどは挨拶せず、失礼いたしました!」


 私服だが、キビキビとした動作。


 頭を上げれば、カレナが尋ねる。


「用件は?」


「ご覧になられた模擬戦で、我が軍のMAが暴走しまして……。その中身が、無人だったのです! ミズ室矢に、ご意見をいただきたく」


 さて、どうしたものか……。


 カレナは考える。

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